「お前もう他に男を作ったのか?」
公園で、マリアが元夫に詰め寄られていた。小さなあみは母のスカートにしがみつき、震えている。俺は急いで駆け寄り、その男の前に立った。
「おい、こいつとはどういう関係だ?」
「あなたこそ、マリアさんとはどのようなご関係なんですか?もう離婚されているはずですが。」
元夫は鼻で笑った。復縁するために来たという。酒もやめる、不倫もしない、もう一度やり直そうとマリアに迫る。あみに「パパが帰ってきたら嬉しいだろう」とまで言った。
あみは首を振った。「嬉しくない。」
元夫は怒り出し、俺に「部外者は引っ込んでろ」と言い放った。俺は一歩も引かなかった。「あなたもすでに部外者でしょう。お二人が怯えているのがわからないんですか?」
元夫は何か言いかけて、結局「どうかしてるぞ」と捨て台詞を残して去っていった。マリアは涙をこぼしながら、あみの頭を撫でて「ありがとう」と繰り返した。
あの出会いから、すべてが始まった。
当時、俺は35歳。父から継いだ小さな病院の院長をしていた。街外れにあり、患者もほとんど来ない。経営は傾き、いつ潰れてもおかしくなかった。父から受け継いだ病院を、自分の代で潰してしまうのは嫌だった。
それでも職員たちは明るく振る舞い、俺を支えてくれた。「院長、最近疲れてません?寝れてないでしょう。」鋭い看護師には、いつも見抜かれている。
あの日、友人と飲みに行った。経営のことで気分が乗らず、酒は飲まなかった。帰り道、駐車場でタクシーに乗れずに困っている女性と、腕に抱かれた女の子が目に入った。女の子は顔色が悪く、呼吸も速い。
「何かお困りですか?」
「娘が熱を出してしまって、病院に行きたいんですけど…」
名乗ると、警戒された。俺はスマホで病院のホームページを見せ、院長だと証明した。彼女はマリア。娘はあみ、7歳。車で病院に連れて行き、診察すると風邪だった。水分も食事も十分に取れていなかったので、点滴を打った。
「お医者さん、ありがとう。」
あみが笑った。マリアも安心した顔で微笑んでいた。帰りに車で送ると、マリアが言った。「よかったら、今度お食事でもどうですか?お礼がしたくて。」
断る理由もない。連絡先を交換し、数日後、3人でレストランへ行った。あみはすっかり元気で、「先生に会いたいってずっと言ってたんですよ」とマリアが笑う。あみは少しずつ俺に懐いてきた。
話をするうちに、マリアがシングルマザーであることを知った。元夫の不倫が原因で離婚したらしい。飲酒癖もひどく、あみが5歳の頃に離婚したという。
「そのままだったら、あみが何をされていたかわからないから。」
マリアはそう言って微笑んだ。俺たちは頻繁に会うようになった。喫茶店や公園、たまに彼女の家で手料理を振る舞ってもらうこともあった。あみは俺を「シー君」と呼び、ブランコに手を引いて行く。職員にも「最近元気そうですね」と言われるようになった。
マリアとあみに出会ってから、俺の生活は一変した。この関係がずっと続いてほしいと思うようになった。その一方で、あみのことを思えば、いつまでもよくわからない男が母と一緒にいるのはどうなんだろうと考えることもあった。だが、現実から目をそらし続けていた。
あの日、公園で元夫に絡まれるまでは。
あの出来事をきっかけに、俺たちの距離は一気に縮まった。そして、ある日。いつものレストランで3人で食事をしていると、マリアが突然言った。
「もし私が、シーさんのこと好きだって言ったら、どうする?」
え、と俺は固まった。「どうしたの、急に。」
「好きになっちゃったみたいなの。よかったら、お付き合いしてほしい。」
嬉しかった。だが、不安もあった。俺が彼女たちを助けたからで、何か負い目があるんじゃないだろうか。年齢的に考えれば、結婚も視野に入る。同居したら、思っていた人と違うと言われて振られるんじゃないか。
だが、マリアの熱い言葉を聞いて、そんな不安は消えた。
「あみを見てもらってから、頼もしい人だなって思った。一緒にいても楽しいし、あみとも仲良くしてくれる。元夫から助けてくれたのも嬉しかった。本当に、頼もしい人なの。」
俺は彼女の真剣な表情に圧倒され、答えた。「ありがとう。こんな俺でよかったら、よろしくお願いします。」
マリアは泣きながら喜んだ。あみも賛成してくれているようだった。
それから6年が経ち、俺とマリアは結婚した。あの後、覚悟を決めて病院を畳み、都心にクリニックを開いた。ダメなら医者をやめようと思っていたが、患者は以前より増え、忙しい日々を送っている。スタッフは前の病院で一緒に働いてくれていた人たちばかりだ。マリアも受付や雑務を手伝ってくれている。
「マリア、いつもありがとう。」
「え、いきなりどうしたの?」
恥ずかしそうに言い返す彼女を見ながら、俺は思う。互いに色々なことを乗り越えて、今こうして幸せに過ごせている。支えてくれた職員、友人、そして何よりマリアとあみに感謝している。
俺は今日も、白い袖に腕を通すのだった。



