「お母さんは邪魔なだけよ。介護なんて絶対に嫌だから。」――ビデオ通話越しに聞こえた嫁の声に、私はその場で凍りついた。68歳になり、5年間、孫の世話も家事も教育費の援助も、すべてを捧げてきた家族からの返事がこれだった。息子までもが「確かにプロに任せた方が安心かも」と同意している。私は静かに立ち上がり、夫が残してくれた金庫へ向かった。生前、夫は「いざという時のために」と言って暗証番号だけを教えて…

「お母さんは邪魔なだけよ。介護なんて絶対に嫌だから。」――ビデオ通話越しに聞こえた嫁の声に、私はその場で凍りついた。68歳になり、5年間、孫の世話も家事も教育費の援助も、すべてを捧げてきた家族からの返事がこれだった。息子までもが「確かにプロに任せた方が安心かも」と同意している。私は静かに立ち上がり、夫が残してくれた金庫へ向かった。生前、夫は「いざという時のために」と言って暗証番号だけを教えて...

「お母さんは邪魔なだけよ。介護なんて絶対に嫌だから。」

その言葉をビデオ通話越しに聞いたとき、佐々木け子さん(68歳)は自分の耳を疑いました。心臓が凍りつくような思いでした。6年前に夫を亡くし、今は息子の優一さん夫婦と一緒に暮らしています。つい先ほど軽い目まいを起こして心配をかけてしまったばかりでした。

「確かに母さんも年だし、プロに任せた方が安心かもしれないな。」

息子の優一さんまで、嫁の美ゆさんの言葉に同調しているではありませんか。け子さんがこれまで家族のためにどれだけ尽くしてきたかも忘れて、「邪魔者」扱いです。

しかし、この時のけ子さんはまだ知らなかったのです。この暴言が、やがて彼らにとって取り返しのつかない謝罪になることを――。

け子さんが息子夫婦と一緒に住むようになったのは、今から5年前のことでした。優一さんが一人暮らしのけ子さんにこう言ってくれたのです。

「母さん、一人暮らしは心配だから一緒に住もう。美ゆも賛成してくれてるんだ。」

その時の美ゆさんは、とても優しい笑顔を見せてくれました。

「お母さん、よろしくお願いします。私たち、きっと仲良くやっていけますよ。」

夫を亡くした寂しさの中で、息子夫婦と暮らせることは何よりの慰めでした。それからの5年間、け子さんは家族のために全力で尽くしてきました。孫のかず君とさきちゃんの世話も、け子さんの担当でした。朝は6時に起きて朝食を作り、お弁当を準備し、子供たちを学校に送り出します。夜は宿題を見てあげて、寝かし付けまで行いました。家事もけ子さんが一手に引き受けました。掃除、洗濯、食事の支度、全て。毎日12時間以上働いていました。経済面でも、孫たちの教育費を年間50万円ずつ負担し、家計が苦しい時には生活費の援助も惜しみませんでした。

ところが、美ゆさんの態度は年々冷たくなっていきました。最初は感謝の言葉をかけてくれていたのに、いつの間にか当たり前のような顔をするようになったのです。

「お母さん、もう少し静かにしてもらえますか。この家のルールに従ってください。」

そんな言葉が日常的に聞かれるようになりました。それでもけ子さんは、家族のためにと我慢してきました。

美ゆさんの指摘は、次第にエスカレートしていきました。

「お母さん、テレビの音が大きすぎますよ。そんな音量で見ていたら近所迷惑になります。」

け子さんが孫たちと一緒にテレビを見ていた時のことでした。決して大きな音ではなかったのですが、美ゆさんは眉をひそめて言いました。

「お母さんの世代って耳が遠くなるから気づかないんでしょうけど、子供たちに悪影響なので。」

その言葉に、け子さんは静かに音量を下げました。波を立てたくなかったのです。

料理についても、美ゆさんの文句が増えていきました。

「お母さん、この味付け、変ですよ。年寄りって味覚が鈍くなるから仕方ないのかもしれないですけど。」

け子さんが心を込めて作った料理を前に、美ゆさんは露骨に嫌な顔をしました。

「子供たちの健康を考えてもう少し薄味にしてもらえませんか?」

け子さんは黙って頷きました。長年培った料理の腕に自信があったのですが、家族の健康のためならと我慢しました。

掃除の仕方についても、美ゆさんの指摘は容赦ありませんでした。

「お母さん、ここ、掃除が行き届いていませんよ。年を取ると細かいところが見えなくなるんでしょうね。かわいそうです。」

け子さんが朝から一生懸命掃除した部屋を見回しながら、美ゆさんは冷たく言いました。

「やっぱり私がもう一度やり直した方がいいみたいですね。」

そして美ゆさんは、け子さんの目の前で掃除機をかけ直しました。まるで、け子さんの掃除では不十分だと言わんばかりに。

孫たちとの関わりについても、美ゆさんの制限は厳しくなる一方でした。

「お母さん、古い価値観で子供たちを混乱させないでください。今は時代が違うんです。」

け子さんが孫たちに昔話を聞かせていた時のことでした。美ゆさんは、あたかも注意するように言いました。

「それにお母さんの教育法は古すぎます。現代の子育てとは合いませんから。」

数ヶ月が過ぎると、美ゆさんの言葉はさらに直接的になりました。

「お母さん、最近物忘れが激しくないですか?さっき同じような話をしましたよ。」

け子さんは確かに同じ話をしたかもしれません。しかしそれは、美ゆさんがしっかりと話を聞いていなかったため、同じ説明をするしかない状況だったのです。

「年寄りって本当に物忘れが激しくて大変ですね。認知症の検査を受けた方がいいんじゃないでしょうか。」

美ゆさんは、まるでけ子さんが病人であるかのような口調で言いました。しかし、優一さんの前では決して言いません。

そしてある日、け子さんが孫のかず君の宿題を手伝っていた時のことです。

「お母さん、かずの勉強は私が見ますから、もう結構です。」

美ゆさんはけ子さんの手から宿題を取り上げました。

「古い教え方では、今の子供たちは混乱してしまいます。お母さんの時代とは違うんですよ。」

その言葉に、かず君は困ったような顔をしました。おばあちゃんに教えてもらうのが好きだったからです。

友人たちとの電話でも、美ゆさんの本音が漏れることがありました。

「うちの姑って本当に大変なのよね。いつまでも若いつもりでいて、何でもかんでも口を出してくるの。本当に困っちゃう。」

け子さんがたまたま廊下を通りかかった時に聞こえてきた会話でした。

「正直言って、お母さんがいると息が詰まります。私が落ち着ける時間が全然ないんです。老人ホームを探した方がいいかもしれませんね。そろそろ私も限界ですから。」

その言葉を聞いた瞬間、け子さんの胸は痛みました。これまで家族のために尽くしてきたのに、邪魔者扱いされているのです。

そしてついに、決定的な言葉が出ました。ある日の夕食後、け子さんが食器を洗っていた時のことです。

「ねえ、お母さんのことで話があるの。」

美ゆさんは、け子さんには聞こえないと思って話し始めました。

「正直、お母さんは邪魔なだけよ。何をやらせても中途半端だし、子供たちの教育にも悪影響だわ。それに、お友達を家に呼ぶのも恥ずかしいのよ。お母さんがいるとなんだか貧乏臭く見えてしまって。」

け子さんは手を止め、息を殺して聞きました。その言葉に、け子さんの心は深く傷つきました。しかし、まだこの時は我慢しようと思っていたのです。

しかし、ついに決定的な瞬間が訪れました。それは冒頭にもあったように、け子さんが軽い目まいを起こした日に訪れました。朝から少し体調が優れなかったけ子さんは、孫たちの朝食を準備している最中に突然ふらつきを感じました。慌ててテーブルに捕まりましたが、その様子を見ていた優一さんが心配そうに駆け寄ってきました。

「母さん、大丈夫?顔色が悪いよ。」

優一さんの優しい声に、け子さんは少しほっとしました。息子はまだ自分を心配してくれているのだと感じたからです。

「ちょっと目まいがしただけよ。大丈夫。」

け子さんはそう答えましたが、優一さんは心配そうな表情を崩しませんでした。

「最近疲れているみたいだし、一度病院で見てもらった方がいいんじゃない?」

その時、美ゆさんがキッチンに入ってきました。け子さんの様子を見ると、明らかに迷惑そうな表情を浮かべました。

「あら、お母さん、また体調不良ですか?」

美ゆさんの声には、心配のかけらもありませんでした。むしろ面倒臭そうな響きがありました。

「ちょっと話があるの。」

美ゆさんは優一さんの腕を引いて、リビングへ向かいました。け子さんは椅子に座ったまま、二人の会話に耳を済ませました。

「お母さんの体調が悪くなることが増えてきたでしょう。」

美ゆさんの声が聞こえてきました。

「そうだね。年だから仕方ないけど、心配になる。」

優一さんが答えました。しかし、美ゆさんの次の言葉は、け子さんの予想をはるかに超えるものでした。

「でも正直言って、お母さんと一緒にいるとストレスなの。」

その言葉に、け子さんは息を飲みました。

「お母さんは邪魔なだけよ。介護なんて絶対に嫌だから。これ以上体調が悪くなったら、私たちの生活はどうなるの?子供たちにも悪影響だし、お母さんが倒れたりしたら、私が面倒を見なければならないのよ。」

美ゆさんの声は、まるでけ子さんが不要な荷物であるかのような冷たさでした。

「施設に入れることを真剣に考えた方がいいと思うの。お母さんもプロの介護を受けた方が安心だろうし、私たちも自分たちの生活に集中できるわ。」

優一さんは少し戸惑っているようでした。

「でも、母さんはまだそんなに悪いわけじゃ……」

「優一、ちゃんと現実を見てよ。」

美ゆさんは優一さんの言葉を遮りました。

「お母さんはもう68歳なの。これからどんどん体調は悪くなる一方でしょ。私たちが介護に振り回される前に、ちゃんとした施設を探さないと。」

そして、美ゆさんの決定的な言葉が続きました。

「それに、お母さんがいると私たちの夫婦生活にも影響が出るわ。私、本当に参ってるの。」

け子さんの心は、その言葉で完全に凍りつきました。自分が家族にとって邪魔な存在だと、ここまではっきりと言われるとは思いませんでした。

しばらくの沈黙の後、優一さんが口を開きました。

「確かに母さんも年だし、プロに任せた方が安心かもしれないな。」

その言葉が、け子さんにとって最後の一撃でした。息子まで妻の言葉に同調してしまったのです。

「そうと決まれば、早めに施設を探しましょう。お母さんにも早めに伝えなくちゃ。」

美ゆさんの声には、もはや迷いはありませんでした。

け子さんは椅子に座ったまま、動くことができませんでした。これまで家族のために捧げてきた5年間は、一体何だったのでしょうか?孫たちの世話、家事、経済的援助、全てが当たり前のことだったのでしょうか?

その時です。け子さんの心の中で、何かが静かに、しかし確実に変わったのです。これまで家族の平和のために我慢してきましたが、もうその必要はないのかもしれません。邪魔者扱いされるのなら、もう我慢する理由もありません。

け子さんは静かに立ち上がり、自分の部屋に向かいました。そして、箪笥の奥にある金庫のことを思い出していました。

自分の部屋に戻ると、け子さんは静かにドアを閉めました。先ほどの会話が頭の中で何度も繰り返されています。「お母さんは邪魔なだけ」。その言葉が、まるで刃物のように心を刺し続けていました。け子さんは深呼吸をして、心を落ち着かせようとしました。怒りと悲しみが入り混じった感情を整理する必要がありました。

そしてふと、亡くなった夫の正男さんが生前によく言っていた言葉を思い出したのです。

「人間は、見た目や立場だけでは判断できないものだ。本当の価値は、表に出ていない部分にあることが多いんだよ。」

その時は夫が何を言いたいのかよくわからなかったのですが、今になってその意味が理解できるような気がしました。

け子さんは立ち上がると、箪笥の奥に向かいました。そこには夫が大切にしていた古い金庫がありました。普段は使うことのない金庫でしたが、今こそその中身を確認する時かもしれません。

金庫のダイヤルを回しながら、け子さんは夫との思い出を振り返りました。正男さんは生前、不動産関係の仕事をしていました。現実的な人で、将来に備えて様々な投資をしていたようでしたが、詳しい内容についてはけ子さんにはあまり話していませんでした。

「いざという時のために。」

そう言って、金庫の暗証番号だけは教えてくれていたのです。

金庫を開けると、中にはいくつかの重要書類が整理されて入っていました。け子さんは慎重に一つずつ取り出して、内容を確認しました。最初に目についたのは、け子さんの名義の銀行の通帳でした。残高を見て、け子さんは目を見張りました。思っていた以上の金額が記載されていたのです。

次に取り出したのは、株式の証券でした。正男さんが長年にわたって購入していた株式の一覧が記されていました。その中には、現在大きく値上がりしている銘柄も含まれていました。

そして最も重要だったのは、不動産関係の書類でした。け子さんは一つ一つの権利書を丁寧に確認していきました。最初の権利書は、都心の一等地にあるマンションのものでした。そのマンションの名前を見て、け子さんは驚きました。それはまさに、自分たちが現在住んでいるマンションの名前だったのです。

け子さんは急いで詳細を確認しました。住所、建物名、全て一致していました。自分たちが住んでいるマンションは、実はけ子さんの所有物だったのです。

続いて確認した二つ目の権利書は、隣駅にある高級マンションのものでした。こちらも一等地にあり、現在は賃貸として運用されているようでした。管理会社からの報告書も一緒に入っており、毎月安定した家賃収入があることがわかりました。

三つ目の権利書は、さらに別の場所にある投資用マンションのものでした。こちらも満室経営されており、相当な収益を上げているようでした。

け子さんは震える手で計算しました。3つのマンションの価値を合計すると、総額で5億円を超える資産になることがわかりました。さらに、毎月の家賃収入だけでも200万円近くになります。

「正男さん、あなたはこんなに大きな財産を残してくれていたのね。」

け子さんは涙しながら、夫に感謝の気持ちを向けました。同時に、自分がいかに無知だったかを反省しました。夫は生前、「将来け子が困らないように」と言っていました。その言葉の本当の意味が、今になって理解できたのです。

け子さんは権利書を手に、深く考えました。息子夫婦は、自分たちが住んでいるマンションの本当の所有者がけ子さんだということを知りません。もし彼らがこの事実を知ったら、どのような反応を示すでしょうか?「邪魔なだけ」と言った美ゆさんの言葉が、再び頭をよぎりました。

け子さんは静かに微笑みました。これまで控えめに生きてきましたが、時には毅然とした態度を取ることも必要かもしれません。

「正男さん、あなたが残してくれたこの財産を、今こそ有効活用させていただきます。」

け子さんは書類を大切にしまい直しました。そして、明日にでも管理会社に連絡を取ろうと決めました。息子夫婦がどのような反応を示すのか、け子さんには想像がつきました。きっと驚くことでしょう。そして、これまでの態度を後悔することになるかもしれません。しかし、それは彼らが自分で招いた結果です。け子さんはもう、我慢する必要はないのです。

翌朝、け子さんは早めに起きて朝食の準備をしました。昨夜の発見以来、心境に大きな変化がありました。これまでのように息子夫婦の顔色を伺う必要はもうありません。

朝食を済ませた優一さんが会社に出かけ、美ゆさんが子供たちを学校に送り出した後、け子さんは静かに電話をかけました。相手は、夫の不動産を管理している管理会社でした。

「佐々木と申します。主人が亡くなって以来、お世話になっております。」

け子さんの声は落ち着いていました。

「ああ、奥様、お久しぶりです。何かご要件でしょうか?」

管理の担当者は丁寧に応答しました。

「実は、このマンションについて確認したいことがあります。私どもが現在住んでおります、中央区のマンションですが。」

け子さんは、自分たちが住んでいるマンションの住所を伝えました。

「はい、承知しております。佐々木様がお住まいのマンションでございますね。」

担当者は即座に確認しました。

「実は、このマンションの所有者について確認したいのです。」

け子さんは慎重に言葉を選びました。電話の向こうで、担当者が書類をめくる音が聞こえました。

「はい。そちらのマンション全体の所有者は、お亡くなりになった正男様から相続された奥様でいらっしゃいます。」

その言葉を聞いて、け子さんは深く息を吸いました。やはり自分の推測は正しかったのです。

「息子夫婦と同居しているのですが、彼らはこの事実を知っているでしょうか?」

「いえ、存じ上げないかと思います。こちらにも問い合わせは来ていませんので。」

担当者は説明しました。

「今後の件でご相談があります。近日中にお伺いさせていただけますでしょうか?」

け子さんは丁寧にお願いしました。

その日の午後、け子さんは管理会社を訪れました。担当者は、詳しい資料を用意して待っていました。

「奥様がお亡くなりになったご主人から相続された不動産は、全部で3つございます。」

担当者は資料を広げながら説明しました。

「現在お住まいのマンションも、その他2つの投資用マンションも、全て奥様の所有物でございます。投資資産の総額は約5億円、毎月の家賃収入は他の2つから約200万円となっております。」

担当者の説明に、け子さんは改めて夫の先見の明に感謝しました。

「現在お住まいのマンションには、他にも空き部屋がございます。もし必要でしたら、ご家族に別部屋をお貸しすることも可能です。」

その提案に、け子さんは興味深く耳を傾けました。

「わかりました。少し検討させていただきます。」

け子さんは資料のコピーをもらって、帰宅しました。

その夜、夕食の席で美ゆさんが再び施設の話を持ち出しました。

「お母さん、昨日お話しした件ですが、いくつか良い施設を見つけました。来週にでも見学に行ってみませんか?」

美ゆさんは、まるで決定事項であるかのように話しました。

け子さんは静かに箸を置きました。

「美ゆさん、その前に少しお話があります。優一にも聞いていただきたいのですが。」

け子さんの落ち着いた口調に、美ゆさんは少し戸迷ったようでした。け子さんは息子を見ました。

「実は、マンションのことでお話があります。」

「マンション?」

優一さんは首をかしげました。

「え、私たちが住んでいるこのマンションについてです。」

け子さんは立ち上がり、箪笥から権利書を取ってきました。

「これは何?」

美ゆさんが不思議そうに尋ねました。

「このマンションの権利書です。」

け子さんは冷静に答えました。

「実は、私たちが住んでいるこのマンション全体が、私の所有物なのです。」

その瞬間、優一さんと美ゆさんの顔が凍りつきました。

「え、どういうこと?」

優一さんが慌てて尋ねました。

「お父さんが生前、投資用に購入していたマンションです。私が相続しました。」

け子さんは権利書をテーブルの上に置きました。

「まさか……」

美ゆさんの顔は真っ青になっていました。

「つまり、あなたたちはこれまで私の所有するマンションに無償で住んでいたということです。」

け子さんは、管理会社からもらった資料も取り出しました。

「このマンションの家賃相場は、月額50万円です。5年間無償で住んでいただいたということは、3000万円以上の援助をしていたことになります。」

優一さんは言葉を失っていました。

「そ、そんな。知らなかった。」

優一さんがやっと口を開きました。

「お父さんは何も言っていませんでしたから。」

け子さんは続けました。

「しかし、昨日あなたたちのお話を伺って、考えが変わりました。」

け子さんの声には、これまでにない強さがありました。

「邪魔なだけの私が所有するマンションに、これ以上無償で住んでいただく理由はありません。」

その言葉に、美ゆさんは言葉を失いました。

「お母さん、あれは……」

美ゆさんが慌てて言い訳しようとしましたが、け子さんは手を挙げて制しました。

「もうよろしいです。あなたたちのお気持ちは、よくわかりましたから。」

け子さんは立ち上がりました。

「私の存在を否定するのであれば、私も所有者としての権利を行使させていただきます。」

け子さんの言葉に、二人は青ざめました。

「幸い、このマンションには空き部屋があります。市場価格の月額50万円でお貸しできますが、いかがでしょうか?」

「月額50万円なんて、払えるわけない。」

美ゆさんが小さくつぶやきました。

「では、別の場所にお住まいを探していただくしかありませんね。きっと、あなたたちも邪魔な私がいなければ、快適にお過ごしいただけるでしょう。」

け子さんは冷静に答えました。

「母さん、待ってよ。昨日のことは謝るから。」

優一さんが慌てて言いましたが、け子さんは首を振りました。

「謝罪ではありません。あなたたちの本音を、ちゃんとこの耳で聞きました。」

け子さんは権利書をしまいながら言いました。

「今月末までに今後のことを決めてください。家賃を支払うのか、引っ越すのか。」

その夜、夫婦は必死にけ子さんに謝罪しましたが、け子さんの決意は変わりませんでした。これが本当の力の差というものでした。

結局、息子夫婦は家賃50万円を支払う経済力はありませんでした。優一さんの給料では、到底無理な金額だったのです。

「母さん、お願いします。なんとか話し合いで解決できませんか?」

優一さんは必死に頼み込みましたが、け子さんの決意は固いものでした。

「私を邪魔者扱いした報いです。自分たちでなんとかしなさい。」

け子さんは冷静に答えました。

一週間後、息子夫婦は荷物をまとめて、別のアパートに引っ越していきました。家賃8万円のアパートで、これまでの生活とは大きく違う環境に、美ゆさんは涙を流していました。

「お母さん、本当にすみませんでした。あんなひどいことを言って。」

引っ越しの日、美ゆさんはけ子さんに深々と頭を下げました。

「もう遅いのです。一度口にした言葉は取り消せません。邪魔者にすがらないでください。私もあなたたちには期待していません。」

け子さんは静かに答えました。美ゆさんは、何も言い返すことができませんでした。

息子夫婦が出ていった後、け子さんは心から安らぎを感じました。誰の顔色も伺う必要がない。自分だけの時間が戻ってきたのです。

け子さんは、老人ホームに入居することを決めました。毎月の家賃収入が200万円もあるため、設備の良い施設を選ぶことができました。

「佐々木様、こちらのお部屋はいかがでしょうか?」

案内された部屋は、まるでホテルのスイートルームのような豪華さでした。専属の介護スタッフが24時間いて、安心して過ごすことができます。

「素晴らしいですね。こちらでお願いします。」

け子さんは迷うことなく決めました。

老人ホームでの生活は、想像以上に充実していました。同世代の友人たちとの会話を楽しみ、様々な文化活動に参加し、け子さんは生き生きとした毎日を送っていました。

「佐々木さん、今日も元気ですね。」

スタッフの皆さんも、け子さんを心から大切にしてくれました。それは、け子さんが支払っている料金に見合った、最高のサービスでした。

ある日、優一さんから電話がかかってきました。

「母さん、美ゆが体調を崩してしまって。狭いアパートの生活が辛いみたいなんだ。」

優一さんの声には疲れが滲んでいました。

「それはお気の毒ですね。でも、私には関係のないことです。」

け子さんは淡々と答えました。

「お金を貸してもらえないかな?子供たちの学費も払えなくて。」

優一さんの哀願するような声に、け子さんは冷静に答えました。

「邪魔な私にお金を借りるのですか?おかしな話ですね。」

け子さんは、美ゆさんの言葉をそのまま返しました。

「あなたたちは、私が邪魔だから介護を拒否したのでしょう。ならば、一貫性を持ってください。」

優一さんは、何も言えませんでした。その後も息子夫婦からの連絡は度々ありましたが、け子さんは一切取り合いませんでした。彼らが自分で選んだ道の結果です。

け子さんの新しい生活は、まさに理想的なものでした。朝は庭園を散歩し、午後は読書や手芸を楽しみ、夕方は友人たちとお茶を飲みながら会話を楽しみました。

「佐々木さんは、本当に上品な方ですね。」

他の入居者の方々からも慕われ、け子さんは充実した毎日を送っていました。月に一度、管理会社から家賃収入の報告書が届きます。所有しているマンションからの安定した収入により、け子さんの老後は完全に保証されていました。

「正男さん、あなたが残してくれた財産のおかげで、こんなに素晴らしい生活を送ることができています。」

け子さんは、涙しながら夫に感謝の気持ちを向けました。

一年後、孫のかず君が一人でけ子さんを尋ねてきました。

「おばあちゃん、ごめんなさい。パパとママが悪いことを言ったから。」

かず君は涙を流しながら謝りました。け子さんは孫を優しく抱きしめました。

「かず君、あなたは何も悪くないのよ。」

孫には何の罪もありません。け子さんは、時々孫にだけは会うことにしました。

け子さんの決断は、完全なものでした。親を軽視した息子夫婦は経済的に困窮し、狭いアパートでの生活を余儀なくされました。一方、け子さんは豊かで尊厳ある老後を手に入れたのです。

人を見た目や立場で判断してはいけません。け子さんはこの経験から得た教訓を、同じような境遇の人々に伝えています。真の価値は隠れているものです。そして、軽視したものには必ず報いが来るのです。

け子さんの物語は、理不尽に屈しない強さと正義の勝利を示す、素晴らしい実例となりました。今、け子さんは心から幸せな毎日を送っています。

Thumbnail