夕食の後片付けを終えたばかりの私の背中に、息子の冷たい声が突き刺さりました。
「黙って出て行ってくれ。」
振り返ると、息子の修平と嫁の直美が、深刻な顔で立っていました。68歳の私、大西教子は、一瞬耳を疑いました。夫を亡くしてから10年間、この息子夫婦と同居してきたこの家が、私の全てだったのに。
「どういうこと? 私が何か悪いことでもしたの?」
震える声で尋ねても、2人の表情は変わりません。修平は深いため息をつき、まるで判決を言い渡すように言いました。
「正直に言うよ。母さんは俺たちにとって邪魔なんだ。」
「邪魔…?」
「考えてみてよ。この10年間ずっとそう思ってた。母さんがいるから俺たちは自由に生活できないんだ。」
直美も頷き、冷たく言葉を継ぎました。
「私たちの生活にお母さんの居場所はないんです。正直、息が詰まるんです。」
私は言葉を失いました。確かに気を遣いながら暮らしてきましたが、それは家族として当然のことだと思っていました。家事も手伝い、孫の面倒も見てきたのに。
「それが何だよ。母さんの料理は古臭いし、掃除の仕方も気に入らない。孫たちの教育にも口を出すし。」
「友達を呼ぶのも気を遣うんです。正直、お母さんがいない方が楽なんです。」
10年間、私なりに尽くしてきたつもりでした。息子の教育費に500万円、マイホームの頭金に300万円も援助してきました。それなのに、生涯ずっと邪魔者扱いされていたなんて。
「ご飯の支度も、掃除も、孫の世話も、全部やってきたのに…」
「それが全部、俺たちにとっては重荷だったんだよ。」
修平の言葉はさらにエスカレートしました。私の料理は古臭い、掃除は雑、話し声がうるさい、電話の声が大きい、テレビの音量が高すぎる。挙げ句の果てには、私の服装や話題まで時代遅れだと笑うのです。
「お母さんの服装も時代遅れだし、話題も古いし、私の友達の前に出られると正直恥ずかしくて。」
私は自分の服装を見下ろしました。確かに派手ではありませんが、清潔で品のある服装を心がけてきたつもりでした。
「そういえば母さんが援助してくれた教育費の500万円と家の頭金300万円のこと。あれ、いつも恩着せがましく言われるのが本当に嫌なんだよ。『してやった。助けてやった』って、いつもそんな雰囲気を出してる。」
「そうそう。お金の話をする時のお母さんの顔、本当に嫌味ったらしいんです。『私がいなかったらあなたたちは今頃どうなっていたか?』って言わんばかりの表情。」
私はその場に立ち尽くすしかありませんでした。家族のためと思って援助してきたお金が、こんな風に捉えられていたなんて。
「生活費だってそうだよ。母さんの年金なんて大した額じゃないのに、まるで家計に大きく貢献してるみたいな顔をする。実際は俺たちの稼ぎで生活してるのに。」
私は月々の年金からできる限り家計に入れていました。少ない額ですが、それでも何か役に立てればと思っていたのです。
「お母さんの部屋だって本当は物置にしたいんです。」
直美が新たな爆弾を投下しました。
「荷物が増えてきたし、それぞれの部屋が必要なんです。でもお母さんがいるから狭い部屋で我慢してる。」
「お母さんの存在自体がこの家の雰囲気を重くしてるんです。いつも見張られているみたいで息が詰まる。」
修平も深く頷きました。
「正直、母さんがいない時の方が家族は幸せなんだ。この前母さんが友達の家に泊まりに行った時、久しぶりに家族だけでゆっくり過ごせて本当に楽しかった。」
その言葉に、私の心は完全に打ち砕かれました。私がいない方が幸せだなんて。
「じゃあ、なんで今まで黙っていたの?」
震える声で尋ねると、修平は冷たく答えました。
「面倒だったからだよ。でも、もう限界なんだ。これ以上は無理。」
「わかりました。出ていきます。」
私がそう言った途端、修平と直美の表情が少し柔らぎました。まるで重荷が下りたかのような安堵の色さえ浮かんでいました。
「いつまでに出ていけばいいの?」
「できるだけ早くね。今週中には。荷物は最小限で、余計なものは置いていって。母さんの部屋にある家具とか全部処分するから、必要なものだけ持っていってくれ。」
「写真とか思い出の品はいらないよ。過去のものなんて邪魔なだけだから、すっきりさせたいんだ。」
「そうそう。お母さんの荷物って本当に多いんですよね。断捨離って言葉知ってます? 今の時代、物は少ない方がいいんです。」
68年間の人生で積み重ねてきたものが、全て余計なものとして片付けられようとしていました。
「あと、基本的に連絡は最小限にして欲しい。月1回の安否確認で十分だから。」
「孫にも合わせないつもり?」
私の問いに、直美は即答しました。
「子供が混乱するから、しばらくは合わない方がいいと思います。おばあちゃんは遠くに引っ越したって説明するつもりです。」
「でも、孫は私のことを…」
「大丈夫ですよ。子供なんてすぐに忘れますから。新しい生活に慣れれば、お母さんのことなんて記憶から消えていきます。」
その残酷な言葉に、私の心は凍りつきました。毎日のように「おばあちゃん大好き」と言ってくれた孫の笑顔が目に浮かびます。
「お金の援助ももちろん無しね。こっちも余裕ないから、一切期待しないで。」
「私だって年金生活よ。援助なんて求めていないわ。」
「それならいいけど。介護とか必要になっても、私たちには頼らないでくださいね。他人なんですから。」
「他人…」
その言葉が心に突き刺さりました。10年間、同じ屋根の下で暮らし、家族として過ごしてきたのに、結局は他人扱いなのです。
「分かったわ。」
私は静かに立ち上がりました。
「お望み通りにします。もう2度と迷惑はかけません。」
その時、私の顔に静かな微笑みが浮かびました。修平と直美には、それが諦めの笑顔に見えたことでしょう。でも違いました。これは、ある決意を固めた時の微笑みだったのです。
「じゃあ、部屋に戻って荷造りを始めるわ。」
「ああ、そうしてくれ。」
修平は安堵したように言いました。私は背筋を伸ばして、ゆっくりと自分の部屋へ向かいました。廊下を歩きながら、この家で過ごした10年間を思い返していました。朝は誰よりも早く起きて朝食の準備をし、修平と直美を送り出し、孫の世話をし、掃除洗濯をこなし、夕食を作る。その全てが「邪魔」だったなんて。
部屋に入ると、私は静かにドアを閉めました。そしてタンスの奥から、大切にしまっていた通帳を取り出しました。
「お望み通り消えてあげるわ。でも、ただでは消えないけれどね。」
翌朝、私は誰よりも早く起きました。荷物は前夜のうちにまとめていました。小さなスーツケース1つとハンドバッグだけ。修平の言う通り最小限の荷物です。ただし、彼らの知らない大切なものは全て持っていきます。通帳、印鑑、そして亡き夫が残してくれた株券の少々。
リビングに降りると、修平と直美はまだ寝ているようでした。私は静かに置き手紙を残しました。
「お望み通り出ていきます。もう2度と迷惑はかけません。」
簡潔な文面でした。もう何も言うことはありません。玄関で靴を履いていると、階段から足音が聞こえてきました。修平が寝ぼけ眼で降りてきます。
「母さん、もう出ていくのか?」
「ええ、早い方がいいでしょう。」
私は振り返らずに答えました。
「朝食は自分たちで何とかしてください。もう私は関係ありませんから。」
私が玄関のドアに手をかけた、その時でした。外から高級車のエンジン音が聞こえてきたのです。低く重厚な音。明らかに普通の車とは違います。
「何の音だ?」
修平が窓から外を覗きました。私は静かに玄関を開けました。すると家の前には、漆黒のベントレーが止まっていました。運転席から降りてきたのは、きちんとした制服を着た初老の運転手でした。
「大西教子様でいらっしゃいますね。お迎えに上がりました。」
修平が驚いて玄関から飛び出してきました。直美も慌てた様子でパジャマ姿のまま外に出てきます。
「母さん、これは一体…」
「ああ、迎えが来たみたいね。」
私は平然と答えました。
「迎えって、何の迎えだよ?」
運転手は私の小さな荷物を受け取ると、慎重に車のトランクに収めました。そして後部座席のドアを開け、うやうやしく頭を下げました。
「奥様、どうぞ。」
「奥様?」
その呼び方に、修平と直美の顔が青ざめていきました。
「ちょっと待って。母さん、この車どういうことですか?」
「別に大したことではないわ。ただ、私の本当の生活に戻るだけよ。」
「本当の生活って…」
近所の人たちも、この異様な光景に気づき始めていました。カーテンの隙間から覗く顔、玄関から出てきて見物する人たち。「大西さんの家に高級車が!」「ベントレーじゃない?」というひそひそ話が聞こえてきます。
運転手が私に向かって言いました。
「奥様、会長がお待ちでございます。そろそろ出発のお時間ですが。」
「会長?」
その言葉に、修平と直美は完全に凍りつきました。
「会長って、誰のことだ?」
修平の声は震えていました。
「ああ、言ってなかったわね。私の兄のことよ。不動産会社を経営していてね。引退した今も会長として名前だけは残っているの。」
これは本当の話でした。ただし、修平たちには一度も話したことがありませんでした。兄の会社は都内でも有数の規模を誇り、私も株主として配当を受け取っていました。ただ、質素な生活を好む私は、その財産には手をつけずにいたのです。
「なんで、そんな大事なことを…」
直美が呆然としています。
「だって、私は邪魔者でしょう? 邪魔者の個人的な事情なんて、興味ないと思って。」
私は2人の言葉をそのまま返しました。運転手が時計を確認します。
「奥様、申し訳ございませんが…」
「ええ、わかりました。」
私は優雅に車に乗り込みました。革張りのシートが心地よく体を包み込みます。
「待って、母さん!」
修平が車に駆け寄ってきました。
「話があるんだ。ちょっと待ってくれ。」
「話? 昨日全部聞いたはずだけど。」
「いや、それは誤解なんだ。」
修平の顔には焦りの色が浮かんでいました。
「誤解? 『邪魔』『黙って出ていけ』『他人』。これのどこが誤解なの?」
直美も慌てて畳みかけました。
「お母さん、私たちが間違っていました。もう一度話し合いましょう。」
「話し合う必要はないわ。あなたたちの望み通り、私は出ていきます。これでみんな幸せでしょう?」
運転手が静かにエンジンをかけました。重厚なエンジン音が朝の静けさに響き渡ります。
「行きましょう。」
私が言うと、運転手は「承知いたしました」と答え、ゆっくりと車を発信させました。バックミラーに映る修平と直美の姿が、どんどん小さくなっていきます。呆然と立ち尽くす2人の姿は、まるで捨てられた小犬のようでした。
ベントレーは静かに都心へと向かっていました。運転手の田端さんは、20年兄の専属運転手を務める人で、私のことも妹のように大切にしてくれる人でした。
「奥様、長い間お疲れ様でした。会長から全てお聞きしています。10年間、本当によく耐えられましたね。」
「ありがとう、田端さん。でも、もう終わりました。これからは私の人生を生きます。」
車が高級マンションの前に到着すると、コンシェルジュが出迎えてくれました。最上階のペントハウス。兄が私のために用意してくれていた部屋でした。部屋に入ると、広大なリビングから東京の景色が一望できました。実は、私この部屋を10年前から所有していたのです。ただ、息子との生活を選び、ここには時々掃除に来る程度でした。
携帯が鳴りました。兄からでした。
「今、無事に着いたか?」
「ええ、今着いたところよ。」
「やっと決心してくれたんだな。もう修平の奴隷みたいな生活は終わりだ。」
兄は以前から私の境遇を心配していました。でも私は息子のためにと、我慢を続けていたのです。
「実はね、兄さん。もう1つ話していないことがあるの。」
「なんだ?」
「10年前に夫が亡くなった時の生命保険金3000万円。それに加えて5年前に両親の土地を売却した時の5000万円。そして投資信託で増やした2000万円。合わせて1億円以上の資産があるの。」
電話の向こうで、兄が息を飲む音が聞こえました。
「それを修平は知っているのか?」
「いいえ。一切話していません。」
「今ごろ、お前というやつは…」
兄の声には、呆れと感心が混じっていました。その時、また携帯が鳴りました。修平からでした。
「出た方がいいかしら。」
「最後の仕上げだ。出てやれ。」
私は深呼吸して、電話に出ました。
「もしもし。」
「母さん、今どこにいるんだ?」
修平の声は必死でした。
「それは言えません。私たちはもう他人でしょう。」
「違う。あれは言いすぎだった。謝るから帰ってきてくれ。」
「謝る? 何を謝るの? 本心を言っただけでしょう。」
「母さん、お願いだ。あの高級車とか会長とか、一体どういうことなんだ?」
「ああ、気になるの?」
私は優雅にソファに腰を下ろしました。
「実は私、10年前に宝くじで3億円当選していたの。」
電話の向こうで、修平が息を飲む音が聞こえました。
「正確には3億2000万円ね。それを元手に投資を始めて、今では資産が10億円を超えているわ。」
嘘でした。本当は1億円程度でしたが、修平を懲らしめるには、効果的な嘘をつくことにしたのです。
「10、10億…」
修平の声が震えていました。
「でも、あなたには関係ないことよ。邪魔者の財産なんて、興味ないでしょう?」
「母さん、違うんだ。俺たちは家族だろう。」
「家族? 昨日『他人だ』とおっしゃったのはどなたでしたかしら?」
「あれは直美が…」
「あなたも同じように私を邪魔者扱いしたじゃない。」
電話の向こうから直美の声も聞こえてきました。必死に何か言っているようでしたが、修平に遮られているようでした。
「母さん、とにかく一度会って話をしよう。」
「会う必要はありません。もう1つ言っておくわ。遺言書も書き換えたから。」
「遺言書?」
「今まではあなたに全財産を残すつもりでいたけれど、もう変更したわ。全額、慈善団体に寄付することにしたの。」
これも嘘でした。まだ遺言書は書き換えていません。でも効果は絶大でした。
「母さん、ちょっと待ってくれ!」
「祭り言うがありま…失礼、もう切るわ。忙しいので。」
「忙しいって、何が?」
「ああ、言ってなかったわね。実は私、都内に不動産をいくつか所有していて、その管理で忙しいの。家賃収入だけで月300万円はあるから。」
これもまた嘘でした。でも、修平の慌てぶりを想像すると、少し心が晴れました。
「じゃあね、元気で暮らしてください。」
「待って、母さん!」
私は電話を切りました。すぐにまた着信がありましたが、もう出ることはありませんでした。兄が隣の部屋から入ってきました。
「なかなかの演技だったな。」
「兄さん、聞いていたの?」
「ああ、実に痛快だった。」
兄は満足そうに笑いました。
「でも10億は言いすぎじゃないか。」
「効果的でしょう。」
私も笑いました。10年ぶりに、心から笑った気がしました。
その後も、修平からは1日に何十回も着信がありました。メッセージも山のように届きました。「お母さん、お願いだから連絡をください」「誤解なんです」「話を聞いてください」「直美も反省しています」「家族なんだから許してください」。私は全て無視しました。
3日後、兄の会社の弁護士から連絡がありました。
「大西様、息子さんが会社に押しかけてきています。」
「そうですか。追い返してください。私とは無関係の人物ですから。」
修平からのメッセージには必死さが滲んでいました。「俺たちが悪かった。本当にごめん。お願いだからもう一度家族としてやり直そう。」直美からも謝罪のメッセージが届きました。「お母さん、私が間違っていました。どうか許してください。」
今更、何を言っているのでしょう? 私は最後に一通だけメッセージを送りました。
「邪魔者には、財産を残す価値はないわよね。」
そして2人の連絡先をブロックしました。兄がワインを注いでくれました。
「乾杯しよう。お前の新しい人生に。」
「ありがとう。」
グラスを合わせる音が、高級マンションの静寂に響きました。
「これからどうするつもりだ?」
「そうね。まずは自分のために生きてみるわ。10年間、いえ、68年間できなかったことを。」
窓の外には、きらめく東京の夜景が広がっていました。
あれから3ヶ月が経ちました。私の新しい生活は、想像していた以上に充実したものになっています。都心の高級マンションから見える景色は、季節の移り変わりと共に美しく変化していきます。
「おはようございます、大西様。今日は素晴らしい天気ですね。」
コンシェルジュの伊藤さんの笑顔が、私の1日を明るくしてくれます。こんな何気ない会話が、今の私にはとても新鮮で心地よいのです。
午後は、長年やりたいと思っていた習い事を始めました。書道とピアノ。68歳からでも遅くないことを実感しています。
「大西さん、本当にお上手になりましたね。」
書道の先生が褒めてくださいます。10年間、自分の時間が持てなかったので、今が本当に楽しくて。
「それは素晴らしいことです。人生に遅すぎることなんてありませんから。」
新しく知り合った友人たちとの食事も楽しみの1つです。皆、それぞれの人生を歩んできた方々で、話題はつきません。先日も、元大学教授の佐藤さんとランチをしました。
「大西さんの決断は勇気がありますね。家族に縛られ続ける必要はないんです。」
「ええ、やっと気づきました。自分の人生は自分のものだということに。」
一方、修平夫婦の状況も耳に入ってきます。兄の会社の関係者から聞いた話では、かなり困窮しているようでした。修平は私への連絡を諦めきれず、親戚中に電話をかけまくっているそうです。でも皆、私の味方でした。
「教子さんがどれだけ苦労したか知ってるから、誰も修平君の味方にはならないよ。」
「義母を追い出した嫁」という噂が広まり、直美は同僚たちからの視線が冷たくなったそうです。
そんなある時、思いもよらない訪問者がありました。孫でした。インターホン越しに、幼い声が聞こえてきます。
「おばあちゃん、僕だよ。会いに来たよ。」
心が揺れました。孫に罪はありません。でも、会うわけにはいきませんでした。
「ごめんなさい。おばあちゃんはもう、あなたのおばあちゃんじゃないの。」
「どうして? おばあちゃん、会いたいよ。」
涙が溢れそうになりました。でも、ここで情に流されてはいけません。
「お父さんとお母さんに聞いてご覧。きっと説明してくれるから。」
子供の鳴き声が聞こえました。でも、私は会いに行きませんでした。後で聞いた話では、修平夫婦は子供を使って私の心を動かそうとしたようでした。なんて卑劣な手段でしょう。
その夜、私は亡き夫の写真に語りかけました。
「正雄さん、私の選択は正しかったのかしら。」
写真の中の夫は、優しく微笑んでいるように見えました。でも、後悔はしていません。初めて、自分のために生きているんです。
翌日、兄から興味深い話を聞きました。修平が会社の上司に金を無心したらしいのです。
「母さんが10億の資産を持っているのに、一銭も渡してくれない」と泣きついたそうだ。
「それで上司に『そんな大金持ちの母親がいるなら、なぜ今まで安アパートに住まわせていたんだ』と叱られたそうだよ。」
因果応報とは、このことでしょう。
私は慈善活動も始めました。本当に1億円の一部を寄付したのです。恵まれない子供たちのための施設に500万円、高齢者支援の団体に300万円。
「大西様のご寄付で、多くの方が救われます。」
施設の方の感謝の言葉に、心が温かくなりました。息子のために使うはずだったお金が、本当に必要としている人たちの役に立つなんて、嬉しいことです。
ある日、修平夫婦が住んでいた家の前を通りかかりました。偶然ではなく、意図的に足を運んだのです。家の前には「売却」の看板が立っていました。近所の人に聞くと、ローンが払えなくなり、手放すことになったそうです。今は直美の実家に居候しているとか。
「大西さん、お久しぶりです。」
近所の佐々木さんが声をかけてくれました。
「修平さんたち、大変みたいですね。お母様を追い出したりするから、バチが当たったんですよ。」
私は静かに微笑みました。
「人生は公平ですね。」
「本当にそうですね。大西さんはお元気そうで何よりです。」
「ええ、今が人生で一番幸せかもしれません。」
それは本心でした。マンションに戻ると、また修平から手紙が届いていました。もう携帯はブロックされているので、手紙しか手段がないのでしょう。開封せずに、そのままシュレッダーにかけました。もう読む必要はありません。
夕暮れ時、私はバルコニーでワインを楽しんでいました。東京タワーはライトアップされ、美しい夜景が広がっています。兄がやってきました。
「調子はどうだ?」
「最高よ。やっと自分の人生を生きている実感があるの。」
「それは良かった。」
兄も隣に座り、一緒に夜景を眺めました。
「修平のやつ、まだ諦めていないようだな。」
「そうみたいね。でも、もう関係ないわ。『黙って出ていけ』『月1回の連絡で十分』。修平たちが私に言った言葉よ。そのまま返しているだけ。」
兄は大きく笑いました。
「痛快だな。まさに因果応報だ。」
夜風が心地よく頬を撫でていきます。この3ヶ月で学んだことがあります。理不尽に屈しないことの大切さ。自分の尊厳を守ることの重要性。そして、本当の幸せとは何か。
現代社会では、高齢者は我慢を強いられがちです。特に女性は、家族のために自己犠牲を当然とされることが多い。でも、それは間違っています。年齢に関係なく、性別に関係なく、誰もが自分の人生を生きる権利があるのです。
私は夜空に向かってつぶやきました。
「悪いことをした人には必ず報いが来る。そして正しく生きる人には必ず幸せが訪れる。」
私は今、心から幸せです。自由で誇り高く、そして何より自分らしく生きています。修平と直美への恨みはもうありません。むしろ感謝しているくらいです。彼らが私を追い出してくれたおかげで、本当の人生を始めることができたのですから。
でも、許すことと忘れることは違います。私は二度と、あの屈辱的な日々には戻りません。「黙って出ていけ」という言葉が、私を解放してくれました。皮肉なものです。
東京の夜景は、キラキラと輝いています。私の人生も、これからもっと輝いていくことでしょう。


