「おばさん、うちの母を見なかった?」——4歳の震える声に、私は山に埋めた三人の死体を思い出した。里が焼かれ、人波に押し流されて母と手が離れたその子は、袖の紐を歯で噛み切った跡を残していた。私は三つの墓を一人で掘り終えたばかりで、もう誰も守りたくないと思っていた。それなのに、この子を背負って山を登ることになった。その夜、私は気づいた。この子の袖の噛み切られた跡が、どこかで見たものだと。そして、…

「おばさん、うちの母を見なかった?」——4歳の震える声に、私は山に埋めた三人の死体を思い出した。里が焼かれ、人波に押し流されて母と手が離れたその子は、袖の紐を歯で噛み切った跡を残していた。私は三つの墓を一人で掘り終えたばかりで、もう誰も守りたくないと思っていた。それなのに、この子を背負って山を登ることになった。その夜、私は気づいた。この子の袖の噛み切られた跡が、どこかで見たものだと。そして、...

「おばさん、うちの母を見なかった?」

震える声でそう尋ねたのは、4歳の金太だった。目の前に立つ女、おすずは、すでに3人を自らの手で葬った者だった。夫を埋めた。長男を埋めた。次男を埋めた。誰の手も借りずに穴を掘り、土をかぶせ、立ち上がった。もう手を貸してくれる者など誰もいなかった。

おすずがなぜこの見知らぬ子を背負って山を登ることになったのか。それは、もう少し前の話に遡る。

里は焼けていた。異国の兵が押し寄せてきたのだ。守護の使いが村の真ん中に立ち、声を張り上げていた。

「穀物は焼け! 井戸は埋めよ! 山に入れ! 残していけば、奴らがそれを食って、さらに攻めのぼってくるぞ!」

同じ言葉を繰り返す使いを、人々は初め動かなかった。自分の穀物に火を放てと言われて、簡単に従えるものはいない。誰もが互いの顔を見合ったまま立ち尽くしていた。

その時、一人の男が自分の穀物倉の扉を開いた。稲束を一束ずつ運び出し、火打ち石を打って火をつけた。炎が屋根を登ると、隣の家も、その隣も、次々と扉が開いた。庭という庭に火の手が立ち、穀物の焦げる、甘くて苦い匂いが一面に広がった。人々はその匂いを嗅ぎながら、泣くようにして煙の中を山の方へと押し出されていった。行く場所は、山しかなかった。

その波の中に、4歳の金太がいた。母の裾を両手で握りしめ、引きずられるように歩いていた。人が多すぎて、子供の目には周りの大人の足しか見えなかった。

突然、母が立ち止まり、しゃがみ込んだ。後ろから人に押されながらも、子供を自分の膝の間に引き寄せた。子供の目の高さに、母の顔があった。汗と煤で汚れた顔だったが、子供を見る目だけは、他のどの大人とも違っていた。

母は自分の袖の紐を歯で噛み切った。糸のほつれる音がした。それを子供の手に握らせた。そして、子供の袖の紐も噛み切り、自分の手に握った。

「母さんがお前のを思ってるからね。お前は母さんのを思っておいで。なくしても、これを見せれば、見つけてもらえるから」

子供は布切れを両手で包むように握った。母が立ち上がり、また子供の手を握った。

その時だった。後ろから人々が押し寄せ、反対側から荷物を背負った男が二人の間に割り込んできた。握った手が滑った。母が指先で子供の袖口を掴んだが、それも人並みに引き離された。子供は大人たちの足の間へ押し出され、転んだ。踏まれた。誰も、自分が子供を踏んだことにも気づいていなかった。

子供は必死に足の隙間を抜け出し、ようやく立ち上がった時、目の前には見知らぬ背中ばかりが並んでいた。

「母さん!」

声は人並みに飲まれた。もう一度呼んでも、誰も振り向かなかった。三度目に呼んだ時、声はもう外に出なかった。喉の奥で固まったまま、子供はただ口を動かしていた。

子供は握った拳を開いた。布切れが汗で手のひらに張り付いていた。それをまた固く握りしめ、人波が流れていく方へ、大人たちが行く方へ従って歩き始めた。立ち止まれば、この波に置いていかれる。4歳の体でも、それは分かっていた。

その波が向かう山の入り口に、一人の女がいた。

おすずだった。松の木陰の下に、土を持った小さな塚が三つ並んでいた。彼女は最後の土を手のひらで押し固めていた。爪の下はすっかり黒ずんでいた。夫と二人の子を、この山の麓まで運び、三日かけて一人で葬ったのだ。傍らの風呂敷包みには、死んだ三人が着ていた衣だけが入っていた。穀物は一粒もなく、何日も水しか飲んでいなかった。

墓の前に立ち、膝が折れそうになったが、足に力を込めて立っていた。手を合わせなかった。一度膝をつけば、二度と立ち上がれないような気がしたからだ。振り返ると、下の道を人の波が流れてきていた。その中に見知った顔は一つもなかった。おすずは背を向けて、山道を登り始めた。

日が傾き始めた頃、後ろで小さな足音がした。振り返ると、群れからはぐれた子供がいた。袖の片方の紐がなくなり、糸だけが残っていた。

「あっちへ行きなさい」

子供は立ち止まったが、おすずが歩き出すと、また足音がした。三度目に振り向いた時、子供が泣いていた。

「おばさん、うちの母を見なかった?」

「見なかったよ」

そう言って背を向け、百歩ほど歩いた。後ろの足音が消えていることに気づいた。おすずは立ち止まったが、振り向かなかった。そのまま数を数えても、やはり足音はしなかった。

引き返すと、子供が道端にうずくまり、片方だけの草鞋を脱ごうとしていた。草鞋の底が抜け、足の裏は擦りむけて血が乾いていた。もう片方の手は固く握りしめたままで、それでは脱げず、片手だけで必死にもがいていた。

おすずは傍らにしゃがみ、子供の足を見た。これでは歩けない。かといって、里へ戻すこともできなかった。麓はもう、あの兵たちの世の中だった。

おすずは山の上を見上げた。この山の奥に、猟師たちが暮らしているという話を聞いたことがあった。どの辺りかは分からなかった。この子を置いていくことも、ここで共に朽ちることも、おすずにはできなかった。ただ、これ以上、一人を失う痛みを増やしたくないという思いだけが、胸の奥にぼんやりとあった。

おすずは子供の前に背を向けてしゃがんだ。子供がおぶさってきた。首にすがりつくのに、片手は最後まで拳のままで、手首だけが引っかかっていた。おすずは立ち上がった。軽かった。それだけ食べていないということで、なお良くないことだった。

何も言わずに山を登り続けた。日が暮れかけた頃、峠を越えると、くぼんだ場所に掘っ建て小屋が並び、飯を炊く煙が低く立ち込めていた。老人が一人出てきた。虎蔵という者だった。手には縄を巻きつけ、おすずを頭の先から爪先まで眺め回した。背におぶわれた子供を見て、荷物を見た。

「ここには穀物はないぞ」

おすずは答えなかった。

「聞こえんのか。ここは十二人で、どんぐりで冬を越す暮らしだ。二人増えれば十四人。皆死ぬぞ」

それはもっともな言葉だった。何もない暮らしに、口が二つ増えるということ。老人はまず、自分が守るべき者たちを数えていたのだった。

人々が一人、二人と小屋から出てきたが、誰も近づかず、皆、十歩ほど離れて立った。七蔵が足を引きずりながら出てきて、戸口の柱を掴んで立ち止まった。おばばが手をこすりながら出てきた。

おすずが背から子供を下ろすと、子供はおすずの後ろに隠れた。人々は子供の足の裏を見て、紐がなくなった袖口を見た。誰も何も言わなかった。長い沈黙だった。子供だけがその沈黙を知らずに、おすずの裾を触っていた。

おすずが背の荷物を下ろし、結び目を解いた。着物が広げられた。男物の袖が一つ、女物の着物が一つ、男物の袴が一つ。どれも傷んでいないものばかりだった。新しくはないが、冬に重ね着するには惜しくないものだった。

虎蔵が着物を見て、それからおすずを見た。

「人の着物じゃな。誰か死んだのか」

虎蔵は言葉を続けられなかった。この着物があれば、冬を越せる人が増える。穀物より、よほど命を繋ぐものだった。

「この子の飯は、私が稼ぎます。私は手も足も達者ですから」

虎蔵はしばらく立っていたが、己の腰袋を解き、どんぐりを一つ取り出して子供の前に置いた。

「晩から食わせろ」

するとおばばが自分の前掛けからもう一つ掴み出し、置いていった。七蔵が足を引きずりながら来て、置いていった。お松が片手で乳飲み子を抱えたまま、もう一つ置いていった。名も知らぬ人々が一人ずつ近づいて、置いていった。どんぐりの落ちる音が一つずつした。子供の膝の前に、小さな山ができた。

虎蔵は背を向けながら、顎で向こうの小屋を指した。

「あそこの小屋に秋小屋がある。先月、人が出ていった」

そう言って去っていった。

子供はそれを見て、おすずを見上げた。どんぐりを一つ拾い、自分の口へ持っていきかけて止まった。それから、おすずの口に先に入れてやった。おすずの舌の上に、どんぐりの苦みが広がった。子供はそれを見届けてから、ようやく自分の分へ手を伸ばした。

夜になった。松明の火が一つ燃えていた。子供は壁際で丸くなって眠っていた。おすずは子供の袖を膝に置き、破れを縫った。片方の紐の場所に来て、手が止まった。糸屑だけが残って開いていた。引きちぎられた後ではない。歯で噛み切られた後だった。誰かがこの幼い子の前にしゃがみ込んで、自分の歯で紐を噛み切ったのだと知る手つきで、おすずはその場所を指先で撫でた。荷物から余った布切れを取り出し、その場所に仮縫いにしておいた。いずれ正式に縫い直すためだった。

子供の手を見た。眠っていても拳のままだった。指を差し入れて開かせようとすると、子供は眠りながらもっと強く握った。おすずは手を引き、代わりに袖をかけてやった。涙を見せることが恐ろしい人だった。見せれば、またいつかほぐらねばならないと信じていたからだ。それでもしばらくして寝返りを打ち、子供の方を見た。子供は片手を拳にしたまま、母の日の丸の手のひらに繰り込ませて眠っていた。おすずは長いこと、その小さな拳を見つめていた。

おすずは手足が達者だったから、どんぐり拾いにも山鳥取りにも山へ出た。子供は足の傷が癒えるまで小屋に置かれたが、おすずが戻る頃には戸口に出て座って待っていた。子供は自分の食べ物を先に人へ差し出した。貝を一つもらえば、おすずの口に先に運ぼうとした。痛くても、痛くないと言った。四つで言葉は短く、「おばさん」と呼ぶ声だけがはっきりしていた。

ある夜、深く眠り込んだ子供の手をそっと開いてみると、汗で張り付いた布切れがあった。おすずはそれをしばらく見つめ、また子供の手の中に戻して指を丸めてやった。子供は眠りながら、それを固く握りしめた。

昼になると、子供は庭を歩き回った。おばばが囲炉裏のそばに座っていると、子供はその横にちょこんと座り込み、おばばの小話を目をぱちくりさせながら聞いた。おばばは自分の分の塩を、子供の粥に少し振りかけてやった。塩が貴重な山だったから、それは大きな心遣いだった。

七蔵は足の悪い男で、座ってする仕事ばかりをしていた。ある日、子供を手招きし、その足を自分の膝の上に乗せて長さを測った。何日か座り込んで、大人の草鞋の半分ほどの小さな草鞋を編み上げた。爪先が可愛らしく、狭く上がっていた。子供がそれを履いて庭を駆け回ると、乾いた土の上に小さな足跡が刻まれた。人々がその足跡を見て笑った。七蔵が一番喜び、「合うか、合わないか」と何度も尋ねた。

虎蔵は子供を見て見ぬふりをしていたが、山から戻る途中、拾った山葡萄を子供の前にぽとりと落としてやった。子供がそれをおすずの手に握らせ、おすずが半分に分けて子供の口に入れてやった。

この山里に、悪い者は誰一人いなかった。何もない暮らしの中でも、幼い者を一人死なせはしない人々だった。ただおすずだけは、相変わらず距離を置こうとした。子供が寄り添っても、慰め方を知らなかった。子供が夜に寝つけず寝返りを打っていると、背をさすってやる代わりに、ただ横に座り、手を添えることだけをした。

秋が深まるにつれ、山の一日はそれぞれの持ち場で回っていった。虎蔵は夜明けに罠を見回り、七蔵は戸口に座って一日中草鞋を編み、おばばは塩の番をしながら小話をした。おすずはどんぐり拾いに人一倍遠くまで出て、人一倍遅く戻った。金太は飛び石で水を運んだ。小川から小屋まで大人の歩幅で二十歩ほどだったが、子供が汲んで戻る頃には半分もこぼれていた。それでも一日に何度も往復した。誰もそうしろと命じた者はいなかった。夕方には火が囲まれ、粥が分けられた。金太はいつしか、おすずの隣に座るようになっていた。誰がそうしろと言ったわけでもなく、子供が自分でその場所を選んで座り続けた結果だった。

ある夕方、麓から行商人が一人上がってきた。人々が集まって、一つの砦がまだ落ちていないという話を聞いた。人々は春まで持ちこたえれば、帰れるかもしれないと希望を抱いた。ただ虎蔵だけは「それでも冬は冬だ」と言った。人々が笑って受け流した。虎蔵は一人、山の上を見上げた。

その行商人が帰り際、大したことでもないように言い漏らした。

「麓の別れ道に女が一人いる。三日、同じ場所を回っているそうだ。子を探しているとかで、通りかかる者を誰かれ構わず捕まえて、何かを見せながら尋ねているらしい」

人々は「こんなに人の子を拾う者などいるものか」と言い、すぐに別の話に移っていった。ところが、おすずの手が止まっていた。石をつまんだままであった。誰もそれに気づかなかった。金太は庭の向こうで水を運んでいた。何も知らぬまま、よたよたと歩いていた。

山道の上に、平たい大岩が一つあった。そこから麓の別れ道が見下ろせた。何日か前から金太がそこに座り、下ばかり見ていた。おすずが子供を呼びに行くと、「もう少しだけ」と言って動かなかった。

三日目の明け方、おすずは誰にも言わずに山を降りて行った。彼女は別れ道まで降りて、女の姿がもうないことを知った。近くの畑にいた者に尋ねると、「二日前まで確かにいたが、それきり見ていない。北へ向かったという者もいれば、山道の方へ歩いて行ったという者もいた」という答えが返ってきた。おすずはその日の暮れ方まで、別れ道から続く細い道を辿って歩いた。名も知らぬ女を探して、日が沈むまで歩いた。それでも何一つ手がかりは見つからなかった。これ以上探せば、自分がここで倒れ、金太がまた一人になる。その思いが、おすずの足を山へ向けさせた。

日が暮れてから戻ってきた時は、手ぶらだった。裾が濡れ、顔に泥が跳ねていた。おばばは何も尋ねずに、水を汲んでおいてやった。その翌日から、おすずは子供を呼びに行かず、岩へ行って子供の横に座るようになった。

「おばさんも、誰か待っているの?」

「いいや」

「じゃあ、なんで座ってるの?」

ただ二人は並んで座り、何も言わずに下だけを見ていた。母を探して別れ道まで下り、それでも何一つ連れ帰れなかった者が、その隣に黙って座っていた。

やがて秋も終わりに近づき、山は急速に水気を失っていった。朝には木々や石の上に霜が薄く降り、日が登るとすぐに消えた。虎蔵が毎朝罠を見回りに山へ入り、運の良い日には山兎が一匹かかった。そんな日は、小屋中が一口ずつ汁の味見をできた。

ある夜、何の物音もしなかったのに、人々が一人ずつ眠りから覚めた。何のせいで目が覚めたのかも分からぬまま、覚めた。先に目覚めた者が外に出た。里の方の空が赤かった。火の手ではなく、空全体のものが染まっていた。雲の底が一面赤く、まるで誰かが天の低いところに赤い水を流し込んだかのようだった。人々は並んで立ち、その赤い空を見上げた。誰も言葉を発しなかった。

その時、谷を伝って音が登ってきた。

「タン」

人々が固まった。おばばが両手で自分の口を塞いだ。

「タン」

音と音の間が、少しずつ開いていった。人々が虎蔵を振り返った。この山に長く住んだ人だった。獣の声も、木の折れる音も、雷の落ちる音も知る人だった。あの人なら、この音の正体を知っているはずだった。だが、虎蔵はしばらくして、「獣の声ではない」とだけ言った。低い、確信のない声だった。

誰も再び横にはなれなかった。人々は庭にそのまま座り込み、夜が明けるのを待った。

夜が明け、虎蔵が山の上へ登り始め、おすずがその後を追った。しばらく登ると、岩の隙間にある洞窟があった。入り口が蔦で覆われた場所だった。虎蔵が蔦を払うと、暗い入口が姿を現した。その闇の中から、冷たい風が流れ出てきた。

洞窟の中へ、人々が入っていった。背負えるものだけを背負ってきた。鍋が一つ、塩が一つ、草鞋が数足、どんぐりを詰めた袋が一つ。小屋はそのまま残してきた。火を放てば煙が昇るので、何一つ焼くことはできなかった。狭い洞窟に十四人が入ると、膝を立て、身を寄せ合ってようやく収まった。壁は水が滲んで湿り、床は砂利で、座ると尻に食い込んだ。半日もすると、洞窟の中が人の匂いで満ちた。

虎蔵が人々を座らせ、低い声で言った。

「三つ守り通すことがある。一つ、火は雪の降っている間だけ炊くこと。降る雪の中なら煙も遠くからは見えにくい。だが、雪がやめば煙はそのまま空へ立ち上り、柱になる。麓から丸見えだ。だから雪が止んだら、すぐに消す。二つ、雪の上に足跡を残さぬこと。足跡は何日も残る。次の雪が降るまでは消えん。獣の足跡と人の足跡は違う。奴らはそれを見分ける。三つ、松の皮を剥いだら、剥いだ跡を土でこすって隠すこと。白いものは山の下からも見える。この三つさえ守れば、冬は越せる」

夜が来た。洞窟の中は真っ暗だった。金太が体を縮めた。

「暗い、怖い」

すると、おすずが手を伸ばして、子供の目を手のひらで覆った。

「目を閉じなさい。明るいところで閉じても、暗いところで閉じても、同じだよ」

子供が目を閉じ、しばらくして「本当だ」と言い、そのまま眠りに落ちた。おすずは子供が深く眠るまで、手を離さなかった。

冬になった。どんぐりが底を突き始めた。袋を逆さに振っても、残りはわずかだった。雪の降る日、虎蔵が人々を連れて松林に出た。足跡が雪に隠れる日にしか、出られなかった。松の根元に鉈を当てて外側の皮を剥ぎ、内側の白い皮を取った。一本の木から手のひらほどしか取れず、何本も剥がねばならなかった。剥いだ跡を土でこすって覆うと、その皮を鍋で長く煮て、粥を作った。久しぶりの日の明かりに、人々の顔が赤く染まった。腹が満ちたが、翌朝から子供たちが腹を抱えて泣いた。松の皮は腹に重かった。長く煮ても、幼い子供の腹には応えたのであった。大人たちは我慢した。金太も腹が痛かったが、「痛くない」と言い張った。

その夜、子供が眠った後、おすずは子供の着物の中に手を差し入れ、腹を触ってみた。硬かった。小さな腹が石のように張っていた。おすずは手のひらで長く撫でた。子供は眠りながら、小さく唸った。

日が明け、その日は雪が止んだ。虎蔵が外を覗き、「火を消せ」と言った。子供たちの手だけでも温めさせて欲しいと誰かが言ったが、虎蔵は水を一杓すくって火にかけた。火が消え、洞窟が真っ暗になった。それから寒さの質が変わった。骨の芯にまで染みる寒さだった。金太が入口の方へ這っていくと、おすずの声が強く飛んだ。

「ダメだと言ったろ」

洞窟の中が静まり返った。おすずがこの小屋に来てから、声を荒げたことは一度もなかった。子供は驚いて後ずさり、壁に着いた。手にした布切れを両手で握り、目に涙が滲んだ。おすずが手を伸ばしかけて、子供の肩に触れる前に止め、引っ込めた。おばばが金太を膝に抱き、擦った。

四日目、雪が降らなかった。洞窟が凍りつき、壁に霜が張った。人の息が壁に凍りついた。粥を掻き混ぜる手が曲がらなかった。お松の乳飲み子が乳を求めて泣き出し、顔を真っ赤にして泣いた。吸っても乳が出ないことに焦がれるように、赤子は激しく泣いた。洞窟の中で、赤子の鳴き声は危険だった。誰もそれを口にしなかった。だが、皆知っていた。声が外へ漏れれば、それを誰が聞くか分からなかった。

赤子が泣く。人々が闇の中で目を開けた。誰も何も言わなかった。それがなお恐ろしかった。明け方、赤子がまた泣いた。今度は長かった。お松の手が、赤子の口を塞いだ。赤子の足がバタついた。お松は驚いて手を離し、自分の手を見た。自分の手が何をしたのかを見ていた。手が震えた。悪い心を抱いたわけではなかった。追い詰められて、手が先に動いたのであった。

おすずが人の間を縫って進み、お松の前に座った。

「こちらへ」

赤子を受け取り、自分の小指を口に含ませた。赤子が吸った。乳は出ないのに吸った。それでも何かを含んで吸うことで安心したのか、泣き声が収まった。

その夜、赤子が泣きそうになるたび、誰かの指がその口元へ伸びた。何度したか、誰がしたか、誰も数えなかった。夜半になってようやく雪が降り始めた。虎蔵が火を起こさせ、残してあったどんぐりを薄い粥にして、お松に少しずつ食べさせた。夜明け前、赤子が乳を吸うと、わずかではあるが乳が戻っていた。

その雪が解け、数えて二日目、その日もまた雪は降らなかった。昼に雪が緩み、夜に凍ることを繰り返す度、松の根元を覆った土が少しずつ洗い流されていった。斜面の上では、昼に緩み夜に凍った雪が几帳面にも重なり、薄い板のように積もっていた。

虎蔵が岩の隙間から下を見て、体が固まった。無残な跡が、白く並んで見えていた。土で覆った皮を剥いだ跡が、雪解けで洗い流されていたのだ。獣は皮をあのように剥がない。これは人の仕業だと示す証だった。虎蔵はそこで長いこと動けなかった。誰にも言わなかった。自分が言いつけたことが、あの跡を残したということを、誰にも打ち明けられなかった。

翌日、丘の向こうに人影が動いた。二十人ほど散らばって、山を下りてきていた。何の音も聞こえなかった。遠すぎた。ただ、影が動いていた。洞窟の人々はまだ知らなかった。虎蔵だけが、その影を岩の隙間に張り付いて見ていた。その翌日には、小川のほとりまで降りてきて、氷を割って何かをしていた。風がこちらに向くと、武具のぶつかる音が届いた。規則正しく響く音だった。洞窟の人々にも分かった。子供の口を、大人たちが手で塞いだ。声を出すつもりのない子が、思わず声を出しかねないと、大人たちが先に手を当てていた。

翌日、すぐ下の斜面に動くものが見えた。松の根元を一つずつ調べながら登ってきていた。白く剥げた跡を一つずつ辿るように登ってきていた。話し声が聞こえた。一言も聞き取れない言葉だった。ただ、通りすがりの話をしているような口調だった。それが、なお恐ろしかった。

虎蔵が隙間から身を引き、壁に凭れて座った。その背が震えていた。七蔵が呼んでも、答えなかった。人々がその背中だけを見つめた。ただおすずだけは、この人が怖がっているのではないと分かった。怖がる者は、あのように震えない。何かを決意した者だけが、ああして震える。自分の手で三人を葬った者には分かることだった。人が何かを決意する時、どう震えるのかを、おすずは知っていた。

足音が洞窟の上の斜面でした。土を踏む音が天井の向こうを通り過ぎた。人だった。人々が壁に張り付き、息を止めた。お松が赤子を自分の胸に押し付けた。声を出させないと、自分の体で赤子を覆った。

虎蔵が立ち上がり、杖をついて洞窟の奥の暗がりへと歩いていった。初めの夜に何かを見つめていた、あの闇の中へ歩いていった。人々が目で問うた。「何をなさるのですか」と目で問うた。虎蔵が闇の中から振り返った。

「ここに穴がある。獣の巣であった場所だ。出れば、あの下の崖のずっと離れたところへ出る」

「なぜそれを言わなかった?」七蔵が尋ねた。

「使わずに済むことを願っていた。あそこから這い出て、そこから崖に足跡をつける。足跡を残しながら、反対側の谷へ引っ張っていく。追えば、一人の後でも奴らは皆そちらへついてくる。木の皮を剥げと言ったのも、土で覆えと言ったのも、この足だ。奴らを呼び寄せたのは、それだ。わしが呼んだものを、わしが連れ出す」

そして、もう一言付け加えた。

「わしはこの山に長く住んだ。わしだけが知る道がある」

それは本当のことだった。この山を知る者は、虎蔵だけだった。だから誰も言い返せなかった。洞窟の中に、何の音もなかった。天井の上を足音がまだ通り過ぎていた。誰も止めなかった。誰も「行くな」とも言わなかった。ただ、誰も何も言わなかった。虎蔵はその沈黙を待ち、悟った。誰も止めないということが、何を意味するのかを悟った。杖を壁に立てかけた。這い出るには、いらぬものであった。木の杖が石の壁に触れる音が、はっきりと響いた。それから、穴の前に膝をついた。

その時、闇の中で金太が人々の間を這い出てきた。誰も止められなかった。子供が虎蔵の手を両手で掴んだ。

「だめ」

虎蔵が手を引き抜こうとしたが、子供が力を込めて離さなかった。離せば、いなくなる。一度離して母を失った手が、二度と離す術を忘れていた。子供が片手を懐に入れ、どんぐりの一つを取り出した。夏から食べずに貯めておいたものだった。それを老人の手に握らせた。

「これを食べて、行かないで」

どんぐりが老人の指の間からいくつかこぼれ落ち、石の床を転がる音が闇の中に響いた。おばばが真っ先に崩れた。七蔵が這ってきて、虎蔵の足にすがりついた。

「じい様です。だめです」

その時、お松の赤子が声を出そうと口を開いた。お松の手がまた赤子の口へ向かうと、おすずがその手首を掴んで引き離し、自分の小指を赤子の口に入れた。赤子が吸い、静かになった。

天井の上を足音が通り過ぎた。遠ざかり、そして、止まった。誰も息をしなかった。動いているのは、老人の手を掴んだ子供の手と、赤子の口に含まれたおすずの指。その二つだけだった。足音がその場に止まった。土が一つ崩れ、床に落ちたどんぐりが一粒転がった。静まり返った洞窟の中で、その小さな音が大きく響いた。

次の瞬間、外で風が唸り、積もりに積もっていた雪の塊が斜面を滑り落ちる音がした。ずるずるという重い音が、洞窟の上を長く覆い隠すように響いた。斜面が崩れるのを恐れたのか、兵たちが何か言い合う声がして、足早に谷の方へと遠ざかっていった。消えた。

人々が声を殺して泣いた。おすずが子供を後ろから抱きしめた。耳元で囁いた。

「みんなで、帰ろう」

虎蔵が子供の手を握り返した。子供が掴んだ手を、今度は老人の方が握り返した。そして、離さなかった。今度は誰も、顔を背けなかった。夜が更けても、誰も横にはならなかった。皆、その姿勢のまま朝を待った。その夜の危機を、十四人は誰一人欠けることなく超えた。

翌朝、雪が山を覆っていた。兵の足跡も、松の白い傷も、その雪の下に消えていた。虎蔵が長く外を見た後、「火を焚け」と言った。人々がその言葉をすぐには理解できなかった。七蔵がようやく火打ち石を打った。煙が雪の中に散っていった。人々が皆で座り込んだ。笑う者もなく、泣く者もなかった。ただ座っていた。その朝まで、誰一人欠けなかった。

おすずが金太を抱きしめた。腕に力を込めた。

「うちの子」

子供が呆然としておすずを見た。いつも無愛想で声も立てぬ人が、自分を「うちの子」と呼んだ。子供がその言葉を理解できずにおすずを見上げた。おすずは何も言わずに、子供をさらに強く抱きしめた。虎蔵がその横に座り、子供の頭を撫でてやった。孫を扱うように、子供の頭を撫でた。

それから数日後、雪の降る日に、虎蔵が罠道を見回りに出た。戻ってきた老人は、麓から抜かれてきた男に会ったと告げた。

「砦は守り抜かれたという」

人々はその言葉を聞いても、しばらく何の反応も示せなかった。何を意味するのか理解するまで、時がかかった。それからおばばが泣いた。皆で座った人々の上に、雪がまた静かに降り始めた。煙出しもない洞窟から出た煙が、その雪の中へ散っていった。

しかし、冬そのものはまだ終わっていなかった。霜が過ぎ、正月も過ぎた。狭い岩の隙間に十四人が縮こまる日々は、なおも続いた。夜になれば誰かが咳き込み、誰かが体を丸めて震えた。金太は相変わらず片手に布切れを握って眠り、おすずはその横で毎晩子供の寝息を確かめてから目を閉じた。

雪解け水が洞口の岩を伝って落ちる音を聞いたのは、二月も終わりに近づく頃だった。人々はようやく冬を越した。山を降りねばならないという話がその日から出たが、元いた里は戻れないという知らせも一緒に来た。虎蔵が杖をついて山を下り、水が近く山を背にして前が開けた場所を一つ選んで戻ってきた。十四人がその空き地に降りてきた。戻るのではなく、初めから作り直すことであった。

柱を立て、土を練って壁を塗った。冬の間こわばっていた手が、久しぶりに土に触れた。金太は土を運んだ。もっこに詰めて運ぶうち、傾いてこぼすこともあった。虎蔵は叱らず、黙って隣にしゃがみ、置いた膝を軋ませながら一緒に土を拾い集めた。子供もその横に並んでしゃがみ、小さな手で老人の横から土を掬った。

ある日、おばばが山菜を取りに出て、「ここは種切れだ」と言って戻ってきた。山の上まで知る者は、おすずしかいなかった。おすずが籠を手に取り、金太がついていくと言って背負いだすと、おすずは「ダメだ」と言った。金太は口を尖らせたが、それ以上は言わなかった。おすずは昔の山道を登っていった。冬の間誰も通らなかった道だったから、足がずぶずぶと沈んだ。溶け切らぬ雪が足首まで埋まり、一歩ごとに足を引き抜かねばならなかった。それでも、道は体が覚えていた。

道の傍らに、土饅頭が三つあった。前年の夏、自分の手で築いたものだった。夫と長男と次男を、この場所に葬ったのである。森土が雪に押し潰されて低くなっていた。おすずが一瞬立ち止まってそれを見て、また通り過ぎた。そこから二十歩ほどの、道の曲がるところに、もう一つ低い土饅頭があった。前にはなかったものであった。雪解けで溶けたばかりの、短い草だけが姿を現した墓だった。その上に、枝に布切れが一つ結びつけられていた。すっかり褪せた色の木綿であった。端がほつれ、歯で噛み切られた跡があった。

おすずが足を止めた。半年余り、子供の袖に残る噛み切りの跡を毎日見てきた。その場所にあったはずの紐が、今、この木の枝に結ばれていた。おすずは籠を地に下ろし、凍った結び目を爪でほぐして解いた。手に握り、長く立っていた。それから墓を見た。森土は半分崩れ、石一つ載せられていなかった。何も知らず、どこの者かも知らぬ誰かが、道に倒れた人をそのままにはできず、手で土をかぶせて去っていったのであった。

おすずは膝をついた。今度は膝をついた。素手で凍った土を掻き集め始めた。凍った土はなかなか掘れなかった。爪で削り取った。爪が割れた。それでも掘り続けた。半ば崩れた森土をまた積み上げていった。土を運んでは乗せ、手のひらで叩いて固めた。半日かかった。日が傾くまで、土を積み上げた。

墓を作った者は、死者の手に握られていた布を目印として枝に結んだのであろう。その布には、固く握りしめ続けた皺がいくつも残っていた。おすずは手に握った布を見た。これを持って帰れば、子供の袖につけてやれる。母が残したものであるから、子供のものだ。そうすれば、子供はいずれ知ることになる。自分の母がどこに眠り、なぜ迎えに来られなかったのか、その全てを。だが、子供はまだ四つだった。全てを飲み込むには、幼すぎた。

おすずはその布切れを別の小さな布に包み、森土の上に置かれた石の下にそっと差し入れた。埋めて隠すのではなく、いつかこの子が大きくなって尋ねてきた時に、そこにあるように。おすずは額を土につけた。何も言わなかった。長いこと、そうしていた。三人を葬っても手を合わせなかった人が、名も知らぬ他人の母の墓の前で、額を土につけた。

夕方、おすずは空の籠を下げて降りてきた。山菜は一口も摘まなかった。村に入ると、おばばが縁側で待っていた。

「なぜ、手ぶらなのですか」

「場所が良くなかった」

おすずはそれだけ答えた。おばばがおすずの手を見た。爪が割れていた。手の甲がすっかりひび割れていた。山菜を積んでそうなる手ではなかった。だが、洞窟で真っ先に泣き崩れたおばばは、今度は何も尋ねなかった。水を一杓(ひしゃく)汲んできて、おすずの前に置いてやるだけであった。おすずがその水に手を浸した。冷たい水に、割れた爪が染みた。それでも、手を浸したままじっとしていた。おばばはその傍らに座り、おすずの背を何度かさすってから、立ち上がった。

その夜、火の前で汁をかき混ぜていると、金太が懐から布切れを取り出して眺めていた。ふと尋ねた。

「おばさん、うちの母を見なかった?」

おすずの手が止まった。子供が山で最初におすずと出会った時に尋ねたのと、全く同じ問いだった。あの時「見なかった」と答えたのと、同じ言葉で応えた。

「見なかったよ。きっと、どこか安全なところにいらっしゃるよ。お前が大きくなれば、きっと会える」

「大きくなったら、会えるの?」

「会えるよ」

「いつ、大きくなるの?」

「たくさん食べたら」

金太は布切れを懐へ仕込んだ。それから、飯をよく食べた。おすずは汁をかき混ぜる手を止め、鍋の縁を両手で掴んだ。声も立てなかった。

数日過ぎた昼、おすずが金太の袖を膝に置いた。子供は庭で遊んでいた。おすずは袖の紐の跡を見た。仮縫いにしておいた布切れの跡が、そのままあった。おすずがその糸を一本ずつ丁寧に解き、布切れを取り去った。開いた場所が、再び見慣れた形になった。おすずは自分の袖の紐を見た。まだ無事だった。針を口に加え、自分の紐を歯で噛み切った。糸のほつれる音がした。あの年の夏、子供の母が人並みに押し流されながら自分の紐と子供の紐を歯で噛み切り、互いの手に残した、あの音と全く同じ音だった。

おすずは噛み切った紐を、子供の袖の空いた場所に当てた。何度も糸を巻き、結び目を固く締めた。今度こそ、二度と離れぬように丁寧に縫いつけた。夕方、子供がその袖を着て出てきた。新しくついた紐を手で触ってみたが、色が違うことに気づいても、何も言わなかった。四つの子だったから、そのままにして遊んだ。

夕飯の支度をしながら、おすずはその小さな背中をしばらく見ていた。何かが胸の奥で動いていたが、それを言葉にする術をおすずはまだ持っていなかった。

おすずが火で飯をよそっていた。

「おいで、ご飯だよ」

庭から返事が来た。

「うん、母さん」

おすずが固まった。杓子を持ったまま固まった。子供も驚いた。思わず出た言葉だった。それから、また何事もなかったように遊んだ。しばらくして、子供がまた呼んだ。

「母さん、なんで返事しないの?」

おすずが背を向けたまま答えた。

「うん」

それから、杓子を持ったまま泣いた。声は立てなかった。涙が頬を伝って、汁の中に落ちた。三人を葬っても声をあげて泣かなかった人だった。その人が、「母さん」という一言に、声もなく泣いた。子供が駆け込んできて、火の前に座った。おすずが振り向いて飯をよそった。顔は、もういつもの顔だった。

十二年が過ぎた。金太が大きくなり、袖を変えるたび、おすずはあの日の紐を新しい袖へ縫い直した。布は古びても、紐だけは十二年金太の胸元を離れなかった。秋日には畑ができ、家が幾つか立ち並んだ。庭には子供たちが駆け回っていた。あの冬を越えて生き延びた人々が、その場所に村を成して暮らしていた。

十六になった金太が庭に立っていた。背はおすずより高くなっていた。四つの子が土をこぼしていた、あの手は、今は大人の男の手になっていた。手には、古びた杖が一本握られていた。虎蔵がついていた杖だった。己の手で人を生かそうとし、己の手が人を呼び寄せたことを知って、己の命でそれを償おうとした老人は、もうこの世にいなかった。杖だけが、金太の手に残っていた。

おすずが家から出てきた。四十にも満たぬのに、背は以前より随分丸くなっていた。それでも毎年この季節になると、「芝を取りに行く」という口実で、おすずは一人山へ登っていた。誰にも語らなかったが、あの低い土饅頭に生えた草を抜き、土を固め、石を一つ新たに乗せることを、十二年続けてきたのであった。

その日、おすずは金太を呼んだ。山へ、二人で行こうと言った。金太が腕を差し出し、おすずがその腕を掴んだ。二人並んで山道を登った。かつての平たい大岩の前を通り過ぎたが、おすずは足を止めなかった。そのまま、さらに奥へと歩いた。道が曲がるところで、おすずが足を止めた。低い土饅頭が一つ、草に覆われて残っていた。

「ここにお前を産んだ母さんが、眠っている」

金太が動かなかった。長いこと、その森土を見つめていた。おすずが石の下から褪せた紐を取り出した。歯で噛み切られた跡のある、褪せた木綿だった。

「これは、お前の紐だ。母さんがお前の袖から噛み切り、最後まで離さなかったものだ。あの春、ここで見つけた」

金太はすぐには受け取らなかった。それは四つの自分の袖から、母が噛み切って持っていった紐だった。母が持っていったものを、自分は長い間、行方さえ知らなかったもの。金太はしばらく動かなかった。

「なぜ、今まで言わなかったのです」

「四つのお前には言えなかった。一日伸ばし、また一日伸ばすうちに、今更言えばお前を二度傷つけると思った」

おすずはそこで言葉を切った。だが、本当は、母と呼ばれなくなるのが怖かった。金太が母の墓を見つめたまま、また尋ねた。

「母さんは、私を探していたのですか?」

「別れ道で三日、お前の紐を見せながら、通る者全てに訪ねていたそうだ。私が降りた時には、もういなかった」

金太は何も言わなかった。それから森土の周りに目をやった。草が刈られ、土が新しく固められ、石が乱れなく積まれていた。何もない墓には不似合いなほど、丁寧に手入れがされていた。

「この墓を十二年間、守っていたのは」

おすずは答えなかった。答えなくとも、金太には分かった。「芝を取りに行く」という口実で毎年一人山へ登っていた背中を、金太は何度も見ていた。

金太が紐を受け取った。両手で包むように握った。それから墓の前に膝をつき、長く頭を下げた。おすずはその後ろに立ち、何も言わずに待った。日が傾きかけた頃、金太が顔を上げた。手の中の紐をしばらく胸に当てていた。それから、石の下へそっと戻した。

「母さん、これはここに置いていきます。母さんが、持っていてください」

そう言って、自分が十二年ずっと懐に守ってきた、もう一つの紐だけを取り出した。母が自分に握らせた、あの紐だった。それを確かめるように握り直し、今度は懐の奥深くへしまった。立ち上がり、振り返っておすずを見た。

「行きましょう」

そう言ったのは、金太だった。山を降りる道すら、金太が手を差し伸べた。おすずの手を握った。大きく荒れた手が、おすずの小さく曲がった手を包んだ。何も言わなかった。母の手を離して人並みの中で母を見失った子供。自分のせいで誰かがいなくなることを恐れて洞窟の中で老人の手を離さなかった子供。嘘を十二年生きた人の隣を、それでも選んで歩く大人になっていた。十二年前、おすずが自分の袖から噛み切った紐は、金太が大きくなる度、新しい袖へ縫い継がれてきた。今もその紐は、金太の胸元についていた。そして、懐には、四つの時母が手に握らせてくれた紐があった。一つは産んだ母が最後に託した紐。もう一つは育てた母が自分の袖から切り、縫いつけてくれた紐。金太はそのどちらも、手放さなかった。

二人はそうして、手を取り合って山を降りていった。若く力強い足音と、小さく曲がった足音が並んで、土を踏んだ。その二つの足音が並んで、遠ざかっていった。山の麓には、あの冬を生き延びた村があった。家から夕餉の煙が昇り、子供たちの声が聞こえていた。残ったのは、山の麓の村と、並んで山を登り下りする二人と、色の違う二本の紐だけであった。それでよかった。春が、過ぎて行こうとしていた。

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