目の前に広がった光景に、言葉を失った。「どうかな?高卒の君にはお似合いの席だよね」と先輩社員がにやにやしながら言った。テーブルにはゴミが置かれ、椅子はゴミ箱にゴミ袋を被せただけの代物。周りでは内定者たちが腹を抱えて笑っている。内定式当日、私はたった一人で屈辱的な“特等席”に座らされようとしていた。高卒と馬鹿にされ、先輩社員に逆らえばひどい目に会うと脅される。私が黙っていられるはずがなかった。…

目の前に広がった光景に、言葉を失った。「どうかな?高卒の君にはお似合いの席だよね」と先輩社員がにやにやしながら言った。テーブルにはゴミが置かれ、椅子はゴミ箱にゴミ袋を被せただけの代物。周りでは内定者たちが腹を抱えて笑っている。内定式当日、私はたった一人で屈辱的な“特等席”に座らされようとしていた。高卒と馬鹿にされ、先輩社員に逆らえばひどい目に会うと脅される。私が黙っていられるはずがなかった。...

内定式の日、俺は自分の名前が書かれた席の前に立ち、目を疑った。

テーブルの上にはゴミが置かれ、椅子の代わりにはゴミ箱にゴミ袋を被せて座面を作った代物が鎮座していた。

周囲ではここの枝と鳥巻きが腹を抱えて笑っている。

「どうかな? 高卒の君にはお似合いの席だよね。立派な席を準備しようと思ってあちこち探し回ったよ」

先輩社員の矢神新一が、にやにやしながら言い放った。

俺の名前は七瀬サト。25歳。第2新卒枠でこの大手商社の内定を勝ち取った。

「ああ、素敵な席ですね。こりゃどうも」

「高卒はゴミ箱がお似合いだろうなあ。ここ君」

ここの枝たちは笑いながら頷き、矢神に同調している。

「どうだ? 先輩に逆らったらひどい目に会うってことを覚えたな」

矢神が耳元で囁く。俺は片手でそれを振り払った。

「あんた、誰に物言ってんだ? 」

俺はこれまでにない鋭い目つきで睨みつけ、低い声で伝えた。矢神は一瞬ひるんだが、すぐに先輩風を吹かせようとする。

「おい、高卒が生意気だぞ。俺たちは超難関有名次第を出て、成功法でこの会社に入ったんだ。お前みたいに裏口とかじゃなくてな」

「言っておくが、俺は高卒でも裏口入社でもない。俺も成功法で内定を勝ち取った一人だ」

「なあ、こいつ高卒の裏口入社者だぜ。俺たち成功法で内定もらったのによ」

ここの枝の内輪グループが出来上がっており、仲間の数で俺を笑い飛ばそうとしている。

そういえば、俺の肩を掴んで絡んできたのは、一次試験の集団面接の時からだった。断るごとに俺の顔を見てはからかってくる。就活の場面で逆上すれば相手の思うつもりなので、俺は無視を決め込んでいた。

そんな時、内定者の誰かがこの光景を社員に伝えに行ったらしく、専務が慌てて駆け寄ってきた。

「どういうこと?

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何があったの? 」

矢神は逃げようと体をひるがえしたが、俺がすかさずスラックスのベルトを掴んだので動けなくなった。

「ああ、専務、これを見てください」

俺は一連の動画や画像を専務に見せた。専務の顔がみるみる怒りの色に変わっていく。

「ということで、ここの枝たちのグループは内定式どころではなく人事へ連行されていきました。社員たちは事情聴取として別へ連れて行かれそうになりました」

「多分この社員は内定者がしでかしたことと言い逃れしようとするはずです。画像や映像を解析すればこの状況を誰が作ったか分かるはずですので、徹底的にお願いしますね」

その場に居合わせた他の内定者たちは、「誰あの人」という会話をしている。専務と親しく話をしているし、専務が一人の入社予定の学生の言うことを聞いているのはおかしいと見えたようだ。

その騒ぎはその場で収まり、何事もなかったかのように内定者懇親会は開催された。俺は専務と一緒に人事部へ向かった。

ここの枝他3人の内定者は、言動の内容を見ても新入社員としてそぐわないと判断され、その場で内定取り消しの判断が出された。

「先輩にそのかされた! 」と彼らは抗議していた。しかし、矢神先輩にそのかされる前に、俺に絡んでいた。俺はその言葉さえも録音していたのだ。その時の言動を重く見て、内定取り消しが出された。

ここの枝たちは、10万円を支払ったのに内定取り消しかと会社に駆け込んで訴えたが、会社側は「もう入社は終わった」として跳ねつけたらしい。

後日、もっと大きな問題が発覚する。それは矢神に関するものだった。

「もっと早く見抜くことができたら、いい人材を確保することができたのに」

「おばさん、これからだよ」

「そうね。戦いはこれからよね」

川ほは俺のおばである。言ってしまえば、社長は俺の祖父の弟にあたる。つまり父は専務で、おばの父親が社長だ。

実はこの会社には学閥が根強く残っており、いわゆる社長側とされる超難関有名次第組が優勢なのだ。おばである川ほは、企業風土を変えたいと少数派である他の大学の卒業生と一緒に立ち上がった。

俺はハードバーグ大学卒。海外の証券会社に勤務していたが、おばの企業改革を手伝うべく第2新卒枠で転職することにした。

そうとも知らず、矢神やここの枝たちは「高卒」と馬鹿にしていたが、実際はハードバーグ大学卒で、格上の証券会社からの転職組だったのだ。

春になり、俺たちは正式採用の辞令を受け入社を迎えた。

「おお、高卒は入社できたんだ。しかも監査部配属って、なんで高卒のくせにそんなところに配属されんだよ」

「私は海外のハードバーグ大を卒業し、2年間外資系の証券会社に勤務しておりました。高卒ではなく第2新卒です。そこをお間違いなきよう」

俺は矢神を睨みつけながら言葉を正す。矢神は、車内の警察機構とも言える部署に配属された俺を見て、やばいと思ったようだ。

内定式の事件では、首の皮一枚残った状態で無罪放免だったと思っていることだろう。俺と関わることをやめ、新卒社員向けのチューターも辞退したようだった。誰かをからかうことや貶しめる言動を取ることもやめ、大人しく自分の仕事だけをこなすようになったそうだ。

矢神と内定式事件の話はこれで一旦終わりを告げた。

親子構想に関しても、超難関有名次第卒の勢力があまりにも強く、おばの空回りと見られるようになりつつある。

泣く泣く取り消しされたここの枝たち数名の存在も、「もったいないいい人材だった」と未だに攻め立てられる始末だ。ただ、ハラスメントに関するコンプライアンス委員会が存在している以上、内定式での彼らの振る舞いは超難関有名次第グループも庇下できなかったはずだ。

「とかげの尻尾切りのようだ」とやゆする者もいたが、誰もが蒸し返すことはしなかった。

この問題にも一区切りついた頃、大事件が起こった。

会社のパソコンがウイルス感染したと連絡が来た。どうやら外部のメールから感染したと見られる。その感染源を突き止めるようにエンジニアに依頼したところ、矢神の元に届いたメールが現凶だったことが分かる。

矢神がそのメールの添付ファイルを開いたもんだから、ネットワークを経由して会社全体のパソコンがまたたくまに感染したのだ。矢神は慌てふためきパソコンのサーバーの電源を落としてしまい、会社全体どころではなく、諸共システムダウンを招いてしまった。

どうして矢神が慌てふめくことになったのか。

エンジニアがウイルスが添付されていたメールを復元したのだが、その中身には驚くべきことが書かれていたのだ。

「私はこの会社の内定を勝ち取るために矢神先輩に10万円支払った。俺も他の3人も一緒だ。金を返せと散々言ってきたが、ずっと無視され続けてきた。最後通告だ。早く金を返せ」

なんてことだ。俺は専務とこのメールを確認して絶句した。就活活動に関してチューターが金を取っていたというのか。そこまでして超難関有名卒の勢力を固めたかったのか。

単純に矢神が利益を得るために個人的に起こしたことかもしれない。いずれにせよ、チューターを辞退して手のひらを返したように大人しくなったその態度と合致するのだ。

俺と専務が矢神に事情聴取をしようとしたら、矢神とは連絡が取れなくなってしまった。

彼に関しては数日後、退職代行業者より退職の電話連絡が入ったのだ。

そこで、ここの枝たちをそれぞれ会社に召喚して事情を聞くこととなる。もちろん彼らも悪いことをしていたことは重々承知しており、金を支払うことになった経緯は絶対に口を割らなかった。

誰もが矢神に対する恨みしか話さない。あそこまで来て就活が振り出しに戻ってしまった彼らは、未だに就職できずにいて、今ではコンビニや単発バイトで食いつないでいる。

「金を返して欲しいが、訴えたくても訴えることができない。こんな趣旨のことしか言わない」

会社の学閥が超難関有名次第卒業者を固めたいために仕組んだのか、単純に矢神が私服を肥やしたいだけだったのかは分からずじまいだ。

社長をはじめとする学閥グループは「矢神の暴走だ」と言い出し、矢神に全てを押し付けて幕引きをするつもりらしい。

「監査部の立場から言わせてもらいますが、なぜ自己都合で退職した矢神さんに給与以外の金が振り込まれているのでしょうか? 彼はまだ入社3年目で退職金をもらう権利すら持っていないはずですよ」

俺は会社の金の流れで不自然な点を見つけたので、経理部へ行って調べたところ、見払い経費の名目で矢神に20万円が振り込まれていたのだ。

「どういうこと?

10万円以上の個人宛ての送金は上層部の決済が必要よね」

俺とおばは、超難関有名次第での経理部長を攻めに攻めまくった。すると、やはり口止め料の名目で20万円を矢神に渡したようだ。

当時上層部は、学閥グループを強くするため、就活で超難関有名次第卒の学生を確保すれば矢神の昇進を検討すると伝えた。

矢神は囲い込みを行ったが、定員的にギリギリの学生数名に「10万円で会社に入れてやる」と伝え、彼らから現金を受け取ったそうだ。

懇親会の時にここの枝たちが「成功法」と何度も言っていた意味がようやくわかった。彼らは成功法ではない形で内定を勝ち取ったからこそ、自分たちを正当化させるために「成功法」という言葉を連呼していたのだ。

矢神は彼らからもらった金を懐に入れ、会社からもリベートを受け取っていた。矢神は彼らを手なずければ学閥グループの隆盛が見えていたのだが、ゴミ箱座席事件で矢神は罪を被らず、彼らに押し付けてしまった。

「矢神先輩、さすがにまずいっすよ」

「大丈夫大丈夫。君たちには同窓の大先輩がついているし。こんなの軽い余興だよ」

「余興? 」

「毎年内定者の誰かがゴミ箱座席に座るんだ。その役を高卒になってもらうんだよ。それなのに俺は止めたんすよ。そう一言社員に告げた」

10万円支払ったのに内定取り消しかよ。ここの枝は会社に駆け込んで訴えたが、会社側はもう入社は終わったとして跳ねつけたらしい。会社に訴えても無駄だと分かり、ここの枝たちは攻撃対象を矢神に変えたというわけだ。

ここの枝たちはワイロを渡した側なので、訴えることはできない。

一方で、矢神が「高卒」と馬鹿にしていた対象は、ハードバーグ大学卒で格上の証券会社からの第2新卒で監査部配属と分かる。結局、態度を変えた矢神がパニックを起こしてここに至るという真相が分かった。

これに逆上したおばは、会社問題に詳しい弁護士を雇って、父親を中心とした学閥グループを解体させてしまった。この行動力の速さは俺でもびっくりするほどだった。

それに、新入社員を巡る増収事件があったと週刊誌にリークし、その後警察が動いたことで社長を退任させることに成功したのだ。

こうなれば、この商社はおばの一人下だ。

おばの川ほは社長に就任し、卒業した大学などに関係なく働ける新しい会社風土を生み出すべく奔走し始めた。

「ちょっと待ってよ。サト君、会社やめちゃうって本当? あなたのために監査部長か専務の席を開けていたのよ」

「俺がこの会社に残ったら、おばとおいっていう関係だけではなく、ハードバーグ大卒という学閥が残ってしまうじゃないですか。俺の使命は祖父さんの社長退任で終わっていますしね」

「でも、あなたの力が欲しいわ」

「そう言ってくれるのはありがたいですが、前職場の証券会社から戻ってきて欲しいと言われたので戻ります」

俺はおばが満足する姿を見てそれで終わったと思った。だからおばの会社を辞め、元の職場に復帰することにしたのだ。

半年ほどの転職だったが、いい経験だった。そう思うことにしたい。