「お前の能力はうちでは宝の持ち腐れだ。他の会社でその能力を発揮したらどうだ?」――30年間、誰よりも会社のために働き、取引先からの信頼も厚く、副工場長まで務めた俺に、社長の息子が放った言葉がこれだった。学歴がないことを見下し、現場の声を無視して無理難題を押し付けた上で、納期が遅れた責任をすべて俺に被せて首を宣告した。悔しさよりも、俺を慕ってくれた社員たちの顔が浮かんで胸が潰れた。だが俺には、…

「お前の能力はうちでは宝の持ち腐れだ。他の会社でその能力を発揮したらどうだ?」――30年間、誰よりも会社のために働き、取引先からの信頼も厚く、副工場長まで務めた俺に、社長の息子が放った言葉がこれだった。学歴がないことを見下し、現場の声を無視して無理難題を押し付けた上で、納期が遅れた責任をすべて俺に被せて首を宣告した。悔しさよりも、俺を慕ってくれた社員たちの顔が浮かんで胸が潰れた。だが俺には、...

「お前の能力はうちでは宝の持ち腐れだ。他の会社でその能力を発揮したらどうだ?」

そう言い放った工場長の顔を、俺は冷静に見つめ返した。人間はここまで汚い顔ができるんだなと、不思議な感覚で思った。

俺の名前はゴロ。自動車部品製造メーカーに高校卒業以来30年勤めてきた。一筋にこの道だけを歩いてきた。この工場の製品については誰よりも詳しい自信があるし、向上心と几帳面さで製造ラインの改善も重ねてきた。地方の小さな会社だが、ここ数年で売上は拡大し、大手自動車メーカーにも製品を納品するまでになった。

「さすが木村君だね。君に頼んでから業績が上がったよ。これからもよろしく頼む」

取引先からの信頼も厚く、役職は副工場長。社員たちも日々俺を頼ってくれていた。この先もずっとみんなと働きたい。そう思っていた。

工場長が定年退職し、社長の息子である清田大輔が新工場長に就任した。実力的には俺がなるべきだという空気もあったが、管理職には大卒の条件があり、高卒の俺は対象外だった。大輔は事務職出身で製造のことはほとんど理解していなかった。

それだけならまだ我慢できた。だが、大輔は社長の息子というだけで工場内でもちやほやされ、礼儀がまるでなっていなかった。学歴がないことを見下し、侮辱の言葉を浴びせてきた。

俺は我慢した。前工場長は利益のためなら投資もする人で、そのおかげで俺はライン改善や現場整理ができた。しかし大輔は逆だった。経費を削り、無理な要求で利益を出そうとする。

「工場長、ここを削ると納品自体が厳しくなります」
「それを可能にするのがお前らの仕事だろうが」

社員の意見に耳を傾けるどころか、無理難題を押し付けることが増え、現場との関係は悪化していった。副工場長として、この現状に胸を痛め、社員に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

そんなある日、さらに社員を苦しめる事件が起きた。大輔が明るい顔で新しい仕事を取ってきたと言い張ったのだ。嫌な予感がした。案の定、現状の生産ラインでは製造が困難な量だった。

「できないのか? これがお前の仕事だろう。もしできなかったら、せっかく仕事を取ってきた俺の顔に泥を塗ることになるぞ。その時は分かっているんだろうな」

脅すようにそう言われた。社員たちは心配そうに俺を見ていた。物理的に難しいし、現場の負担を考えると申し訳なかった。だが断れば、大輔の態度はさらに悪化するだろう。悩んだ末、稼働時間を増やして対応することにした。

「みんな申し訳ない。どうにか耐えてくれないか」
「わかりました。副工場長が言うなら」

みんなは承諾してくれた。感謝と申し訳なさで頭が上がらなかった。最初はみんなで支え合って頑張っていたが、徐々に疲れが顔に現れ始めた。

俺は苦渋の決断をした。事故が起こる前にラインを元に戻すべきだと。会社の評判を優先するという理由なら大輔も納得するだろうと思った。

「工場長、このまま続けたら事故が起きます。会社の評判にも関わります。生産ラインを元に戻しても良いでしょうか?」
「納期が遅れるのは困るが…。何かあったらお前が責任取るんだろうな」
「はい」
「その言葉忘れるなよ」

渋々了承したが、社員の安全より評判を優先し、責任を俺に押し付ける。俺は心を無にした。ラインを元に戻し、事故もなく仕事を完遂できた。

ほっとしたのも束の間、大輔は俺に詰め寄ってきた。

「やっぱり納期には間に合わなかったなあ。この世界で何よりも大事なことは分かっているよな。責任を取ってもらおうか。首だ」

思いもよらない宣言だった。そして、あの言葉を浴びせたのだ。「お前の能力はうちでは宝の持ち腐れだ」と。

「もったいないお言葉です。それではお言葉に甘えて、他の会社へ行かせていただきます」

そう言い残して、俺は退職を決めた。大輔は勝ち誇ったようにニヤニヤ笑っていた。

「副工場長、やめないでください!」

社員たちが止めてくれた。彼らの顔を見ると心が押しつぶされそうになった。だが、俺には考えがあった。退職前に、社員たちに俺の今後の計画をそっと話した。

「本当ですか? それであれば…」

社員たちは納得してくれた。俺は退職した。

大輔は一人大喜びしていた。「やっと邪魔者がいなくなった。あいつは鬱陶しかったからな。これからは仕事がやりやすくなるぞ」と。

俺がいなくなった後、大輔の独裁工場の雰囲気は見事に悪化した。後日、納期遅延の謝罪のために取引先へ出向いた大輔は、最後まで俺のせいにし続けた。「うちの使えない社員のせいで遅れてしまいました。あんな無能は首にしましたよ」

しかし先方の反応は予想外だった。

「いやいや、全然ですよ。初めから厳しい条件でした。この期間にここまで仕上げてくれて感謝しています。やはり木村さんがいらっしゃったからですか?」

全く怒っておらず、むしろ感謝していた。大輔は驚いた表情を浮かべ、呆れた様子で言われた。

「それは残念なことをしましたね」

大輔は意味が分からず、そう答えるしかなかった。実は、俺の仕事ぶりは取引先の間で高く評価されていた。大輔が仕事を取れたのも俺の存在が大きかったのだ。「木村君がいるなら大丈夫」という信頼があってこそだった。

しかし、現場を奴隷のように扱っていた大輔はその現状を全く理解していなかった。俺が抜けた穴を埋めるスキルを持つ者はいなかった。納期は遅れがちになり、丁寧な仕事で評判だった品質は荒くなっていった。社員は必死に働いたが疲れ果て、業務が進まないと大輔が怒鳴る。悪循環だった。

取引先も次々と取引をやめたり縮小したりした。会社の業績はどんどん悪くなっていった。大輔は取引先が辞めるたびに理由を聞いたが、ある会社が教えてくれた。兼ねてからのライバル会社に仕事を取られていることに気づいたのだ。

調べていくうちに、大輔は俺がそのライバル会社に勤務していることを知った。そう、俺は前の会社のライバル会社に転職していたのだ。

理由があった。ライバル会社から前々から熱心に誘われていたのだ。「君のように仕事ができる人がなぜそんな安い給料で働いているのか。うちに来れば、学歴なんか関係なく能力に似合った給料になる」と。

俺は長年勤めた会社への恩義を感じていたし、部下のために抜けるわけにはいかないと思っていた。しかし大輔の就任で環境は悪化し、首を宣言されたことで、もうこの会社でやっていく意義を見い出せなくなった。ライバル会社も事情を理解してくれて、心よく受け入れてくれた。「よく耐えましたね」と労ってくれた。

ライバル会社で俺は実力を評価され、工場長に就任した。伸び伸びと働ける環境で能力を最大限に発揮し、売上も伸ばしていった。

「いやあ、さすが木村君。熱心に口説いてよかったよ。あの工場長にも感謝だね。君を首にしてくれて」

役員は気さくで冗談も言ういい人だった。現場の安全と健康を何よりも大切に考えている。

それを知った大輔は怒り狂い、電話をかけてきた。

「貴様、どういうことだ? ライバル会社で働いていると聞いたぞ。そのせいで俺の会社の取引先がどんどん契約を切っていくんだ。この裏切り者め、犯罪者め、泥棒!」

俺は冷静に伝えた。

「工場長の言う通り、俺はこの会社にいては宝の持ち腐れだと判断したので、俺を必要としてくれる会社に行きましたよ」

「お、おい。あ、お前、二度とうちに関わるな!」

怒りのあまり声が出ない大輔が必死に絞り出した言葉は「俺の会社に関わるな」だった。自分から電話してきたのに。

その後、大輔の会社は取引先からの信頼をさらに失い、売上は激減。社員も「もうここではやっていけません」と次々と辞めていき、倒産寸前になった。辞めた社員の中には俺が育てた優秀な者もおり、俺がいるライバル会社に引き抜かれるように入社してきた。

「木村さん、お久しぶりです。この時を待っていました。前の会社よりもっともっと頑張ります」

俺は色々あったが、今はとても幸せだ。能力を正当に評価してくれる会社があり、かつての部下たちも慕ってくれている。こんなに嬉しいことはない。

大輔はというと、社長がようやく思い腰を上げて一般社員に降格させたらしい。もう今更という感じだ。我が子の可愛さというのは怖いものだ。

今の会社への恩返しと、社員たちを幸せにすること。それが俺の目標だ。今が順調だからといって、向上心を忘れずに精一杯頑張っていこう。

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