義母からの電話が、すべての始まりだった。「家族旅行に他人がいると楽しめないから、あなたは留守番してて。」そう言って、夫と義両親は私を置き去りにして温泉旅行へ出発した。数日前まで、私たちは4人で行くはずだったのに。私が予約した宿は、予約者本人がいなければ鍵を渡さない。彼らが困り果てる様子を想像しながら、私は笑った。「困りますよ」と忠告したのに、誰も聞く耳を持たなかった。今度は私が計画する番だ。…

義母からの電話が、すべての始まりだった。「家族旅行に他人がいると楽しめないから、あなたは留守番してて。」そう言って、夫と義両親は私を置き去りにして温泉旅行へ出発した。数日前まで、私たちは4人で行くはずだったのに。私が予約した宿は、予約者本人がいなければ鍵を渡さない。彼らが困り果てる様子を想像しながら、私は笑った。「困りますよ」と忠告したのに、誰も聞く耳を持たなかった。今度は私が計画する番だ。...

「留守番ですか?それはちょっと困りますよ。」

私の言葉に、電話越しに義母の嘲笑うような声が響いた。

「困る?それはかわいそうに。まあ、今まで私のアドバイスを聞かなかった罰だと思いなさい。」

ぶつっと勢いよく電話が切られた。嫁である私を置いて、義両親と夫の3人で温泉旅行に出発したらしい。家族旅行に他人がいると楽しめないから、お土産は覚えていたら買ってきてあげてもいいわよ、と。これが私の夫と義母の仕打ちだった。

私の名前はなお子。30歳の専業主婦だ。夫の大輔とは、以前勤めていた会社で知り合った。居酒屋での忘年会で、酔った上司に絡まれているところを助けてもらったのがきっかけで、お互いを意識するようになり、私から告白して交際が始まった。順調に交際を重ね、3年前に結婚。子どもはいないが、夫婦仲は良好だと思っていた。

問題は、同居している義母だった。もともと私たち夫婦はマンションで暮らしていたが、隣の部屋から水漏れが発生し、部屋が水浸しになる事故が起きた。急なことで避難先を探していると、義母が「うちに住みなさい」と申し出てくれた。その時は本当にありがたかった。だが、同居が始まってから、義母の態度は一変した。それまで時折感じていた嫌味が、日に日に鋭くなっていったのだ。

「なお子さん、あなた家事が雑すぎるわ。もっと時間をかけて、働いてきてくれる夫への感謝を込めてやりなさい。嫁なんだから、ちゃんと夫を立てないといけないわよ。全く、この程度のこともできないなんて、嫁失格よ。文句があるなら出ていきなさい。今すぐに。」

こんな叱責を、ほぼ毎日のように受けていた。義母は専業主婦で家にいるのに、家事をしている姿を一度も見たことがない。毎日のように友人と出かけ、家では私に全ての家事を押し付け、そしてダメ出しをする。夫の大輔は、こういう時「母さん、あまりなお子を責めないでやってくれよ」と言いつつも、最終的には「でも、まあ、母さんの言うことも一理あるけどな」と義母の味方をするのだった。実の母親を大切にするのは悪いことではない。ただ、もう少し私の立場にも立ってほしかった。

そんな毎日を我慢しながら過ごしていたある日、大輔が珍しく2人で旅行に行こうと提案してきた。

「来月あたり、温泉に行かない?繁忙期も終わったし、有給休暇を取らなきゃいけないんだよ。せっかく取るなら、どこかでゆっくり過ごしたいと思って。」

「温泉か。いいね。来月ならいつでも休めるよ。」

私たちは来月中頃に1泊2日の温泉旅行へ出かけることにした。私は旅行先の情報収集に夢中になった。そして、宿の予約をしようとしたその時、義母がとんでもないことを言い出した。

「なお子さん、あなた大輔と2人で旅行に行くそうね。どうして黙ってたの?来月はちょうど私とお父さんの結婚記念日があるのよ。お祝いに家族で旅行したいわ。そうね、豪華なペンションがいいわね。」

私は、義母に旅行の話を知られたら絶対に同行すると言い出しかねないと思い、内緒にしていたのだ。しかし、大輔が義母に話してしまったらしい。義母は「家族で」と駄々をこね始め、大輔も「母さんも楽しみにしてるし、家族みんなで行く方が楽しいだろ」と義母の意見に同意してしまった。こうして、4人での旅行が決定。私はせめて計画だけは自分の好きなようにしようと、宿の予約や観光スケジュールを全て決めたのだった。

そして迎えた旅行当日。目覚まし時計で目覚めた私は、隣で寝ているはずの大輔がいないことに気づいた。リビングにも、お風呂場にも、キッチンにもいない。義両親の姿もなかった。嫌な予感がして、大輔のスマホに電話をかける。繋がらない。義母のスマホには、すぐに繋がった。

「あら、なお子さん、どうかしたの?大輔は今運転中だから出られないわよ。」

「今どこにいるんですか?」

「決まってるでしょ?家族3人で旅行中よ。家族旅行に他人がいると楽しめないから、あなたは留守番してて。お土産は覚えていたら買ってきてあげてもいいわよ。」

「留守番ですか?それはちょっと困りますよ。」

そう言った私に、義母はあざけるように笑った。「困る?それはかわいそうに。まあ、今まで私のアドバイスを聞かなかった罰だと思いなさい。」そして、一方的に電話を切られた。

私に残されたのは、置き去りにされた怒りと、そしてなぜか込み上げてくる笑いだった。今頃、義母たちは困っているかもしれない。なぜなら、私が予約したペンションは、予約した本人がいないと鍵を渡してくれないセキュリティ対策を取っているからだ。私は「困りますよ」と忠告したのに、それを無視したのはあちらなのだから。

私はすぐにスマホでホテル予約サイトを開き、今日行くはずだった観光地にある高級ホテルを一人分予約した。ディナーが美味しいレストランも予約する。着替えと化粧を手早く済ませて朝食を取り、荷物を手に新幹線へ飛び乗った。

「よし、楽しむぞ。」

狭い観光地だから、もしかしたら義母たちと会うかもしれない。けど、気にしない。悪いのはあちらなのだから。

新幹線が目的地に着くと、私は雑貨店を覗き、おしゃれなカフェでお茶をし、地元の人と話し込みながら、一人旅を満喫した。そして日が暮れ、チェックインの時間になった。予約したのは、この辺りで一二を争う高級ホテルだ。私のリフレッシュのためには、これくらい思い切ったことをしなければいけないと思った。

ホテルの自動ドアを抜けてチェックインカウンターへ向かうと、何やら女性の大声が聞こえてきた。

「どうして泊まれないのよ!お金なら払うって言ってるでしょ!」

見ると、そこにいたのは義母だった。私が4人で泊まるために予約していたのは、このホテルではない。突然やってきて泊まれないのは当然だろう。少し距離を取ってその様子を見ていると、大輔がこちらに気づいた。

「おい、なお子!どういうことだよ!お前が予約したペンションに泊まれなかったんだけど!」

「だって、あのペンションは予約した本人がいないと鍵を渡してくれないのよ。セキュリティ対策なんですって。だから私、『困りますよ』って言ったのに。」

義母と大輔は、自分の愚かさにようやく気づいたようで、泡を食って顔を見合わせた。騒ぎ立てる2人を、ホテルの従業員が冷静に外へと誘導していった。追い出されていく姿は、なんとも滑稽だった。

「覚えてなさい!このホテルより高級な宿に泊まってやるから!」

義母の捨て台詞を聞き流しながら、私は優雅にチェックインを済ませた。部屋に案内され、綺麗な内装と豪華なインテリアに、夢を見ているような心地がした。荷物を置いて、ホテル内を探検してみる。ロビーのソファーに腰をかけてぼんやりしていると、隣に若い女性2人組が座り、こんな話をしているのが聞こえてきた。

「ねえ、知ってる?駅近くのホテルの話なんだけど、めっちゃくちゃ悪い噂があってさ。2階の部屋で物音が聞こえたり、持ち物が全部取られるらしいよ。」

「それだけじゃないよ。なんと人が亡くなってたこともあるんだって。それはずっと前の話だけど、誰の仕業か今も分かってないんだって。」

「ほんと?怖いね。私たちはここに泊まれてよかった。」

全く物騒な話だ。そう思いながら時計を見ると、ディナーの予約時間が迫っていた。私は慌ててレストランへ向かい、高級ホテルのディナーを満喫した。大満足で部屋に戻り、お風呂に入ってまったりテレビを観ていると、スマホが着信を知らせた。少し眠たくなっていた私は、うっかり確認せずに出てしまった。

「もしもし、なお子さん?私たちも泊まれるホテルを見つけたわよ。とっても快適よ。あなたはこっちに泊まれなくて残念ね。まあ、あなたの分まで楽しんであげるから安心して。」

機嫌の良さそうな義母だった。私は適当に「そうですか。突然泊まれるなんて運がいいですね」と答えると、義母はさらに続けた。

「そうでしょう。私たちの他にお客さんが全然いなくて、静かで過ごしやすいの。こんなに観光地に近くて綺麗なホテルなのに、どうしてかしらね。」

その言葉に、私はピンと来た。

「もしかして、駅の近くにあるホテルですか?」

「そうだけど、それが何?」

私はロビーで聞いたあの噂話を思い出した。悪いことは言わない。忠告はしよう。

「悪いことは言いません。逃げた方がいいと思いますよ。」

しかし、義母は鼻で笑い飛ばした。

「もしかして、いいところに泊まっている私たちに嫉妬してるの?それじゃあ、せいぜい悔しがっていなさい。じゃあね。」

また一方的に電話を切られた。忠告はした。私がこれ以上気を揉むことはない。私はスマホの電源を切り、心地よい眠りに落ちていった。

翌日、ホテルをチェックアウトした後、前日に行けなかった観光スポットを満喫し、日が落ちた頃に家へと帰った。家の窓からは明かりが漏れている。もう3人は帰宅しているようだ。

「ただいま。」

いつも通りの調子で帰宅を知らせると、リビングにいた3人はギャーギャーと騒ぎ始めた。面食らった私は、とりあえず落ち着かせると、義母が昨夜の出来事を語り始めた。

3人が眠りについた後、部屋の中でガサゴソという物音がしたらしい。そして、誰かが部屋に入ってくる音まで聞こえたという。恐怖で動けなくなった義母は、そのまま息を潜めていた。10分ほど部屋中をうろついた音がした後、その誰かは静かに出ていった。安心して眠りにつき、翌朝目が覚めると、机の上に置いてあった財布やスマホ、その他すべての荷物が消えていたのだ。残っていたのは、大輔が上着の内ポケットに入れていた小銭とキーケースだけだったという。ホテルの従業員に申し出ても「宿泊費だけは払ってください」と言われ、警察を呼ぶこともしなかった。困った3人は、その小銭で公衆電話から近くの親戚に助けを求め、なんとか家まで帰ってきたらしい。

「近いうちに警察へ行って被害届を出す」という言葉を最後に、怒りの矛先は私に向いた。

「そもそもお前がもっと真剣に逃げろって言ってくれたら、こんな目に遭わずに済んだのに!」

「そうよ!そうよ!今回の件はなお子さんにも責任があるわよ!一体どうしてくれるの?」

呆れて物も言えなかった。そもそも、私を置いて旅行に行ったのはあちらなのに。私は率直に言い返した。

「それは違いますよ。私を置いて旅行に行った結果でしょう。」

すると、大輔は声を荒げた。

「うるさい!嫁のくせに生意気なことを言うな!もう離婚だ!お前とはやっていけない!」

もう我慢の限界だった。私は無言で夫婦の寝室へ行き、キャビネットからある物を取り出した。リビングに戻り、大輔にそれを見せつける。

「離婚上等よ。いびられている妻を守らない夫なんていらないわ。」

私が持ち出したのは、離婚届だった。いつかこんな日が来るのではないかと、こっそり用意しておいたのだ。まさか私が承諾するとは思っていなかったのか、大輔は慌てている。

「え?いや、やっぱりもうちょっと考えた方が…」

すると義母がこれ幸いと大輔に離婚を進め始めた。

「こんなひどい嫁、さっさと捨てなさい!また新しい人をお母さんが見つけてあげるから!」

大輔は義母に逆らうことができず、結局は離婚届に署名した。

「それじゃあ、さようなら。大好きなご家族と仲良く暮らしてください。」

その場に崩れ落ちる大輔を無視して、私は家を出た。その後、離婚届を提出し、無事に離婚が成立した。何度も大輔から復縁を迫られたが、当然全て無視した。「今度からなお子を守るよ」と言っていたが、今更もう遅い。

一方、義母は邪魔な私を追い出せたことで、しばらくはウキウキしていたようだが、それも長くは続かなかった。離婚して同居解消になったことがご近所に知れ渡り、噂好きの人々によって義母の嫁いびりの悪評が広まった。その性格の悪さを知られた義母は、周囲から後ろ指を刺されるようになり、大輔のお嫁さん探しどころではなくなったらしい。

私は地元へ帰り、友人の紹介で再就職することができた。もう結婚はこりごりだ。しばらくの間は、一人の時間を満喫しようと思う。

確かに、あの時はひどい顔をしていたな。今鏡で見る自分の顔は、明るい笑顔を浮かべている。私は軽やかな足取りで家を後にした。

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