「母さん、もう来ないでください。2度とこの家の敷居をまたがないでください」…

「母さん、もう来ないでください。2度とこの家の敷居をまたがないでください」...

「母さん、もう来ないでください」

その言葉を聞いた瞬間、私は台所に立ったまま固まってしまった。手に持っていたお玉が床に落ちる音が、異様に大きく響いた。高橋組子、68歳。私は息子夫婦の家で、夕食の支度をしていたところだった。今日は息子が好きだと言っていた肉じゃがを作っていたのだ。

結婚してから10年間、週に3回はこうして息子の家に通い、家事を手伝ってきた。それが、何の前触れもなく否定された。

「え……何を言っているの?」

振り返ると、リビングのソファに座る息子の勝也と、その妻の美紀が、まるで他人を見るような冷たい目で私を見つめていた。

「聞こえなかったんですか?もうこの家に来ないでくださいと言ったんです」

美紀の声は、氷のように冷たく響いた。

「お母さん、私たちは真剣に話しているんです。今日で絶縁させていただきます」

「絶縁?」

意味が分からなかった。昨日まで普通に話をしていたのに。一体何が起きたというのだろう。

「勝也、あなたまで……」

息子は目をそらしながら、低い声で言った。

「母さん、これは俺たち夫婦で決めたことなんだ。今日で終わりにしよう」

68歳の私には、それがまるで悪い夢のように思えた。どうして急にそんなことを言うのか、震える声で尋ねる私に、美紀は真っ直ぐな視線を向けた。

「お母さん、もう援助なんていらないんです。私たちだけでやっていけますから」

援助――私はこれまで、息子夫婦のことを思い、できる限りのことをしてきた。勝也が大学に進学した時には、学費の800万円を渡した。38年間、小学校の教師として働いて貯めたお金だった。結婚してマイホームを買う時には、頭金の500万円を援助した。孫が生まれてからの3年間は、毎日のように通って育児を手伝った。今でも月に5万円の生活費を渡し、週に3回は家事を手伝いに来ている。全ては息子家族の幸せを願ってのことだった。

「私がしてきたことは、全て無駄だったということですか?」

「無駄とは言いませんが、もう必要ないんです」

勝也が口を開いた。

「母さん、俺たちももう40歳だ。いつまでも親に頼ってちゃいけないと思うんだ」

「でも、つい先週も生活が苦しいからって……」

「それとこれとは別です」

美紀がきっぱりと言い切った。

「お金の話と、お母さんとの関係は別問題なんです」

私はますます分からなくなった。援助は受け取るけれど、私との関係は断ちたい。こんな都合の良い話があるだろうか。

「お母さん、はっきり言わせていただきます」

美紀は背筋を伸ばし、まるで判決を下すかのような口調で話し始めた。

「正直言って、お母さんの存在が邪魔なんです」

「邪魔?」

その言葉に、私は息を飲んだ。

「私たちには私たちの生活があります。でもお母さんは何かにつけて口を出してきます。孫の教育方針にも、私たちの生活スタイルにも」

「私はただ、心配で……」

「その心配が迷惑なんです」

美紀の言葉は、鋭い刃物のように私の心を切り裂いた。

「古臭い価値観を押し付けないでください。今は令和の時代なんです。昭和の考え方なんて、もう通用しないんですよ」

勝也も同調するように頷いた。

「母さん、俺たちの教育方針に口出ししないでって、何度も言ったよね。でも母さんは聞いてくれない」

「だって、孫にゲームばかりさせていたら……」

「それが現代の教育なんです」

美紀が遮った。

「プログラミング教育にもつながるんです。お母さんの時代とは違うんですよ」

確かに、私は孫の教育について心配することがあった。でも、それは全て愛情から来るものだった。

「母さんはもう時代遅れなんだよ」

勝也の言葉に、私は凍りついた。自分の息子から、こんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。

「俺たちの足を引っ張らないでくれ。正直、母さんがいると息が詰まるんだ」

「息が詰まる?」

「そうだよ。いちいち昔話を持ち出して、説教みたいなことを言われるのは疲れるんだ」

私はただ、息子家族のことを思って助言していただけだった。それが、こんなに嫌がられていたなんて。

「それに、お母さん、最近物忘れも多いですよね」

美紀が追い打ちをかけるように言った。

「この前も同じ話をしましたよ。認知症の心配もありますし、そろそろ施設に入ることも考えられたらどうですか?」

「認知症……?」

私はまだ、そんな自覚はない。

「それが1番怖いんだ」

勝也がそんなことを言い出した。

「母さん、1度病院で検査を受けた方がいいよ。俺たちも心配なんだ」

「心配?」

今、私を家から追い出そうとしている人たちが、心配だなんて。

「援助だけもらって、私は邪魔者扱いですか?」

私の問いかけに、2人は顔を見合わせた。

「援助と親子関係は別でしょう」

美紀があっけらかんと言った。

「お金の問題と人間関係の問題を一緒にしないでください」

「そうだよ、母さん」

今度は息子が妻の味方をした。

「援助してくれたことには感謝してる。でも、だからって俺たちの生活に干渉していいってことにはならないだろう」

私は言葉を失った。38年間、息子のために尽くしてきた人生は、何だったのだろうか。

「お母さん、私たちだって苦しいんです」

美紀が、まるで被害者のような顔で言った。

「毎日毎日、あれはダメ、これはダメって言われて、私のストレスも限界なんです」

「私はダメなんて……」

「言い方は優しくても、結局は否定してるじゃないですか。私の料理の味付けから、掃除の仕方まで」

確かに、私は時々アドバイスをしていた。でも、それは美紀のためを思ってのことだった。

「もう限界なんです。これ以上、お母さんに振り回されたくないんです」

「振り回される?私はただ、週に3回家事を手伝いに来ているだけなのに……」

「その3回が苦痛なんです」

美紀の言葉には、もはや遠慮というものがなかった。

「来てもらわなくても、私1人でできます。むしろ、お母さんがいない方が気楽なんです」

勝也も頷いた。

「母さん、もう俺たちも大人なんだ。いつまでも子供扱いしないでくれ」

「でも、先月も母さんの肉じゃがが食べたいって……」

「それはただの社交辞令だよ」

息子の冷たい言葉に、私の心は完全に打ちのめされた。社交辞令――私はその言葉を噛みしめるように繰り返した。息子の好物だと思って、心を込めて作ってきた料理も、全て社交辞令で褒められていただけだったのだろうか。

「お母さん、はっきり言います」

美紀が立ち上がり、まるで最後通告を突きつけるような態度を取った。

「お母さんはもう、お荷物なんです」

「お荷物……」

その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。

「私たちの生活を邪魔する、思い荷物。正直、いなくなってくれた方がみんなが幸せになれるんです」

「美紀さん、それはあまりにも……」

「本音を言っているだけです。お母さんだって、とっくに気づいていたんじゃないですか」

勝也も、妻の言葉に同意するように頷いた。

「そうだよ、母さん。もう来ないでくれ。俺たちは母さんなしでやっていきたいんだ」

38年間、愛情を注いで育てた息子から、こんな言葉を聞くことになるとは。私の目から、涙がこぼれ落ちた。

「泣いても無駄です」

美紀の声は、どこまでも冷たかった。

「今すぐ出ていってください。今すぐです。もう1分とも、この家にいて欲しくないんです」

美紀は玄関の方を指差した。

「合鍵も返してください。2度と、この家の敷居をまたがないでください」

私は震える手で、バッグから合鍵を取り出した。10年間、大切に使ってきた鍵だった。

「これで満足ですか?」

鍵をテーブルに置くと、金属音が冷たく響いた。

「ええ、これでやっと解放されます」

美紀は、まるで重荷を下ろしたかのような表情を見せた。

「勝也、あなた、本当にこれでいいの?」

最後の望みをかけて、私は息子に問いかけた。

「いいんだ、母さん。これが俺たちの決断なんだ」

「38年間、あなたを育ててきた母親に対して、これが恩返しなの?」

「恩返しなんて、古臭い考え方だよ」

勝也は私から目をそらしながら言った。

「親が子供を育てるのは当たり前だろう。それに対して一生恩を感じるなんて、それこそ時代遅れだ」

私はもう、何も言えなかった。価値観の違いという言葉では片付けられない、深い溝を感じた。

外では雨が降り始めていた。

「傘は貸しません」

美紀がきっぱりと言った。

「もう他人なんですから、傘を貸す義理もありません」

私は濡れたコートを羽織り、玄関に向かった。振り返ると、息子夫婦は「早く出て行け」とばかりに腕組みをして立っていた。

「わかりました。お望み通りにしてあげます」

私は2人をしっかりと見据えて言った。

「もう2度と、この家には来ません。でも、覚えておいてください。今日のこの選択を後悔する日が、必ず来ますから」

「脅しですか?」

美紀が嘲笑した。

「ただの老人の負け惜しみでしょう」

雨の中、私は息子の家を後にした。68年間生きてきて、これほど惨めな気持ちになったことはなかった。でも、歩きながら、私の中で何かが変わっていくのを感じた。悲しみが静かな怒りに変わり、そして、冷静な決意へと変化していった。

お荷物と言われたなら、お荷物らしく振る舞ってあげましょう。雨に濡れながら、私は心の中でつぶやいた。

雨に濡れて帰宅した私は、まず熱いシャワーを浴びて体を温めた。鏡に映る自分の顔は、意外にも穏やかだった。悲しみを通り越すと、人はこんなにも冷静になれるものなのだ。

「さて、お荷物らしく行動しましょうか」

私はタオルで髪を拭きながら、独り言をつぶやいた。

まず最初に向かったのは、銀行だった。

「高橋と申します。息子への定期送金を、本日付けで停止したいのですが」

窓口の女性は、優しく対応してくれた。

「毎月5万円の送金ですね。停止の手続きをさせていただきます」

5万円。息子夫婦にとっては、大した金額じゃないかもしれない。でも、年金暮らしの私にとっては、決して小さな金額ではなかった。

「これで手続きは完了です。来月からは送金されません」

「ありがとうございます。助かりました」

次に向かったのは、別の銀行だった。ここでは、もっと重要な手続きが待っていた。

「住宅ローンの連帯保証人を、解除したいのですが」

担当者は少し驚いた表情を見せた。

「息子さんのローンの保証人になっていらっしゃるんですね。解除となると、別の保証人を立てていただくか、息子さんの収入だけで審査をやり直すことになりますが、構いませんか?」

「もう家族ではないと言われましたので」

私の言葉に、担当者は同情的な表情を浮かべた。

「わかりました。では、息子さんにも連絡が行くことになりますが、よろしいですか?」

「もちろんです。むしろ、すぐに連絡していただけますか?」

手続きは、思ったよりスムーズに進んだ。家に戻ると、次はクレジットカード会社に電話をした。

「家族カードの解約をお願いします」

オペレーターの方が確認してくれた。

「息子さん名義の家族カードですね。年会費無料で、ポイントも共有されているカードです。本当に解約されますか?」

「はい、本日付けで解約してください」

「承知いたしました。カードは即座に使用できなくなります」

電話を切ると、次は習い事教室への連絡だった。孫のピアノ教室と英会話教室、2つの月謝を私が払っていた。

「来月から支払い方法を変更したいのですが」

「高橋様、いつもありがとうございます。お孫さん、とても頑張っていらっしゃいますよ」

先生の温かい言葉に、少し心が痛んだ。でも、もう後戻りはできない。

「事情がありまして、今後は息子夫婦が直接支払うことになります」

「そうですか。わかりました。では、息子さんに連絡させていただきますね」

最後に、私は通帳を開いて確認した。来月、息子家族と行く予定だった海外旅行のために用意していた200万円。これも、もう必要ない。

「この200万円は、自分のために使いましょう」

私は通帳を見つめながら、つぶやいた。

夕方になって、全ての手続きが完了した。月々の援助を合計すると、なんと20万円近くになっていた。生活費の援助、ローンの支払い補助、孫の習い事、その他諸々。

「お荷物にしては、随分重い荷物を背負わせていたものね」

皮肉を込めて、私は笑った。

ふと、携帯電話が鳴った。息子からだった。でも、私は出なかった。もう、家族ではないのだから。

留守番電話に、メッセージが残されていた。

「母さん、なんか銀行から変な連絡があったんだけど……」

慌てた様子の息子の声だった。でも、私はメッセージを最後まで聞かずに削除した。

「お荷物には、お金はありませんから」

私は静かにつぶやいた。

夜、ベッドに入ると、不思議な解放感に包まれた。もう誰かのために無理をする必要はない。自分のためだけに生きていいのだと、初めて実感した。

「明日から、新しい人生の始まりね」

そう思うと、なぜか心が軽くなった。窓の外では雨が上がり、星が輝き始めていた。まるで、私の新しい決意を祝福してくれているかのようだった。

翌朝、私は久しぶりにゆっくりと目覚めた。もう、息子の家に行く必要がないのだ。

朝食を済ませていると、携帯電話が鳴り始めた。息子からだった。昨日からもう10回以上着信があったが、全て無視していた。今回も出るつもりはなかったが、あまりにもしつこいので、ついに電話に出ることにした。

「もしもし」

「母さん、やっと出てくれた」

息子の声は、明らかに慌てていた。

「どうかしましたか?」

私はあえて、他人行儀な口調で応じた。

「どうかしたって、クレジットカードが使えないんだよ。今朝、コンビニで現金を下ろそうとしたら……」

「あら、そうですか?」

「そうですか?じゃないよ。家族カードを解約したんだろう?」

「ええ、解約しました。だってもう、家族じゃないんでしょう?」

電話の向こうで、息子が息を飲む音が聞こえた。

「それは……昨日のは、ちょっと言いすぎただけで」

「言いすぎ?絶縁すると言ったのは、冗談だったんですか?」

「いや、その……」

息子が言葉に詰まっている間に、背後から美紀の声が聞こえてきた。

「ちょっと、生活費の振り込みもないわよ」

「母さん、生活費の振り込みもないって、どういうことだよ」

「援助と親子関係は別だと、美紀さんがおっしゃいましたよね。私もその通りだと思いました。絶縁したのに、援助だけ続けるなんて、おかしいでしょう?でも、お荷物には、お金はありませんよ」

私は昨日言われた言葉を、そのまま返した。

「母さん、ちょっと待ってよ。話し合おう」

「話し合う?昨日は問答無用で追い出されましたけど」

「あれは、美紀が感情的になってただけで……」

すると、電話を奪い取ったのか、美紀の声が聞こえてきた。

「お母さん、ちょっとやりすぎじゃないですか?」

「やりすぎ?絶縁を言い出したのは、あなたたちですよ。でも、いきなり全部止めるなんて」

「2度と来るなと言われましたから、きっぱりと関係を断っただけです」

「子供の習い事のお金は、どうするんですか?」

美紀の声は、もはや悲鳴に近かった。

「それはご両親で相談してください。私には関係ありません」

「関係ないって、今まで払ってたじゃないですか」

「ええ、でももう、お荷物は下ろしましたから」

私は冷静に答えた。すると、今度は息子が電話を取り返したようだった。

「母さん、銀行から連絡があったんだ。ローンの保証人を外したって」

「そうです。もう家族ではない人の保証人なんて、できませんから」

「でも、それじゃあローンの審査をやり直さなきゃいけない」

「それは大変ですね。でも、私には関係のないことです」

「関係ないって、母さんが保証人じゃなきゃ、ローンが通らないかもしれないんだよ」

息子の声は、完全にパニックに陥っていた。

「あら、でも昨日、もう大人なんだとおっしゃってましたよね。大人なら、自分たちでなんとかできるでしょう」

「母さん、お願いだから」

「お願い?昨日は2度と来るなと言われましたけど」

私は昨日の出来事を、1つ1つ思い出させるように話した。

「雨の中、傘も貸してもらえずに追い出されました。お荷物扱いされて、存在自体を否定されました」

「それは、言いすぎたと思ってる」

「言いすぎで済む問題でしょうか?」

電話の向こうで、夫婦が何か言い争っている声が聞こえた。そして、再び息子の声が聞こえてきた。

「母さん、謝るから許してくれ」

「謝る?何を謝るんですか?」

「昨日のこと、全部だよ。俺たちが悪かった」

「本当にそう思っているんですか?それとも、お金が欲しいから謝っているんですか?」

息子は答えに詰まった。

「とにかく、1度会って話そう」

「会う必要はありません。もう、他人なんですから」

「他人じゃない。親子だろう」

息子が声を荒げた。

「あら、昨日は絶縁すると言ったじゃないですか。それに、恩返しなんて古臭いとも言いましたよね。親が子供を育てるのは当たり前で、恩を感じる必要はないんでしたよね。それなら、子供が親を援助する必要もないでしょう。私も、もう援助しません」

すると、また美紀が電話を奪い取った。

「お母さん、お金の問題じゃないんです」

「そうですか。でも昨日、援助と親子関係は別だとおっしゃいましたよね」

「それは、そういう意味じゃ……」

「どういう意味だったんですか?都合のいい時だけお金をもらって、都合が悪くなったら追い出す。それが、あなたたちの言う親子関係ですか?」

美紀は、何も言えなくなった。

しばらくの沈黙の後、息子の声が聞こえてきた。

「母さん、今から家に行ってもいい?」

「来ないでください」

私はきっぱりと断った。

「どうしても話がしたいなら、そちらから来てください。ただし、玄関から先には入れません」

1時間後、息子夫婦が我が家にやってきた。2人とも、昨日とは打って変わって青ざめた顔をしていた。

「母さん、本当にごめん」

息子が頭を下げた。

「お母さん、私も謝ります。昨日は言いすぎました」

美紀も、しぶしぶという感じだったが、頭を下げた。

「それで?」

私は冷たくかけた。

「それでって、許してくれないの?」

「何を許せばいいんですか?絶縁を撤回して欲しいということですか?」

「そうだよ。なかったことにしよう」

息子の言葉に、私は首を横に振った。

「1度口に出した言葉は、取り消せません。あなたたちは私を心の底から拒絶した。その事実は変わりません」

「でも、謝ってるじゃないか。土下座でもしますから」

美紀が叫んだ。そして、本当に玄関先で土下座を始めた。

「お願いします。援助を再開してください」

見苦しい姿だった。でも、私の心は少しも動かなかった。

「立ってください。見苦しい」

「許してくれるまで、このままでいます」

「勝手にしてください。でも、答えは変わりません」

私は玄関のドアを閉めようとした。

「待って、母さん」

息子が必死にドアを抑えた。

「せめて、保証人だけでも」

「無理です」

「じゃあ、生活費だけでも」

「お断りします」

「孫の習い事は……孫に罪はないだろう」

最後の切り札のように、息子は孫の話を持ち出した。

「孫の教育は、親の責任です。頑張ってください」

そして、私は静かにドアを閉めた。

「2度と来ないでと言ったのは、あなたたちです。もう、私には関係ありません」

ドアの向こうで、まだ2人が何か叫んでいたが、私は2階に上がった。窓から見ると、息子夫婦がとぼとぼと帰っていく姿が見えた。昨日、私を追い出した時のあの冷たい表情は、どこにもなかった。

あれから3ヶ月が経った。私の生活は、驚くほど充実したものに変わっていた。今朝も、目覚まし時計など必要ない。朝日が差し込む頃に自然に目が覚め、ゆっくりとコーヒーを楽しむ時間がある。以前は朝5時に起きて息子の家に行く準備をしていたことが、まるで遠い昔のことのように感じられる。

「今日は陶芸教室の日ね」

私は手帳を確認しながら、微笑んだ。援助に使っていた月20万円を、今は自分のために使っている。陶芸教室は、ずっとやってみたかった趣味の一つだった。先生も仲間も温かく、作品を作る時間は無心になれて、心が晴れるようだった。

「高橋さん、その湯飲み、素敵な色合いですね」

隣の席の山田さんが声をかけてくれた。彼女も60代で、似たような境遇の方だった。

「ありがとうございます。自分で使うのが楽しみです」

「いいですね。誰かのためじゃなく、自分のための器。それが1番贅沢かもしれませんね」

山田さんの言葉に、私は深く頷いた。そう、今の私は自分のために生きているのだ。

午後は、友人たちとのランチだった。以前は節約ばかり考えていたが、今は遠慮なく好きなものを注文できる。

「組子さん、最近本当に生き生きしてるみたい」

友人の佐藤さんが言った。

「表情が明るくなったし、おしゃれになったわよね」

「そうかしら。でも、確かに気持ちは軽くなったわ」

私は正直に答えた。

「実は、息子夫婦と距離を置くことにしたの」

友人たちに、あの日の出来事を話した。すると、意外にも共感の声が上がった。

「私も似たような経験があるわ。子供のために尽くしても、当たり前だと思われるのよね」

「でも、組子さんはきっぱりと決断したのね。勇気があるわ」

「最初は辛かったけど、今は本当に良かったと思っているの」

食事をしながら、私たちは子育てや家族について語り合った。みんな、似たような悩みを抱えていたのだ。

「子供を愛することと、自分を犠牲にすることは違うのよね」

「そうそう。私たちにだって、自分の人生があるんだから」

こんな風に本音で話せる時間が、今の私にはとても大切だ。

週末には、1人で温泉旅行にも行った。以前なら、贅沢だと自分を責めていただろう。でも、今は違う。

「これは自分へのご褒美よ」

温泉に浸かりながら、私は心からそう思った。露天風呂から見える山々は美しく、鳥のさえずりが聞こえてくる。こんな穏やかな時間を過ごせることに、感謝の気持ちでいっぱいになった。

宿の女将さんとも、楽しく会話をした。

「お1人様ですか?優雅でいいですね」

「ええ、自分のペースで過ごせるのが何よりです」

「最近、こういうお客様が増えているんですよ。皆さん、生き生きとされていて素敵です」

夕食も1人でゆっくりと味わった。誰かに気を使うことなく、自分の好きなように時間を使える幸せを、しみじみと感じた。

そんな充実した日々を送っている中、時々息子夫婦の現状を風の噂で聞くことがある。どうやら生活はかなり困窮しているようだった。ローンの審査は通らず、引っ越しを余儀なくされたとか。美紀は働きに出ることになり、孫の習い事も全てやめざるを得なかったそうだ。

「自業自得ね」

私は特に感慨もなく、つぶやいた。もう彼らは、私の人生には関係のない人たちなのだ。

先日、偶然スーパーで美紀に会った。痩せた顔で、以前の傲慢な態度はどこにもなかった。

「お母さん……」

美紀は私を見つけると、近寄ってきた。

「お久しぶりですね」

私は他人に対するように、挨拶をした。

「のお母さん、もう1度だけチャンスをいただけませんか?」

「チャンス?何のことでしょうか?」

「家族として、やり直すチャンスです」

美紀の目には涙が浮かんでいた。でも、私の心は動かなかった。

「申し訳ありませんが、私にはもう家族はいません」

「でも、血は繋がっているじゃないですか」

「血の繋がりと、心の繋がりは別のものです。あなたが教えてくれたことですよ。援助と親子関係は別だと」

私はかつて、美紀が言った言葉を返した。

「その通りですね。血が繋がっていても、心が通わなければ他人と同じです」

美紀は何も言えずに、立ち尽くしていた。

「お元気で」

私は会釈をして、その場を立ち去った。振り返ることはなかった。

今、私の部屋には陶芸教室で作った作品が並んでいる。どれも、自分のために作った大切な器たちだ。

「これが、私の選んだ人生」

湯のみでお茶を飲みながら、私は満足そうに微笑んだ。68歳。まだまだ人生は続く。もう誰かの顔色を伺うことなく、自分の好きなように生きていける。そのことが、こんなにも幸せだとは思わなかった。

理不尽に我慢し続ける必要はない。自分を大切にする権利は、誰にでもある。長年家族のために尽くしてきた方々には、堂々と自分の人生を選ぶ権利があるのだ。私の選択は、決して贅沢なものではない。むしろ、自分の尊厳を守るための当然の選択だったと思う。

お荷物と言われたなら、その荷物を下ろせばいい。それは、新しい人生の始まりでもあるのだ。窓の外では桜が咲き始めていた。新しい季節の訪れだ。私にとっても、これは第2の人生の春なのかもしれない。

恩を仇で返す人たちには、必ず報いが来る。それは運命でも何でもなく、自分たちの選択の結果なのだ。一方で、理不尽に耐えず自分を大切にする選択をした人には、必ず幸せが訪れる。私が今心から幸せだと言えるのが、その証拠だ。

もしあなたも、家族から理不尽な扱いを受けているなら、どうか自分を責めないでください。我慢することが美徳ではありません。時には、きっぱりと断ち切る勇気も必要なのだ。あなたの人生は、あなたのものだ。誰かの犠牲になる必要はない。自分を大切にすることから、本当の幸せは始まるのだから。

私は今、心から言える。あの日、息子夫婦に絶縁されたことは、むしろ私にとって最高の贈り物だったと。なぜなら、それが私に本当の自由と幸せをもたらしてくれたのだから。これからも、私は自分のペースで、自分のために生きていく。それが、68年間生きてきた私への、最高のご褒美だと思うのだ。

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