「あなたはもう必要ない」婚約者だった男に捨てられ、リストラまでされた私は、人間不信のまま山奥の一軒家に逃げ込んだ。誰とも関わらず、絵だけを描いて暮らす毎日。そんなある夕方、庭から小さな声が聞こえたんだ。現れたのは、泥だらけの双子の幼い子供たち。彼らに手を引かれていくと、車の中で倒れている父親が……。そして、なぜか始まった見知らぬ親子との同居生活。最初は戸惑うだけだったのに、彼らの笑い声が家に…

「あなたはもう必要ない」婚約者だった男に捨てられ、リストラまでされた私は、人間不信のまま山奥の一軒家に逃げ込んだ。誰とも関わらず、絵だけを描いて暮らす毎日。そんなある夕方、庭から小さな声が聞こえたんだ。現れたのは、泥だらけの双子の幼い子供たち。彼らに手を引かれていくと、車の中で倒れている父親が……。そして、なぜか始まった見知らぬ親子との同居生活。最初は戸惑うだけだったのに、彼らの笑い声が家に...

「あなたはもう必要ない。代わりなんて、いくらでもいるから」
かつて婚約者だった男性から、そんな言葉を突きつけられた。浮気されたことよりも、存在を否定されたことが、何よりも胸をえぐった。私は人を信じられなくなり、リストラも重なって、山奥の小さな家へ逃げ込んだ。
あれから2年。33歳になった私は、村人ともほとんど関わらず、アトリエと化した家の半分で、絵を描く日々を送っていた。孤独は感じていたが、それが心地よかったはずだった。ただ、貯金は減り続け、このままでいいのかと、漠然とした不安だけが募っていく。綺麗な夕焼け空を見ながら、縁側でカップ麺を食べていると、突然、庭の茂みから物音がした。
「パパを助けて」
現れたのは、泥だらけの小さな双子だった。彼らに手を引かれ、山道を歩いていくと、車の中で倒れている父親を見つけた。極度の過労と睡眠不足で意識を失っただけと分かり、私は彼を家に運び、子供たちには温かい食事を用意した。何もかもに疲れ果て、人生を悲観していた私の前に、突然、幼い命の輝きが現れたのだ。それは、パレットの上で混ざり合ったばかりの、まだ何色にも染まっていない、唯一無二の輝く光のように見えた。

翌朝、目を覚ました父親は、相田A太郎と名乗った。妻を病気で亡くしたシングルファザーで、子供たちを連れて、この山の麓にある実家へ引っ越す途中だったという。彼の母親から、夫の入院と自身の年齢を理由に、しばらく迎えに来られないと聞いた私は、なぜか「しばらく、いてもらっても大丈夫ですよ」と言っていた。人間不信で、誰かと関わるのが怖いはずなのに、目の前の親子を見捨てられなかった。
こうして、奇妙な同居生活が始まった。最初は戸惑うばかりだったが、無口で泣き虫な男の子の秋斗と、活発でおしゃべりな女の子の小春に、私はすぐに振り回されることになる。アトリエは彼らの遊び場になり、絵の具だらけの手でキャンバスを汚しながら、彼らの笑い声が家に満ちた。私は自分がこんなにも笑える人間だったのかと驚いた。闇に囚われていたはずの心に、いつの間にか、カラフルな色が広がっていくのを感じた。

2週間後、彼らは迎えに来た祖父と共に、実家へ帰っていった。静寂が戻った家で、私は確かに感じていた。あの騒がしい日々が、どれほど尊いものだったかを。そして、自分はもう、昔のようには戻れないことを。
私はスマホを取り出し、あの時断った小学校に電話をかけていた。「以前のお話、まだ引き受けていただけますか」
それから半年後、私は村の小学校で、月に一度の美術の外部講師を始めた。最初は不安だったが、子供たちと絵を描く時間は、想像以上に楽しく、私の心を満たしていった。村人たちの噂話も、私が仕事を頑張っている姿を見て、いつの間にか消えていた。

そして、ある日。双子が山で遭難したとの知らせが入った。置き手紙には、「天国のママに会いに山に行ってくる」と書いてあった。亡き妻が恋しいのだと、皆が思った。私も、そしてA太郎も、必死に山を探し回った。暗い夜の山に、恐怖が押し寄せる。しかし、私はある光を見つけた。それは、小さな蛍の光だった。その光を追っていくと、川辺で寄り添うように眠っている双子を見つけたのだ。
「パパ! 」
2人は無事だった。安堵の涙を流すA太郎を見て、私も胸を撫で下ろした。後日、なぜ母に会いに行きたかったのかとA太郎が尋ねると、双子はこう答えた。
「ママにお願いしたかったの。ゆうちゃんをママにしてもいいですかって」
その言葉に、皆が息を飲んだ。小春と秋斗は、私の元に駆け寄り、涙ながらに訴える。
「ゆうちゃん、ママになってよ」
「僕らも、ゆうちゃんにママになってほしい」
私は、自分が押し込めていた本当の気持ちに気づいた。ずっと、この子たちの母親になりたいと思っていたのだ。でも、叶わないと思っていた。この体じゃ、子供を産めないから。それに、A太郎には、忘れられない亡き妻がいると思っていたから。
「違うの。私、嬉しくて……。私も、あなたたちの母親になれたらいいなって、ずっと思ってた」
そう言うと、A太郎が膝をつき、私の目を見て言った。
「僕は、あなたにずっと惹かれていました。あなたが1人の女性として好きです。小春と秋斗の母親、そして、僕の妻になってくれませんか」
涙で視界が歪む。私は、ただ頷くことしかできなかった。3年前、絵が好きだと優しく言ってくれた彼に、私はもう、とっくに恋をしていたのだ。

それから3ヶ月後、私はA太郎と結婚した。病気のことも、すべて伝えた。彼はただ、優しく受け止めてくれた。
あれから1年。私は今でも、山奥のアトリエで絵を描き、村の小学校で子供たちに絵を教えている。ある日、都会への通院の帰り、電車の中で偶然、かつての同僚だったみおに出会った。彼女は、私の元婚約者と離婚したのだと言った。彼は会社を傾け、若い女性デザイナーと問題を起こし、今では退社しているという。
「当時は本当にすみませんでした」
頭を下げるみおに、私は心から言えた。
「もう、いいよ」
今の私は、孤独に怯えていたあの頃とは違う。愛する家族がいて、自分を必要としてくれる場所がある。黒だと思っていた闇の中にも、たくさんの色が隠れている。そう教えてくれたのは、あの双子たちだった。

キッチンでは、A太郎が珍しく料理に挑戦して、肉を焦がしていた。
「大丈夫。黒は怖くない色だよ」
小春が慰めると、秋斗が付け加える。
「怖くないけど、まずそうな色だよ」
そのやり取りに、私は思わず笑ってしまう。そして、心の中で思う。孤独に怯えていた私の人生は、今、こんなにもカラフルに満ちているのだと。

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