「お前みたいな無能は会社にはいらないんだよ。」…

「お前みたいな無能は会社にはいらないんだよ。」...

「お前みたいな無能は会社にはいらないんだよ。」

理不尽な上司の言葉に、俺はついに堪忍袋の緒が切れた。

俺の名前は松田義。44歳。システムエンジニアとして大手IT企業で働いている。専門学校を卒業してすぐに入社し、気づけば20年以上が経っていた。一度は昇進の話もあったが、現場が好きだったので断り、平社員として懸命に働いてきた。

吉田社長は入社当時から俺を可愛がってくれ、実力を評価して仕事を任せてくれる。俺も社長を尊敬し、この人のために頑張ろうとずっと思ってきた。

「松田君にしかできない仕事が多くある。それらに会社は支えられているんだ。君の働きはそれぐらいの価値がある」

社長はそう言ってくれた。俺は一生この人についていこうと心に決めた。

しかし、その居心地のいい会社の空気が変わってしまう出来事が起きた。

人事異動の時期に、ある人物が部長として俺たちの部署に入ってきたのだ。小義という男で、前の会社で営業をしていたのを専務がヘッドハンティングして連れてきたらしい。

俺としては仕事さえしてくれれば文句はないのだが、部長はどうも俺のことが気に入らないらしい。

「システムエンジニアってのは空調の効いた部屋でノンビリ仕事ができていいよな」

わざと聞こえるように嫌味を言ってくる。俺には心当たりが全くなかったのだが、どうやら部長よりも役職が低い俺が、部長よりも高い年収をもらっているのが気に入らないらしい。

小義はエンジニアの仕事を全く理解しようとしない。そんな人間が上司では現場の俺たちは仕事がしづらい。俺は基本的なマニュアルと仕様をまとめた資料を渡してみた。

しかし、それが余計に部長を怒らせる結果になってしまった。

「お前、俺のことを馬鹿にしてるのか?」

そう怒鳴られた。そしてその日から俺への当たりがより強くなった。理不尽に仕事を振られ、少しでもミスがあればそれをネタに過剰な叱責を受ける。俺が大事にしていた新人の教育も中止にされてしまった。

「会社の未来のためには若い人材の育成は重要ですよ」

「そんなこと言って、お前は仕事をサボりたいだけだろ。新人の面倒を見てる暇があったら、一つでも仕事をこなせよ」

俺の訴えは聞いてもらえなかった。

ある日、会社に新しいシステムが導入されることになった。それに伴って業務も増え、現場の社員は毎日忙しく走り回っている。しかし部長はと言えば、書類のチェックと会議を繰り返すだけ。新たな業務への問い合わせの電話がかかってきても、部長は何も分からないためすぐに俺に回す。

「おい、お前に電話だぞ」

そう言って乱暴に受話器を置き、自分には対応する意思がないことを示す。相手を待たせるわけにもいかないので、仕方なく俺が電話を変わる。こういうことが何度も繰り返される。

通常業務に加え、新システム導入による雑務、それから部長の受けられない電話。一つ仕事を片付けるそばからまた仕事が増えるので、俺は毎日何時間も残業するはめになっていた。

「そんなに残業しなきゃいけないほど仕事を残してるってことは、お前はよっぽど無能なんだな」

部長は定時で退社する時、いつもこう嫌味を言う。ほとんどお前のせいだろうがと思うが、そんな一言を言い返す時間ももったいないほど俺は忙しかった。

毎日の残業、部長の理不尽な仕事の押し付け、そして嫌味。それらが重なって、俺は肉体的にも精神的にも限界だった。

しかし、そんなある時、事件が起こった。

会社のある企画にミスが見つかり、取引先からクレームが入ったのだ。その取引先は昔から付き合いのある大事なお得意様だったので、会社は大騒ぎになった。

誰だ? こんな企画を通したのは。

専務は大事な取引先を失いかねないこの状況に相当慌てている。

これで部長もついに終わりかな? 俺はそう思った。あの企画書に承認し許可したのは部長だったからだ。これで部長に処分が下り、この部署からいなくなってオフィスに平和が訪れてくれればいいと願っていた。

しかし、事態はそうならなかった。

「これは松田の責任です」

部長は専務にそう伝えた。俺は驚き、思わず言葉を失う。

「ちょっと待ってください。なんで俺の責任になるんですか? 確かにあの企画には俺も関わっています。しかし俺一人で進めたものではなく、部署全体で作ったものです」

「お前、責任転嫁する気か?」

部長はそう言った。俺は我慢の限界だった。

「責任転嫁しているのは部長の方でしょ。この企画書に承認して許可したのは部長じゃないですか? 責任は部長にあるはずです」

「自分が仕事ができないからって俺のせいにするのか? どこまで無能なんだお前は」

「なんでそうなるんですか? おっしゃっていることがムチャクチャです」

「うるさい。お前は首だ。お前みたいな無能は会社にはいらん」

「待て、今は先方への対応が先だ。言い争ってる場合じゃない」

専務が間に入り、その場はなんとか収まった。

しかし、それで全てが終わりではなかった。

後日、俺は専務から呼び出しを受けた。専務のいる部屋に向かうと、そこには専務となぜか部長もいた。部長はなんだか悪い笑顔を浮かべている。俺はものすごく嫌な予感がした。

「急に呼び出してすまないな。まあ座ってくれ」

「お話とは何でしょうか?」

俺が専務に聞いたのだが、答えたのは部長だった。

「お前は首だって話だよ」

そしてニヤニヤと笑う。

「どういうことですか?」

俺は再び専務に聞いた。

「松田君、君の勤務記録を見せてもらったんだけどね。随分と残業が多いね。他のみんなも残業がないわけじゃないが、君だけ異常に多いんだよ」

「それは部長から理不尽を押し付けられているからです」

「一体何をそんなに時間がかかるの? それは新システムの管理とか電話とか、そんなのみんながやってることだよね。部長だってそれらをこなして定時に帰ってるよ。どうして君だけこんなに時間がかかるの?」

俺はこの際、全部話そうと思った。

「専務、部長は自分の手に負えない仕事は全部俺に押し付けて、かかってきた電話も全て俺に回すんです。それで時間を取られ残業が増えてしまうんです。どうにかなりませんか?」

俺が専務にそう訴えると、部長は満足そうな顔をした。

「ほら、俺の言った通りでしょ。こいつはすぐに俺のせいにするんですよ。この前の時みたいに」

「ちょっと待ってください。全部本当のことです」

「どうやら小義君の言っていたことは全部本当のようだな」

俺はやられたと思った。部長はこういう展開になるように、専務に俺のことをあることないこと吹き込んでいたのだ。

「松田君、会社にはね、無能な人間に払うような無駄なお金はないんだよ」

専務は部長の言うことを信じきっていて、俺の話には聞く耳を持っていなかった。

「残念だが君は首だ」

正式に専務から首を言い渡された。隣に座る部長は満面の笑みを浮かべている。

「わかりました。今までお世話になりました。失礼いたします」

俺はそう言って立ち上がると一礼して部屋を出る。そして自分のデスクの荷物をまとめた。

その翌日から俺は会社に出社しなくなり、一週間ほどが経った。

そんなある日、俺のスマホが鳴った。画面を見ると首にされた会社からだった。今更何の用だと思いながら通話をタップする。

「おい、松田か」

電話の主は部長だった。なんだか妙に慌てている。

「何ですか?」

「お前が管理していた新しいシステムにバグが起こってしまったんだ。助けてくれないか」

なんて都合のいい奴なんだと呆れる。

「いや、でも俺はもう首になった身ですので、修理はできません」

「そこをなんとか頼むよ。今、全く仕事にならない状況なんだ」

「いや、部長がおっしゃったんじゃないですか。俺みたいな無能は会社にはいらないって」

部長が明らかに苛立っているのが電話越しに伝わってくる。

「仕方なく出てりゃいい気になりやがって。だったら部下か誰かに教えて引き継いでおくべきだろう。なんでそうしなかったんだ?」

「それも部長がおっしゃったんじゃないですか? 若手の育成なんて時間の無駄だからやめろって。俺はちゃんと指導していたのに」

「もういい。お前みたいな無能の力なんて借りる必要ないんだよ」

部長はそう暴言を吐いて電話を切った。

だったら初めから電話なんてかけてくるなと思うが、もう俺の知ったことではない。

しかし、部長の電話からしばらくして、また俺のスマホが鳴った。画面を見ると、また会社からだった。また何の用だと思いながら通話をタップする。

「もしもし」

「もしもし、松田君か。吉田だが」

今度は社長からの電話だった。思わず姿勢を正す。

「社長、いかがしましたか?」

「いかがしましたかじゃないだろう。なんで会社に来ないんだ?」

社長は口調は穏やかだが、静かに怒っているようだった。

「これは首になりましたので」

「何? 首?」

「部長と専務から首を言い渡されましたので、会社には行けません」

「それは本当か?」

「本当です」

「ちょっと待ってろ。またかける」

そう言うと社長は電話を切った。俺は折り返しの電話を待ちながら、少し緊張していた。

そして数十分後、今度は社長の携帯から電話があった。

「松田君、今そっちに向かっているから準備しておいてくれ。じゃあ後でな」

社長はそう言って電話を切ってしまった。俺は何をしに来るのか、何を準備すればいいのかも分からず戸惑うばかりだった。

そして戸惑っているうちに、うちのインターホンが鳴った。何の準備もできていないが、社長を待たせるわけにもいかないので、とにかく玄関に向かう。

ドアを開けると、そこには社長だけじゃなく部長と専務もいた。部長は不機嫌そうな顔をしていて、専務は顔色が悪く真っ青だった。

「松田君、すまないな、突然」

「あ、いえ」

「ほら、お前ら」

社長が二人の頭を叩いた。

「松田君、この度は本当に申し訳なかった」

真っ青な顔の専務が、その顔色のまま俺に頭を下げる。

「部長の話を鵜呑みにし、君の話を聞かずに首を言い渡してしまった。本当にすまない」

「ああ、いえ」

専務はまた頭を下げたが、部長は動かなかった。

「おい、いい加減にしろ」

社長は部長を睨みつけた。そうしてようやく部長は渋々小さく頭を下げた。

「悪かったよ」

しかしその顔は不服そうで、いやいや謝っているのが明らかだった。

「もっとちゃんと謝れ」

社長に怒鳴られた部長の顔が悔しさで真っ赤になる。そしてようやく頭を深く下げた。

「申し訳ありませんでした」

この様子に俺の溜飲が少し下がった。

「松田君、私も小義君の君が何をしていたか全く知らなかったんだ。申し訳なかった。この通りだ。許してくれ」

そして社長にまで頭を下げられてしまった。そのことには戸惑ってしまう。

「さあ、会社に行こう。システムのバグの様子を見てくれ」

俺は三人と共に会社に向かった。

幸い大したバグではなく、時間もまだそんなに経っていなかったため、すぐに修正することができた。周りの部下や同僚からとても感謝され、少し気分が良かった。幸いこのバグによる顧客への影響も最小限に抑えられ、今回の一件は大事にならずに済んだ。

「ありがとう。松田君のおかげで助かったよ」

「いえ、とんでもありません」

「これからもよろしく頼むな」

「はい。あの、でも私は首になったはずですが……」

「人事に聞いたが、君はまだ首になっていないぞ」

どうやら人事部の人は俺の突然の解雇に疑問を持ち、受理せずに保留にしてくれていたらしい。

「いや、でも……」

しかし、俺はまたあの部長の元で働かなければならないと思うと、首を縦には触れなかった。

「安心しろ」

俺の気持ちを見透かしたように社長が言う。

「小義部長は他部署へ移動だ。君は彼の元で働く必要はない」

「それならよろしくお願いします」

「うん。頼むぞ」

「はい。精一杯頑張らせていただきます」

その後、小義部長は他部署へ移動の上、減給の処分が下った。専務も、十分に確認せずに社員を解雇しようとしたとして減給の処分が下ったようだ。専務が部長の話を鵜呑みにしたのには理由がある。部長は専務の甥で、専務のコネで入社していたということだったのだ。

風の噂で聞いたが、部長は今までどの会社にもコネで入社する無能社員だったらしい。そしてコネで会社に入るたびに問題を起こし、短期間で辞めさせられてきたのだという。それを聞いた時、この会社を首になるのもそう遠い話じゃないなと思った。

そして俺には社長から新たな提案があった。

「そうだ。小義君がいなくなった部長の席に、君に座って欲しいんだ」

「でも、俺は……」

「君が現場が好きなのは知っている。昔はそれで君に昇進を断られたからな。しかし今回のことで、若手の育成が大事だということも身にしみて分かっただろう」

「それは確かに……」

「あの一件で君を尊敬する若手も増えた。今の松田君ならついていきたいという社員も多い。どうだ? やってくれんか?」

確かに優秀な人材の育成は俺がずっとやりたかったことだった。小義部長がいなくなった今なら、前よりももっと充実した指導ができるだろう。

「わかりました。やらせていただきます」

俺は昇進の話を受けることにした。

部長となった俺だが、現場での仕事もバリバリこなし、若手の育成も手を抜かなかった。現場で結果を出すことで、若い人は俺についてきてくれるようになる。

現場の自分の仕事と人材の育成。どちらにもやりがいを見出せた俺は、これからも社長と会社のために精一杯頑張っていこうと心に決めたのだった。

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