「お嬢様、あの家にだけは決して嫁いではなりませぬ」
縁談が持ち上がったその日、幼い下女は主の娘の前に立ちはだかりそう申し上げました。相手は村一番の金持ちとして知られる家柄で、誰もが羨む縁談でありました。娘の父はその家の恩義と長年の付き合いがございました。それゆえ断ることなど誰も考えなかったのでございます。
結局その縁談は娘ではなく義理の妹の元へと流れていきました。それから間もなく、今度は貧しい老人の家から縁談が舞い込みました。誰も縁談とは思わぬ貧しい家柄でございました。ところが下女は娘の手をしっかりと握り、こう申しました。
「お嬢様、こちらばかりは必ずこの家へお越し入れなさいませ」
なぜ富める家を止め、貧しき家を進めたのか、この時誰一人知るよしもございませんでした。下女の一言が、二人の娘の運命をまるで異なる道へ分けることになろうとは。
昔、下の国桜の浄下から少し離れたある村に屋敷がございました。裏手には梨畑が広がり、春には白い花が一面に咲き誇りました。その屋敷には情け深い人柄で知られる主の軽ブ郎と、一人娘のオリンが暮らしておりました。軽ブ郎は困った者が訪ねてくれば、倉の米を分け与えるほど心の熱い人物でした。
ある年、村で不作の悪い年がございましたが、軽ブ郎は倉の米を惜しみなく分け与え、飢える者を一人も出さなかったと申します。村の者たちは「倉の中身よりも、主様のお心が何よりありがたい」と申しておりました。
村の暮らしは四季の巡りと共にございました。春には裏の梨畑が白く染まり、夏には青々とした稲が広がり、秋には黄金色の稲穂が頭を垂れ、冬には囲炉裏を囲んで長い夜を過ごすのでございます。軽ブ郎はそうした村の巡りを大切にし、田植えの日には自ら鍬を取り、収穫の時には百姓たちと共に汗を流すこともございました。
「主様が自ら田に入られるとは」
村の者たちは驚きながらも、その姿を誇りに思っておったのでございます。
オリンが母を亡くしたのは、オリンが十になる年の春でした。梨の花が咲き乱れた日のことです。それより後、オリンは咲き白い花を長く見つめることができなくなりました。花を見れば母が思い出され、胸が締めつけられたのです。
軽ブ郎は幼い娘をいつも気にかけておりました。朝ごとに髪を梳いてやりましたが、慣れぬ手つきでしばしば引っかかりました。祭りの立つ日にはおもちゃを買い求めてはオリンの手に握らせました。オリンも父の前では悲しい顔を見せぬよう、膳を囲めば笑って語り、軽ブ郎が裁縫をすれば傍らに座って針仕事をいたしました。
しかし夜が更けると、母の残した縫い針の缶差しを取り出し、しばらくの間じっと見つめるのが常でした。その姿を偶然目にした軽ブ郎は胸が重くなりました。どれほど心を尽くしても、自分一人では亡き妻の代わりを務められぬと思ったのでございます。
オリンは幼い頃、母から機織りの手ほどきを受けておりました。母は機織り台の前でオリンを膝に乗せ、糸のかけ方を一から教えてくれたのでございます。
「焦らずとも良い。糸は正直なものじゃ。心を込めれば、その通りに答えてくれる」
オリンは母のその言葉を長く胸に留めておりました。
その頃、シ野という女が軽の前に現れました。シ野は連れ合いをなくし、娘のおえと暮らしておりました。近隣の村から越してきて日も浅うございましたが、容姿が整い、話しぶりも柔らかで、たちまち人々の心を掴みました。相手の話をせかさず最後まで耳を傾ける気質は、初めて会う者にも心を開かせるものでございました。
シ野はことにオリンへ心を配りました。初めて屋敷を訪ねた日、色糸の束と小さな針入れを差し出し、「オリン様は針仕事がお好きだと伺いました」と申しました。オリンは父の顔を窺い、頷くのを見て両手で受け取りました。シ野はオリンの傍らに座り、亡き母の話を尋ねました。オリンは初め言葉少なでございましたが、シ野がせかさず待つうちに、少しずつ心を開いていったのでございます。
おえもオリンになつき、「姉様」と呼んで、よく一緒に遊びました。オリンが読み聞かせをすれば傍らに座って耳を傾け、梨畑を歩いて果実を口に置いたこともございました。手をつないで梨畑を歩く二人の姿に、軽ブ郎の顔にも自然と笑みが浮かびました。母を亡くしてより滅多に笑わなくなった娘が、おえと一緒にいる時ばかりは寂しさを忘れるように見えたのでございます。
村の者たちの間では、軽ブ郎の後添いについて様々な噂が飛びかいました。「よき後妻を迎えられて何よりじゃ」と喜ぶ者もあれば、「よそから来た女の心の内までは分からぬものじゃ」と密かに囁く者もございました。しかしそうした声も、シ野の穏やかな物腰の前ではいつしか静まっていったのでございます。
やがて軽ブ郎はシ野を後妻に迎えました。婚礼はさやかに取り行われましたが、屋敷には久々に笑い声が戻りました。シ野は初めのうちオリンを気遣っておりました。朝には顔色を窺い、夕餉には好物をそっと膳に加え、肌寒くなれば湯を熱く入れた茶までこさえてくれました。
「おっか様」
オリンが初めてそう呼んだ時、シ野は優しげに笑ったのでございます。その様子を見た軽ブ郎は、娘に新しい親ができたと信じて疑いませんでした。
しかし誰も見ておらぬところでは、シ野はまるで異なる顔を見せておりました。家事になれると、少しずつ度々で入りし、穀物の量よりも金のありかをより注意深く見て回っておりました。軽ブ郎が外出する日には、田畑の証文がいずれの箱に納められておるかまで確かめておったのでございます。
ある日、おえが証文を改めるシ野を見つけました。
「母様、何をご覧になっておいでですか?」
シ野は証文を閉じ、おえを呼びました。
「この屋敷で見聞きしたことを、むやみに口にしてはならぬ」
「オリン様にも申してはならぬのですか?」
「特にオリンの前では口を慎しまねばならぬ」
おえはわけがわからぬまま頷きました。おえの胸には、「この屋敷は本来自分たち母子のものだ」という思いが、シ野の言葉のたびに少しずつ根を張っていきました。姉とした慕う気持ちとその言葉への戸惑いが、おえの中で日に日に攻め合うようになったのです。
ある日、軽ブ郎はオリンを膝元に呼び、「そなたが嫁ぐには、母の縫い針の缶差しを紙に包んで差し上げたいものじゃ」と申しました。オリンは頬を染めながら頷き、「それまでは大切にしまっておきます」と答えたのでございます。父娘のそうした穏やかな語らいは幾度となく繰り返され、オリンにとって掛け替えのない時であったのでございます。
その年の晩秋、軽ブ郎は胸を病み伏せるようになりました。元より若い頃から胸が弱く、季節の変わり目には度々咳込む質でございました。しかしその年の咳はいつになく長引き、幾日も経たぬうちに一人で身を起こすことすら難しくなったのでございます。医者が幾度も通い様々な薬を試みましたが、一向に効き目は見えませんでした。
オリンはほとんど父の部屋を離れず、夜が明けぬうちから額に冷たい手拭いを乗せ、昼は薬の煎じ時を逃さぬよう火加減を見張っておりました。食事を抜く日もありましたが、父の前では明るく振る舞ったのでございます。
シ野も近隣の見舞い客には夫を案ずる妻のごとく振る舞い、目元を拭いながら「与右衛門が眠れずにおります」と語りました。その心配の深さに、近隣の者たちは口々に感心しておったのでございます。
しかし人が帰り戸が閉じると、シ野の顔つきはたちまち変わりました。シ野は若い頃より、自らの行末について密かに算段を巡らせておりました。軽ブ郎の病状が重くなるにつれ、その算段はいよいよ現実味を帯びていったのでございます。
シ野は軽ブ郎が眠る隙を見計らい、裁縫の間から田畑の証文と印鑑を持ち出しました。それを手のひらに乗せしばし眺めた後、あらかじめ用意していた薄紙の証文に筆跡を描きつけ、迷いなく印を押したのでございます。指先はいささかも震えておりませんでした。
その冬、軽ブ郎はとうとう息を引き取りました。最後の息までオリンの手をしっかりと握っておりました。何の言葉も残すことはできませんでしたが、娘を残していく思いはその指先を通して確かに伝わってきたのでございます。
「お父様、どうか目をお開けください」
オリンは冷たくなっていく手を離すことができませんでした。葬儀が終わり、弔問の客が帰った後、屋敷には静けさだけが残りました。
葬儀を終えて三日目、シ野はオリンの部屋にあった針物や仕事の道具をことごとく運び出させ、その後にはおえの荷物と衣装箱を運び込みました。
「これよりこの部屋はおえが使う。そなたは裏手の機織り小屋へ参れ」
オリンは何も言えぬまま、古びた機織り小屋へと移りました。長らく使われておらなんだせいで埃が積もり、破れた障子の隙間からは冷たい風が忍び込んでおりました。それでもオリンは心まで折れることはございませんでした。父が生きておればきっとこうは望まれまい。その思いだけを胸に、日々の労苦に耐えておったのでございます。遠くで泣く鳥の声だけが、静かな朝の空気に響いておりました。
翌朝からシ野はオリンに家事の全てを言いつけました。掃除、井戸の水汲み、洗濯、機織り。日が登る前から動き回り、霜の降りた井戸端で水を汲み、手がかじかんで麻の縄を取り落とすこともございました。指先は荒れ、手のひらには硬い豆ができましたが、休む間はございませんでした。
おえもいつしかオリンを下働きのように扱うようになり、友を招く日にはオリンを呼びつけて茶を運ばせました。
「うちの家の下働きでございます」
おえがそう紹介しても、オリンは何ひとつ言い返すことができませんでした。ある日、おえは自らが着崩した小袖をオリンに投げてよこし、「この襟が曲がっておるではないか。縫い直しておくれ」と申しました。オリンは黙ってそれを受け取り、夜更けまでかけて丁寧に縫い直したのでございます。
シ野はオリンの織った布を町で売り、その金でおえには簪や装束を買い求めたのでございます。その日以来、村の者たちの間でもオリンの身の上を気の毒に思う声が幾度となく囁かれるようになったのでございます。
それから六年の月日が流れ、オリンが十六になった頃のことでございました。冷たい風の吹き込む機織り小屋で、オリンはいくつもの季節を折り重ねてまいりました。幼き日に母から教わった糸のかけ方を頼りに腕を磨き、布の目を細かく詰める技も身につけ、オリンの織る布はいつでも評判となっておりました。旅の商人が「この村で一番丈夫な布はオリン殿の手によるものじゃ」と客に語ることもあったと申します。
シ野はその布を勝手に持ち出しては売り払い、金の大方をおえの衣装や自らの装飾品に費やしておりました。おえも六年のうちにすっかり大人びた顔つきとなり、幼き日に姉と慕った心は薄れ、「この屋敷は本来自分たち母子のものであったはず」というシ野の言葉だけがその胸のうちでくすぶり続けておったのでございます。
オリンは日々の労苦に追われながらも、人を恨むより己にできることを黙々と果たす道を選んでおりました。
ある日、オリンはシ野の言いつけで布を町へ運びました。旅の問屋に布を渡し、受け取った金を懐に納め、急ぎ屋敷へ戻ろうとしたのでございます。問屋の裏手の細道に、年若い娘が一人倒れておりました。まだ十二か十三ほどに見えましたが、髪は乱れ、疲れで骨が浮くほど痩せ、息も細く絶え絶えでございました。行き交う人々はその娘をちらりと見ては「迂闊に手を出せば面倒なことになりかねぬ」とつぶやき、そのまま通り過ぎていきました。
オリンはしばし足を止めました。屋敷へ戻るのが遅くなればシ野が黙っておらぬことは分かっておりました。それでも倒れた娘を見捨てて立ち去ることはできなかったのでございます。オリンは娘を背負い、機織り小屋へ連れ帰りました。手元に残っておった水で唇を潤ませ、自らの夕餉にとっておいた麦飯を器に取り、少しずつほぐして与えると、娘はようやく目を開けたのでございます。
「名は何と申す?」
「お瀬と申します」
お瀬は両親を早くに亡くし、あちこちの商家で使い走りをしながら食いつないでおりましたが、幾日も仕事にありつけず倒れたのでございます。シ野はお瀬を見て眉を潜めましたが、「この子の食いは自ら働いて稼がせよう」と条件をつけ、しぶしぶ置くことを許しました。
お瀬は三日ほどでようやく起き上がれるようになり、まだ足に力が戻らぬうちから、オリンが糸を運べば小さな木片を抱え、機台に座れば傍らで糸を送りました。
「まだ養生しておらぬのだから、休むが良い」
オリンが申しても、お瀬は「命を助けていただいたのに、どうして寝てばかりおられましょうか」と首を横に振りました。痩せながらも目端が利き、商家で培った勘の良さもあって、お瀬は次第にオリンの大きな助けとなっていったのでございます。
ある日、お瀬はオリンに訪ねました。
「お嬢様は、誠にこの屋敷のご実子でございますか?」
オリンは手を止め、「父が亡くなってより全てが変わってしまった。それでも私が身を置ける場所はここより他にない」と静かに答えました。お瀬はその言葉に胸を痛めたのでございます。実の娘であるオリンが機織り小屋で働き布を織り、シ野がその布を売った金で着飾っておることを、お瀬は日ごとにはっきりと悟っていったのでございました。
お瀬は商家を渡り歩いてきただけあって、品や人を見る目にもたけておりました。穀物の目方を手で量り、布の色合いと織りだけでおよその値段を言い当てることもできたのでございます。シ野がオリンの織った布を町で売り帰ってくる日には、お瀬は残った金や新しく買われた品を注意深く見ておりました。布の代金の大方がおえの装飾品に使われることも、時期に気づいてしまったのでございます。
オリンが町へ布を運ぶ日にはお瀬も共についていくようになり、いつしか旅の問屋の主人とも顔馴染みになりました。目方をごまかされそうになれば、お瀬がすかさず正しい値を言い当てて見せることもございました。そうした商家での経験が、後にお瀬の身を助けることとなるのでございます。
軽ブ郎と桐家の当主は、若い頃からの付き合いでございました。共に村の寄り合いに出ては米の値段について語り合い、時には酒を酌み交わす仲でもございました。身分こそ異なれど、互いの人柄を認め合う稀な間柄であったと申します。軽ブ郎が亡くなった後も桐家の当主はその縁を忘れず、「いつか娘御は桐家の嫁にと」心に留めておったのでございます。
そうしたある朝、門の外から駆け足の音が聞こえたかと思うと、身なりの整った中年の仲介人が屋敷へ入ってまいりました。シ野はいつになく自ら門先まで出て客を出迎えたのでございます。
「軽ブ郎様がご存命のおり、桐流家の当主とかわされたお約束を、当家は今もお忘れではございません。軽ブ郎様のご息女を、当家の嫁にと望んでおいでです」
シ野の目つきが変わりました。桐家は苗字帯刀を許された豪商の家柄で、高い塀の奥には瓦屋根が幾重にも連なり、抱える畑もまた広大でございました。村で桐流家に逆らおうとする者はほとんどおりませんでした。シ野は喜びを隠しつつ「後日返事をすると」告げました。おえがこの家から良きところへ嫁げば、自らの立場もまた盤石になろう。シ野はそればかりを考えておったのでございます。
最も、桐家の者は幼い頃のオリンを一度見たきりで、その顔をはっきりとは覚えておりませんでした。縁談のやり取りも全てシ野を通しており、オリンが顔を合わせる機会はこれまで一度もなかったのでございます。
屋敷のうちではこの縁談の噂がたちまち広まりました。奉公人たちも「桐様との縁とあらば、この家の格も一段と上がろう」と口にし合ったのでございます。お瀬は桐家の傲慢な噂が気にかかり、翌日町へ出て桐家の噂を探ってまいりました。商家や旅籠を巡り耳を済ますと、芳しからぬ噂が次々に耳へ届きました。若様は学問よりも酒と博打を好み、怒れば家中の者に物を投げつけ、長く務め上げる奉公人は珍しいという話でございました。
シ野もまた桐家についての同じ噂を、町で聞き及んでおったのでございます。しかしシ野は「桐家の信用と格式の前では、そうした噂など取るに足らぬもの」と切り捨てておりました。逃してなるものか。シ野の心にあったのはそれだけでございました。
お瀬はオリンに「桐家にはあまり良くない噂がございます」と一度だけ伝えました。しかしオリンは「父上と桐家様の縁でございます。一度はこの目で確かめとうございます」と答えました。お瀬はそれ以上、無理に止めることができなかったのでございます。
遠方への挨拶の日が近づき、オリンは古びた包みから母の縫い針の缶差しを取り出し、自ら織った布で仕立てた小袖の襟と袖を整え直しました。華やかとは言えぬながらも、丁寧な仕立てでございました。お瀬はその様子を眺めるうち、胸騒ぎを抑えられなくなりました。桐家の傲慢な顔つきと、町で耳にした噂が頭から離れなかったのでございます。
オリンが顔を洗う水を汲みに井戸で手を洗っている隙に、お瀬は家の中へ入り込み、小袖と缶差しの包みを水瓶の裏の奥深くに隠してしまいました。ちょうどその時、廊下の向こうからおえの足音が近づいてまいりました。お瀬はとっさに角の戸棚の前で埃を払うふりをいたしました。おえは台所を一度覗き込みましたが、それ以上は気にも止めず、そのまま通り過ぎていったのでございます。お瀬は胸を撫で下ろしながらも、指先の震えが止まりませんでした。
しばらくしてオリンが戻ると、お瀬は努めて何気ない顔で「奥様が水車小屋へ行けと仰せです」と告げました。オリンは方々を探しましたが包みは見当たらず、刻限ばかりが過ぎていきました。とうとうオリンはやむなく、普段の藍染めの小袖のまま、穀物の袋を背負って水車小屋へ向かったのでございます。
オリンが出かけた後、おえはシ野に「桐様との約束の刻限が迫っております。姉様が戻れねば、お流れになりましょう」と告げました。しばしの沈黙の後、シ野の口元に薄い笑みが浮かびました。
「それならば、おえが代わりに行かせよう」
おえは初め戸惑いましたが、桐家の華やかな暮らしを思い描くと、それ以上は問い返さなくなりました。おえはシ野に教えられた通り、オリンの年齢やオリンの母の在りし日を暗記し、より上等な絹の小袖をまとって桐家へ向かいました。
桐家では、若様が道を譲れなかった下女に逆上して物を投げつける様子を、おえは目の当たりにいたしました。それでも縁はその場で決まり、桐家の家族はおえを軽ブ郎の実の娘と信じ込んだまま、婚礼の日を定めたのでございます。
オリンが水車小屋から戻ると、シ野は「おえが代わりに嫁ぐことになった」と素気なく告げました。オリンは台所へ向かい、水瓶の裏で傷一つない包みを見つけました。お瀬の目が伏せられるのを見て、オリンにはおよそのことが分かったのでございます。それでもお瀬が自ら口を開くまでは問うまいと、オリンは心に決めました。
村の女たちは婚礼の支度を遠巻きに眺めながら「桐家へ嫁ぐとはなんと幸せなことじゃ」と羨む声を漏らしておりました。しかしその声を、機織り小屋のオリンが耳にすることはございませんでした。
おえが桐流家へ嫁ぐ門前には、見物の人が群れました。絹の帳を巡らせた輿の前後には下女が列をなし、花の飾りが風に揺れておりました。シ野は手拭いで目元を拭いながら「良き家柄に嫁がせる故、思い残すことはございませぬ」と娘を見送りました。周囲の者たちは、娘を送り出す母の情の深さに口々に感心しておりました。
オリンはその場に姿を見せませんでした。輿が門を出る音と人々の祝いの声が庭中に満ちておりましたが、オリンは機織り小屋で布を織り続け、手を止めることはなかったのでございます。
おえが去った後もオリンの境遇は変わりませんでした。むしろシ野は桐家と縁続きになったことを盾に、いよいよ勢いを増していったのでございます。
その秋のある朝、門の外に人の気配がしたかと思うと、年配の女が一人、門先へ入ってまいりました。古びた小袖をまとってはおりましたが、身なりは清潔に整えられ、腰はいくぶん曲がっておりましたが、足取りは確かでございました。
「まず隣人の家より参りました。こちらのご息女に申し上げたく参りました」
シ野は貧しき家と聞いて渋い顔をしました。
「うちは桐家とも縁を結んだ家じゃ。尋ねる先を間違えておるのではないか」
女は静かに「軽ブ郎様のご息女がもう一人おいでと伺いました」と申しました。シ野はオリンを厄介払いする気になり、しぶしぶ女を奥の間に迎えました。
オリンは台所へ入り、客へ出せるものを探しましたが、これといったものはございませんでした。ちょうど竈の上に温めてあった麦湯を碗に注ぎ、女の前へ差し出しました。
「お出しできるものがこれのみで申し訳ございませぬ」
女は両手で碗を受け取り、「遠い道を歩いてまいりましたゆえ、麦湯の一碗が何よりありがたく存じます」と、急ぐ風もなくゆっくりとすすりました。女はオリンに尋ねました。
「もし貧しき家と嫁いでも、暮らしが苦しいようなことがあれば、そなたはいかがなさる?」
オリンはしばし考えてから、「手業がございます。機織り針を持てば何とかなりましょう。家の者どもが互いに労わり合わぬ限り、辛い仕事も耐えられるものでございます」と落ち着いて答えました。
女はさらに「夫が長らく望みを遂げられず、気を落とすようなことがあれば」と尋ねました。オリンは「心志しを捨てぬ限り、傍らに寄り添い続けます。正しく知恵だけで待つはございませぬ。私にできることをしながら、共に支え続ける所存でございます」と答えました。
女はしばしオリンを見つめてから「良きお話を伺いました。家に戻り相談の上、改めて参りましょう」と告げて帰ったのでございます。
その晩、お瀬はオリンに「こ度は私もこの縁談をお受けなさるが良いと存じます。貧しさと心の凄みは別のものでございます。今日のお方は私たちを見下しませんでした。そのようなお方が身を置く家であれば、少なくとも人を粗末には扱いまい」と言い添えました。オリンも同じ思いを抱いており、幾日か後、縁談を受け入れることにしたのでございます。
婚礼の道は遠くありませんでした。低い山を越え、小川を渡ると、古びた茅葺き屋根の屋敷が見えてまいりました。壁は所々崩れかけておりましたが、庭は掃き清められ、蔵の脇には柿の木が一本立ち、色づいた実が枝いっぱいに実っておりました。
オリンとお瀬が庭先へ入りますと、部屋の戸が開き、出てきたのはあの縁談を伝えに来た女でございました。
「遠慮は無用。私は直の実の母、冬と申します」
オリンはあまりのことにしばし言葉を失いました。
「嫁となる者を他人の噂だけで決めるわけにはいかぬ故、自ら確かめに参ったのじゃ。麦湯を差し出してくれたのがありがたかったのではない。持てるものが少なくとも、客人を手酷く扱おうとせなんだ。その心がありがたかったのじゃ」
冬はオリンの手をそっと握りました。ほどなく奥から、夫となる直の実も姿を現し、「遠路お疲れでございましたろう」と丁寧に労い、続いてお瀬にも同じように労いを尽くしたのでございます。
その夜の膳の前には味噌汁と里芋の煮物ばかりが並びましたが、冬はオリンとお瀬を同じ席に招きました。
「私は台所でいただきます」
お瀬がためらうと、冬は「遠い道を共に来たなら、身内も同然じゃ。座って共に食べるが良い」と申しました。オリンは温かな飯を口にしながら、機織り小屋で冷えた飯を食べ、周りの目を気にしながら箸を取っておった日々を思い出し、久方ぶりに安らいだ心持ちになったのでございます。
冬も近隣の者たちより「器量の良い嫁を貰われたものじゃ」と幾度も声をかけられておりました。暮らしは楽ではありませんでしたが、誰も仕事を押し付け合うことはございませんでした。朝になれば冬がまず台所へ入って火を起こし、オリンは傍らに座って焚き付けを整えました。二人は手を動かしながら一日の仕事を語り合うのが常でございました。冬はオリンの良き見分け方や商家での値段の付け方を、懇切丁寧に教えてくれました。
「遠慮は無用じゃ。家のうちのことは皆で分かち合うてこそ回るものじゃ」
冬はそう言っておりました。直の実は昼には畑に水を撒き、田んぼを耕やし、日が暮れれば灯りの元で書を開きました。学問を志して久しゅうございましたが、働きに出る日々に、これまで幾度も試験を受ける場に赴くことすらできぬままでおったのでございます。それでも直の実は志しを捨てようとはいたしませんでした。
オリンは油を惜しみながらともしびを灯し、直の実が学ぶには欠かさず火を絶やしませんでした。オリンは夜更けに書見を続ける直の実の姿を、機織り台の影からそっと見やることがございました。貧しさに負けず学びを重ねる背中に、いつしか敬う心が芽生えておったのでございます。直の実もまた、疲れも見せずに布を織り続けるオリンの姿を、感謝のまなざしで見つめておりました。多くを語らずとも、互いを思いやる心は日々の暮らしの中で静かに深まっていったのでございます。
お瀬は町で品を求め、冬は家事を切り盛りしながら、三人で直の実を支えたのでございます。長らく機織り台の前で磨いた腕前ゆえ、オリンの織る布は町でも評判がよろしゅうございました。目が細かく丈夫で、他の布より先に売れていったのでございます。
小旅の試験は直の実にとって、数年ぶりに巡ってきた大切な機会でございました。及第すれば役人として召し抱えられ、貧しい暮らしにも光が差します。しかしこれを逃がせば、再び道筋を整えるまで幾星霜を待たねばならぬかわかりません。オリンも冬もそのことをよく承知しており、支度をして送り出そうと心を尽くしたのでございます。
試験を十日ほど控えた夜、天の底が抜けたかのごとく激しい雨が降りしきりました。翌朝、町で手に入れた落瀬が息を切らして駆け込み、「川にかかる橋が流された」と告げました。橋がなくば山道を大きく回らねばならず、歩みでは刻限に間に合いません。馬を借りねばなりませんでしたが、家にはそれだけの金がございませんでした。
直の実はしばらく黙り込んだ後、「こ度の試験は諦めねばなるまい。また次の機会を待とう」と低い声で申しました。座敷はしんと静まりました。
その時、オリンが立ち上がり、古びた包みから母の縫い針の缶差しを取り出しました。
「大切な品なればこそ、用いる時を逃してはなりませぬ。これがあなた様の行く道を開くことができるならば、それこそ私の役目を果たしたことになりましょう」
直の実はしばし言葉を失いましたが、冬も「オリンの申す通りじゃ。この機を逃せば悔いが残ろう」と申しました。お瀬は夜明け前より町へ駆け出し、塩売りたちから崩れた橋を避ける道筋を聞き出しました。冬は直の実の羽織りを仕立て直し、オリンは缶差しを直の実に預けて道中を整えたのでございます。
出立の朝、冬は仕立て直したばかりの羽織りを直の実の肩にかけ、お瀬は道筋を描いた紙を直の実の懐にしっかりと納め、オリンは何も言わず、ただ直の実の手を一時に握ってから静かに話しました。直の実は三人に深く頭を下げると、「必ず良き知らせを持ち帰ります」と告げ、皆に見送られながら馬にまたがって出立したのでございます。
道中、塩売りの教えた川に差しかかると、昨夜までの雨で水量は増しており、濁った水が岩肌を叩き、白い泡が立っておりました。馬は水音に驚いて足を止めようといたしましたが、直の実は手綱を強く握り、一歩ずつ川へ踏み入れました。中ほどまで進んだところで馬の足が滑り、体が大きく傾ぎました。直の実は冷たい水が腰まで押し寄せる中、なんとか持ちこたえて対岸へ渡り切ったのでございます。濡れた羽織りのまま、直の実は改めて気を引き締め、桜の浄化を目指して山道を急ぎました。
直の実が立ってからというもの、屋敷は再び静けさに包まれました。冬は日に幾度も湯を沸かし、オリンは案じる心を紛らわすように機織り台の前で布を織り続けました。お瀬も日々出ては、浄化から便りが届いておらぬか訪ねて回りました。
やがて直の実が立ってから二十日ほどが過ぎたある朝、町から来た使いの者が「直の実殿は役人の筆頭に記されていた」と聞いたお瀬は、息を切らして屋敷へ駆け戻りました。
「奥様、お嬢様、直の実様が見事に及第なされました」
オリンは缶差しを包んでいた空の包みを両手で抱きしめ、声も出せぬまま涙を流しました。冬も井戸端に膝を折り、手で口を覆い、長らく堪えていた涙を流したのでございます。村の者たちも「直の実様のご出世は日頃の心がけの賜物じゃ」と口に語り合いました。
かつてオリンを哀れんでおった者たちも、今ではその強さを称えるようになったのでございます。直の実は役人として召し抱えられ、新たな羽織りが届き、以前よりも広い屋敷へ移り住むこととなりました。門前で頭を下げる者も日ごとに増えてまいりました。しかしオリンは奢ることなく、良き衣をまとうようになった後も機織り台を手放さず、困った隣人がおれば自ら織った布を分け与えました。
お瀬も文字と算術を学び、商家で鍛えた目利きも相まって、家の帳面と品の売り買いを任されるようになりましたが、胸のうちには未だあの日の嘘を打ち明けられぬ重さが残っていたのでございます。
一方、桐家へ嫁いだおえの暮らしは、幾月と経たぬうちに暗転しました。夫はほどなく酒と博打にのめり込み、幾日も家を開けるようになりました。借金が積み重なるにつれ、桐家の姑の怒りはおえへ向けられ、「親の家が豊かだと聞いておったのに、これしか持って来なかったのか」と攻め立てられる日が続きました。おえは朝の挨拶から客の膳の支度までを任され、御飯は下女たちの膳へ先に回され、自らは残り物で食を済ませました。
ある日、姑の一人から小袖の縫い直しを翌朝までに仕上げるよう命じられ、おえは指先にいくつもの傷をこしらえながら針を動かしました。傷だらけの手を見つめた時、かつて自らがオリンに小袖を投げつけ、黙って縫い直させた日のことが胸に蘇り、おえは声を押し殺して涙を流したのでございます。
とうとう桐家の田畑は一つまた一つと他人の手に渡り、奉公人たちも給金を受け取れぬまま屋敷を去っていきました。おえは夫の借金を埋めるという名目で、婚礼の日に送られた飾りまで取り上げられ、離縁状を渡されて実家へ送り返されることとなったのでございます。
一方のシ野は、桐家との縁を盾に日に日に増長し、村人にも高慢に振る舞っておりました。しかしその傲慢さがやがて自らの首を絞めることになろうとは、シ野自身も思うておらなんだのでございます。シ野の屋敷もまた桐家との縁に頼って小作料を上げすぎたために、百姓が次々に村を去り、手入れの行き届かぬ畑は荒れ地へと変わり、穀物も減りしておりました。
シ野はおえを受け入れる余裕もなく、「この家とそなた一人を養う余裕はない」と告げました。おえは行く当てを失ってしまったのでございます。
行く当てを失ったおえは、幾日も親類や知り合いの家を尋ねました。しかし桐家が没落したという噂はすでに広まっており、かつて笑顔で迎えてくれた者たちもこぞって門前で顔を背けたのでございます。頼れる先はもはやオリンの屋敷より他にございませんでした。それでもおえは幾度も足を止め、引き返そうといたしました。合わせる顔などない。そう思うたびに胸が締めつけられたのでございます。
雨の降る日、おえは濡れた裾を絞り、オリンの屋敷の門前に立ちました。手を上げて門を叩こうとしましたが、たやすく動きませんでした。門が開き、町より戻ったお瀬がおえを見つけ、オリンを呼びました。
「姉様」
おえはその一言を発した途端、膝から力が抜け、泥の上に膝をつこうといたしましたが、膝がつくより先にオリンが前へ出てその腕を支え、家の中へ導いたのでございます。おえは温かな部屋へ通されても、しばらく顔を上げることができませんでした。震える声で「姉様、私が間違うておりました。姉様の部屋を奪い、下働きのごとくこき使うたことも、姉様の名を借りて桐家へ入ったことも、全ては私の罪でございます。母が命じたことじゃと言い訳するつもりはございませぬ」と語ったのでございます。
オリンはしばし目を閉じてから、「過ぎたことをなかったことにはできぬ。しかし過ちを自ら認めて戻ってきたならば、改めて始める道はあろう。まずは飯を食べるが良い」と告げました。おえは両手で箸を取り、熱い飯を一口含むと、こらえておった涙が改めて溢れ出したのでございます。
その席でおえはふと、幼い日に母が密かに証文を改めており、「この屋敷で見聞きしたことを口にしてはならぬ」と口止めされたことを語りました。さらに父の印鑑と印影が裁縫の間の奥の箱に納められていたこと、父が病いに伏してからシ野が度々その部屋へ出入りしていたことも、覚えている限り打ち明けたのでございます。
オリンがその話を直の実へ伝えると、直の実は静かに耳を傾け、「これは私一人の家のことではない。正しき道筋を通して訴えるべきじゃ」と申しました。二人は幾晩もかけて訴状をしたため、おえの証言も添えた上で、連名の訴えを大鑑所へ差し出し、後の調べを役人の手に委ねたのでございます。
大鑑所は訴えを受け、軽ブ郎が生前に残した他の証文を蔵倉より取り寄せました。いずれの証文も印はまっすぐに押されておりましたが、シ野の差し出した一枚だけは左へ大きく傾いておりました。この証文がいつものように作られたものではない、疑いが持たれたのでございます。さらに日付を改めると、軽ブ郎がすでに床から起き上がれぬ頃に記されており、筆跡も本人のものとは細部に異なっておりました。
役人は当時の医者と奉公人を呼び出し、ことの次第を確かめました。医者は「軽ブ郎がその頃、手を動かすどころか言葉すら満足に発することができなかった」と証言いたしました。長らく屋敷に使えておった下女も呼ばれ、「あの晩、シ野様が裁縫の間へ一人で入って行かれるのを見た覚えがございます」と震える声で申し立てたのでございます。
シ野は初め「夫が自ら譲ってくれたのだ」と言い張りましたが、日付と印の食い違い、筆跡の相違、医者と下女の証言が次々と挙げられるにつれ、もはや隠しきれなくなりました。とうとうシ野は、軽ブ郎の印を密かに持ち出し、証文を偽り作ったことを認めたのでございます。
オリンは裁きの知らせを受けても、心のうちに勝ち誇る思いはございませんでした。ただ父の残したものが正しき形に戻ったことに、静かな安堵を覚えたのでございます。大鑑所は証文を無効とし、シ野が奪った畑と屋敷をオリンへ返すよう命じました。シ野には罪を償うことを禁じ、勝手に村を離れてはならぬとの裁きが申し渡されました。
オリンは「これより先、他人のものを奪うて生きることは叶いませぬ」とシ野に告げた上で、住居の場所や式裏手の小さな離れと、日々の食いだけは絶やさぬよう大鑑所へ願い出たのでございます。おえもまた、オリンの元で過ちを償う機会を得られたことを心よりありがたく思っておりました。許され、改めて生きる道を与えられたことこそ、おえにとって何よりの救いであったのでございます。
オリンはおえに機織りと針仕事を一から学ばせました。オリン自ら機織り台の前に座り、糸のかけ方から教え始めると、おえは一層身の縮む思いを味わったのでございます。「初めから上手にできずとも良い。己の労苦を軽んじてはならぬ」というオリンの言葉は、どのような叱責よりも重くおえの胸に残ったのでございました。
シ野は離れに移ってより、かつての奢った様子を見せることはございませんでした。日々与えられた分の中で静かに暮らし、時折オリンの姿を見かけても声をかけることさえできぬまま、深く頭を垂れるばかりでございました。
おえはそれから幾月も朝から晩まで機織り台に向かい、指先を傷めながらも決して手を止めませんでした。糸のもつれを解く音だけが、静かに部屋に響いておったのでございます。やがておえは「いつまでも姉の情けにすがってはならぬ」と自ら願い出て、取り戻された屋敷の一角へ移りました。戻ってきた百姓たちを手伝いながら機を織り続け、己の働きで暮らしを立てる道を歩み始めたのでございます。
大鑑所の裁きが村に知れ渡ると、長らくシ野の元で重い小作料に苦しんでおった百姓たちは胸を撫で下ろしたのでございます。オリンが小作料を引き下げ、実りの少なき年には余分に取り立てぬと約束すると、他村へ逃れて去っておった者たちも少しずつ戻ってまいりました。屋敷には再び耕す人々の声が響くようになったのでございます。
なお直の実とオリンは、富や身分を得た後も茅葺きの立つかつての家を暮らしの場としておりました。取り戻した屋敷と田畑には折りおり足を運び、百姓や戻ってきた百姓たちと共にその立て直しを見守っておったのでございます。
季節は巡り、屋敷の暮らしにもすっかり落ち着きが戻りました。しかしお瀬の胸には、あの日の小袖と缶差しを隠し、偽りを告げたことだけが消えぬ重しとなって残っておりました。オリンが変わらぬ信頼を寄せてくれるほど、打ち明けねばならぬという思いは強くなりましたが、今更真実を告げれば、ようやく得た穏やかな日々を壊してしまうのではないかという恐れが、どうしても口を閉ざさせていたのでございます。
全てが落ち着いたある晩、お瀬はオリンの部屋の前に長らく立っておりました。あの日から一年もの間、胸の奥に沈めておった重みが、日に日に増していくばかりでございました。
「いかがいたしましたか」
オリンが呼びかけると、お瀬は部屋のうちへ入り、そのまま膝をついたのでございます。
「お嬢様、久しく隠しておったことがございます」
オリンはお瀬の強ばった顔を見つめました。
「申してみよ」
お瀬は深く息を吸い込みました。
「桐様よりの縁談が持ち込まれたあの日、お嬢様の小袖と缶差しを隠したのは、この私でございました。水車小屋へ行けと申したという嘘も、私が仕組んだものでございます。桐家がよろしからぬ噂を耳にしておりましたが、確かな証はございませんでした。お嬢様を説き伏せる自信がなく、代わりに私が決めてしまいました」
オリンはしばらくの間、何も申しませんでした。座敷はしんと静まり、表からは乾いた木の葉が風に流れる音だけが聞こえてまいりました。お瀬は顔を上げられぬまま、オリンに何を言われても受け入れる覚悟で待ち続けたのでございます。
しばらくしてオリンは立ち上がり、お瀬の前に座りました。
「顔を上げよ」
お瀬がおずおずと顔を上げますと、目には涙が満ちておりました。オリンはお瀬の手を取りました。
「あの日、包みを見つけ、そなたが目を伏せた時から、その仕業であろうことは察しておった。それでもそなたが自ら口を開くまでは問うまいと決めていたのじゃ。私を守ろうとした心は、よう理解しておる。その心には礼を申す」
お瀬の目から涙がこぼれ落ちました。しかしオリンの声には揺るがぬ響きがございました。
「されど、誰かのためを思うたとしても、その者の生き方を代わりに決めてはならぬ。その選び方が良き結果をもたらしたとて、過った手立てまでが正しかったことにはならぬ」
お瀬は深く頭を垂れました。オリンは手を離さぬまま言葉を続けたのでございます。
「真に傍らに寄り添うということは、相手の選ぶ権利を奪うことではない。知りたかったことを全て話せ。相手が自ら決めるまで、そばに寄り添い続けることじゃ。これより先、その違いを忘れてはならぬぞ」
「はい、お嬢様。決して忘れませぬ」
お瀬は涙をこらえながら答えました。
「お瀬が過ちを隠さず打ち明けてくれた故、私もこれ以上心に留めてはおかぬ。ただし、二度と同じ過ちは犯してはならぬぞ」
お瀬は畳に手をつき、深く頭を下げました。長く胸を圧しておった思いが、いくばくか軽くなったように思われたのでございます。
お瀬は自らの半生を振り返り、あの日に拾われておらねば今の己れはなかったであろうと幾度となく思い返しました。その恩を次の世代へと繋いでいくことこそ、己れに課された役目だと信じておったのでございます。それより後、お瀬はあちこちの商家を点々とする子供や、文字を学ぶ機会を得られなんだ女の子たちを集め、文字と算術を教えるようになりました。
ある日、一人の女の子が「文字を覚えたとて、何の役に立ちましょうか」と尋ねました。お瀬は静かに答えました。
「文字を知っておれば欺かれることも少なく、算術を知っておれば己の持ち分を守ることもできる」
お瀬は子供たちにいつもそう語り聞かせておりました。自らが苦労して身につけたものが、いずれ誰かの行手を明るく照らすことを願っておったのでございます。
オリンもまた、いくつもの季節を重ね良き衣をまとうようになった後も、困った隣人があれば自ら織った布を分け与え、腹を空かせた子供が門前に立てば温かい飯を食べさせておりました。持てるものが増えたとて、人を蔑むことはなかったのでございます。村の者たちは「あの機織り小屋で育った娘は、今も変わらず情の深いお方じゃ」と口に語り合ったのでございました。
家の暮らしが落ち着いた頃、オリンはお瀬を伴い、かつて訪れた商家を尋ねました。長らく預けたままにしておった母の縫い針の缶差しを受け出すためでございます。主人が差し出した木箱の中には、埃をかぶってはおりましたが、傷一つなくあの日のままの姿の缶差しがございました。オリンはそれを両手で受け取り、しばらくの間じっと見つめておったのでございます。
冬は近頃、井戸端に立つ度に遠い日のことを思い返しておりました。麦湯の一碗を差し出してくれた娘が、今ではこれほど大きな家族を築き上げたことに、静かな喜びを覚えておったのでございます。嫁を選ぶにあたり、自ら足を運んでよかったと幾度も思い返すのでございました。
幾月か経ったある秋の夕べ、柿の木の下に膳が並べられました。直の実、冬、そしてお瀬が一つの席に集まりました。門の外に人の気配がいたしました。お瀬が出てみると、おえが一反の木綿を抱えて立っておりました。自ら織った布ゆえ、折り目こそいくらか乱うございましたが、真心を尽くした跡が確かに見て取れたのでございます。
「姉様のお力を借りず、糸を整えるところから初めて、一人で仕上げた布でございます。どうしても姉様にお見せしたく、持ってまいりました」
お瀬は門を大きく開き、おえが柿の木の下へ近づくと、オリンは黙って傍らの席を開け、温かな飯茶碗を差し出したのでございます。おえはうつむいたまま両手で茶碗を受け取りました。
オリンは紙に包んだ母の縫い針の缶差しに、そっと手を触れました。庭の隅には、この春に植えたばかりの若い梨の木が、細い枝を伸ばしておりました。かつては白い花を見るたび胸が締めつけられ、長く見つめることさえ難しかったものでございます。しかし今、傍らに直の実、冬、お瀬、そしておえまでが揃っておる中で梨の木を眺めると、オリンの心にはもはや痛みではなく、静かなぬくもりばかりが広がっておりました。
「来る春には、この木にも白い花が咲きましょう」
オリンは小さくそうつぶやき、久方ぶりに心の底から安らいだ笑みを浮かべたのでございます。



