食卓の真ん中に離婚届を置いた瞬間、義母が笑いながら「次の嫁はもっとマシよ」と言った。夫は私の署名をつまみ上げ、「お前はもう用済みだ。今すぐ出ていけ」と言った。私は黙って書類にサインした。驚く四人をよそに、私はただ一言「了解」と返した。彼らは知らない。この家の名義が誰にあるのか。三年間、ただで住ませてもらっていたのは、私ではなく彼らの方だということを。私は何も言わずに家を出た。そして、彼らが気…

食卓の真ん中に離婚届を置いた瞬間、義母が笑いながら「次の嫁はもっとマシよ」と言った。夫は私の署名をつまみ上げ、「お前はもう用済みだ。今すぐ出ていけ」と言った。私は黙って書類にサインした。驚く四人をよそに、私はただ一言「了解」と返した。彼らは知らない。この家の名義が誰にあるのか。三年間、ただで住ませてもらっていたのは、私ではなく彼らの方だということを。私は何も言わずに家を出た。そして、彼らが気...

夫が私の目の前に離婚届を滑らせたとき、義母は茶碗を置いて笑った。
「次の嫁はもっとマシよ。」
食卓の真ん中には、署名したばかりの書類がある。夫の姉が冷蔵庫を開けたまま言った。
「家具は置いてってよ。どうせ持ってく先もないでしょ。」
義妹はスマホから顔も上げずに続けた。
「私、お姉さんの部屋使うからね。前から決めてたし。」
夫が私の書いた署名をつまみ上げた。
「お前はもう用済みだ。部屋を片付けて、今すぐ出ていけ。」
「了解。」
四人の視線が一斉に私へ集まった。言い返すと思っていたのだろう。私はボールペンのキャップを押し、それをしまい、それから顔を上げた。
「皆さん、本当にこの家に住み続けるんですね。」
「当たり前でしょ。」
義母の声が台所まで響いた。
「分かりました。」
私は席を立った。黙って署名したのは、諦めたからではない。この人たちには、一つだけ決定的に勘違いしていることがある。それが何なのか、この食卓の誰もまだ知らない。

私は大和香織、三十五歳。都内の資材メーカーで経理をしている。結婚して七年になる夫・高幸は、住宅設備の会社の営業だ。暮らしているのは、駅からバスで十二分の住宅地にある古い一軒家。祖母が暮らしていた家で、子供の頃は夏ごとに預けられた。庭の金木犀は、祖母が植えたものだ。祖母は五年前に亡くなった。九十歳だった。遺言書には「この家には香織に住んでほしい」と書かれていた。相続で揉める相手は最初から誰もいなかった。結婚してすぐ、私たちはこの家で祖母と暮らし始めた。土地も建物も私の名義になった。登記の手続きは私が一人で終わらせ、高幸は書類を一枚も見なかった。「そういうのはお前の方が得意だろ」と言って、彼はソファーで野球を見ていた。あの人は最初から、知らないままでいることを選んだのだ。

朝は五時半に起きる。四人分の朝食を作り、洗濯機を回し、義母の薬を仕分けてから家を出る。食卓に皿を並べると、義母の和子さんが箸を止めた。
「香織さん、この魚、また駅前のお店でしょう。高幸に骨のある魚を出すのはやめてって言ったわよね。」
「すみません。次からは身にします。」
「そうして。あと、廊下の隅。埃が溜まってたわよ。」
この家で、義母からも夫からも「ありがとう」という言葉を聞いた覚えはない。会社までは片道一時間。買い物をして家に着くのが七時前だ。義母が決めた夕飯の時刻は六時半。間に合ったことは、三年で数えるほどしかない。「遅いわね。お腹が鳴っちゃったわ。」義母は箸を持って待っている。台所に立とうとはしない。みんなが食べ始めてから、私は自分の分を器によそう。四人掛けの食卓は義母と高幸と義姉でほぼ埋まり、義妹まで来ている日は、私の席など最初からなかった。「香織さん、立ったままでいいわよね。どうせ台所でつまんでるんでしょ。」義姉が唐揚げを取り分ける。つまんではいない。私は流し台の前に立ったまま、冷めた味噌汁で白飯を流し込んだ。同居が始まって二週間目に言われた。「香織さん、お風呂は最後にしてちょうだいね。お湯が汚れるでしょ。」以来ずっと、私は自分の家の湯船に一番最後に入る。

同居が始まって二年目の秋、居間の壁から祖母の写真が消えた。縁側で猫を抱いた白黒の写真だ。代わりに義父の位牌がかかっていた。
「お母さん、あの写真はどこですか?」
「仏さんが先に決まってるでしょ。よそ様の写真を居間に置くもんじゃないわ。」
よそ様。祖母はこの家を立てた人である。私は押入れの奥から額を掘り出し、寝室の棚に置いた。その晩、高幸に話した。
「あの写真、勝手に外されたの。」
「母さんの言うことにも一理あるだろ。仏壇の位牌が後回しってのもな。」
「仏壇は元々、祖母のものよ。」
「細かいこと言うなよ。家族なんだから我慢しろよ。」
彼は布団を被って背中を向けた。その二週間後、私の部屋から荷物が消えていた。仕事の資料も祖母から譲られた着物も、全部まとめて廊下に積んであった。義妹の奈々さんがダンボールを運び込みながら言う。
「あそこ、物置きに使うから。」
「聞いてませんけど。」
「お母さんがいいよって。お姉さん、荷物少ないんだからいいでしょ。別に困らないよね。」
義母は台所で振り向きもせずに言った。
「一部屋くらい融通しなさいよ。この家の人間なんだから。」
「この家の人間」という言葉は、三年の間に何百回も使われた。それは私を含まない意味になっていった。出ていけばよかったのだと言われるだろう。私もそう思った夜がある。でも、あの遺言書の文字を思い出すと足が止まった。「この家には香織に住んでほしい」と祖母が書いた家から、私の方が先に出ていくわけにはいかなかった。その秋も庭の金木犀は咲いた。この暮らしがどこから始まったのかを話しておきたい。

三年前、義父が亡くなった。七十歳だった。真面目な人で、私に小言を言ったことは一度もない。一度だけ、台所で洗い物をしている私の背中に「うちの女共がすまんな」と言った。それが義父から聞いた最後の言葉になった。四十九日の法要が済んだ翌週の夜、義母が大きな鞄を下げて玄関に立っていた。
「少しの間だけ済ませて。あの家、一人だと広すぎてね。」
高幸は玄関で靴も脱がずに言った。
「いいよな、香織。部屋は余ってるんだし。」
私は迷った。夫をなくしたばかりの人を玄関で追い返すことはできなかった。
「どうぞ、奥の和室を開けます。」
その夜のうちに義姉と義妹が荷物を運び込んできた。
「私も週の半分はこっちに止まるから。お母さん、一人じゃ心配だし。」
「私も荷物置かせて。あっちのクローゼット狭いんだよね。」
その週末、私は一枚の紙を用意した。五年前、祖母の相続を頼んだ司法書士の友人・恵理に言われたことがあったからだ。「香織、一つだけ言っておくね。人をただで住ませる時は、一枚だけ書いてもらえなさい。」「え、身内なのに。」「身内だから書くの。仲がいいうちに書くものだからね。仲が悪くなってからじゃ、書いてもらえないでしょ。」私は台所のテーブルに紙を置き、三人に頼んだ。高幸の名前は入れなかった。新しく入ってくるのは、この三人だからだ。書いてあるのは三行だけ。「この土地と建物の持ち主は、大和香織であること。私たちは無償で使わせてもらうこと。持ち主から求められた時は、速やかに出ていくこと。」義姉が老眼鏡を持ち上げて笑った。
「何これ?他人行儀ね。」
「形だけなんです。何かあった時のために。」
「実印がいるの?」
「見印で結構です。」
義母がペンを取った。
「じゃあいいわ。書けばいいんでしょ。」
義姉は名前を書きながら鼻で笑った。
「香織さん、こういうの好きだよね。会社の癖。」
義妹は面白がって、印肉に指を押し当てて手を汚していた。三人分の名前と三つの印。日付は三年前の十月十日。その紙は、恵理が「覚え書き」と呼んだ。私は家の書類を閉じた黒いファイルの一番後ろに入れた。

一週間もすると、義母は自分の家にいるように振る舞い始めた。夕飯の時刻が六時半に決まったのもこの頃だ。「お父さんはいつも六時半だったの。うちはそういう家なのよ。」掃除にも点数がついた。「窓を指でなぞってご覧なさい。ほら。」台所の道具も入れ替わった。私が結婚の時に買った片手鍋が、ある日ゴミ袋に入っていた。「あんな薄い鍋、体に悪いわよ。私のを使いなさい。」自分の家の台所から自分の鍋が消えるという感覚は、うまく言葉にできなかった。仕事から帰ると、義母は居間のソファーで通販番組を見ている。流しには昼に使った器が重なっている。「あら、お帰り。今日は天ぷらが食べたいわ。」私は買い物袋を下げたまま台所へ直行する。そういう日が続いた。

同居が一年経った頃、私は久しぶりに恵理と会った。駅前の商店街の裏にある事務所は、父親の代からの古い司法書士事務所を継いだものだ。
「近くまで来たから、ちょっと聞きたいことがあって。」
「この前ね、うちの人の同僚の方に駅であったの。『いい家をお建てになりましたね』って言われて、私、なんて返せばよかったのかな。」
恵理は茶碗に伸ばしかけた手を止めた。
「それ、高幸さんは何て言ってるの?」
「まだ本人には聞けてない。聞いたところで、話を合わせただけだって言われそうで。」
「ふーん。」
恵理はそれ以上何も言わなかった。私は、祖母から相続したあの家の名義が今どうなっているのかを聞いた。「念のため見ておくね。」「動いてない。手続きしてないんだから、当たり前だけど。」恵理は茶碗を両手で包んで、しばらく私の顔を見ていた。
「香織、あの家はあなたのものだからね。土地も建物も。」
「去年書いてもらった紙、まだ持ってる?」
「持ってる。ファイルの一番後ろ。」
「じゃあ大丈夫。」
恵理は机の引き出しから名刺を一枚抜いて、私の手のひらに置いた。
「宇川さんっていう弁護士さん。私が信用してる人だから。」
「そんな話じゃないってば。」
「使わないなら、それでいいの。財布に入れとくだけ。」
帰り際、恵理は「香織、顔色良くないよ」と言った。私は笑ってごまかした。誰かに自分の一日を説明したのは久しぶりだった。毎日感じていたことだが、声に出したのは初めてだった。私は毎日、自分の家に帰るために急いでいる。それなのに、帰ったところに自分の居場所がない。

バスを降りて坂を上がると、家の窓に明かりがついていた。中に入ると、居間から義姉の笑い声が聞こえた。「だからさあ、二階の南側を敬一の部屋にすればいいのよ。あそこは物置きになってるじゃない。片づければいいでしょ。どうせ使ってないんだから。」ドアの隙間から義母と義姉と高幸の背中が見えた。テーブルには間取り図が広げてある。自分の家の間取り図が、自分抜きで囲まれている。義母が振り返って言った。「あら、帰ってたの?」それだけだった。加われとも、座っていけとも言われない。義姉は間取り図から目を上げずに続けた。「お母さん、この一階の和室ね、ここもいずれ使えるでしょう。」一階の和室というのは、祖母が使っていた部屋のことだ。その日の夕飯は間に合わなかった。「六時半って言ってあるでしょ。」その晩、寝室で聞いた。
「敬一君の部屋ってどういうこと?」
「姉さんが、そのうち敬一とこっちに越してきたいって。」
「越してくる?この家に?」
「まあ、まだ先の話だよ。」
「相談してくれてもいいんじゃないの?」
「だから今、話してるだろう。」
翌朝、玄関で靴を履こうとして手が止まった。土間には義母と義姉と義妹の靴が山積みに並んでいて、私の靴を置く場所はもうなかった。

二年前の十一月、私は大阪の工場へ二泊三日の出張に出た。出発の前の晩、私は義母に三日分の段取りを伝えた。「三日も家を開けるの?随分気楽な身分ね。」「仕事です。」義母の薬は一週間分に分け、夕飯の下ごしらえを冷蔵庫に入れておいた。それでも三日ぶりに玄関を開けた時、家の匂いが変わっていることにすぐ気づいた。埃と洗剤とダンボールの匂いだ。「ただいま帰りました。」返事はなかった。廊下の突き当たりのドアが開け放してある。祖母が使っていた一階の和室だ。私はスーツケースを玄関に置いたまま、その部屋へ行った。部屋はがらんとしていた。畳の上に何もない。日に焼けていない白い跡が三つ残っている。箪笥と座卓と写真のアルバムと、コタツがあった場所だ。畳の色の違いだけが、そこに何かがあったことを覚えていた。代わりに義妹のダンボールが六つ並んでいる。二階から足音が降りてきた。
「あ、お帰り。」
義妹は両手にゴミ袋を下げて立っていた。
「奈々さん、ここにあったもの、どこへやったんですか?」
「え、捨てたけど。」
一瞬、言葉の意味が入ってこなかった。捨てた。「だって、使ってない部屋じゃん。こんな古い箱とか、誰も開けてないでしょ。」
「あれは祖母のものです。」
「うん。だから古いって言ってるの。」
「中を見ましたか?」
「見てないよ。開けたらキリないじゃん。お姉さんのものは廊下に出したでしょ?それ以外はいらないものだって、お母さんが言ったの。」
私は台所へ走った。義母が流しでお茶を入れていた。
「お母さん、和室のものは?」
「ああ、片付けさせたのよ。あんなにものを置いておくから風通しが悪いの。カビが生えるでしょ。」
「祖母のアルバムがありました。」
「よそ様のアルバムをうちに置いて、どうするの?」
よそ様。私は声が出なかった。その時、玄関から義姉が入ってきた。敬一君の制服のジャージを抱えている。
「ああ、和室すっきりしたね。物が減って、良かったじゃない。」
「よくありません。」
「え、何起こってるの?」
その声が本当に不思議そうだったので、私は返事ができなかった。私は上着を掴んで家を出た。ゴミの集積所は坂を降りた角にある。義妹が不用品の回収を呼んで、その朝に持って行かせていた。台の上には何も残っていない。向かいの家の奥さんが玄関先の落ち葉を掃いていた。
「大和田さん、探し物?今朝の業者さん、もう行きましたわよ。箪笥の箱があったから。あら、立派なのにって、主人と話してたの。」
私は礼を言って、コンクリートの台の前にしばらく立っていた。その日、向かいの奥さんと電話番号を交換した。その番号は今も私の携帯に入っている。家に戻ると、居間で高幸がビールを開けていた。
「んだよ。どこ行ってたんだ?」
「和室のもの、全部捨てられたの?」
「ああ、聞いた。まあ、しょうがないだろう。」
「しょうがない?そんな大事なもんなら、鍵でもかけとけばよかったろう。」
「鍵をかけろって?自分の家の部屋に?」
「だから大げさなんだって。母さんも奈々も、よかれと思ってやったんだ。」
「よかれですか?誰のために?」
「お前のためだよ。物が多いって、自分で言ってたじゃないか。」
私は初めて声を上げた。そんな風に叫んだことは、結婚してから一度もなかった。
「あれは祖母が使っていた部屋なんです。祖母が縫い物をしていた場所なんです。アルバムには、祖母と私が一緒に映った写真が全部入っていました。」
居間が静かになった。義母が茶碗を置く音がした。
「まあ怖い。そんな大声を出さなくたって。奈々に謝れって言うの?」
義姉が腕を組んだ。
「アルバムぐらいでしょ。子供じゃないんだから。」
「義姉さんは、敬一君の小さい頃の写真を全部捨てられても、写真ぐらいだと思いますか?」
「何それ?関係ないでしょ。」
関係はあるけれど、この人たちに通じる言い方は、私にはもうなかった。その夜、私は財布入れを開いた。内側に、祖母と縁側で撮った写真が一枚だけ挟んである。色が褪せて、祖母の姿が薄い灰色に見える。祖母と私が一緒に写ったものは、この一枚切りになった。その夜、私は天井を見ながらずっと同じことを考えていた。声を上げても届かない。届かないどころか、こちらが悪くなる。それが分かってしまった。なら、出ていけばいい。でも、私がこの家から出た瞬間、この家は本当にあの人たちのものになる。祖母が私に住んでほしいと書いた家に、私だけがいなくなる。それだけは嫌だった。布団を抜け出して、私は一階の書斎机の引き出しを開けた。家の書類を閉じた黒いファイルが入っている。登記の時に法務局から来た書類と遺言書の写しと、毎年の納税通知書。家の名義が私であることを示す書類もある。一番後ろのポケットに、三年前の紙がまだ底にあった。三人分の名前と三つの印。私はそのページを閉じて、ファイルを引き出しの奥へ戻した。

出張から帰ったあの十一月から四ヶ月後、私が会社から帰ると、家の前にワゴン車が止まっていた。二台から出てきたのは、巻かれた壁紙とクロスと養生シートだ。和室のドアが外され、畳が上がっていた。
「お母さん、これは和室にするのよ。あの部屋、潰すでしょ?」
義母は廊下でお茶を出していた。
「工務店の方ですか?」
「はい。大和田様からご依頼をいただきまして。」
「大和田様」。この家にいる人間は、一人残らず大和田姓である。誰を指しているのかは、聞くまでもなかった。
「この工事、いつ決まった話ですか?」
「先週です。奥様がお留守の時間にお伺いして、見積もりを。」
二階から義妹が降りてきた。
「あ、お姉さん。私の部屋、床がフローリングになるんだって。」
「奈々さんの部屋?」
「え、そうでしょ?私が使ってるんだから。」
私は工事を止めなかった。十日後、請求書が届いた。宛名は私の名前だった。百四十八万円。和室六畳をフローリングにし、クロスを貼り替え、エアコンを一台入れた金額である。会社の昼休みに、同じような工事の相場を三つ調べた。どれも九十万円前後だった。
「お母さん、この業者さん、どこで?」
「町内会の岡本さんの息子さんよ。昔からうちで頼んでる所。」
うち。またその言葉だ。私は封筒を持ったまま台所に立っていた。この家の修繕費を私が出すのは当たり前である。所有者は私だ。土地と建物を持つ人に、毎年かかる税金がある。固定資産税。それを払うのが嫌だったことは一度もない。祖母の家を持つというのはそういうことだ。私が飲み込めなかったのはそこではない。私に一言もなく決められたこと。相場より五十万円以上高いこと。そして、翌週、親戚の集まりでこう言われたことだ。
「香織さん、聞いたわよ。高幸君、和室を綺麗にしてくれたんですってね。」
義母の妹がそう言って笑った。高幸は否定しなかった。
「まあ、母さんが住みやすいようにと思ってね。香織さんも過分なのよ。こんな家に住ませてもらって。」
「こんな家に住ませてもらって」。その隣で私は麦茶をついでいた。訂正する言葉は喉まで来ていた。出したところで、この人たちには私の話は聞こえない。振り込みは私がした。振り込みの控えは、黒いファイルの三年前の紙の手前に閉じた。

その頃から、義母は家そのものの話をするようになった。
「香織さん、この家そろそろ建て替えたらどう?だってあちこち傷んでるじゃないの。高幸ももう部長が近いんだし。」
「お金の話になりますけど、そこはね、新しい家は高幸の名義にしておきなさいよ。銀行だって話が早いでしょ。」
私は茶碗を持つ手を止めた。名義。義母の口からその言葉が出たのは、それが初めてだった。
「どうして急に名義の話になるんですか?」
「男の人が持ってる方が、世間体もいいのよ。あなただって、いつまでも働かないでしょ。」
その夜、私は寝つけなかった。義母は何を知っていて、何を知らないのだろう。

義姉の敬一君のことも話しておかなければならない。義姉は四年前に離婚して、それから息子の敬一君と二人で暮らしている。義母がこの家に来て二ヶ月と立たないうちに、義姉が敬一君を連れてくるようになった。
「香織さん、敬一の塾、月曜と木曜、八時半に終わるから迎えお願いね。」
「今週は残業が…」
「え、行けないの?私だって働いてるんだけど。」
そのやり取りが二回続いて、私は迎えに行くようになった。月曜と木曜は、会社で仕事を切り上げていつもより一本早いバスに乗る。この二日だけは、夕飯が七時半になっても義母は何も言わなかった。孫のためだからである。家で夕飯を作り義母に出し、それから車で駅前の塾へ向かう。敬一君の分の夕飯は、帰ってから温め直した。塾の月謝は最初から私が窓口で払った。「今月ちょっと厳しくて」と言われ、義姉は一度も出さなかった。それが三年続いた。月に三万五千円。それが三年分になる。一度だけ義姉に聞いたことがある。
「敬一君の塾の分、どうしましょうか?」
「ああ、あれね、まとめて返すから。今、離婚の整理でごちゃごちゃしてて。」
離婚は四年前ですよね。まだ終わっていないことになっていた。その後も、「まとめて返す」という言葉だけで、帰ってきたことはない。夜の駅前で車の助手席のドアを開けると、敬一君はいつも小さく頭を下げた。
「ありがとうございます、香織おばさん。」
「お腹空いたでしょ?今日はハンバーグにしたからね。」
この家で「ありがとう」という言葉をくれるのは、この子だけだった。返してほしいと思ったことは、正直に言えばあまりない。ただ、「まとめて返す」と言われた年に、義姉が新しい車を買ったと聞いた時だけ、手が止まった。
その夏、義父の三回忌があった。法要の後、うちの座敷で食事になった。料理は仕出しを頼んだが、それ以外はほとんど私の仕事だった。前の晩は二時まで座敷の畳を拭いていた。義母は当日朝から美容院へ行っていた。
「香織さん、髪くらい整えたら?親戚が来るのよ。」
義母は黒い喪服の胸元を直しながら、神座で挨拶をした。
「おかげ様で、息子が建てたこの家で、こうして皆さんをお迎えすることができました。」
私は台所の入り口で、盆を持ったまま立っていた。息子が建てたこの家。その言葉は、義母が親戚に見せかけているのではない。義母が自分でそう信じているとしか思えない言葉だった。やがて岐阜の兄の修二さんが、私の隣に茶碗を持ってきた。七十六歳になる人で、耳が遠い分、声が大きい。
「香織さん、高幸君も立派になったなあ。家まで建てて。あの頃、おじさん、家を建てるなんぞ、夢のまた夢よ。」
私は返事ができなかった。奥から義母の妹が寄ってきた。
「ねえ、香織さん。お庭のあの木、切ったらどう?落ち葉が大変でしょう。」
「あれは、祖母が植えたものなので。」
「あら、前に住んでた方の木なの?だったらなおさらね。」
前に住んでた方。私は湯のみを下げに立った。座敷を見渡すと、親戚の何人かが同じ顔で頷いていた。この家が高幸の建てた家だという話は、この人たちの間でもう当たり前の事実になっていた。その時、義母が義姉に向かって声を落とすのが聞こえた。
「父さんが亡くなった時にあれだけ使っていなければ、私だって…」
「お母さん。」
義姉の声が短く割り込んだ。義母は口を開けたまま、言いかけた続きを飲み込んだ。義姉が横目でこちらを見た。私は盆を持ったまま台所へ入った。何の話だったのか、その時の私には分からなかった。分からないまま、その一瞬だけが妙に残った。

親戚が帰ったのは八時過ぎだった。私は座敷に残った食器を全部洗ってから居間へ行った。私は書斎から黒いファイルを持ってきて、膝の上に置いた。中にはあの覚え書きがある。三人分の名前と三つの印。それを出すつもりだったけれど、そこで手が止まった。あの覚え書きを出した瞬間に、これは話し合いではなくなる。
「お母さん、少しお話ししてもいいですか?」
「何、疲れてるんだけど。」
「これから先のことなんですけど、そろそろ別のお住まいを考えていただけないでしょうか?」
言葉を選んだつもりだった。それでも、部屋の空気が音を立てて変わったのが分かった。義母の顔から表情が消えた。
「別の住まい?」
「はい。同居始めて二年近くになりますし、お母さんもその方が気楽かと。」
義母は両手で顔を覆って、そのまま声を上げて泣き出した。
「私を追い出すの?この年で行くところなんてないのに。」
高幸が湯のみを置いて立ち上がった。
「おい、香織。何の話だ?」
「あなたにも相談したかったの。追い出すなんて言ってない。住むところを一緒に探しませんかって。」
「同じことだろうが。母さんがここにいて、何が困るんだ。飯だって作ってもらってるだろう。」
「作っているのは私です。」
「それが嫁の仕事だろう。」
出たと思った。この人は、困っているのが誰なのかを一度も考えたことがない。私は言い返そうとして口を開いた。「この家は私の名義です」と、たった一言だ。その一言が出なかった。泣いている六十五歳の人と怒っている夫の前で名義の話を持ち出す自分を想像した。喉が塞がった。高幸が私に背を向けた。
「悪いけど、二度とその話はするな。」
そう言って、義母の背中をさすりに行った。私は黒いファイルを抱えたまま書斎へ戻った。引き出しに戻す時、三年前の紙が指に触れた。あの日、笑いながら名前を書いた三人の字がそこにある。出さなくてよかったのか。その答えはまだ出ていなかった。

話はそこで終わらなかった。一週間ほどして、義父の兄の修二さんから家の電話にかかってきた。
「香織さん、あんた、和子さんを追い出そうとしとるんだって?」
「そういう話ではないんです。」
「わしはな、口を出すつもりはないよ。ないけどな。嫁が姑を家から出そうとしとる、そういう話になっとる。」
誰から聞いたのかは聞かなかった。親戚の中でどう伝わったのかも、想像がついた。
「ご心配をおかけしました。もう、その話はしません。」
「そうか。それがいい。家族なんだから。」
家族なんだから。この家でその言葉を聞くのは、これで何度目だろう。翌日、義姉が来て、すれ違い様に言った。
「香織さん、お母さんに変なこと言ったんだって。あんまり困らせないでよ。」
困らせているのは。私は言った。
「言って潰され、怒鳴られ、親戚にまで話が回って悪者になった。正しいことを言えば通ると信じていた自分が、ひどく子供に思えた。」その日から、私はこの家で誰かに何かを頼むのをやめた。

五ヶ月前の日曜日だった。私は午前中に会社の月次業務を片付けに出て、二時前に帰った。玄関に見たことのない靴があった。白いパンプスで、かかとの細い。この家の誰のものでもない靴だ。居間から笑い声が聞こえた。ドアを開けると、義母とお茶を飲んでいる女性がいた。三十ぐらいだろうか。膝を揃えて座り、こちらを見て立ち上がった。
「初めまして、宮原舞と申します。」
「高幸の会社の後輩さんよ。近くまで来たからって、言ってくださったの。」
義母の声が、私に対して使う時の半分の高さになっていた。
「大和田香織です。お茶菓子、何か出しましょうか?」
「あら、舞衣さんが持ってきてくださったのよ。ほら、駅前のお店の。」
テーブルの上には、義母が好きな最中の店の包み紙があった。私が買って帰ると、いつも「甘すぎる」と言われる店である。
「舞衣さんはね、本当に気が利くのよ。台所も勝手に片付けてくださって。」
「勝手にすみません。食器、あそこで良かったですか?」
食器棚の並びが変わっていた。祖母が使っていた小鉢が一番上の段に移されていた。私が背伸びをしないと届かない段だ。
「使いにくかったら、すみません。よく使うものを下にした方がいいかと思って。」
「いえ、ありがとうございます。」
お礼を言った自分の声が、遠くから聞こえた。舞衣さんが座ったまま天井を見上げた。
「素敵なお家ですね。天井が高くて。」
「そうでしょ。息子が建てたのよ。」
義母が胸を張った。舞衣さんは「ああ」という顔で頷いた。その頷き方は、初めて聞いた話に対するものには見えなかった。
「ちなみに何年なんですか?」
「さあ、四十年は経つんじゃないかしら。建てたのは高幸だけど。」
四十年。高幸は生まれていない。舞衣さんはそこには触れなかった。義母が舞衣さんの手を取って笑った。
「舞衣さんがお嫁さんだったら、最高なのにね。」
私の目の前で言った。夕方、義姉と義妹が来た。玄関で舞衣さんの靴を見て、二人は顔を見合わせて笑った。義姉が正座しながら言った。
「高幸には舞衣ちゃんくらいの子の方が合ってるわよね。」
義妹が続ける。
「お兄ちゃん、絶対そっちの方がいいって、前から言ってるじゃん。」
「舞衣さんは『やめてください』と小さく言った。その声が笑っていた。」私は台所で夕飯の支度をしていた。七時に高幸が帰ってきた。玄関で舞衣さんの姿を見ても、彼は驚かなかった。
「何だ、来てたのか。」
「お邪魔してます。」
「まあ、ゆっくりしていけよ。」
初めて家に来た会社の後輩に対する態度ではなかった。九時前に舞衣さんが帰り、私は玄関まで送りに出た。彼女は靴を履いてから、玄関先で振り返った。
「今日はごちそうさまでした。」
「いえ、お気をつけて。」
舞衣さんは頭を下げて門を出た。そして、迷わず生け垣の切れ目まで歩いて足を止め、そこで二階の窓を見上げた。その窓は、玄関からも道路からも見えない。生け垣の切れ目に立った時だけ見える。彼女は、どこに立てば二階が見えるかをもう知っていた。玄関に鍵をかけて居間へ戻ると、義妹が二階から降りてきた。
「お姉さん、車の修理代のことなんだけど。」
「電柱をこすった、あの二十二万円の。私が言うと、義妹は口を尖らせた。返すって言ったじゃん。私、まだ待ってよ。」
その前の月、義妹は電柱に車の後ろを擦った。泣きつかれて、私が修理工場へ振り込んだ。二十二万円。「返す」という言葉はそのままになっている。
「急いでないですよね。お姉さん、稼いでるもんね。」
義妹は冷蔵庫からプリンを出した。スプーンを加えたまま、思い出したように振り返る。
「あ、そうだ。舞衣ちゃん、ここの二階、好きだって。お姉さん、二階の物置きいっぱいだもんね。もったいないって話してたの。」
その夜、寝室で高幸に聞いた。
「宮原さんって、よくうちに来るの?」
「今日が初めてだろ?」
「そう?」
「何だよ。変な勘繰りするなよ。」
初めての人が、二階の窓の見える場所を知っているだろうか。初めての人に、食器棚の並びを変えられるだろうか。この三年で私は何度も傷ついてきたけれど、その夜の感情は「傷ついた」というのとは違った。もっと乾いた、事務的なものだった。確かめよう。それだけを思った。

翌週の火曜、私は会社を早退した。高幸は朝から接待だと言って出ていった。六時前に彼の会社の最寄り駅に着き、改札の見えるコーヒーの店に入った。七時十分に、二人が並んで出てきた。舞衣さんが先に歩いて、高幸がその半歩後ろにいた。二人はロータリーを渡って、タクシーに乗った。コーヒーを飲み終えてから店を出た。手は震えなかった。その週の土曜、私は宇川正子さんの事務所を尋ねた。五十二歳の女性で、机の上に書類の山がなかった。黒いファイルごと持っていった。権利書、遺言書の写し、納税通知書、リフォームの振り込み控え、塾の月謝の領収書。そして一番後ろの、三年前の紙。宇川さんは一枚ずつ見てから、最後の紙で手を止めた。
「この覚え書きは、どなたのお考えで?」
「司法書士の友人が進めてくれました。」
「いいお友達ですね。
宇川さんは老眼鏡を上げた。
「大和田さん、まず家のことです。所有者はあなたで、ここは動きません。」
「出ていってください、ということはできるんでしょうか?」
「言えます。書面でお伝えして、相当の猶予期間を設ける。応じていただけなければ、次の手続きに進みます。」
「進んだら、どうなりますか?」
「早くて半年。長ければ一年ほど見ていただくことになると思います。」
「その間は、同じ家で顔を合わせながらになりますね。」
半年から一年。毎朝五時半に起きて、六時半に夕飯を出し、最後に風呂に入りながら、裁判の書類を待つ。その光景を想像した瞬間、答えが出た。
「あの家は、手放そうと思います。」
宇川さんは驚かなかった。
「売るということですね。」
「あなたは、あの人たちを困らせるために売るんですか?」
「違います。私が、あの家から出て行きたいんです。」
「それなら、やり方があります。」
宇川さんは覚え書きをもう一度手に取った。
「こういうお話になると、必ず二つのことを言い出す方がいます。『生活費を入れていた』『もらう約束だった』この二つです。」
「入れてもらったことはありません。」
「言うんです。ご本人の中では、本当のことになっていますから。
宇川さんは署名の欄を指でなぞった。
「この一枚は、その二つを最初から塞いでいます。ご自分の字と、ご自分の印。」
それから私は、高幸と舞衣さんのことを話した。
「日付と場所は、その日のうちに。写真は撮った方がいいですか?」
「無理をなさらないで。あなたが集めるものより、あの方たちが残しているものの方が多いはずです。」
高幸の携帯は、洗面所の棚に置きっぱなしになっていることが多かった。家計の口座から引き落とされるカードの明細には、私の知らない支払いが並んでいた。私は何も問い詰めなかった。ただ、日付と場所を書き続けた。三ヶ月分の記録が薄いノート一冊になった。もう一つ、宇川さんは私に言った。
「大和田さん、あなたから出ていくと言わないでください。」
「どうしてですか?」
「あなたから出た場合、『家を出た事実』だけが残ります。『追い出された事実』は残りません。待てますか?」
私は頷いた。待つのは、七年やってきたことだ。その帰り道、不動産の会社に電話を入れた。仲介を二社と、買い取りもする会社を一社。仲介の二社の返事は同じだった。「売ること自体はできる。ただ、買う人に引き渡す日までに、住んでいる四人を売主の責任で全員出しておく約束がつくこと。その目処が立たないうちは預かれない。」買い取りの会社の折り返しは三日後で、担当が伺えるのは、早くて夏になると言われた。

二ヶ月前、私が有給を取った日の午前中に、その人が来た。義母は習い事、義姉は仕事、義妹は勤務先の美容室で、家には私一人だった。買い取りの会社の澤田敬吾と名乗ったその人は、四十半ばに見えた。家の中を歩いたのは十五分ほどで、二階には上がらなかった。
「建物の痛み具合は、細かく拝見しなくて結構です。」
「見ないんですか?」
「うちは建物を壊して更地にする前提で額を出しますので。拝見しているのは、どなたが何をお使いかというところです。」
澤田さんは境界の杭を測り、それから門の外で前の道の幅を測った。
「道が狭いですね。ここが狭いと、二つに割った時、片方に家が建たないんです。」
その人は、建物ではなく土地の形だけを見ていた。金木犀の下を通る時、その人は一度だけ木を見上げた。
「立派な木ですね。」
「祖母が植えたんです。」
「そうですか。」
それだけだった。金額の提示は一週間後に届いた。仲介の二者の数字より、随分低い。
「建物は取り壊しますので、額はつきません。お引きしているのは、いつ引き渡していただけるかが読めない分です。うちは、その読めない分を持つ商売ですので。」
私はその紙を三日見てから、はいと答えた。一ヶ月前、私は売買の契約を結び、手付けを受け取った。同じ週に、職場から歩いて十五分のマンションも決めた。家賃は十一万八千円。一人には多すぎる部屋だが、日当たりだけで選んだ。そこまで済ませて家に帰り、いつも通り六時半に夕飯を出した。後は、向こうが言い出すのを待つだけだった。

十月半ばの金曜日だった。朝、高幸が珍しく玄関で振り返った。
「今日は早く帰るから、飯はいい。」
「そう。」
それだけだった。夕方、家に着くと、玄関に義姉と義妹の車が止まっていた。居間のドアを開けると、四人が食卓を囲んで座っていた。テーブルの上には何もない。料理もお茶も茶菓子もない。義母の前にだけ、湯のみが置いてあった。四人家族の食卓に四人が座っていて、私の分だけ、台所の丸椅子が一脚運んであった。高幸が私を見て言った。
「お帰り。座って。」
私はコートを腕にかけたまま座った。義母が咳払いをして、背筋を伸ばした。
「香織さん、今日はね、大事なお話があるの。」
「高幸から言わせるわ。あなたたちの問題だもん。」
「あなたたちの問題」と言いながら、義母は神座を動かなかった。高幸が足元の鞄から折り目のついた大きな紙を出した。折り目を伸ばして、私の前に置く。離婚届だった。夫の欄にはもう署名がしてある。証人の欄にも、二人分の名前が入っていた。大和田和子、大和田由美。親子で、母と娘で書いてあった。高幸が私の顔を見ずに口を開いた。
「もう終わりにしよう。七年、色々あったけどさ、お互いのためだと思うんだ。」
「お互い?」
「そうだよ。お前だってもう疲れてるだろ。正直、お前はもう用済みだ。母さんの世話も、これからは俺たちで何とかする。」
「俺たちというのは、だから、家族だよ。宮原舞衣さんも入っていますか?」
「それは、今関係ないだろう。」
義母が割って入った。
「香織さん、そういう詮索をするからダメなのよ。器が小さいって、高幸も言ってたわ。」
用済み。その言葉が出た時、義姉が小さく笑ったのが聞こえた。私はテーブルの上の紙を見た。書かなければいけない欄は、思っていたより少なかった。名前と住所と本籍と、印を押す場所。それから婚姻前の姓に戻るものの本籍という欄があった。元の戸籍に戻るか、新しく作るか。私は新しく作る方に丸をつけた。
「ペン、ありますか?」
「え?」
高幸が顔を上げた。
「ペンです。持っていないので。」
義母が立ち上がって、電話の引き出しからボールペンを取ってきた。私は自分の名前を書いた。大和田香織。七年、書いてきた名前である。鞄から印鑑を出して押すと、印肉が少し滲んだ。押し終えた紙は、高幸の方へ滑らせた。
「はい。これでよし。」
義母が手を打った。その顔に、隠しきれない笑いが浮かんでいた。
「次の嫁はもっとマシよ。」
私に向かって言ったのではなく、天井に向かって、私の前で言った。義姉が冷蔵庫を開けながら言った。
「家具は置いてってよ。どうせ持ってく先もないでしょ。」
麦茶を出して、自分の分だけコップについでいた。義妹はスマホから顔を上げずに続けた。
「私、お姉さんの部屋使うからね。前から決めてたし。」
義姉が横から言った。
「あの部屋、次の人が使うんじゃないの?」
「え、あの部屋は私が使うって言ったよね。舞衣ちゃんが好きだって話はしてたけど、あげるとは聞いてないんだけど。」
「お母さんがそう言ってたわよ。」
「奈々、ちょっと。お母さん、後で話しましょう。」
三人の話の中で、私はもう、出ていった人になっていた。高幸が、私の署名した紙をつまみ上げた。
「部屋を片付けて、今すぐ出ていけ。」
私は椅子の背に寄りかかった。腹は立たなかった。待っていた言葉が、ようやく向こうから出た。
「了解。」
四人の視線が一斉に私へ集まった。言い返すと思っていたのだろう。義母が眉を上げた。
「了解って、あんた…」
「今すぐと言われましたので、そのつもりで動きます。」
「まあ、聞き分けのいいこと。」
私はボールペンのキャップをして、それをしまい、四人の顔を順番に見た。義母、高幸、義姉、義妹。
「皆さん、本当にこの家に住み続けるんですね。」
一瞬、誰も答えなかった。その意味は、四人には届いていなかったらしい。
「当たり前でしょ。何よ、今更。この家の人間なんだから。」
「そうですか。」
「香織さんこそ、どこに行くつもりなの?実家もないんでしょ?」
「分かりました。」
私は立ち上がった。二階へ上がって、私は電気をつけた。物置きになっていた元の私の部屋には、義妹が置いたままのダンボールが積んである。その隙間に、私の衣装ケースが二つ押し込まれていた。下の階から笑い声が聞こえてきた。
「ああ、すっきりした。早く舞衣ちゃん呼んだら。」
「まだ早い。届け出してからだろ。月曜に出すの?昼休みに行ってくる。」
私は衣装ケースを引っ張り出して、蓋を開けた。七年で増えたものは、思ったより少なかった。持って出るものと置いていくものを分ける必要すらなかった。この家にある家具のうち、私が買ったものをはっきり覚えている。食卓も椅子も洗濯機も、居間のソファーも食器棚も、二代目の冷蔵庫も、全部そうだ。家具の領収書も日々の買い物のレシートも、黒いファイルの隣の箱に年ごとに入れてある。私は畳に座り、鞄から手帳を出して、十二月のページを開いた。一ヶ月前に書き込んだ日付が、もうそこにある。残りの代金を受け取って、鍵を渡す日だ。私は火曜に家を出るつもりでいた。十二月のページから十月のページに戻って、その次の週の日付に小さく印をつけた。私がいなくなってから、業者に来てもらう日である。それから携帯を開いて、澤田さんに一言だけ送った。「予定通りお願いします。」「承知しました」という一言だけが、すぐに帰ってきた。窓の外で、庭の金木犀が風に揺れていた。その年の花は、もう終わりかけていた。

翌日の土曜から、私は荷造りを始めた。出ていけと言われたのだから、言われた通りにするだけだ。午前中に引き取りの業者へ電話を入れ、日曜の午後に来てもらうことにした。義母はその電話を廊下で聞いていた。
「何を頼んだの?」
「家具の引き取りです。」
「家具って、どれ?」
「私が買ったものです。」
日曜の一時、トラックが来た。作業服の男性が三人、玄関で頭を下げた。
「大和田様、まずどちらから?」
「居間のソファーとテーブルと椅子を四脚。台所の食器棚と二代目の冷蔵庫。洗面所の洗濯機です。一番目の冷蔵庫は祖母のものですから、置いていきます。」
「ちょっと待って。」
義母が廊下に出てきて、両手を広げて立ちはだかった。
「何を勝手に持ち出すの?うちの家具でしょ。」
「私が買ったものです。」
「離婚するんだから、置いてきなさいよ。うちのものを持ち出すなんて、泥棒じゃないの。」
作業服の三人が動きを止めた。私は書斎から箱を持ってきて、廊下に置いた。年ごとに分けた領収書の束が入っている。私は一枚ずつめくった。
「ソファーは五年前の四月。私の名前とカードの番号が入っています。食器棚は同じ年の五月。冷蔵庫は三年前の十一月です。お母さんがいらっしゃった翌月に、四人分になったので買い替えました。」
「そんな紙、いくらでも作れるでしょう。」
「作れませんよ。これは。」
義母は領収書を掴もうとして、途中で手を止めた。私は箱を持ったまま、業者の人に頷いた。
「お願いします。」
三人が動き出した。そのうちに義姉が来て、廊下の様子を見るなり声を上げた。
「ちょっと、何これ?うちの居間が空っぽじゃない?」
「うちの?言葉の上でしょ。細かいわね。本当、まあいいわ。新しいの買えばいいんだしね。お母さん。」
「そうね。舞衣さんの好みもあるでしょうし。」
二人は空になった居間で、家具の話を始めた。私はその横を通って、二階へ荷物を取りに上がった。家が空になっていく音というものがある。私はそれをその時、初めて聞いた。高幸が二階から降りてきて、空いた空間を見た。
「おい、飯はどこで食うんだよ。」
「買えばいいと思います。」
持ち出さないのは、元々この家にあった祖母の茶箪笥と仏壇です。仏壇のことは、後で渡辺さんから電話があった。
「さら地にする前に、お寺さんに拝んでもらって、仏壇から魂を抜く、お性抜きという法要がいります。」
義妹が一階の自分の部屋から出てきた。
「ちょっと、私のエアコン。あれは工事で入れたものなので、置いていきます。」
「よかった。百四十八万円を払ったのは私だ。」外して持っていくこともできた。そうしなかったのは、あの請求書のことで揉める時間が惜しかったからである。その時間は、もう別のことに使うと決めていた。それから義妹が続けてこう言った。
「ていうか、私、ずっと待ってたんだよね。あの部屋。お母さんがずっと『あそこは何なのよ』って言ってたし。」
「それは、いつからの話ですか?」
「え、覚えてないけど、お姉さんが来る前からじゃない?」
私が来る前から。祖母がまだ生きていた頃に、法事で見た部屋は、あの人たちの中ではもう自分たちのものだったらしい。その時、玄関で義姉の声がした。
「お母さん、舞衣さんの引っ越し、再来週でいいって。」
「あら、早いのね。」
「アパート解約しちゃったんだって。高幸がせかしたらしいわよ。」
「いいのよ、由美。どうせこの家に来るんだから。」
「でも、あの人たちが今月中に出るって聞いてるみたいよ。」
「あら、そんなことを言ったかしら。高幸が言ったんじゃないの?」
義妹が私の横で、悪気なく言った。
「舞衣ちゃんには、お母さんがこの家をあげるって言ったんだから、当然でしょう。」
「あげる。」台所から義母の声が返った。
「奈々、余計なこと言わないの。」
「本当じゃん。」
私は何も言わなかった。言うことは何もなかった。義母には、この家を誰かにあげる権利がない。そんなことは、この家で私だけが知っていた。

月曜の朝、高幸は昼休みに離婚届を出してくると言って出かけていった。夕方に「出してきた」とだけ、高幸から連絡があった。日がくれる頃、玄関のチャイムが鳴った。敬一君が立っていた。塾のリュックを背負ったままだった。
「あの、母さんに言われて…いや、嘘です。俺が来ました。母さんは行かなくていいって言ったけど。」
私はダンボールを二つ、彼に渡した。車まで運ぶ間、敬一君は何度か口を開きかけてやめた。最後に後部座席の扉を閉めてから、こちらを見ずに言った。
「三年間、ありがとうございました。」
「ご飯、美味しかった?」
「うまかったです。」
ずっとその言葉で泣きそうになったので、私は車の鍵を探すふりをした。その夜、私は最後の荷物をダンボールに詰めた。定期入れの写真と、寝室の棚に置いた祖母の額と、黒いファイルと領収書の箱と、着る物と鍋を二つ。それに、一番上の段から下ろした祖母の小鉢。それだけだった。火曜の朝、私は庭に出た。金木犀の、その年に伸びた若い枝を一本だけ切った。時期が悪いのは知っている。その季節に切った枝は、根がつかないことの方が多いと言われた。それでも私は、その一本を濡らした新聞紙に包んだ。台所の窓から義母が見ていた。
「何してるの、そんなところで?」
「お世話になりました。」
義母は答えなかった。そのまま私は玄関で靴を履いた。土間にはもう、私の靴を置く場所を気にする必要がなかった。車に積んだのは、ダンボールがここと、鍋が二つと、濡れた新聞紙に包んだ枝が一本。義母は廊下の奥に立っていた。
「二度と戻ってこないでちょうだいね。」
「そのつもりです。」
「全く、恩を仇で返すって、こういうことを言うのよ。」
私は玄関の鍵をポケットから出して、一度だけ手のひらで確かめた。それから鍵をかけずにドアを閉めた。まだ人が住んでいる家だからだ。坂を降りながらバックミラーを見ると、庭の金木犀が視界の端をよぎった。それが、私があの家を見た最後になった。

新しい部屋は、職場から歩いて十五分のところにある。四階南向きの、出窓のある部屋と、寝室にする部屋がもう一つ。エレベーターがないので、ダンボールは四階まで自分で運んだ。六つ目で腰が笑い始めた。それでも、誰かの機嫌を伺ってから頼む必要はもうなかった。運び上げて、私は最初に枝を刺した。コップに入れ、切り口を斜めに削って立てた。つかないかもしれない。それでもいい。その夜、私は買ってきた惣菜を皿に移して、床に座って食べた。テーブルがまだなかった。食べ終わってしばらく気づかなかったことがある。急がなくていいのだ。六時半に合わせる必要も、風呂の順番を待つ必要もない。私は湯船に湯を張って、一番最初に入った。三年ぶりだった。湯の中で、自分が声を出して泣いていることに、途中で気づいた。悲しくはなかった。その理由が、その時の私には分からなかった。翌朝、恵理から電話が来た。
「宇川さんに任せてよかったでしょ?私、紹介しただけで、中身は何も聞いてないからね。」
「香織、ご飯は食べてる?」
「座って食べてる。」
「何それ?」
「立って食べなくていいのが、こんなに楽だとは思わなかった。」
恵理はしばらく黙ってから、「そっか」とだけ言った。会社では、離婚のことを上司にだけ伝えた。部署の若い子が、後日、給湯室で言った。
「大和田さん、最近ちょっと顔付き変わりましたね。」
「そう?」
「前より、息してる感じです。」
妙な日本語だと思ったが、当たっている気がした。

そこから先で何が起きたのか、私はその場で見ていない。後で敬一君と向かいの家の奥さんと、買い取りの会社の澤田さんから聞いた話をつなぎ合わせている。私が出ていった翌週の水曜、舞衣さんがキャリーケースを引いて坂を上がってきたのだという。義母は玄関の外まで出て迎えたそうだ。
「いらっしゃい。今日からここがあなたの家よ。」
舞衣さんは頭を下げて家の中に入った。そして居間で足が止まったらしい。義姉が座布団に座ってテレビを見ていて、義妹が台所でカップ麺にお湯を入れていたからだ。
「あの、由美さんと奈々さんは、私が来るまでに出られると伺っていたんですけど。」
「あら、由美は週の半分こっちにいるのよ。奈々は、ここに住んでるの。誰がそんなこと言ったの?」
「そうなんですね。これから家族になるんだから、仲良くしてちょうだいね。」
舞衣さんは、それ以上言わなかったという。夕方に高幸が帰ってきて、五人で夕飯を食べた。食卓はもうないので、居間の床に座布団を敷いて、買ってきた弁当を並べたのだという。
「新しいテーブル、舞衣さんの好きなの選んでいいわよ。前の人が全部持っていっちゃったから、揃えないといけないのよ。テーブルも椅子も食器棚もね。」
「あの、それは気にしないで。」
「うちのお金でいいんだから。」
舞衣さんは「はい」と答えた。その夜のことは、後に舞衣さん側の弁護士から出た書面にそのまま書かれていた。
「今月中って言ってましたよね。」
「まあ、そのうちだよ。急ぐ話じゃないだろ。」
「私、部屋もう引き払っちゃったんですけど。」
「実家みたいなもんだと思えばいいって。」
実家。高幸はその言葉を、自分の口で使ったのだという。それでもその夜は、全員がこう思っていたそうだ。これで理想の生活が始まると。

その同じ朝の十時過ぎ、インターホンが鳴った。出たのは義母だった。モニターには、スーツを着た男の人が映っていた。片手に黒い鞄を下げて、まっすぐ立っていた。義母が玄関を開けると、その人は名刺を差し出した。
「お世話になっております。私、こういうものでございます。」
「はあ。」
「引き渡しに向けまして、お家の様子を確認に参りました。」
義母は、その言葉の意味が分からなかったのだという。
「引き渡しって、何の?」
「こちらの覚え書きでございます。土地と建物の売買について。」
「うちは、何も売りませんけど。」
「はい。売主様は、大和田香織様です。」
そこで、義母の手から名刺が落ちたのだという。澤田さんは玄関先で、順を追って説明した。売買の契約はもう結ばれていること。所有権を移して鍵を受け取るのは十二月であること。
「十二月って、何の話ですか?」
舞衣さんが廊下から出てきて、こう聞いたらしい。
「現況のままを引き受けする案件でございますので、司法書士の手続きと段取りにお時間をいただいております。今回の契約では、住人が残っている、現況のまま買い取る条件になっていました。つまり、退去の問題も含めて、買主側が引き受ける契約だった。」その言葉の意味を、その時正しく理解した人は、あの家にはいなかったのだと思う。
「あの家は、どうなるんですか?リフォームとかされるんですか?」
舞衣さんがそう聞いたそうだ。
「更地にいたします。二棟のお家を建てる予定でございます。建物は、お取り壊しになります。」
その言葉の後、しばらく誰も何も言わなかったという。義母は震える手で高幸に電話をかけ、高幸は営業先から一時間で帰ってきたそうだ。玄関に立っている澤田さんを見るなり、こう言ったという。
「うちの母が、何か騙されてるんですよ。俺の家ですよ。」
「ここは失礼ですが、どちらでご確認なさいましたでしょうか?」
「確認って、住んでるんだから、俺の家でしょ。」
澤田さんは黙って、鞄から一枚の紙を出したそうだ。
「大和田高幸様でいらっしゃいますか?恐れ入ります。土地と建物の持ち主は、国の帳簿に記録されております。登記簿と申します。そこに載っているご所有者は、大和田香織様でございます。」
「だから、それは俺の妻で、元奥様とお伺いしております。」
その一言で、高幸は黙ったらしい。私の携帯が鳴ったのは、その後だった。昼前の経理部は静かで、私は席を立って非常階段の踊り場に出た。
「おい、お前、家を売ったのか?」
「はい。」
「はいって何だよ。勝手にそんなことしやがって。」
「勝手ではありません。私の家です。」
電話の向こうで、義母の声が重なった。
「ふざけるな。ここは俺が…」
「あなたが建てた家ではありませんよ。知らなかったなんて、言わないでくださいね。」
「知らねえよ、そんなこと。」
「五年前、登記の書類を全部私がやりました。あなたは一枚も見なかった。見ようともしなかった。」
「だから何だよ。」
「法務局に行けば、誰でも他人の家の持ち主の名前が書かれた紙を取れます。六百円です。あなたは取れなかったんじゃない。取らなかったんです。分かっていて、言っているんですよね。」
返事はなかった。代わりに、受話器の向こうで誰かが電話を奪う音がした。その後のことは、澤田さんが後日、私に教えてくれた。義母が「じゃあ、私たちはどうなるんですか」と詰め寄ったのだという。澤田さんはこう答えたそうだ。
「当社が現況のままでお引き受けしております。今後のご相談は、当社から改めてご連絡を差し上げます。」
「相談って、追い出すってことでしょ?」
「私からは、そういう申し上げ方はいたしません。」
その人は、それ以上のことを一言も言わなかった。法律のことも、これから何が起きるかも、口にしなかった。言わないというやり方が、あの場で一番重かったのだと思う。義姉は「香織さんは、何を考えてるの」と繰り返し、義妹は「私の部屋は」と言ったそうだ。舞衣さんは、廊下で黙って立っていた。その間に一度だけ、義母がこのことだけを聞いたらしい。
「あの、この日は、どなたがお決めになったんです?」
「売主様からご指定をいただいております。」
指定したのは私だ。家を出る日を決めた時に、その次の週の中で一日を選んで、澤田さんに伝えてあった。偶然ではない。自分がいなくなってから来てもらうように、私が決めた日だった。困らせるためではない。あの玄関に並んで立てば、私はまた一から説明することになる。もう説明したくなかった。義姉と義妹は言うだけ言って居間へ引っ込み、玄関に残ったのは義母だけになったという。澤田さんは玄関先で鞄から書類を出して、確認事項を読み上げた。測量の立ち合いのこと。残していくものの扱いのこと。それから、こちらの写しをお預かりしております。澤田さんが出したのは、一枚の紙だった。義母が受け取って、老眼鏡を外して、目を近づけたという。そこには三行だけ書いてあった。「この土地と建物の持ち主は、大和田香織であること。私たちは無償で使わせてもらうこと。持ち主から求められた時は、速やかに出ていくこと。」日付は三年前の十月十日。その下に三人分の署名と三つの印。大和田和子、大和田由美、大和田奈々。
「何これ?」
「売主様からお預かりした資料の一部でございます。」
義母は、自分の名前を指でなぞったそうだ。それが自分のものだと分かるまでに、随分時間がかかったのだという。

その日の夕方、私は宇川さんの事務所に寄った。
「向こうから連絡が来ましたか?」
「そうでしょうね。今後、直接お話にならないでください。全部、こちらへ。」
帰りの電車で、鞄の中の紙が一枚、指に触れた。その日から何日も、携帯が鳴り続けた。着信は六十件を超えた。宇川さんには「全部こちらへ」と言われていたが、四日目の夜に一度だけ出た。
「お前、家を売ったのか?」
「はい。」
「取り消せよ。契約は住んでいます。手付けも受け取りました。」
受話器が義母の声に変わった。
「香織さん、あなた、頭がおかしいんじゃないの?私たちが住んでるのよ。家族を路頭に迷わせるつもりなの?」
「私も、家族じゃありませんよ。離婚届は受理されています。出したのは、高幸です。それに、『出ていけ』と言われましたので、今すぐ部屋を片付けて出ていけと。」
「あれは、あなたの部屋のことでしょ?」
「はい。ですから、片付けました。」
その後、私はもう一つだけ言った。
「和子さん、三年間、私はこの人を一度も名前で呼んだことがなかった。『お母さん』と呼んでいるのはあなた一人だった。『名前で呼ぶのに必要だったのは、離婚届一枚と四日間だった。』」
「何よ、いきなり名前で。」
「義理の母でも、亡くなりましたので。」
電話の向こうで、何かが倒れる音がした。その電話の途中で、義姉の声が割り込んできた。
「お母さん、だから言ったじゃない。確かめておきなさって。あんたのせいでしょ。お父さんのお金、あんたの再婚で全部…全部じゃないわよ。奈々の店の分だってあるじゃない。」
そこで通話が切れた。言葉の断片が、勝手な形になっていった。四年前の義姉の離婚の後始末に、義父は生前、かなりの額を出した。残りと保険金は、葬儀が済むより先に、義妹が店を持つ話へ回すと決まっていた。店の手付と内装の資金が出た後で話が流れ、戻ってきた額はほとんどなかったという。敬一君からの二度目の連絡はこうだった。
「おばあちゃんが、謝りたいって言ってる。でも、家のことは返して欲しいって言ってる。」
その二つを同じ文に並べられる人なのだ。三年前、四十九日が済んだ翌週、義母は借家をもう引き払っていた。年金は入るけれど、部屋を借りるには敷金と礼金の現金がいる。家賃を立て替えてくれる保証会社の審査もある。その審査では、緊急連絡先としていざという時に電話に出てくれる身内の名前を一人書かされる。そのどれも、義母は持っていなかった。だからあの夜、「少しの間だけ」と言いながら、鞄一つで玄関に立っていた。私は三年間、その理由を知らずに朝食を四人分作っていた。ゆみさんは、私が出ていった後、泊まる回数が増えたそうだ。家賃を浮かせられる場所があの家しかなかった。奈々さんも同じで、荷物を置ける部屋だけが残っていた。高幸の方も似たようなものだった。舞衣さんに「持ち家がある」と言ってしまった。義母があの家にいることは、舞衣さんも知っていた。知らなかったのは、義姉と義妹のことだ。あの二人は、ほとんど住んでいる。だから彼は急いだ。証人の欄に義母と義姉の名前を先に書かせて、金曜の夜に紙を出した。母親は住むところがなくて、息子は言った手前があって、二人とも同じ家にすがっていた。その家は、二人のものではなかった。

宇川さんは、離婚届が出された翌日に、まず高幸本人へ「居住者の通知」を出していた。一週間ほどして、向こうにも弁護士がついた。澤田さんが来てから半月後、宇川さんからその弁護士へ書面が出た。その返事には、こう書いてあったそうだ。「生活費を入れていた。将来、この家をもらう約束だった。」宇川さんは、覚え書きの写しを添えて、一行だけ返した。
「ご本人の署名と印です。」
慰謝料の請求書も、同じ封筒に入れた。不貞についての請求額は、高幸と舞衣さんの二人合わせて三百万円である。
「お二人合わせて、という形にします。同じ一つのことに対する請求ですので。争えば削られる額です。ただ、あちらは早く終わらせたいはずですから。」
私が代わりに払った分は、別の紙にした。義母と義姉と義妹の分は、一通ずつ内容証明で出します。
「義母には、あのリフォームの代金。義姉には、敬一君の塾の三年分。義妹には、車の修理代。」
「あのリフォームの分は、争いになれば長引きます。頼んだのがお母様でも、直したのはあなたの家ですから。取り壊される家ですけど。そう申し上げます。ただ、通ると決まった話ではありません。」
宇川さんに聞かれて、私は考えた。
「敬一君の分は、いりません。」
「よろしいんですか?三年分で百二十六万円ですよ。」
「あの子は、『ありがとう』って言ってくれた子なので。」
宇川さんは黙って、その行に線を引いた。返してもらうことにしたのは、百四十八万円と車の二十二万円、合わせて百七十万円だけになった。書類にサインをしながら、私は聞いた。
「あの人たちは、いつ気づいたんでしょうか?」
「調べれば、すぐに分かることでした。調べなかったのは、知りたくなかったからだと思いますよ。知っていることと、認めることは別ですから。三年もあれば、認めない方が楽になります。」
相続してからの五年、私も同じことをしていた。この家は私のものだと知っていて、認めさせるのを先延ばしにし続けた。請求書に固定資産税は入れなかった。あれは所有者の私が払うものだ。祖母の家を持つというのは、そういうことだった。

義母宛ての内容証明が届いた日の夜、最後の電話があった。留守番電話に声が残っていた。
「香織さん、あの、あれは冗談よ。『嫁がどうとか』って、あれは…」
声はそこで途切れていた。それから十日ほどして、また有給を取って、あの坂を上がった。境界と残していくものの確認をする日である。測量の立ち合いには、買主が手配した土地家屋調査士の方と、私。それに両隣りの方と、裏に住むご主人が、順番に庭へ出てきた。立ち合いの日時は、澤田さんから先に伝わっている。四人が待っていたのだと思う。交渉をしに来たのではない。悔しいのを見て、書類に署名をしに来ただけだ。そう言い聞かせて車を降りた。金木犀の花はもう終わっていて、裸の枝が光っていた。調査士の方が三脚を立てて機械を覗き始めた時、玄関のドアが開いた。義母が出てきた。その後ろに、義姉と義妹が続いた。仕事を休んだのか、高幸もいた。最後に、舞衣さんが玄関の中に立ったまま、こちらを見ていた。義母が庭に降りてきた。
「香織さん、話し合いましょう。私たちだって、ちゃんと生活費を入れていたのよ。」
「入れていただいたことは、ありません。お米も、私が買っていました。」
義母が言葉に詰まった。そこへ義姉が割り込んだ。
「大体ね、ここは私の実家なのよ。私の実家を勝手に売らないでちょうだい。この家は、いずれもらう約束だったんだから。お父さんも、そう言ってたし。」
「高幸さんのお父さんは、そんなことをおっしゃる方ではありませんでした。」
「言ったの。私は聞いたんだから。」
私は鞄から黒いファイルを出し、一番後ろのポケットから一枚の紙を抜いた。澤田さんに預けたのは写しで、こちらが原本である。
「これを。」
義母の指先が、紙を持ち直せずにいた。義姉が横から覗き込む。三行と日付と、三人分の署名と三つの印。
「『この土地と建物の持ち主は、大和田香織である』と書いてあります。『私たちは無償で使わせてもらいます』とも。『持ち主から求められた時は、速やかに出ていきます』とも。」
義母が顔を上げた。
「この前も同じ紙を見せられたけど、こんなの覚えてないわ。」
「三年前の十月十日です。和子さんが『他人行儀ね』と笑いながら書かれました。由美さんは『こういうの好きだよね』と言いながら書かれました。奈々さんは印鑑を探して、印肉で指を汚しました。」
三人が黙った。私は義姉の方を見た。
「由美さん、さっき『私の実家』を勝手に売らないでとおっしゃいましたね。由美さんの実家だったことは、一度もないですよ。ご自分の字です。ご自分の印です。」
義姉は口を開けたまま、何も言わなかった。義妹が横から手を伸ばして、紙を覗き込んだ。
「これ、私の字だ。」
「はい。」
「え、なんで?私、こんなの書いた覚えないんだけど。」
「印鑑を持ってきて、印肉に指を当てて、笑っていらっしゃいましたよ。」
奈々さんは自分の指先を見た。三年前のその指が、今の自分を止めている。高幸が庭に降りてきて、義姉の手元を覗き込んだ。
「俺は書いてない。その紙に、俺の名前はないだろ。」
「はい。ありません。」
「じゃあ、俺には関係ないな。」
私は彼の方を見た。
「はい。あなたには関係ありません。あなたは、この家の持ち主の夫として住んでいただけです。離婚した時点で、この家にいる理由そのものがなくなりました。」
「理由って、俺は…」
「今、あなたがここにいるのは、私が黙っているからです。それ以上の理由はありません。」
玄関から、舞衣さんが出てきて、高幸の腕を掴んだ。舞衣さんが澤田さんの話を廊下で聞いてから、三週間が経っていた。アパートはもう引き払った後で、この家にい続けるしかなかったのだという。
「高幸さん、三週間待ちました。『この家はあなたのだ』ってもう一度言ってください。」
「いや、だから、そういう細かいことは…」
「細かいことですか?私、部屋を引き払ったんですよ。『なんとかなる』って聞いていた話と、全然違うじゃないですか。」
舞衣さんの声が高くなった。義母が割って入った。
「舞衣さん、落ち着いて。これから住む家を、みんなで探しましょう。」
舞衣さんは、義母の顔をまっすぐ見た。
「何で私が、高幸さんのお母さんの住むところまで、一緒に探さなきゃいけないんですか?」
誰も、何も言わなかった。舞衣さんはキャリーケースを引き出し、振り返らずに坂を降りていった。その音が消えてから、義母が息子を見た。
「あんたが、この家は自分のものだって言ったんでしょ。家族なんだから、あんたが何とかするのが当たり前でしょ。」
「母さんだって、そう思ってたんじゃないか。」
「思わされたのよ。」
義姉が金切り声を上げた。
「私はどうすればいいのよ。ここがなくなったら、敬一の下宿代まで私が持つことになるじゃない。高幸、あんたが何とかしなさいよ。弟なんだから、当然でしょ。」
義妹が高幸に詰め寄った。
「私の荷物、どうしてくれるのよ、お兄ちゃん。」
四人が同時に喋り出した。三年間、この人たちが私に言っていた言葉が、そっくりそのまま互いへ向いていた。「嫁なんだから当然でしょう。」「家族なんだから我慢しろ。」「この家の人間なんだから。」その言葉が、今度は母から息子へ、姉から弟へ、妹から兄へ飛んでいた。二階の窓に、敬一君が立っているのが見えた。目が合うと、彼は小さく頭を下げて、カーテンを閉めた。
「皆さん。」
私が声を出すと、四人が黙った。
「この家の人間は、祖母と私だけでした。三年間、そうおっしゃっていましたよね。『この家の人間なんだから』と。」
義母が何か言いかけて、口を閉じた。
「私にできることは、十二月にこの家の鍵を買主さんにお渡しすることだけです。皆さんに『出ていってください』という権利は、十二月までまだ私にあります。ですが、使わないと決めました。『出ていってください』という役目は、もう買主さんにお任せしてあります。十二月からは、あちらが決めます。私ではありません。」
義母が声を上げた。
「じゃあ、どうすればいいのよ。」
「そちらの会社とお話しください。私に電話をされても、何も動きません。」
「そんな冷たいこと、言わないで。三年も一緒に暮らしたじゃないの。」
「はい。三年、一緒に暮らしました。じゃあ、その三年で、私が座って夕飯を食べた日は、一日もありません。冷たいのは、どちらだったんでしょうか?」
言い終わって、自分の声が震えていないことに気づいた。七年かかったが、私は初めて、最後まで喋りきった。調査士の方が「お立ち合いは以上です」と声をかけてきた。私は差し出された境界確認書の隅に署名した。この家の土地の形について、私が名前を書くのは、これが最後だった。

十二月、午前中に有休を取って、残りの代金の受け渡しに立ち合った。銀行の一室には、澤田さんと、買主が手配した司法書士の方がいた。その人は、私の免許証と印鑑、それに戸籍の写しを確かめた。
「登記の名前が『大和田香織様』のままですので、先に名前を書き換える申請を出します。移転と同じ日に。」
婚姻中に戻った分、書類が一枚増えていた。実印も、今ので登録し直したものだ。その人が顔を上げた。
「これで登記できます。」
澤田さんが携帯を耳に当てて、「着金いたしました」と言った。私は印を押し、鍵を渡した。祖母の家の鍵は、玄関のものと勝手口のもので二本ある。あの家にはまだ四人が住み、それぞれ鍵を持っている。私が二本返したところで、あの家が開かなくなるわけではない。それでも、二本とも渡してしまうと、手のひらには何も残らなかった。帰りに、駅前の食堂でうどんを食べた。座って湯気を見ながら、それだけのことが嬉しかった。店を出たところで、恵理から電話が来た。
「終わった?」
「終わった。今、うどん食べてた。」
「一人で?」
「一人で。座って良かったじゃない?」

義家族が家を出たのは、翌年の六月だという。その間のことは噂で聞いた。由美さんは駅から遠いワンルームに移った。舞衣さんとも、あの日を最後に切れたらしい。引き渡しの後も半年住んだ分は、家賃に当たるお金として四人に請求されたらしい。和子さんは部屋を借りるのに、二度断られたという。保証会社の審査が通らなかったのだ。私が部屋を借りた時と同じだった。審査には、いざという時に電話に出る身内の名前を一人、書かなければならない。高幸は家賃と慰謝料の分割で手いっぱいで、由美さんも奈々さんも、その欄に名前を書くとは言わなかった。書ける名前が、あの人にはもうなかった。由美さんはただで泊まれて夕飯の出る場所を失い、奈々さんはトランクルーム代を自分で払うことになった。誰も破滅していない。他人の家を自分の家として使う暮らしだけが、終わった。あの家はやがて取り壊され、二棟の分譲住宅になるのだと後で知った。寂しかった。それでも、あの人たちの家として残るよりいい。祖母の写真は戻らない。アルバムも、廊下に積まれたまま消えた着物も、戻らない。縁側も、もうなくなる。あの人たちが出た後、菩提寺に相談して仏壇のお性抜きをしてもらい、祖母の遺影だけをこの部屋の棚に移した。茶箪笥は置ける場所がなかった。戻せたのは、その遺影と、庭から切ってきた枝一本だけだった。

離婚して、私は旧姓の古野に戻った。会社で名刺を作り直してもらった日、総務の人が名前を二度読み上げた。私は今も同じ会社で経理をしている。朝は七時に起きればいい。夕飯の時刻を誰かに決められることもない。ベランダには、あの日切った枝を刺した鉢がある。つかないと言われたが、春に根がついた。秋に花が咲くかは分からないが、葉は増えていく。年が明けて、敬一君から一通だけ連絡が来た。大学に受かったという報告と、短い言葉が添えてあった。「香織おばさんのご飯、うまかったです。」私は「おめでとう」とだけ返した。返してもらわなかった塾代が惜しいと思ったことはない。百七十万円は、月々わずかずつしか戻ってこない。それでも毎月、振り込みの記録は残る。三月の終わり。元夫からメッセージが来た。「母さんも反省している。一度話せないか。」反省という言葉は、誰のためのものだろう。それから、一行だけ返した。「次の嫁はもっとマシなんでしょ。」返事は来なかった。私はその番号をブロックした。あの日、あの人は言った。「部屋を片付けて、今すぐ出ていけ」と。だから私は、言われた通りにした。私の部屋を片付けた。それだけではなく、私の家事ごと片付けた。祖母は遺言に、「この家には香織に住んでほしい」と書いた。その家を手放した日、私は少し祖母に申し訳ない気がしたけれど、今はそうは思っていない。祖母が住んでほしかったのは、あの建物ではない。自分の家で座って食事をして、一番最初に風呂に入る人間として、私に暮らしてほしかったのだと思う。それは、今この部屋でできている。明日も六時に会社を出て、買い物をして、朝に水をやる。それから座って夕飯を食べる。そういう毎日を続けていきたい。

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