初対面の朝、新しい職場で自己紹介を終えた瞬間、先輩職員が睨みつけてきた。「低学歴が調子に乗るなよ。俺はお前が主任だとは認めないからな」と。一般企業から転職してきた俺が、同法人の別のデイサービスセンターの主任として抜擢されたことが気に入らないらしい。それから彼は毎日のように指示を無視し、必要な情報も渡さない嫌がらせを続けた。それでも利用者と家族のために尽くす中、ある日、利用者家族から届いた一本…

初対面の朝、新しい職場で自己紹介を終えた瞬間、先輩職員が睨みつけてきた。「低学歴が調子に乗るなよ。俺はお前が主任だとは認めないからな」と。一般企業から転職してきた俺が、同法人の別のデイサービスセンターの主任として抜擢されたことが気に入らないらしい。それから彼は毎日のように指示を無視し、必要な情報も渡さない嫌がらせを続けた。それでも利用者と家族のために尽くす中、ある日、利用者家族から届いた一本...

初対面の挨拶が終わった瞬間、彼は前に出てきて俺を鋭く睨みつけた。

「俺はな、専門学校と大学まで行って福祉の勉強をし、ずっと現場で働いてきたんだ。一般企業から転職してきたお前より、福祉のことを知っているんだぞ。お前が仕事ができなかったら、すぐに本部に連絡するからな」

俺は丁寧に頭を下げて「精一杯やらせていただきます」と答えた。すると彼は吐き捨てるように言った。

「低学歴が調子に乗るなよ。学歴も射歴も俺の方が上なんだ。俺はお前が主任だとは認めないからな」

俺の名前は寺崎高一。35歳。法人運営のデイサービスセンターで介護職員として働いている。

この仕事を始めたきっかけは10年前、同居している祖母が体調を崩し、介護が必要になったことだ。母とヘルパーさんが祖母の世話をする姿を見て、俺は母に「俺も介護を手伝うよ」と告げた。母は「お前は普通に仕事もあるんだから、気にしなくていいんだよ」と言ってくれたが、家事までこなしている母にこれ以上の負担をかけたくなかった。

母は「仕方のない子だね」と言いながらも、「ありがとう」と微笑んでくれたのを今でも覚えている。

最初は見様見真似の介護だったが、それでは不十分だと感じ、仕事と両立しながら介護福祉士の専門学校に通い、資格を取得した。祖母の介護を通じて介護という仕事にやりがいを感じた俺は、専門学校卒業後に勤めていた一般企業を退職し、8年前から現在のデイサービスセンターで働いている。

そして先日、これまでの仕事ぶりが認められ、同法人が運営する別のデイサービスセンターの主任として異動することになった。

母に伝えると「おめでとう。これから忙しくなるだろうけど、頑張るんだよ」と自分のことのように喜んでくれた。俺は本部の期待と母の応援に応えるため、新しいセンターでも頑張ろうと意気込んだ。

新しいセンターへの初出勤の日。俺は最上級のお辞儀をして自己紹介をした。

「初めまして。今日からこちらの主任を任され、異動してきました寺崎高一と申します。皆さん、どうぞよろしくお願いいたします」

拍手をくれる職員たちの中で、ただ一人、冷たい目で俺を見ている男がいた。彼こそ、と塚さんだった。

それからというもの、と塚さんからの嫌がらせは日常茶飯事になった。適切な指示を出しても無視され、業務に必要な利用者の申し送りも行われない。連日のように受ける理不尽な対応に、俺は呆れつつも対応を考えていた。

救いなのは、と塚さん以外の職員やスタッフがいい人ばかりだということだ。「あんまり気にしない方がいいですよ」「いや、と塚さんは昔からあんな感じなので」と声をかけてくれる仲間がいた。

そんなある日、デイサービスセンターにかかってきた一本の電話。と塚さんがいい加減な対応をしているのが目に入った。

「はあ?そんなのこちらの都合だけで変えられませんよ」「だからそんなことは無理だって何度も言ってるでしょ」

叫ぶようにして電話対応をしているので、ただごとではない。俺や他の職員がちらりと気にしていると、と塚さんと目が合ってしまった。

「では、責任者に変わりますので少し待ってください」

そう言って、いきなり俺に電話を回してきた。驚いたが、後で注意しようと心に決め、電話対応を優先する。

「すみません、お電話代わりました。主任の寺崎と申します」

「あ、いつもお世話になっております。私、そちらのデイサービスを利用している長坂と申します」

電話の相手は利用者家族の長坂さん。前々から仕事の都合で迎えの時間を早めてほしいとお願いしているのに、いつまで経っても同じ時間にしか迎えが来ないため出勤時間がギリギリになってしまうという。また、サービス利用時の排泄介助が適切にされていないなどの苦情も言われた。

「まことに申し訳ございません。今後そのようなことがないよう、こちらで注意し、再度指導してまいります」

「いえ、もう何度も言わせてもらっているのですが、未だに改善される見込みがないようなので、別のデイサービスへ移動しようかとも考えています」

「お待ちください。それでしたら私が一度直接ご自宅の方にお伺いさせていただきます。そこで改めてお話をしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「え、あなたがですか?」

「はい。申し訳ながら私はまだこちらに来てから日が浅いので、長坂さんのお話を一度詳しくお聞きしたいと思います」

電話を切った後、俺はため息をついた。まだ来て日が浅いのに利用者が別のデイサービスへ移ることになったら、本部に申し訳が立たない。まずは相談員をしていると塚さんに、利用者や家族からの要望をどう聞き取っているのかを聞くことにした。

「いや、そんな一人ひとりの都合を聞いていたら切りがないでしょ。それに、一人の利用者や家族のために迎えを早めないといけないなんて。そんなことをしたら俺が早く出勤しないといけなくなるじゃないか」

「と塚さん、それは違いますよ。利用者や利用者家族の方たちのために、俺たちにできることをしないといけないんです」

「はあ?だからって、なんで俺が利用者のためにいつもより1時間以上も早くここに来ないといけないんだよ」

「もしそうなったとしても、と塚さん一人の負担になるようなことはしません。俺や他のスタッフと協力しましょう」

諭すように告げるも、と塚さんは不満な表情を崩さなかった。俺は一つため息をつき、言い聞かせるように続けた。

「それに、一つ言わせてください。先ほどの電話対応といい、あなたの言動と行動には目に余るものがあります。今後は気をつけてください。これは介護福祉の大学を卒業していても、射歴が長くても関係ありませんよ」

「なんで俺がお前に説教されなきゃならないんだよ」

「別に説教をしているわけではありません。ただ、今後は気をつけた方がいいとお伝えしただけです。ああ、それからと塚さんには相談員としての仕事があるのですから、長坂さんのところにはついてきてもらいますからね」

「なんでだよ」

「当たり前でしょ。利用者のご家族の方に直接お話を聞きに行くんですから」

俺は相談員としての責任があると説明し、長坂さんの自宅を訪問する際には同行するよう再度伝えた。だがと塚さんは「そんなことなんか知らねえ。お前一人で行け」と吐き捨て、仕事へと戻っていってしまった。

数日後、俺はと塚さんを連れて長坂さんの自宅へ向かった。長坂さんからセンターに改めて電話があり、この日なら家にいるということだったので訪問することにしたのだ。

「と塚さん、くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」

「そんなこと、お前に言われなくても分かってる」

と塚さんはずっとこの調子だ。行かないと言い続けていたので、半ば無理やり連れてきた部分もある。俺は本当に大丈夫かと思いながら、長坂さんの自宅のインターホンを鳴らした。

すぐに家の中から年配の男性が出てきた。

「今日はすみません。わざわざ来ていただいて」

「あ、あなたは……」

中から出てきた男性を見て、と塚さんが驚く。俺はそんなと塚さんを見て、早速ため息をつきたくなった。

「いえ、こちら側の不手際なので気にしないでください。こちらの職員が大変失礼いたしました。また、と塚さんが驚いてしまうのも無理はないだろう。長坂さんは、デイサービスセンターを運営する法人本部の職員さんなのだから」

「寺崎さんに謝罪してもらうことなど、一つもありませんよ。ただ、私はお隣にいる、と塚さんに対しては怒りを抑えることはできませんけどね」

鋭い眼光がと塚さんを射抜く。睨まれたわけではないが、俺も一瞬体が震えた。

「と塚さん、あなたはデイサービスで働いている主軸のスタッフですよね。その中でも相談員というのは、利用者や利用者家族の思いを真剣に聞くことが役割です。そしてその思いを真摯に受け止め、相手のことをしっかりと考えてあげないといけないのですよ」

「そ、それは……」

「なのに、それを真剣に考えてくれようとしない。この態度は何ですか?いい加減にしてくださいよ。そんな職員がいるのであれば、今後はこちらのデイサービスの利用をやめようと思います」

「え……」

「それは、そちらのセンターの存続も考えなければならない。それくらいの大事になってしまうまでのことを、あなたはやっているんですよ」

長坂さんの冷たい声が響く。と塚さんは俺以上に体を震わせていた。

「い、今までのご無礼、まことにもうしわけありませんでした」

と塚さんはようやく事の重大さを理解したのか、必死に謝罪する。だが、長坂さんの怒りは収まらない。

「出身大学や経歴で自分の能力を過信し、利用者主体のサービスを考えられないと塚さんは、解雇することも考えています」

「そ、そんな!」

「待ってください、長坂さん。その件に関しましては、こちらで判断してもよろしいでしょうか?」

「ほう。それはどのように判断されるおつもりですか?」

「と塚さんは私が主任としてしっかり再指導いたします。長坂さんには利用者として、その姿を評価していただきたいんです。その上で、もしと塚さんが改心する見込みがなければ、本部役員に今回のことを全て話し、私が解雇を求めようと思います」

「なるほど。本当に改心するのであれば、利用を続けることに問題はありません。なかなか良い案ですね」

長坂さんはそう言うと、今度はと塚さんに語りかけた。

「と塚さん、あなたはなぜ寺崎さんがここのデイサービスセンターの主任に抜擢され、異動してきたのか理由を知っていますか?」

「いえ、知りません」

「じゃあ説明しましょう。最近、君のところのデイサービスの介護の質について、利用者や利用者家族から苦情が本部の方に増えてきていたんだよ。そのせいでここのセンターの利用者が減り始めたことが、本部内で問題視されていたんだ」

「そんなことが……」

「実際に今もそういう苦情が耐えない状況だ。そして、大体の苦情にはと塚さん、あなたが絡んでいる」

長坂さんの名指しの指摘に、と塚さんはぶるりと震えた。

「だから本部の職員と話し合い、ここのデイサービスの危機を立て直そうと思い、利用者に寄り添った介護をして誰からも信頼を得ている寺崎さんに、ここを任せたんだよ。私たち本部は、寺崎さんにここのセンターの立て直しを期待して、異動を命じていたんだ。と塚さん、自分がどれだけ愚かなことをしていたのか、これで分かったか?」

「あっ、はい……。本当にすみませんでした」

と塚さんは自分が原因でデイサービスが危機に陥っていたことを、初めて知ったようだ。俺自身も本部の人から、と塚さんに直接デイサービスの危機を言わないようにと言われていたので、何も話していなかった。

と塚さんは長坂さんの話を聞き、自分がどれだけ勝手な考えで過信していたのかを改めて謝罪した。

「これからは利用者はもちろん、利用者家族の要望に耳を傾け、利用者に寄り添った介護を考えるということを、寺崎さんから学びなさい」

「はい」

「寺崎さん、と塚さんの言う通りにしよう。その代わり、見込みがないと分かればすぐに私、本部の職員に連絡すること。いいね?」

「はい、ありがとうございます」

俺は長坂さんにお礼を言い、深く頭を下げた。するとと塚さんも同じように頭を下げた。

それからのと塚さんは、人が変わったかのように俺にいろいろ聞いてくるようになった。相談員として自分はどこまで相手に寄り添えばいいのかを聞いてきたり、他の職員やスタッフが困っていれば率先して手伝いに行ったりしている。これなら長坂さんも評価してくれるだろう。それに、そんなと塚さんの姿を見て、俺も負けていられないなと思う。

俺は本部からの期待に答えるため、精一杯デイサービスの主任としての役目を務めた。その結果、本部へのデイサービスに対する苦情は減り、だんだんと評判も良くなっていき、うちのデイサービスを利用する利用者も増えてきている。

本部の期待に応えられて一安心ではあるが、少しでも油断があれば、以前のと塚さんのようになってしまうことだろう。絶対にそうなってはいけないと誓い、今日も俺は利用者に寄り添ったサービスを心がけている。

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