港で息子夫婦と義両親に見送られながら、私は500万円払ったはずの豪華客船に乗せてもらえず、一人取り残された。68歳の誕生日の朝、息子は言った。「母さんは黙って家で寝てろ」って。でも、彼らは知らない。私が一か月前に、彼らの借金と予約の偽りに気づいていたことを。そして、私がただの寂しい老婆ではないことを。船が港を離れたその時、私はスマホを手に取った。「計画通り実行して」。彼らが楽しんでいる間に、…

港で息子夫婦と義両親に見送られながら、私は500万円払ったはずの豪華客船に乗せてもらえず、一人取り残された。68歳の誕生日の朝、息子は言った。「母さんは黙って家で寝てろ」って。でも、彼らは知らない。私が一か月前に、彼らの借金と予約の偽りに気づいていたことを。そして、私がただの寂しい老婆ではないことを。船が港を離れたその時、私はスマホを手に取った。「計画通り実行して」。彼らが楽しんでいる間に、...

港の汽笛が鳴り響くなか、私は豪華客船を見上げながら、息子の冷たい言葉を反芻していた。68歳になる私は、つい先ほどまで家族と一緒にこの船に乗るはずだった。その旅費500万円を出したのは、ほかでもないこの私だ。風に髪を揺らしながら、私は静かにつぶやいた。

息子夫婦と義理の両親、四人は今頃船の上で乾杯でもしているのだろうか。三か月前、息子の健太郎から結婚三十五周年のお祝いに家族みんなでクルーズ旅行をしようと提案された時は、本当に嬉しかった。夫を失って五年、寂しい日々を送っていた私にとって、家族水入らずの旅行は何よりの楽しみだった。しかし、出発の朝に告げられた言葉は、私の期待を完全に打ち砕くものだった。

でも、実はこれもすべて私の計算通りだった。港に響く汽笛を聞きながら、私は不敵な笑みを浮かべた。彼らはまだ知らない。自分たちにどんな地獄が待っているのかを。

三か月前のことだった。息子の健太郎が久しぶりに我が家を訪れたのだ。

「母さん、今度家族みんなでクルーズ旅行に行こうと思うんだ。僕と秀の結婚三十五周年記念も兼ねて。」

その提案を聞いた時、私は心から嬉しく思った。最近めっきり顔を見せなくなった息子が、また家族の時間を大切にしてくれるのかと。費用は心配しないで、僕たちが出すから。そう言っていたはずなのに、結局「母さん、ちょっと今お金が厳しくて」と泣きつかれ、私が500万円を負担することになったのだ。

振り返れば、私はこれまでずっと息子夫婦を支えてきた。健太郎のマイホーム購入時には頭金800万円を援助し、孫の教育費として毎月10万円を五年間も送り続けた。夫が残してくれた退職金と保険金、そして私の三十八年間の教師生活で貯めた貯金から、総額で1000万円以上も渡してきたのだ。

「お母さんには本当に感謝しています。」秀はいつもそう言葉では言うが、最近の態度は明らかに違っていた。私を見る目が、まるで邪魔者を見るような冷たいものに変わっていたのだ。

旅行の準備が始まると、息子夫婦と義理の両親の態度は日に日にひどくなっていった。まず最初に違和感を覚えたのは、旅行の二週間前のこと。秀美が私の家にやって来て、こんなことを言い出した。

「お母さん、船酔いとか大丈夫ですか? もしかして、認知症のお薬とか飲んでませんよね。」

私は68歳で頭もしっかりしているし、健康診断だって何の問題もない。それなのに、まるで私が要介護者であるかのような扱いだった。

「心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫よ。」そう答えると、秀美は露骨にがっかりした表情を見せた。

その三日後、今度は義母の雪子から電話がかかってきた。

「はるみさん、クルーズ船での服装は大丈夫? みんなドレスコードがあるのよ。はるみさんの普段の地味な服じゃ恥ずかしいわよ。」

私は元教師としてきちんとした服装はしている。それに、このクルーズのために新しくフォーマルドレスも購入していた。

「ご心配なく、ちゃんと準備していますから。」

「あら、そう。でも、船の中では写真撮影も多いでしょうから。はるみさんは端っこの方にいてもらえる? うちの家族写真に変な人が映り込むのは嫌だから。」

変な人。義母は私のことをそう表現したのだ。500万円も出している私を、まるで招かれざる客のように扱う。その言葉に私は深く傷ついた。

出発の三日前には、家族会議と称して息子の家に集まることになった。私が到着すると、すでに健太郎夫婦と義両親の四人で話が進んでいた。

「母さん、来たの。実は部屋の配置なんだけど…」健太郎が申し訳なさそうに切り出した。「母さんの部屋、一番下のデッキになったんだ。上の方は全部埋まってて。」

豪華客船で一番下のデッキといえば、窓もない狭い部屋だ。500万円も払って、なぜ私だけがそんな部屋に押し込められるのか。

「私たち四人はスイートルームなのよ。」息子が得意げに言った。「家族なんだから当然でしょう。」

家族でも、私は家族ではないということだろうか。義父の正男も口を開いた。

「はるみさんは一人だから、狭い部屋でも問題ないだろう。それに、食事の時も別々でいいんじゃないか。はるみさんがいると、話が盛り上がらないし。」

私の存在が、まるで場を白けさせる邪魔者であるかのような物言いだった。

「そうそう、お母さん。」秀美が思い出したように言った。「船の中のカジノとか、そういうのはお母さんは遠慮してくださいね。ああいうのは若い人向けだから。」

若い人?

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七十代の義両親も参加するのに、68歳の私だけが除外される理由が分からない。

そして出発前日の夜、健太郎から最後の連絡が来た。

「母さん、明日は港まで自分で来て。僕たちは義父母を迎えに行くから、車に乗せる余裕がないんだ。でも、荷物もあるし、タクシーでくればいいじゃない。お金はあるんでしょう。」

息子のその言葉に、私は愕然とした。500万円出させておいて、港までの交通費まで出させるつもりか。もはや私はただの財布としか見られていないのだ。

当日の朝、私は重い荷物を抱えてタクシーに乗った。運転手さんが心配そうに声をかけてくれた。

「お客さん、ご家族は一緒じゃないんですか? 」

「ええ、先に行っているんです。」

嘘ではない。ただ、一緒に行くことを拒否されただけだ。

横浜港に到着すると、豪華客船の前で四人が待ち構えていた。私の姿を見ても、誰も近寄って来ようとしない。

「母さん、遅いよ。」健太郎が面倒臭そうに言った。私は彼らが指定した時間通りに来たのに。

秀美は私の荷物を見て鼻で笑った。

「お母さん、そんな大きな荷物で大丈夫? 船の部屋狭いって言ったでしょう。」

雪子も追い打ちをかける。

「はるみさんは本当に空気が読めないのね。みんなスマートに旅行するものよ。」

私が必死に選んで詰めた荷物を、まるでゴミのように扱う彼女たち。その時、私の心の中で何かが音を立てて崩れていった。

しかし、これはまだ序章に過ぎなかった。

豪華客船を目の前にして、私は胸の高鳴りを抑えることができなかった。どんなにひどい扱いを受けても、やはり家族旅行への期待は消えていなかったのだ。

「さあ、搭乗手続きをしましょう。」私がそう言って歩き出そうとした時、秀美が私の前に立ちはだかった。

「お母さん、ちょっと話があるんですけど。」

嫌な予感がした。秀美の表情が、いつもの作り笑いではなく、冷たい真顔だったからだ。

「実はですね、部屋のことなんですけど…」秀美は一度健太郎の方を見てから続けた。「予約の手違いがあって、部屋が三つしか取れなかったんです。」

私は耳を疑った。500万円払って五人分の予約をしたはずなのに。

「手違いってどういうことですか? 」

「だから、部屋が足りないんです。私たち夫婦で一部屋、お父さんとお母さんで一部屋、そして健太郎のお父さんとお母さんで一部屋。」

義父の正男が横から口を挟んだ。

「つまり、はるみの分がないということだ。」

まるで当然のことのように、淡々と宣い放った。私は必死に理解しようとしたが、頭が真っ白になっていった。

「でも、私が500万円払って五人分の予約を…」

「お金の話はもういいでしょう。」雪子が嫌そうに言った。「要するに、今回ははるみはお留守番ということよ。仕方ないじゃない。」

お留守番。まるで子供に言い聞かせるような口調だった。

私は息子の健太郎を見た。きっと何か説明してくれる、フォローしてくれると信じて。しかし、健太郎の口から出た言葉は、私の心を完全に打ち砕くものだった。

「母さん、正直に言うよ。最初から母さんを連れて行くつもりはなかったんだ。」

「えっ…」

「だって、母さんがいたらせっかくの旅行が台無しになるじゃない。」

「秀美さんの両親も一緒なのに。うちの母親だけいたら…」

「場違いでしょう。」

場違い。実の息子からそう言われたのだ。

「でも、お金は500万円、悪戯日として使わせてもらうよ。それが母さんの家族への貢献でしょう。」

健太郎は悪びれることもなく、当然のように言った。

「母さんは黙って家で寝てろ。どうせ船に乗っても何も楽しめないだろうし。」

黙って家で寝てろ。その言葉が鋭い刃物のように、私の心を切り裂いた。

秀美が追い打ちをかける。

「お母さん、これって結構良いことだと思いますよ。船酔いの心配もないし、体力的にも楽でしょう。」

「そうそう。」雪子も同調した。「おばあさんの年齢じゃ、十日間のクルーズなんて体が持たないわよ。家でゆっくりしている方が幸せよ。」

正男は腕時計を見ながら言った。

「もうすぐ出航時間だ。はるみさん、早く帰った方がいい。見送りだけでもありがたいと思いなさい。」

見送り。500万円払った私が、ただの見送り役。

その時、船から出航を知らせる汽笛が鳴り響いた。

「じゃあ、行ってくるね。」健太郎はあっさりとそう言うと、他の三人と一緒に搭乗ゲートへ向かい始めた。誰一人、振り返ることはなかった。

私は呆然と立ち尽くしていた。港の喧騒が遠くに聞こえ、目の前の光景が現実とは思えなかった。

しかし、次の瞬間、私の唇に小さな笑みが浮かんだ。

「やっと本性を現しましたね。」私は静かにつぶやいた。「でも、実は全て私の計算通りだったんです。」

四人の後ろ姿を見送りながら、私はバッグからスマートフォンを取り出した。画面には、ある人物からのメッセージが表示されていた。

「すべての準備が整いました。合図をお待ちしています。」

私は深呼吸をしてから返信を打った。

「計画通り実行してください。」

船が岸壁を離れていく様子を見ながら、私は心の中で言った。

「さあ、地獄の始まりです。全員まとめて落としてあげますよ。」

実は、私がすべてに気づいたのは一か月前のことだった。その日、健太郎が珍しく一人で我が家を訪れたのだ。しかし、様子がどこかおかしい。目が泳いでいて、落ち着きがなかった。

「母さん、トイレ借りるね。」

健太郎がトイレに行っている間、彼のジャケットのポケットから書類が落ちた。拾ってあげようとして、私は思わず目を疑った。それは消費者金融からの督促状で、借金の総額は500万円となっていたのだ。

さらに、もう一枚の紙にはクルーズ旅行の予約確認書があった。しかし、そこに記載されていた人数は四人。最初から私の分は予約されていなかったのだ。

「これは…」

私は素早く書類を元に戻し、何も知らないふりをした。健太郎が戻ってきても、平静を装い続けた。

その夜、私は決断した。もし本当に息子たちが私を騙そうとしているなら、それ相応の準備をしなければならないと。

翌日、私は長年の友人で探偵事務所を経営している山田さんに連絡を取った。

「はるみさん、久しぶりだね。どうしたの?

事情を説明すると、山田さんはすぐさま動いてくれた。一週間後、山田さんから驚くべき報告が届いた。

「はるみさん、息子さん夫婦だけじゃない。義理のご両親も真っ黒だよ。」

調査結果によると、義父の正男は年金を不正受給していた。すでに亡くなった親族の年金を五年間も受け取り続け、その額は600万円に上るとのこと。義母の雪子は老人会の会計を担当していて、そこから200万円を横領していた。そして秀美は、実家の関係の勤めている会社から300万円を着服していたのだ。

「全員、犯罪者じゃないか。」山田さんも呆れていた。「はるみさん、どうする? 警察に通報する? 」

「いえ、もう少し待ってください。完璧なタイミングがありますから。」

私は次に、四十年の友人で弁護士をしている佐藤先生に相談した。

「はるみさん、これはひどい。息子さんへの金銭贈与も、詐欺に問える可能性があります。」

佐藤先生はすぐに法的な準備を始めてくれた。贈与の取り消し、詐欺罪での告訴準備、そして私の全財産を守るための手続きを進めてくれたのだ。

「はるみさんの財産は信託という形で完全に保護します。もう誰も手を出せません。」

さらに、私は旅行会社にも連絡を取った。

「実は、予約に不備があることが分かりまして。」

電話口の担当者は親切に対応してくれた。

「春宮様がお支払いいただいた500万円ですが、キャンセルの場合は全額が春宮様に返金されます。ただし、搭乗後のキャンセルは同行者全員に請求が行きますが、よろしいですか? 」

「はい、それで結構です。ただし、キャンセルのタイミングは私から連絡するまで待ってください。」

「承知いたしました。」

次に、私は息子の会社の人事部長をしている知人に事情を説明した。

「春宮先生、健太郎君がそんなことを…信じられません。」

教え子だった人事部長は、深く考え込んでいた。

「実は最近、健太郎君の勤務態度も問題になっていたんです。これが事実なら、諭旨解雇も検討せざるを得ません。」

「今はまだ動かないでください。時期が来たらお願いします。」

最後に、私はSNSに詳しい知人の協力を得た。

「おばさん、これ全部本当なの?

ひどすぎる。」

「証拠は全て揃っています。適切なタイミングで拡散をお願いできる? 」

「もちろん。こんなひどい人たち、社会的に制裁を受けるべきよ。」

出航の日の朝、私は最後の確認をした。山田さんからは警察への通報準備完了の連絡。佐藤先生からは法的手続き準備完了の連絡。旅行会社からはキャンセル手続き待機の連絡。人事部長からは懲戒委員会開催準備完了の連絡。知人からはSNS投稿準備完了の連絡。すべての準備が整った。

三十八年間、教師として正義を教えてきた私が最後に教えるのは、因果応報という授業だ。

私はおにぎりをかじりながら、港へ向かうタクシーに乗り込んだ。復讐の舞台は整ったのだ。

船が港を離れてちょうど三時間が経過した頃だった。私は自宅のソファーに座りながら、スマートフォンの時計を見つめていた。午後二時。国際水域に入り、もう引き返すことができない地点だ。

「そろそろですね。」

私は旅行会社に電話をかけた。

「お待たせしました。春宮です。予約番号CGR-847の件で、正式にキャンセル手続きをお願いします。」

「承知いたしました。搭乗後のキャンセルということで、同行者の方々に費用全額の請求が行きますが、よろしいですね。」

「はい。なお、私は搭乗していませんので、500万円は私に返金されるということで間違いありませんね。」

「はい、その通りです。三営業日以内に春宮様の口座に全額返金いたします。」

電話を切ると同時に、私のスマートフォンが鳴り始めた。健太郎からだった。

「母さん、今船内放送で旅行がキャンセルになったってどういうこと? 」

「あら、健太郎、楽しんでいる? 」

「楽しむどころじゃない。500万円を今すぐ船会社に払えって言われてる。」

「それは大変ね。でも、私は関係ありませんよ。だって、私は搭乗していませんから。」

「何言ってるんだよ。母さんが払った金だろ。」

「いいえ、違います。私が払ったのは、私を含めた五人分の旅費です。でも、実際は四人しか搭乗していない。これは契約違反ですから、キャンセルさせていただきました。」

電話の向こうで、秀美の叫び声が聞こえてきた。

「お母さん、今すぐ取り消して!

お願い! 」

「秀美さん、私を家で寝かせろと言ったのは誰でしたっけ? 」

次は義父の正男の怒鳴り声だった。

「はるみ、ふざけるな! 今すぐ金を払え!

「正男さん、ところで年金の不正受給の件、税務署に報告させていただきました。」

電話の向こうが、一瞬静まり返った。

「なっ…何のことだ! 」

「亡くなったお兄様の年金を五年間も不正に受給していた件です。証拠は全て税務署と警察に提出済みです。」

今度は雪子の泣き声が聞こえてきた。

「はるみさん、やめて! 」

「雪子さん、老人会の横領金、100万円、早く返済した方がいいですよ。明日には告訴状が提出されますから。」

電話が秀美に変わった。

「お母さん、どうしてこんなひどいことを? 」

「秀美さん、あなたの会社での着服300万円の件も、人事部に報告済みです。多分帰国したら懲戒解雇でしょうね。そんな証拠、全てありますよ。探偵さんって、本当に仕事が丁寧なんです。」

健太郎が電話を奪い取った。

「母さん、冗談はやめろ!

「冗談? 健太郎、あなたの借金500万円はどうするつもり? 消費者金融って、取り立てが厳しいそうね。ああ、そうそう。あなたの会社にも全て報告させていただきました。懲戒解雇の可能性があるって、人事部長がおっしゃっていましたよ。」

その時、船内放送が聞こえてきた。

『春宮様、春宮様、至急船長室までお越しください。緊急の連絡が入っております。』

「あら、警察からの連絡かしら。日本の領海を出る前に、身柄を確保したいそうですよ。」

「母さん、嘘だろ? 」

「嘘じゃありません。全て本当です。ああ、もう一つお知らせしたいことがあります。」

私は深呼吸をしてから、最後の爆弾を投下した。

「今朝、遺言書を書き換えました。全財産は福祉施設に寄付することにしました。あなたたちには、一円も残しません。」

「そんな!

母さんの財産って…」

「退職金、夫の生命保険、不動産を合わせて、約一億二千万円です。全て私のものです。」

電話の向こうで、四人が騒ぎ始めた。船はすでに引き返し始めているようだった。

三時間後、横浜に強制帰港した四人が、真っ青な顔で降りてきた。港には警察官が数名待機していた。

「正男さん、雪子さん、詐欺容疑で任意同行をお願いします。」

義両親は抵抗することもできず、警察車両に乗せられていった。秀美の元には会社の上司が来ていた。

「君、明日から出社しなくていい。懲戒解雇だ。」

秀美はその場で泣き崩れた。健太郎は消費者金融の担当者に囲まれていた。

「春宮さん、借金期限が過ぎてますよ。今すぐ払ってもらわないと。」

最後に、四人は私の前に立ちはだかった。

「母さん、どうして…」健太郎が震え声で聞いた。

「同感で、それはこちらが聞きたいです。500万円も出させて、港に置き去りにする。そんな酷いことをする理由は何ですか? 」

「それは…お荷物が…」

「いいえ、消えて清々しましたよ。これが私からの宣戦布告です。」

私は四人に背を向けた。

「あなたたちが言った通り、私は家でゆっくり寝ることにします。一人で、自由に、誰にも邪魔されずに。」

振り返ることなく、私はタクシーに乗り込んだ。運転手さんがバックミラー越しに聞いてきた。

「お客さん、さっきの騒ぎ、大丈夫でしたか? 」

「ええ、大丈夫です。むしろ、人生で一番すっきりした日かもしれません。」

夕日が横浜を赤く染めていた。私の復讐劇は、完璧に幕を閉じたのだ。

その夜、知人からSNSの反響について連絡が来た。

「おばさん、もう三万リツイートよ。『究極の因果応報』『スカッとした』って、みんな大絶賛。」

「そう、よかったわ。」

「でも、おばさん、本当に全部寄付しちゃうの? 」

「いいえ。それは嘘よ。でも、あの子たちには一生教えません。」

私は静かに微笑んだ。最後の最後まで、私の手の内を見せるつもりはない。これが、三十八年間教壇に立った教師の、最後の授業だったのだ。

あの港での一件から一年が経った。今、私は地中海を巡る豪華客船のデッキで、穏やかな朝日を眺めている。隣には、教師時代からの親友である恵子さんと由美子さんがいる。

「はるみ、本当に来てよかったわ。こんな素晴らしい旅ができるなんて。」恵子さんが紅茶を飲みながら微笑んだ。

「去年のあの事件から、はるみは本当に変わったわよね。輝いているもの。」由美子さんも同意してくれた。

そう、あの日を境に、私の人生は百八十度変わった。

まず、息子夫婦のその後をお話ししましょう。健太郎と秀美は、あの事件から三か月後に離婚した。秀美は会社を懲戒解雇された後、実家に戻ったが、横領の件で民事訴訟を起こされ、今も裁判が続いている。健太郎は消費者金融への返済に追われ、結局自己破産を申請した。会社も退職し、今は日雇いの仕事で生計を立てているそうだ。

先日、町で偶然健太郎を見かけた。やつれた顔で、以前の面影はなかった。

「母さん…」健太郎は私を見つけると、近寄ってきた。「今更だけど、本当にごめん。俺がバカだった。」

「健太郎、謝罪は結構です。でも、一つだけ言わせてください。」

私は息子の目をまっすぐ見つめた。

「人を大切にしないものは、いつか必ず自分も大切にされなくなります。これが、母から息子への最後の教えです。」

健太郎は深く頭を下げて、立ち去っていった。もう二度と会うことはないだろう。

義両親の正男と雪子は、詐欺罪で有罪判決を受けた。執行猶予つきだったが、社会的信用を完全に失い、今は親族から見放されて老人ホームで暮らしているそうだ。

「自業自得というものですね。」私の友人で弁護士の佐藤先生が代弁していた。

一方、私の生活は驚くほど充実したものになった。まず、退職金と夫の遺産を合わせた一億二千万円の資産は、信託財産として完全に保護されている。月々の生活費として50万円が支給され、何不自由ない暮らしができている。

さらに、あの事件がきっかけで始めたボランティア活動で、素晴らしい仲間たちと出会った。

「はるみさん、今度の日曜日、みんなでバーベキューしない?

」ボランティア仲間の田中さんが誘ってくれる。彼女も、家族との確執を乗り越えた一人だった。

「いいですね。私、ポテトサラダ作っていきます。」

こんな何気ない会話が、今の私にとって何よりの宝物だ。お金では買えない、本当の友情。それを68歳にして初めて手に入れることができた。

そして今回の地中海クルーズ。これは、私が自分へのご褒美として計画したものだった。

「でも、はるみ一人じゃ寂しいでしょう。」恵子さんがそう言った時、私は即座に答えた。

「だから、あなたたちを誘ったんです。」

本当の家族って、血の繋がりじゃないんですね。三人で乾杯した。シャンパンの泡が、地中海の青い海に輝いている。

船のレストランでは、スタッフの方々が温かく迎えてくれる。

「春宮様、今日のディナーは特別メニューをご用意しています。」

「まあ、ありがとうございます。」

去年、港に置き去りにされた時は、こんな扱いを受けることなど想像もできなかった。でも今は、一人の人間として敬意を持って接してもらえている。

夜に戻ると、日本からメールが届いていた。ボランティアで支援している児童養護施設の子供たちからだった。

「春宮先生、お元気ですか? 先生が送ってくれた本、みんなで大切に読んでいます。先生みたいに強くて優しい大人になりたいです。」

涙が溢れてきた。これが本当の家族なのかもしれない。血は繋がっていなくても、心で繋がっている。

ふと、去年の今頃を思い出した。

「お金だけ出して、黙って家で寝てろ。」

あの言葉が、逆に私を解放してくれたのだ。家族という呪縛から、私を自由にしてくれた。

今、私は誰にも縛られることなく、自分の人生を生きている。行きたい場所に行き、会いたい人に会い、やりたいことをやる。これが本当の幸せというものでしょう。

探偵の山田さんから近況報告があった。

「はるみさんの件、うちの事務所でも伝説になってますよ。史上最高の復讐劇ってね。」

「復讐というより、自衛防衛でしたけどね。」

「でも、見事でした。悪いことをした人間がきちんと罰を受ける。これが正義ってものです。」

そうです。私がしたことは、決して間違っていなかったのだ。理不尽に屈してはいけない。自分の尊厳は、自分で守らなければならない。そして、悪には必ず報いがある。これらの教訓を身を持って証明できたことが、元教師としての私の誇りだ。

クルーズも終盤に差しかかった頃、恵子さんが言った。

「はるみ、来年はどこに行く? 南米クルーズなんてどうかしら?

由美子さんも目を輝かせている。

「いいわね。今度は一か月くらいかけて、ゆっくり回りましょう。」

私たちは、すでに次の計画を立て始めていた。人生は、七十歳近くなってもまだまだ楽しいことで溢れているのだ。

最後に、この物語を聞いてくださった皆様にお伝えしたいことがある。

家族だからと言って、理不尽を我慢する必要はありません。年齢を理由に諦める必要もありません。あなたには、幸せになる権利があるのです。もし今、家族との関係で苦しんでいる方がいらしたら、勇気を持って立ち上がってください。正しいことをしていれば、必ず道は開けます。

私、春宮はるみの経験が、少しでも皆様の勇気になれば幸いです。人生は一度切り。誰のためでもない、自分のために生きていいのです。68歳で気づいた私が言うのですから、間違いありません。

今、地中海の夕日が水平線に沈もうとしている。明日はまた、新しい港に到着する。どんな出会いが待っているのか、今から楽しみでならない。

「黙って家で寝てろ」と言われた私は、今、世界中を旅して人生を謳歌している。これが、最高の司会なのかもしれませんね。