大学時代から付き合っていた彼女に浮気された俺は、何をするにも無気力になっていた。ある夏の夜、料理すら面倒に感じてデリバリーを頼んだ。それがあの運命の再会になるとは、その時は知る由もなかった。
俺の名前は菅口大。26歳の頃、大学時代から交際していた彼女がいた。名前はあみ美。彼女は俺より一つ年上で、大学のサークルで出会った。
入学して間もない頃、あみ美に声をかけられた。
「君、新入生だよね。天文学に興味ない?」
「え?天文学ですか?」
「そう、天文学。みんなで星を見たり、流星群の時はキャンプしながら星を見たりするの」
「星は… そんなに興味ないかな」
「まあそうだよね。じゃあさ、見学だけでも来てみない?」
「まだ入るかどうかは分からないですよ」
「もちろんいいよ。見学に来たらきっと興味が出ると思うから」
見学だけのつもりだったが、思っていた以上に楽しくて、その日にサークルに入ることを決めた。それからあみ美は先輩らしくいろんなことを教えてくれた。そんな彼女に徐々に惹かれていき、ある日のキャンプで告白した。
「あみ美先輩、僕、先輩のことが好きになりました。僕と付き合ってくれませんか?」
「え、本当に?なんで私なんかのことが?」
「僕は先輩の優しい人柄に惹かれたんです」
「そっか。大君、ありがとう。じゃあこれからもよろしくね」
こうして交際が始まった。しかし、その後あみ美は就活に追われ、社会人になるとさらに忙しくなった。俺も翌年社会人になり、会う頻度はどんどん減っていった。彼女が夢だった出版社に就職できたから、俺は会いたい気持ちを抑えて影ながら応援していた。
ある日、会社の飲み会で帰りが遅くなった。家までの道中で一組のカップルが目に入った。あみに会いたいけど、わがままを言ったら彼女を困らせてしまう。ある程度仕事が落ち着くまでは我慢するかと自分に言い聞かせながら、そのカップルを眺めていた。
そして一瞬、女性の顔が見えた。なんと、それはあみ美本人だった。
「え、あみ?」
思わず声をかけると、振り返ったあみ美はかなり驚いていた。相手の男は不思議そうな顔で「誰?」と尋ねている。俺が「あみの彼氏だ」と言ってやろうとした瞬間、あみ美が慌てて俺の言葉を遮った。
「ああ、彼は私の弟よ。そう、弟」
当然のように嘘をつく姿に、俺は言葉を失った。
「ええ、弟さん?あんまり似てないね。初めまして。僕はあみの婚約者です。これからよろしくね」
「こ、婚約者?」
「ああ、まだ正式な婚約者ではないんだけど、ちょうど今日プロポーズする予定だったんだ。また今度家にもお邪魔すると思うから、その時はよろしくね」
「あ、分かりました」
俺はそう返すことしかできなかった。その男性は俺より年上で、頼りになりそうな人だった。あみ美は俺に手を振りながら、その男と去っていった。
ショックのあまり、俺は一人で飲み直すことにした。ふらっと立ち寄った店で飲みすぎて、記憶がほとんどなくなった。それでも飲み足らず、次のバーに移動し、偶然居合わせた人に介抱されながらタクシーで家に帰ったようだった。それがどんな人物だったのかは、まったく覚えていない。
翌朝、目が覚めると頭が痛かった。携帯を見ると、あみ美から何件もメッセージが届いていた。
「さっきはごめんね。あの人、婚約者とか言ってたけど、そんなのじゃないから。職場の人で、結構しつこく言い寄られてて。でも上司だから無下にできなくて。だからあの場では弟なんて言っちゃったけど、本当は大のことが一番好きだからね。最近会えてなかったから、久しぶりに会おうよ。今から家に行ってもいい?」
そのメッセージを読んでも、返信する気が起きなかった。もう彼女のことが信用できなくなっていたのだ。あみ美のことが本当に好きだっただけに、ショックはかなり大きかった。
その後もあみ美から何度も電話やメッセージが届いたが、すべて無視した。すると我慢できなくなったのか、あみ美は家にまで来るようになった。
「どうして連絡くれないの?家にいるんでしょ?開けて」
そう言われても心は動かなかった。扉越しに伝えた。
「もうあみとは会うつもりはないよ。だからここにも来ないでほしい。俺たちはもう終わりだ。あの婚約者と仲良くやってよ」
「だから昨日のは… 」
「さようなら」
あみ美はまだ何か言っていたが、俺が無視を貫くと、しばらくして帰っていった。それからの俺は、彼女を作ることをしなかった。一人でいいと思った。ただ、一人でいる寂しさも感じていた。
そんなある夏の夜、仕事から帰った俺は料理を作るのも面倒で、デリバリーを頼むことにした。30分ほどしてインターホンが鳴り、ドアを開けると、そこにはかなり美人な配達員が立っていた。顔が綺麗なだけでなく、スタイルも抜群。モデルが配達に来たのかと勘違いするほどだった。年齢は30代後半くらいに感じた。
しかも、その女性はなぜか下着をつけていない。すぐに分かった俺は動揺してしまった。
「これ、お金です。確認お願いします」
「はい。確かにちょうどいただきました」
「よかったです。じゃあまたお願いします」
そう言って、俺は慌ててドアを閉めてしまった。料理をテーブルに置き、ため息をついた。なんで下着をつけてないんだよ。こんなシチュエーションありえないだろう。
夕飯を食べながらも、さっきの配達員のことが頭から離れず、デリバリーのアプリで調べてしまった。36歳、俺より9歳年上か。それにしてもかなり綺麗な人だった。あんな人が配達してたら、めちゃくちゃモテるんだろうな。でも下着をつけてないとなると、本人もまんざらでもない感じなのかな。
気になり始めると、どうやったらまた会えるか考えるようになった。
そんなある休日、真夏日で外に出るのも嫌だった。早速デリバリーを頼むと、この日の配達員はなんとこの前の女性だった。俺は心の中でガッツポーズをした。この配達員は綺麗なだけでなく、愛想も良くて、ニコッと微笑みながら料理を渡してくれた。その笑顔に心を撃ち抜かれた。
「あ、すぐにお金を持ってきます」
財布からお金を取り出そうとした時、不意に彼女の胸元に目が行ってしまった。この日も下着をつけていなかったのだが、もっと大変だったのは外の暑さのせいか、汗をかいていて真っ白なTシャツが透けて中身が丸見えだったことだ。
冷静を装ってお金を渡そうとするが、どうしても気になってしまう。そして、手に持っていた小銭をジャラジャラと床に落としてしまった。
「ああ、ごめんなさい」
「大丈夫ですか?」
慌ててお金を拾い、彼女に渡した。商品を受け取り、ドアを閉めた。
しかし、あの無防備な姿でこの後も配達するのかと考えると落ち着いていられなかった。俺は商品を玄関に置いたまま、すぐに羽織れる上着を持って彼女を追いかけた。
「あ、ちょ、ちょっと」
配達員は俺の方を振り向いた。
「あれ?もしかして商品が間違ってましたか?」
「あ、いや、そうではなくて。大きなお世話かもしれませんが、これどうぞ」
俺はそう言って上着を差し出した。
「え、えっと… 」
「今日も真夏日なので、もっと汗をかいてしまうかもしれません。それ以上汗をかいてしまったら、警察からも声がかかってしまうかもしれないので」
「はあ」
配達員は何を言っているのか理解できていないようで、不思議そうな顔をしていた。もうこうなったらストレートに言うしかないか。俺は覚悟を決めて言った。
「あの、汗で透けちゃってるんですよ。だからこれを使ってください」
彼女はようやく気づいたようで、顔を真っ赤にして慌て出した。
「やだ、本当だ。お見苦しいところをお見せしてすみません。これはありがたくお借りします。必ずお返ししますので」
「あ、いや、それはもう捨ててしまっても大丈夫です。とにかく熱中症に気をつけて頑張ってくださいね」
そう言って家に戻った。
その後も彼女のことが気になって仕方がなかった。休日になるたびにデリバリーを注文するようになった。彼女が来るようにと願いながら。何度目かの配達で、彼女は俺の上着を返してくれた。
「先日はすみませんでした。これ、お借りしてた上着です。ちゃんと洗濯しましたので」
「いえ、お役に立てたのなら良かったです」
嬉しい反面、上着を返してもらうことで彼女との唯一の接点を失ってしまった気がして、少し寂しくもなった。
「それで、先日助けていただいたのでお礼をしたいなと思っているのですが。何かして欲しいこととかってありますか?」
「え?」
寂しい気持ちは一瞬にして吹き飛んだ。
「もしよかったら、何かご馳走させていただきますけど」
「分かりました。では、名前を教えてもらってもいいですか?」
「え、名前ですか?私は美春と言います」
「美春さん。僕は大です。配達の時にお名前を確認するので」
「あ、そりゃそっか。そうですよね。でも、名前を教えるだけじゃお礼にならないので、他には何かありませんか?」
「他ですか?どうしようかな」
「何でも言ってください。私にできることなら何でもしますから」
「じゃ、じゃあ、この前のようにまた見せてもらってもいいですか?なんちゃって」
俺が笑ってごまかそうとすると、彼女は言った。
「いいですよ」
「え?いいですよって…

僕の言った言葉の意味、分かっていますか?」
「はい、もちろん。私の胸を見たいんですよね。いいですよ」
まさかの返事に俺は焦ってしまった。
「え、いいんですか?」
「だって、私の体が気になってるんですよね。お礼をするって言ったのも私ですし、大丈夫ですよ」
「本当にいいんですか?まだ今なら断れますけど」
「大丈夫です。ちょうどこの後は配達が入っていないので」
彼女の言葉に、俺の理性は完全に亡くなった。美春を家に招き、約束通り彼女の全てを拝ませてもらった。当然それだけで終わるはずもなく、俺たちはすごい勢いで愛し合った。俺より年上ということもあって色気もすごくて、今まで感じたことがないほど興奮していた。
全てが終わったタイミングで、俺は彼女に謝った。
「美春さん、なんかすみませんでした」
「え?どうして謝るんですか?」
「だって、お礼でこんなことをさせるなんて、僕、最低ですよね」
「そんなことないですよ。何でもするって言ったのは私ですし、そもそも私は大に一目惚れしてたんです。それもこの家に配達する前からずっと好きでした」
「え?それはどういうことですか?」
「僕たちって、どこかで会ったことありましたっけ?」
「はい。って言っても、大はベロベロだったので覚えていないと思いますけどね」
美春はそう言って笑った。ベロベロというワードで、俺は彼女といつ出会ったのかすぐに分かった。
「もしかして、バーですか?」
「正解です」
あの日、俺を介抱してくれたのは美春だったのだ。確かにあの日は飲みすぎてて、何も覚えていない。
「あの時は助けていただきありがとうございました」
「いえ、大丈夫ですよ。彼女に浮気されたあなたを励ましていたら、いつの間にか大のことを好きになっていました。でも、その日はかなり酔っていたので連絡先も聞けなくて。まさか配達先で再会できるなんて思っていなかったんですけどね。でも、大は覚えていてくれなかった。ちょっとショックでしたよ」
「すみません」
「いいんです。私も卑怯な手を使ったので」
「卑怯な手?」
「はい。あなたの気を引くために、女の力を使っちゃったんです」
「もしかして、下着をつけてなかったのって… 」
「そういうことなんです。すみません、ずるいことをしてしまって」
「いえ、まあ最初にお会いした時から下着をつけていないことには気づいていたんですけど、あまりにも刺激的すぎて、そのまま商品を受け取ることしかできなかったです」
「でも、それ以降も美春さんは下着をつけていないから、僕はてっきり何か理由があるんだと思っていました」
「で、あの暑い日に勇気を出して話しかけてみたんです。まあ、上着を貸すとか口実に過ぎないんですけどね。そう考えたら、僕も卑怯ですね」
「そうですか?私は話しかけてもらえて嬉しかったですよ。あのきっかけがあったから、私も大と仲良くなれると思ったし」
二人で話していると、どうやらお互いのことを意識していたらしい。
「美春さん、僕と付き合ってもらえませんか?僕も美春さんのことが気になっていたので」
「本当ですか?嬉しいです。ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
こうして俺たちの交際が始まった。デートをしたり、家にご飯を作りに来てくれたりと、順調に愛を育んでいた。しかし、やはり年齢のこともあって、彼女はそれなりに不安も感じていたらしい。
交際が始まって1年が経ったある日のこと。
「大君は、結婚についてどう思う?」
「結婚か。まあ、タイミングが来たらって感じかな」
俺は何も考えずにそう答えてしまったが、その直後、はっとして気がついた。美春は結婚を望んでいるんだと。
「あ、でも、美春との結婚のことはもちろん考えてるよ」
慌ててそう言ったが、美春の反応は薄かった。そして真剣な表情で言ってきた。
「結婚は今すぐじゃなくていいんだけど、親に挨拶だけしてくれないかな」
「え?」
「私のお父さんね、病気でもう長くないって宣告されちゃったんだ。だから、お父さんのことを安心させてあげたいの。だめかな?」
「行くよ。そんな事情があるなんて知らなかった。ごめんね。挨拶に行かせてほしい」
「ありがとう」
そして次の休みに、俺たちは美春の実家に行くことになった。しかし、美春の父親はかなりの頑固で、実家に行ったものの俺は門前払いだった。
「美春よりも年下なんて認めない」
美春は何度も俺に謝ってきた。
「しょうがないよ。俺が年下なのは事実だからさ。それなりに覚悟もしてたよ。年齢に関してはどうにもできないけど、気持ちの強さならどれだけでも見せられるから。俺はこんなことじゃ諦めないよ。何十回でも何百回でも通うから。それでお父さんを安心させて、認めてもらう」
俺がそう言うと、美春は目に涙を浮かべながら感謝を述べた。
その後の俺は、宣言した通り毎日のように美春の実家に通った。美春の父親には時間がないということを知っているがゆえに、1日でも早く認められたいと思っていた。それでもしばらくは門前払いで、本当に余命宣告されているのかと疑うほどだった。
それでも毎日仕事終わりに通い、休みの日には朝から家の前で待っていた。そんな生活を続けていると、ようやくお父さんは俺を家に入れてくれた。俺はお父さんに対して、美春に対する気持ちを素直に伝えた。最初は納得してくれなかったけど、何度も何度も説得していると、ついにお父さんの方が折れて俺のことを認めてくれた。
「美春をよろしく頼んだよ」
帰り道、すぐに美春に電話すると、彼女は涙ながらに喜んでくれた。
「本当に嬉しい。ありがとう。諦めなくてよかった。間に合ってよかった」
俺たちは、お父さんが亡くなる前に美春のウェディングドレス姿を見せたかった。ドレスをレンタルして、お父さんが入院している病院で見せることにした。あまりにも綺麗になった美春を見て、お父さんは喜びと感動の涙を流していた。
それから間もなく、お父さんは亡くなってしまった。結婚式には間に合わなかった。それでも、最後に嬉しそうな顔を見ることができてよかった。
俺たちはその後結婚して、今では幸せな新婚生活を送っている。結婚してからの美春は、今まで以上に綺麗になった気がする。俺はそんな美春に癒されながら、毎日充実した生活を送っている。出会い方こそぶっ飛んでいたけど、これからもお互いを尊敬し支え合って、幸せな日々を過ごしていこうと思っている。


