病院からの電話が鳴ったのは、何の前触れもない朝だった。
「大変申し上げにくいのですが、お父様が今朝、お亡くなりになりました」
突然の心停止。これまで大きな病気ひとつしたことがなかった父の死に、私は言葉を失った。そして、何度電話をかけても、夫の陽介には繋がらなかった。彼は今、温泉旅行に行っている。
葬儀の日まで、陽介からの連絡はなかった。最後の望みを託して電話をかけたその瞬間、彼は開口一番、こう言い放った。
「寄生虫が勝手に話すな」
罵倒にショックを受ける間もなく、私は父の死を伝えた。
「死んだものはしょうがないだろう」
背後からは義両親の笑い声が聞こえてきた。「これで会社はどうなるのかしら」「当然、陽介が継ぐさ」。その瞬間、私の中で何かが確かに切れた。
私は村恵。名門大学を卒業し、複数の外資系企業からオファーがあったが、すべて断り、父の会社で秘書として8年間、彼を支えてきた。父の井村義彦は、戦後の混乱期に身を起こし、40年かけて従業員1000人を超える大企業を築き上げた立志伝中の人物だ。
陽介は、父が10年前に中途採用で迎え入れたエリートだった。常に父に忠誠を誓い、社内でも一目置かれる存在。私たちは社内恋愛の末、2年前に結婚した。
しかし結婚を決めた時、父は私に厳しい言葉を投げかけた。
「恵、女は結婚したら夫に尽くすものだ。仕事より家庭を優先しなさい」
私はその言葉に従い、会社を辞めて専業主婦となった。当時はそれが正しい選択だと信じていた。
結婚後、陽介の様子は明らかに変わっていった。社内の飲み会では「お父さんの後継者は娘の俺だからな」と同僚に言い放ち、父の前では猫を被って忠実な部下を演じるくせに、家では態度が一変した。
「おい、今日の夕飯は何だ? これじゃ食えないぞ」
「でも、あなたの好きなハンバーグを作ったのに」
「こんなものハンバーグじゃない。まずい」
私が心を込めて作った料理を一口も食べずにゴミ箱に捨てることもしばしばだった。社内でも彼の二面性は有名になりつつあった。父の前では模範的な社員を演じながら、裏では部下に横柄な態度を取り、女性社員たちに不適切な言動を繰り返していた。しかし、被害者が訴えても、父の娘という盾があるため誰も手を出せなかった。
さらに、陽介の義両親も私の悩みに油を注ぐ存在だった。義母の恵子は58歳で、義父の武夫は取引先の専務。2人とも息子が大企業の後継者という箔でいい気になり、私に会うたびに自慢げな態度を見せる。
「恵ちゃん、うちの陽介がお父様の会社を継ぐことになって本当に良かったわね」
「まだ決まったわけではないんですが」
「あら、でも他に誰がいるの?」
義両親は何の連絡もなく突然訪ねてきては、私の私物を無断で使い、抗議すれば「嫁のくせに気安い」「息子に食べさせてもらってる身を忘れるな」と逆切れされた。陽介はそんな義両親の味方ばかりした。義両親が帰った後には、私への長時間の説教が待っていた。
「お前の価値は、俺と両親を支えることだけだ」
3人で私を精神的に追い詰め、涙する姿を楽しむことさえあった。あまりの理不尽さに涙ながらに父へ訴えたこともあるが、父は「恵、我慢しなさい。これも妻としての務めだ」と取り合ってくれなかった。男は仕事、女は家庭。その鉄則を守りなさいと。私は完全に孤立無援だった。
そんな中、突然母が病に倒れ、あっという間に亡くなってしまった。悲しみに暮れる間もなく、葬儀から帰宅した私を待っていたのは厳しい現実だった。
「いつまで家事をサボるつもりだ?」
「亡くなったのはあなたのお母さんだけでしょう。我々にまで迷惑をかけるな」
「それを言い訳にするな。死んだ人はもう戻ってこないのよ」
あまりに酷な言葉の数々に、私は何も言い返せなかった。
陽介の帰宅は次第に遅くなり、私が玄関で出迎えないと露骨に不機嫌になる。夕食時に少しでも不満があると、容赦ない暴言が飛んだ。深夜に及ぶ料理の作り直しは日常茶飯事になり、しまいには生活費さえ入れなくなった。
「これでは生活できないわ。食費も光熱費も払えないのよ」
「専業主婦は寝て食べて楽だな。金の話ばかりして。うるさい。自分で何とかしろ」
侮辱的な言葉に心が砕けそうになった。家事をしても決して認められず、何をしても否定される日々。やがて陽介の服から見慣れない香水の匂いがするようになり、隠れてスマホをいじる頻度も増え、パスワードを変更していることに気づいた。私は彼の浮気を疑い始めた。
「最近遅いのね」
「仕事だ」
「本当に仕事なの?」
「うるさい。お前に説明する義務なんかない」
休日も「会社の付き合い」と言って出かけることが増えた。義両親も陽介の言動を擁護するばかりだった。
「男の人は忙しいのよ。いちいち詮索するものじゃないわ」
私は次第に自分の存在価値すら見失いそうになっていた。
そして、あの日がやってきた。突然の父の訃報。私は何度も陽介に電話をかけたが繋がらず、葬儀の日にようやく繋がった電話で、彼は「寄生虫が勝手に話すな」「死んだものはしょうがないだろう」「後悔しない?」「するかよ。どうせお前なんか社長が死んで良かっただろ」と言い放った。
その瞬間、私の中で何かが完全に切れた。もう二度と彼らの顔を見たくない。しかし、私はまだ気づいていなかった。この後に彼らを待ち受ける運命を。
父の葬儀から一夜明けた朝、私は静かに決意を固めた。これから始まるのは、新しい戦いだ。
私は会社の総務部長に電話をかけた。
「おはようございます。井村恵です。お願いがあります。次期社長選定の役員会議に、弁護士同伴で私も参加させてください」
「え、しかし恵さんはもう社員では…それに弁護士って」
「父の会社の行く末を見届けたいのです」
私は弁護士同伴の理由を総務部長に伝えた。少し沈黙した後、彼は答えた。
「そういうことでしたか。わかりました。では、特別に役員会議の参加を認めます」
そして、私は弁護士と共に会社へ向かった。会議室に入ると、役員たちがすでに着席していた。
「井村さんのご逝去は、私たちにとっても大きな衝撃でした」
「今日は何か重要なお話があるのですか?」
「はい、でもまずは夫を待ちましょう」
私の心臓は激しく鼓動していたが、表情には出さないようにした。会議の開始時刻を30分過ぎても、陽介は姿を表さない。やがて彼はのんびりとした足取りで入室してきた。
「お待たせ。忙しくてな」
彼の表情には余裕すら感じられた。陽介は私がいることに気づくなり、命令調で言った。
「おい、コーヒーを持ってこい」
しかし私は彼を無視し、会議テーブルの上座近くに堂々と座った。
「何をしてる? お前の席はそこじゃない」
「陽介さん、彼女は今日、特別参加者です」
陽介は不満げな表情で席についた。「どうせ社長は俺に決まってる。会議なんて時間の無駄だ」
「それでは、井村社長逝去に伴う臨時役員会議を始めます」
緊張感が漂う中、専務が私に向かって言った。
「恵さん、何かお話があるそうですね」
私はゆっくりと立ち上がり、陽介の方を向いた。
「陽介さん、私はあなたに離婚を求めます」
「は? 何を言い出すんだ。ここは会社の会議だぞ」
「それは承知しています。しかし、あなたの次期社長候補としての適正にも関わる問題です」
私はノートパソコンを開き、プロジェクターに映像を映し出した。そこには、陽介がある女性と親密に過ごす様子が映っている。
「これは、陽介さんがある女性と密会している映像です」
役員たちからどよめきが起こった。
「なんだこれは? プライバシーの侵害だぞ」
慌てる陽介を無視し、続いて私は別の映像を映し出した。
「今度旅行にでも連れて行ってやるよ。もちろん2人きりでな」
「嬉しい。でも奥様は」
「あいつは気にするな。どうせ家事をすること以外は役に立たないやつだ」
会議室の空気が凍りついた。さらに、私は陽介が日常的に私に浴びせていた暴言の録音データを流し始めた。
「寄生虫が勝手に話すな」
「お前なんか社長が死んで良かっただろ」
「女のくせに生意気だ。お前の価値は家事だけだ」
役員たちは呆然とし、陽介は一瞬、動揺の色を隠せなかった。
「こ、これは編集されている。捏造だ」
「これらの証拠は第三者の立ち合いのもとで録音されています。捏造の可能性はありません」
しかし、陽介はすぐに平静を取り戻した。
「プライベートは関係ないだろう。離婚したきゃ離婚してやる。慰謝料も好きなだけくれてやるよ」
「本当にそれでいいのですか?」
「もちろんだ。どうせ俺は次期社長になる。お前なんか必要ない」
その時、会議室の扉がゆっくりと開いた。誰もが息を飲む中、なんとそこには、亡くなったはずの父、井村義彦が元気な足取りで姿を現したのである。
「な、なんだ? 幽霊か?」
「幽霊ではないよ、陽介君」
会議室は騒然となった。陽介は震える手で携帯電話を取り出し、何かを操作し始める。
「両親に連絡するのかい? 心配しなくていい。彼らも呼んであるよ」
そう言うや、会議室の別の扉が開き、陽介の両親が警備員に両腕を掴まれ、引きずり込まれるようにして現れた。
「何よ、これ。どういう了見だ」
「座りなさい、お2人とも」
父の声には、これまで聞いたことのない厳しさがあった。
「義彦さん、あなた生きていたの? どういうことだ?」
「皆さん、私の訃報は全て芝居でした」
「芝居? どういうことですか?」
「陽介君の本性を暴くための芝居だ」
父は落ち着いた口調で説明を始めた。
「私は娘が結婚してから彼女の様子がおかしいことに気づいていました。しかし、私の前では陽介君は常に模範的で、問題の原因が見えなかった。ところが先日、ある社員から陽介君の本当の姿を教えてもらったのです」
陽介は呆然とした顔で私を見た。「お前、知ってたのか?」
「私もこの事実を知ったのは旅行に出かける直前よ。父から電話があったの。陽介に電話をかけて録音しなさいって」
あの日、陽介に電話をかける直前、私は父から突然の連絡を受けていた。全ては陽介の本性を暴くための父の計画だったのだ。
父は陽介に厳しい視線を向けた。
「陽介君、君は私の娘を辱め、会社を私物化しようとした」
「違います。それは誤解です」
「誤解? 先ほどの証拠を見ても、まだそういうのか?」
「あれは…」
陽介は言葉に詰まった。
「陽介君、君はもはや社長候補ではない。役員の皆さんも証拠をご覧になりましたね」
続いて父は義両親にも厳しい視線を向ける。
「あなた方も娘を虐げることに加担していた」
「私たちは…誤解です。恵さんを大切に…」
「嘘はよしなさい。全て録音されています」
義両親は言葉を失った。
「井村社長、我々は何も知りませんでした」
「分かっています。皆さんにご迷惑をおかけして申し訳ない」
そして父は陽介に向き直った。
「陽介君、君はもう我が社とは無関係だ」
陽介は突然、床に頭を擦りつけるように土下座した。
「お願いします。社長、もう一度チャンスを」
「遅い」
「何でもします。どうかお許しを」
「私を騙せても、恵は騙せなかったな。恵、お前から言ってくれ」
陽介は私に必死の形相で訴えた。しかし、私は静かに首を横に振った。
「もう遅いわ」
陽介は全てを失った表情で私を見つめている。
「なぜだ?」
「愛は見せかけられても、尊敬は偽れないんだよ」
父は静かに立ち上がり、会議室の全員に視線を向ける。
「本日の会議では、次期社長を決めなければならない。私はこの通り元気だが、そろそろ後継者を決めたいと思っていた。そこで、長年会社を支えてきた専務を次期社長候補に指名する」
専務は驚いた表情を浮かべたが、すぐに真剣な面持ちになった。
「ご指名いただき光栄です」
「君なら大丈夫だ。誠実さと能力を兼ね備えている」
陽介は逆上し、椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。
「俺を外すのか。そんな会社はどうせ潰れるんだよ!」
「私を外すのは、単なる親子の感情論だろう」
「違う。純粋に能力と人格の問題だ」
「笑わせるな。俺がどれだけ会社に貢献してきたか、お前が一番知ってるだろう」
その言葉に、会議室の空気が凍りついた。その時、義母が突然立ち上がった。
「息子を落とし入れるなんて、あなたたち親子の所業を世間に知らせてやる!」
しかし父は穏やかに答えた。
「どうぞご自由に。ただし、あなた方の悪業も全て公開されますがね」
その言葉に義母は一瞬たじろいだ。「よ彦さん、話し合いましょう。ここは冷静に」
「冷静さを欠いているのは君たちの方だ」
私はこの機会を逃すまいと、再びノートパソコンを操作した。
「皆さん、陽介の不倫相手をご覧ください」
スクリーンには、美しい女性の顔写真が大きく映し出された。
「やめろ!」
「この女性は、ただのホステスではありません。実は、ライバル企業のスパイなのです」
会議室に衝撃が走った。
「私は探偵を雇って、この女性の素性を調査しました」
弁護士が資料を配り始める。
「こちらが調査報告書です。この女性は、ライバル企業に雇われたスパイであることが明らかになっています」
「出たらめだ!」
「出たらめではありません。証拠があります」
私は新たな映像を映し出した。そこには、陽介が例の女性に書類を渡す場面が映っていた。さらに別の録音データを再生する。
「この図面、重要なんだろう?」
「ええ、これがあれば入札額が分かるわ」
「俺の価値、分かっただろう?」
「ええ、十分よ。でも、もっと欲しいわ」
役員たちは顔色を変えていた。
「これは明らかに機密漏洩です」
「どれほどの被害が…」
陽介は血の気が引いた顔で弁解しようとする。
「これは…違う。編集されている」
「編集などしていません。これは先月の土曜日、銀座のホテルで撮影されたものです」
父は重く口を開いた。
「陽介君、君がスパイに渡した情報により、我が社は大きな損害を被った。先月の海外案件だ。突如、ライバル企業が我々の見積もりよりわずかに安い金額を提示してきた。その損失額は10億円以上と試算されている。会社として、陽介君個人への損害賠償請求も検討している」
陽介は言葉を失った。
「会社を潰そうとしたのは、どっちだ?」
その言葉に、陽介は完全に撃沈した。
「これは陰謀よ! 息子を嵌めようとしているのね!」
「啓子さん、証拠は全て揃っています。警察に通報することも検討しています」
その言葉に、義母は言葉を失った。その時、総務部長が会議室に入ってきた。
「社長、警察の方が到着しました」
「警察だと? 待ってくれ!」
「産業スパイへの情報漏洩は犯罪だ。責任を取ってもらう。それと、陽介君の役員解任について、皆さんの意見を聞かせてください」
「解任に賛成します」
「私も賛成です」
「では、全会一致で陽介君の役員解任が決定しました」
「そんな…」
「警備員、彼らを出してください」
2人の警備員が現れ、陽介と義両親を会議室から連れ出そうとした。
「待て! もう一度チャンスをくれ!」
「チャンスは十分あった。君自身が潰したんだ」
陽介は抵抗したが、警備員に両手を掴まれ、会議室を出ていく。義母は最後まで怒鳴り続けていた。
「覚えてなさい! こんなことで終わらないわよ!」
義父は黙って頭を垂れたまま連れ出されていった。
会議室に残った私たちは、しばらく沈黙していた。
「皆さん、ご迷惑をおかけして申し訳ない」
「いえ、真実を知ることができてよかったです。我々も油断していました。反省します」
警察官が入室してきた。
「井村義彦社長でいらっしゃいますか?」
「はい、私です」
「産業スパイ事件について、お話を伺いたいのですが」
「分かりました。こちらの件については、全て証拠を提出します」
父は私に目配せをした。「恵さんも証言をお願いしたい」
「はい、お父さん」
私たちは別室に案内された。そこでは、陽介と不倫相手の女性が別々に取り調べを受けていた。陽介は私を見るなり、恨みがましい表情を浮かべる。
「お前が…お前が全てを…」
私は彼を無視して別室へと入っていった。これから始まる取り調べに、私は冷静に対応しようと心に決めた。全ての真実を話し、陽介の罪を明らかにすること。それがこれからの私の使命だった。
後日、陽介は長年務めた会社を失った。これが彼の選んだ道の結末だ。会社はこの危機を乗り越えようと動き始めていた。陽介と義両親から解放された今、新たな人生が始まろうとしていた。
あれから数週間が経った頃、私の新居のインターホンが鳴った。モニターに映ったのは、髪も整えず疲れた表情の陽介だった。
「恵、頼む。話を聞いてくれ」
私は応答せず、ただ見つめていた。
「ドアを開けてくれ。土下座して謝るから」
私は冷静にインターホン越しに言い放った。
「帰ってください。もう、私たちに話すことはありません」
それから数日おきに訪れるようになった。
「恵、お前さえ許してくれれば、お父さんに頼んでくれるだろう。解任を撤回してもらえるかもしれないんだ」
哀れな姿だった。
「もう二度と来ないでください。次回からは警察を呼びます」
私は彼を完全に拒絶した。
2週間後、弁護士を介して離婚協議が始まった。陽介は慰謝料の支払いに応じた。それは、もはや私と関わる余地がないことを悟ったからだろう。こうして私たちの離婚は成立した。
一方、義両親の会社にも暗雲が立ち込めていた。陽介の産業スパイ事件が報道されると、父の会社との取引は即座に打ち切られた。それだけでなく、他の取引先も次々と離れていき、義両親の会社は数ヶ月後に倒産した。さらに、倒産時の調査で、義両親の会社が長年粉飾決算を行っていたことが発覚した。経営状態は最悪で、陽介が父の会社の社長になれば融資を受ける算段だったようだ。
義両親と陽介は、高級マンションから安アパートに引っ越すことになった。以前は陽介が次期社長になると周囲に自慢し、親戚や友人たちを見下していた義両親だが、今や誰も彼らを助けようとはしない。報いは確実に訪れていたのだ。
私は離婚後、再び父の秘書として働き始めた。父の会社は陽介の事件を乗り越え、新たな体制で前進していた。
ある日、父が私を呼んだ。
「恵、君を役員に推薦したい」
「役員ですか?」
「そうだ。君の能力は十分だ。我が社初の女性役員として、新しい風を吹き込んで欲しい」
私は驚きを隠せなかった。父はさらに続ける。
「恵、これまで君の訴えに耳を傾けてこなかった。俺が間違っていた」
「お父さん…」
「母さんが亡くなってから、支えてくれる妻の大きさを痛感したんだ。君に対する考えも大きく変わった。これからは、自分の思う生き方を貫きなさい」
父の言葉に、私の目から涙が溢れた。
それから1年が経った頃、私は町の高級スーパーでレジをしている陽介を見かけた。かつて私をこき使い、買い物を命じていた彼が、今は制服姿でレジを打っている。陽介は私を見つけると、目を伏せた。私は彼のレジに並び、買い物の会計を済ませた。
「頑張ってください」
その一言を残して、私は店を後にする。彼の表情には、後悔と諦めが混ざっていた。私は晴れやかな気持ちで空を見上げる。これからの人生は、自分の意思で切り開いていこう。そう決意した私の背中に、優しい風が吹いていた。



