高級イタリアンの個室。運ばれてきた私の皿には、ただ一本のゴーヤが横たわっていた。塩も胡椒もない、生のままのゴーヤが。
「藤村様には特別メニューです」
ウェイターは困惑した表情を隠しきれていなかった。その瞬間、部屋の空気が凍りついた。娘の同級生の母親、矢島ゆかりが意地悪く微笑む。
「あら、あみ美さんがゴーヤ苦手だって言ってたでしょ。特別メニューよ」
私は中学校二年生の娘を持つ普通の主婦。だが、それは表の顔だ。夫の信司は藤村会の若頭。そして私は、その藤村会のレディース組長。誰もが名を聞けば震える存在だ。そんな私が、ママ友からの嫌がらせに耐えていた。
ゆかりは半年前にこの高級住宅街に引っ越してきた。夫は地元企業の役員。だが、彼女の本当の力は違うところにあった。彼女の父は総流会という暴力団のボス。それを盾に、彼女は周囲を威圧し、ママ友グループの頂点に君臨していた。
「私のパパは総流会のボスよ。あなたたちに何ができるって言うの?」
その言葉に、誰も逆らえなかった。他のママ友たちは恐怖で固まり、私がゴーヤを強制的に口に押し込まれても、誰一人助けようとしなかった。むしろ、それに異議を唱えたママ友がいた時、ゆかりはその頬を平手打ちした。
「黙りなさい」
店員たちも凍りついていた。彼らもまた、ゆかりの素性を知っていたのだろう。
私は怒りと屈辱で震える体を必死に抑え、背筋を伸ばして立ち上がった。口の中の苦みをナプキンに吐き出し、丁寧に拭った。
「皆さん、お元気で」
それだけ言って、私は部屋を出た。背後からゆかりの怒声が聞こえるが、無視した。
あの女、許せない。
私は家で決意を固めた。翌日、私は藤村会の本部にゆかりを呼び出した。
「お久しぶり、ゆかりさん」
私は漆黒の着物に家紋の入った羽織りを身につけ、現れた。昨日までの穏やかな主婦の面影はない。ただそこにいたのは、藤村会レディース組長の藤村あみ美だった。
「え、あみさん、なぜあなたが…」
ゆかりの顔から血の気が引いていく。そして、そこには総流会の幹部たちも集められていた。彼らは一斉に深く頭を下げる。
「あなたのお父様や総流会の皆さんは、うちの組織に頭を下げている関係よ。つまり、あなたは誰にも守られていないってこと」
私は静かに告げた。昨日の屈辱の代償として、迷惑料や慰謝料を含めた総額一億円を請求した。
「3日以内に用意しなさい。支払いが滞れば、あなたの指一本では済まないでしょうね」
ゆかりとその父親は、土下座して謝罪するしかなかった。
一週間後、私は被害に遭ったママ友たちを料亭に集めた。そして、ゆかりが公の場で謝罪し、少しずつだが金銭を返済する姿を見届けた。残りの支払いが滞れば、遠い海の向こうで働いてもらうことになると伝えた。
それから半年後。先代の処理は全て終了した。
「ゆかりからの借金は全額回収しました。彼女は香港の他所へ送られ、借金返済のために働いています。逃亡を二度試みたようですが…」
私の部下、葛西がそう報告してきた。私は手を上げてそれ以上の説明を遮った。詳細はもういい。保険は万全にしておくように。もしもの時は、残りの借金は全て保険で清算される手はずになっている。
ゆかりの夫と子供は北海道の小さな町へ引っ越した。罪のない家族まで巻き込むつもりはなかった。
回収した金は、被害に遭ったママ友たちに分配した。彼女たちは驚いていたが、私はただ微笑んだ。
「私は何もしていません。ただの主婦ですから」
二つの顔を持つ私だからこそ、平和の尊さが分かる。娘には普通の幸せな人生を送ってほしい。それが私の本当の願いだ。



