「お母さん、私、家事に口出ししないから。よくある嫁姑問題は起こさないわよ」
妊娠を機に同居を申し出た義母は、そう言って理解があるふりをした。
「私、足腰が悪いのよ。だから姫さんに掃除とか料理とか全部やってもらうことになると思うわ。私はあなたのやり方に文句をつけないから、大目に見てちょうだい」
一番らしい理由をつけて、家事のすべてを私に押し付けようとしている。子供も生まれるのに、その上義母の世話まで見ろというのか。それは絶対に避けたかった。
私は言葉を選びながら、仕事があることを理由に同居を断ろうとした。しかし義母は引かない。
「別にいいじゃない。私が一人増えるくらい。どうせあなたに任される仕事なんて大した仕事じゃないでしょ。そんなの誰かにやらせておけばいいのよ」
パートで働く私を見下すような発言だった。呆れて言葉も出ない私の横で、黙って聞いていた夫の守が口を開いた。
「いいじゃん。母さんの好きにしたら」
なんと夫は義母の要求を受け入れたのだ。義母は嬉しそうに言う。
「やっぱり守は私の息子ね。分かってくれたみたいで嬉しいわ」
私は青ざめた。
「守、本気なの?」
驚く私に、守はそっと告げた。
「俺にいい考えがある。任せて」
そして守は私にある作戦を耳打ちした。
「なるほどね」
私は夫の作戦に頷いた。
私はもともと登山が趣味で、自然を楽しみながら運動できるところが好きだった。山頂に着いた時の達成感はたまらない。しかし一緒に登山を楽しめる友人は少なく、仲間が欲しくなってサークルに入ることにした。
そのサークルで守と知り合った。趣味が同じだった私たちはすぐに意気投合し、森や湖を巡るドライブや登山デートを重ね、翌年結婚が決まった。こんなに気が合う人には今まで出会えなかったので、私は結婚生活に期待で胸を膨らませていた。
結婚の挨拶で初めて義母と顔を合わせた。
「よろしくね、姫さん。せっかく家族になったんだから仲良くしましょう」
人当たりの良さそうな義母は、笑顔で私を迎えてくれた。
「こちらこそよろしくお願いします」
義母の第一印象は、感じが良く常識人のように見えた。だが結婚すると、義母は徐々に本性を現し、図々しくなっていった。
私たち夫婦は義母と別々に暮らしていた。しかし私たちが仕事で留守にしている間に、義母は勝手に合鍵を作って家に侵入するようになったのだ。
義母は家に上がり込むと探し物を始めた。
「確かこの前、守が結婚のお祝いとしてデパ地下の高級菓子折りをもらっていたはず。あった、あった。これ食べてみたかったのよ」
そう言うと、私たちがいただいた菓子を勝手に開封し、食べ始めたのだ。
「さすが高いお菓子ね。普段食べているのとは違うわ。さて、どこかにこのお菓子に合いそうなコーヒーはないかしら」
今度は勝手に我が家の買い置きのコーヒーを入れ、それをお供にテレビを見ながら菓子をすべて一人で食べてしまった。
私もそのお菓子を楽しみにしていた。何も知らずに帰宅した私は、無惨に食い荒らされた菓子の包み紙や空箱を見てショックを受けた。
「嘘。楽しみにしていたお菓子が食べられちゃってる。誰がこんなことを?」
最初は守を疑ったが、守ではない。守は私と一緒にそのお菓子を食べることを楽しみにしていたからだ。
「がっかり。仕方ない。とりあえず夜ご飯の用意をしよう」
冷蔵庫を開けると、夕食に使おうと思っていたトマトが消えていた。おまけにキッチンには使用済みのコーヒーカップとドリップコーヒーのゴミが置いてあるではないか。
「冷蔵庫の食材も消えているし、誰かが勝手にコーヒーを飲んだみたいね。一体誰よ、こんなことをするのは」
帰宅した守と話した結果、どうやらそれらは義母の仕業らしいとの話になった。
「うーん。怪しいのは母さんだよな」
私は守に頼んで義母に確認してもらい、もし義母の仕業であればそれとなく注意してもらうよう頼んだ。守は義母に電話を入れる。
「母さん、もしかして今日俺たちの家に来た?」
「ああ、そうだったんだ。でも今度は一言連絡が欲しいな。俺たちも泥棒が入ったのかと思ってびっくりしちゃうからさ」
電話の様子から、やはり菓子とコーヒーの犯人は義母だったらしい。そして夕食の買い物を面倒に感じた義母は、冷蔵庫に入っていたトマトを持ち帰ったとのことだった。
守は義母に、勝手に家に入らないよう釘をさして電話を切った。どうやら義母は、息子夫婦のものは自分のものも同然という考えらしい。そのため家にある菓子を勝手に食べたり、夕食に使おうと考えていた食材を持ち帰ったりするのだ。
しかし守に注意されたにも関わらず、その後も時々義母が家に侵入した形跡があった。私のバッグが置いてある位置が微妙に変わっていたり、衣装ケースの場所が少しずれていたりと、どうやら義母は人の持ち物をチェックしているようだった。
「あら、私のミシン、ちゃんとカバーをかけてしまっておいたはずなのに誰か使ったみたい」
私物を勝手に使われたこともあった。
「ねえ、守。またお母さんが勝手に家に入ったみたいなのよ」
「困ったもんだなあ。分かった。俺から話をしておくから」
ある日、義母が我が家へ遊びに来た。私たち夫婦は義母と話し合いを試みた。
「前にも言ったけど、勝手に家に入らないで欲しいんだよ。家族とは言っても俺たちにもプライバシーってもんがあるからさ」
しかし義母はこう言う。
「別にいいじゃないの、家族なんだから。それとも何よ。この家には私に見られたらまずいものでもあるっていうの」
「そういうわけじゃないけど、勝手に人のものを使ったり、戸棚や引き出しを開けるようなことはやめて欲しいんだよ」
守が言っても、義母は聞く耳を持たない。
「ちょっと借りるぐらい、いいじゃないの」
その後も義母の出入りは続き、行動は日に日にエスカレートしていった。ある時、義母は私たち夫婦に無断で高級なアクセサリーをネット通販で注文した。
「2人とも共働きだからお金を持っているわよね。私、もうすぐ誕生日なのよ」
そう言うと、その商品を大威張りで私に支払わせたのだ。帰宅した守がそのことを知り、義母を叱責した。
「母さん、姫が困っているじゃないか。欲しいものがあるならまず俺に言ってくれよ」
「はいはい。今度はちゃんと守におねだりするわ」
私は嫁という立場もあり、義母には強く言えないため、守がきちんと注意をしてくれるのはありがたかった。しかし義母は反省する様子がない。それどころか、今度は私たちの家に友人を呼んでカラオケで大盛り上がりしたのだ。
「広い家はいいわね。みんな時間を気にせず楽しみましょう」
義母の悪友たちは遠慮なく家で食べ物を食い散らかし、カラオケを楽しんだが、その音は大音量で周囲に響き渡った。後日、私は近所から「騒音がひどいんだけど」と苦情を受けてしまった。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」
私はご近所に頭を下げて回った。
「全く、母さんは仕方ないな」
何度注意しても言うことを聞いてくれない義母を見かねた守が、最後の手段に出た。
「母さん、これ以上俺たちに迷惑をかけるなら不法侵入で警察に通報するからな」
家族だからと言って容赦はしないと脅したのだ。これまでにないほどの守の剣幕に、義母は急に弱気になった。
「ごめんなさい。あなたたちがそこまで怒っていたとは思わなくて」
これまでずっとヘラヘラとごまかしていた義母が初めて謝罪をした。もしかしたらこれで心を入れ替えてくれるかもしれない、と私は期待を抱いた。しかし守は義母を信用していないようだった。
「口では何とでも言えるからな。じゃあこれにサインをしてくれ」
そう言うと、今後二度と迷惑をかけない、この家には出入りをしないという念書を書かせた。
「何よ。私が信用ならないっていうの。実の親にここまでさせるなんて」
「いいからサインをしてくれ」
「もうひどい息子ね」
文句を言いながら義母は渋々サインをした。守は無言でそれを受け取ると、念書を引き出しにしまった。
時が経ち、私は妊娠した。待望の妊娠に私たちは喜んだ。
「やっと赤ちゃんが来てくれたわ。でもまだ妊娠初期だから、周りに教えるのはもう少し後にしましょう」
私は少し様子を見てから周囲に報告しようと思っていたのだが、義母はどこで聞きつけたのか私の妊娠を知っており、家に尋ねてきた。
「聞いたわよ、姫さん。妊娠したんでしょ? おめでとう」
「はあ。ありがとうございます」
私は嫌な予感がした。
「私ね、子供が好きなのよ。子育ての経験もあるし。だから子供は私に任せてちょうだい」
義母は孫の面倒を見る気満々のようである。初孫が楽しみなのかと思っていると、義母はこう言った。
「だから私、この家に引っ越そうかと思うのよ。孫も生まれることだし、同居しましょう」
義母はそう言うと、孫の面倒を見ることを条件に我が家での同居を要求した。
「いや、それは……」
私が返事に困っていると、義母はこう言う。
「絶対にあなたたちのやり方に文句をつけないから。私は姫さんの家事に口出ししないから。よくある嫁問題は起こらないわよ」
義母は自慢げに理解があることをアピールした。
「それに私、足腰が悪いのよ。だから姫さんに掃除とか料理とか全てをやってもらうことになると思うわ。だから私のやり方にケチをつけずに、大目に見てちょうだい」
なんと義母はもっともらしい理由をつけて、家事のすべてを私に押し付けようとするのだ。子供も生まれるのに、その上義母の世話まで見ないといけないなんて。それだけは避けたかった。
私はやんわりと同居を断ろうと、言葉を選びながら義母に告げる。
「でも私も仕事をしていますし、帰宅が遅くなることもあるんです。同居することによって逆にお母さんに迷惑をかけるかもしれないので」
「そんなの別にいいわよ。たまにはコンビニ弁当でも文句を言わないから」
私はなんとか断ろうと理由を考えるが、なかなかうまい理由が思いつかない。考え込んでいるうちに、同居に賛成しない私に気を悪くしたのか、義母は嫌みっぽいことを言う。
「別にいいじゃない。私が一人増えるぐらい。どうせあなたに任される仕事なんて大した仕事じゃないでしょ。そんなの誰かにやらせておけばいいのよ」
義母はパートで働く私を見下す発言をした。その言い方から、義母は社会で働いた経験がないのかもしれないと感じた。だから人の気も知らずに、けとばすようなことを言えるのかもしれない。
私が義母の図々しさに呆れていると、黙って聞いていた守が口を開いた。
「好きにしたら」
なんと夫は義母の要求を受け入れたのだ。
「なんですって。やっぱり守は私の息子ね。分かってくれたみたいで嬉しいわ」
しかし夫の言葉に私は青ざめた。
「守、本気なの?」
驚く私に、守はそっと告げる。
「俺にいい考えがある。でも大丈夫だから、任せて」
そして守は私にある作戦を耳打ちした。
「なるほどね」
私は夫の作戦に頷いた。
その翌日、私たちが不在の間に義母が息巻いて引っ越してくる。
「さあ、これからは息子たちのお世話になるわよ」
そして早速、義母は自分の荷物を広げると、まるで住み慣れた家のようにくつろぎ始めた。
「さて、コーヒーでも飲もうかしら。確かこの辺りにあったはずね」
予想していた通り、義母は勝手に人の家のものを自由に使い始める。
「何か面白い本はないかしら。大した本がないわね。おし、暇つぶしにパチンコでも行ってこようかしら」
義母は好き放題に過ごし、夜になった。義母は菓子を食べながら私たちを待つ。
「そろそろ夕食の準備を始める時間なのに、あの人たちは遅いわね。残業かしら」
文句を言いながら義母は私たちを待ち続けた。だが私たち夫婦は帰ってこない。義母は不思議がる。
「守たちはどこへ行ってるの? 夜ご飯の時間だというのに、全然帰ってこないわね」
その頃、私たちは隣の県にあるもう一つの秘密の家にいた。そこで夫婦水入らずで夕食を取っていたのだ。
「いやあ、この家があって助かったな」
「本当ね。さすがのお母さんも、この家までは来られないでしょうね」
義母は知らなかったが、私たち夫婦は都会と地方で二拠点生活を楽しんでいた。守と私の共通の趣味は登山であり、2人とも自然に囲まれることを好んだ。そのため山や森が近く自然に囲まれたこの家に、時々癒しを求めて遊びに来ていた。守が義母の同居の申し出に対して「好きにすれば」と言ったのは、この家の存在があったからである。
義母の同居を許可するような発言に私は不満を感じていたが、義母がいないタイミングを見計らって守は私にそっとこう言った。
「姫香、しばらくあの別荘で過ごそう。あそこなら母さんの目は届かないから」
「なるほど。そういうことね」
夫の考えを理解した私は思わず思わず笑みを浮かべた。
「よかった。守がお母さんの味方についたのかと思っちゃった」
「そんなはずないだろう。あの家のことは母さんに秘密だぞ」
家に帰ると義母がいるため、私たちはしばらくこちらの別荘へ身を寄せることにする。互いに仕事が終わった後、いつもの家ではなくこの別荘へと帰宅したのだ。
少しだけ職場から遠くなるが、義母のストレスからは確実に解放される。私たちは食事をしながら語り合った。
「それにしてもここは空気が澄んでいるな。子供が生まれたら自然に触れさせることもできるし。いい場所だよな」
「そうね。小さいうちから自然に触れさせておけば、虫とか平気な強い子に育つかもね。私も昔は木登りが得意だったのよ」
そんなことを話しながら、私たちは笑い合っていた。
私たちが別荘でくつろいでいると、義母から連絡が入る。
「うわ、お母さんから連絡が来たわ」
「はあ。面倒だけど仕方ないな」
渋々守が電話に応じた。
「はい。もしもし」
「ちょっと2人とも、いつまで遊び歩いているのよ。お腹が空いたんだけど」
怒りの電話がかかってくる。
「私は家事をしないと言ったでしょ。私を飢えさせるつもりなの? こっちは足腰が痛くて満足に動けないというのに。老人虐待よ」
義母が空腹だろうが、私たちの知ったことではない。それに本当は義母が元気に動けることも分かっている。守は義母の言葉にうんざりしながらこう言った。
「なんだ、母さんはまた俺たちの家に来たのか」
「当たり前じゃないの? 守が好きにしろって言うから、好きにさせてもらっていたのよ」
「なあ、母さん。覚えているか? 以前、母さんに俺たちの家に出入りしないという念書を書いてもらったことがあるよな」
「ああ、そんなこともあったわね。それがどうしたのよ」
「念書を書いたというのに、なぜ母さんは家に出入りをしているんだ。約束を破ったらどうなるか、分かっているのか」
「まあ、そんなことを言って。まさか親を脅すつもりなの?」
守の言葉を脅しと取った義母は反論する。
「あんたたちは私の同居の申し出に『好きにすれば』と言ったじゃない。だから私は好きにさせてもらったのよ。私は悪くないわ。男のくせに自分の言った言葉に責任を持たないつもり?」
しかし守も引かない。
「そっちこそ約束を守らないつもりか? こっちには念があるんだ。母さん直筆の念がな」
義母もしつこいが、守も負けずに念書を盾に義母と戦う。
「これ以上母さんが好き勝手をするなら、警察に通報するよ。念書を交わしたにも関わらず俺たちの家に出入りをするってな」
守は警察沙汰にすると義母を脅した。
「え? 警察?」
さらに守はこう言う。
「なんなら弁護士も立てるぞ」
「まあ、実の親を相手にそこまでするつもりなの?」
やっと義母は守の本気を感じたらしく、守の言葉に驚いた様子だ。
「もう何なのよ、あんたちは。そんな可愛くないことを言うなら、孫が生まれても面倒を見てあげないからね」
義母は開き直った。
「別にいいよ。子供の世話はこっちで何とかするから」
「ふん。本当は私、子供が嫌いなのよ。孫になんか全然興味なんてないんだから」
さらに義母は子供嫌いであると主張し、ぐちぐちと文句を言う。
「子育てに困って泣きついてきたって、助けてあげないんだからね」
最後に負け惜しみのようなことを言いながら、義母は悔しそうに電話を切った。私は義母の言葉に逆に安心した。
「よかった。正直お母さんみたいな人に子育ての手伝いをしてもらうのは、少し怖かったから」
だが義母はその後も諦めず、私たちと直接対決をしようと家で待ち構えていた。
「電話だとうまく言えなかったけど、あの子たちと直接話せばきっと言いくるめることができるわ。気弱そうな姫さんなんか、特にね」
だが結局、私たち夫婦は帰ってこない。張り切って明け方まで待っていた義母は、眠い目をこすりながら文句を言う。
「もう、こっちは寝ないで待っていたというのになんであの2人は帰ってこないのよ。私は一晩中待っていたのよ。ふざけないで」
しかし負けず嫌いの義母は考えた。
「あの人たち、この家に帰ってこないで。一体どこで寝泊まりしているのかしら? まさかホテル暮らし? いや、そんなはずないわ」
考えた結果、義母は守を尾行することにした。義母は守の職場を知っている。そのため守の退勤時間を見計らい、守の会社近くで物影に隠れて待ち伏せをした。
時計を見ながら義母は待つ。
「そろそろ守の仕事が終わる時間帯ね。どこについているのか調べないと」
そこへ何も知らない守が出てきた。そして見張られているとは知らずに自分の車に乗り込む。それを見た義母は急いでタクシーを捕まえた。
「運転手さん、あの車を追ってください」
義母は会社から帰宅する守の車をタクシーで尾行した。守の車はどんどん町から離れていき、やがて大自然に囲まれた一軒家にたどり着く。そして守は車を止めると、その一軒家に入っていった。それを見た義母はニヤリと笑う。
「あの子たちったら、こんなところに別荘を持っていたのね。そうと分かれば、もう逃さないわよ」
なんと義母に、私たちが現在住む家を突き止められてしまったのだ。
別荘を知った義母は早速動き出す。義母は私たち夫婦が留守の火を狙って、勝手に別荘へ上がり込んだ。
「鍵は確かここに隠してあるはず。あった、あった」
私たちが鍵を隠した場所も把握されていたため、義母はそこから鍵を取り出すと家に侵入する。
「うふ。私から逃げようとしてもそうはいかないわよ。守に姫香さん、観念して家族仲良く一緒に暮らしましょうね」
家に入った義母は、そこでも自分の家のようにくつろぎ始めた。勝手に菓子を漁り、コーヒーを入れてゴロゴロしながら私たちの帰りを待つ。その間に家の中を見て回り、色々とチェックを入れた。
「あら、あんまり手入れが行き届いていないわね。姫香さん、綺麗好きなのにどうしたのかしら。妊娠しているから満足に動けないのかしらね」
そしてアクセサリーのケースを見つけて、中身を確認する。
「あら、これも姫香さんらしくないアクセサリーね。いつの間にか趣味が変わったの。随分派手になったような」
徘徊しているうちに夕方になった。義母は待ちくびれてしまう。
「早く帰ってこないかしら。自然に囲まれているのはいいけど、木や草だらけでコンビニすら近くにないから暇だわ」
すると誰かが帰宅したらしく、玄関先から鍵を開ける音がした。物音に気づいた義母は起き上がる。
「あら、帰ってきたみたいね。守かしら。それとも姫香さん」
しかしその家に入ってきたのは、見知らぬ女性だった。女性は義母の姿を見て驚いて叫ぶ。
「あなたは誰ですか? なぜ勝手に人の家にいるんですか?」
義母も女性と一緒になって驚いた。
「あなたこそ誰なの? ここは私の息子たちの家よ」
「息子の家? いえ、ここは私たちの家ですが」
「はあ? 何を言ってるの?」
実は、ここが守と私の家だというのは義母の勘違いだった。確かに私たちは一時的に住ませてもらっていたが、元々この家は私たち夫婦の所有の家ではないのだ。私たちが避難先として使用していた家は、本当は夫の学生時代の先輩夫婦が所有する別荘だった。私たち夫婦が自然好きであることを知っている先輩が、自分たちが使用していない時だけ特別に私たち夫婦に貸してくれていた家なのである。
「別荘とはいえ、たまに人に使ってもらわないと家の中や外が荒れるからな。守たちに使ってもらえるならちょうどいい」
この日、先輩は長期休みであり、それに伴って先輩の家族も大自然に囲まれたこの家に遊びに来ていた。そして先輩の妻が別荘である我が家に入ると、知らない女性である義母がくつろいでいた。しかも義母が人のアクセサリーを漁った形跡があるではないか。驚いた先輩の妻はパニックに陥った。
先輩の妻は慌てて家を出ると、即座にスマホを取り出し、警察に通報した。
「もしもし。家の中に知らない女性がいるんです。しかも私のアクセサリーを漁っていたみたいだし、泥棒かもしれないので今すぐに来てください」
結局、警察が駆けつけてちょっとした騒ぎになってしまう。後日、義母が住居侵入の罪で警察に連行されたことを、私と守は先輩から聞かされた。
「いやあ、この前別荘に行ったら、妻が変なおばさんと鉢合わせしてさ。なんか勝手に家に入り込んで、しかも家のお菓子とか食べて、妻のアクセサリーを漁っていたみたいなんだよ」
それを聞いた私と守はギクリとする。
「守? それってまさか……嫌な予感がするな」
動揺する私たちに気づかず、先輩は続けた。
「家に侵入したおばさんなんだけど、必死に『ここは私の家だ。息子夫婦を出せ』と言って聞かないんだよ。まさかだけど、守の母さんじゃないのか?」
冗談ぽく先輩は言ったが、私たちはギクリとして顔を見合わせる。
「さ、さあ、そんな人は知らないなあ」
気まずさのあまり、守は他人のふりをした。そして夫は義母のことをただの他人に過ぎないと見放し、そのまま迎えに行かなかったのだ。
不法侵入した上、反省の様子が見られなかった義母は、警察から長時間説教されてしまう。
「ああ、もううるさいわね。悪かったと言ってるじゃないの。あの家に入り込んだのは私の勘違いだって言ってるでしょ」
あまりの義母の不届きな態度に、警察の説教は止まらない。
「あなたは本当に反省しているのですか?」
「はいはい。ごめんなさい」
長い説教の末、義母はようやく警察から解放された。そして私たちに見放された義母は、その後親戚宅に転がり込む。
「聞いてちょうだい。息子たちに絶縁されちゃったのよ。こんな年寄りを捨てるだなんて、ひどい話だわ」
涙ながらに同情を誘った。最初は義母を気の毒に思って迎えた親戚だったが、すぐにそれを後悔することになる。義母は我が家に来た時と同様、人の世話になっているというのに家事をやらないどころか、またしても友人を招待してカラオケやバーベキューで盛り上がるなど近所迷惑を繰り返した。さらに親戚がタンスに隠していたお金に義母が手をつけようとしたことがバレて通報され、再び警察のお世話になってしまう。
実は義母は若い頃から悪友が多く、しかも競馬や競艇にのめり込んでいた。だが義父が亡くなった後は収入が絶え、生活に困窮していたのだ。義母はギャンブルについて守に問い詰められた際にこう言い訳をしていたらしい。
「結婚して自由がなくなってストレスが溜まっていたのよ。少しギャンブルで発散するぐらい、いいじゃないの」
だが実際には、何もしない義母に変わって仕事も家事も守の父が担当していた。
「そういえば、俺を育てて世話をしてくれたのはほとんど父さんだったな」
思い返せば義母は、外で悪友たちと遊んでいただけだったと守は振り返る。その後義母は懲りずに親戚宅を巡り、その後は知人や友人の家を次々と巡っては追い出されるのを繰り返し、最後には行方知れずになった。
「悪友の多い母さんのことだ。おそらくどこかで図々しく元気に暮らしているのだろう。また新しい友人を作って、その人の家に転がり込んでいるかもしれないしな」
一方で私は無事に元気な男の子を出産した。守の先輩夫婦の好意に甘えさせてもらい、その後も二拠点生活を続けながら、現在は家族3人で穏やかな日々を過ごしていた。
「この子が大きくなったら、親子で登山に行きたい」
そんなことを考えながら、私は守と力を合わせて子育てに励むのであった。



