瓦野は四十五歳。魚のおろし売りを生業にしている。十五年近く、地元の老舗鰻屋に国産の上質な鰻を納め続けてきた。あの店の先代社長・木下さんは六十八歳の現役職人で、瓦野との間には確かな信頼関係があった。
毎週火曜の決まった時間に納品へ行くと、木下さんは必ず店の奥から顔を出して「瓦野さん、今週もいい鰻をありがとう」と言い、丁寧に品物を確かめてくれた。店の従業員である岩本さんも、瓦野を見ると決まって笑顔で迎えてくれた。木下さんの店は地域で評判になり、週末には行列ができるほどだった。瓦野は自分の納めた鰻が客を喜ばせていると思うと、誇らしい気持ちになった。
「瓦野さんの鰻があるからうちの味が成り立つんだ。店の繁盛は君のおかげだよ」と木下さんはいつも謙遜して言う。他店から有利な条件を提示されても、瓦野はその信頼を大切にして断り続けてきた。
しかし、ある日の納品で木下さんの顔色が優れないことに気づいた。「最近、体調が優しくなくてね」と木下さんは弱々しい声で言った。不安を覚えながらその日は店を後にした。
翌週、木下さんは入院することになった。瓦野は何度か見舞いに行ったが、容体は悪化する一方だった。息子がいるという話は聞いていたが、一度も見舞いに来ている姿を見たことがない。岩本さんに「息子さんは見舞いに来られないんですか?」と聞くと、岩本さんは困った顔で「大手の会社に勤めていて、お仕事が忙しいらしくて」と言葉を濁した。
それから数日後、木下さんの訃報が瓦野のもとに届いた。葬儀では多くの参列者が涙を流した。その席で、瓦野は初めて木下さんの息子と顔を合わせた。三十代前半の、どこか冷たい印象の男だった。息子は喪主として「父の後を継ぎ、私が新社長として店を引き継がせていただきます」と事務的に挨拶した。
葬儀の後、瓦野は息子に自己紹介をした。「鰻を納品させていただいている瓦野と申します。今後ともよろしくお願いします」と頭を下げた。息子は「ああ、そうですか。赤彦です」とだけ、素っ気なく答えた。
赤彦が店を引き継いでから、瓦野への扱いは一変した。いつものように火曜の朝に納品へ行っても、赤彦は完全に無視する。挨拶をしても無言のままだ。まるで瓦野が透明人間になったようだった。岩本さんが申し訳なさそうに受け取りの確認をするだけで、赤彦は目すら合わせようとしない。
そんな冷たい態度が二週間続いた頃、商店街の会長でもある八百屋の親父が瓦野に声をかけてきた。「瓦野さん、鰻屋の新社長、ひどいらしいな。調味料を納品してた業者が、安い業者を見つけたって一方的に契約を切られたって嘆いてたぞ」
そして、新社長に代わって三週間目のこと。いつものように納品へ行くと、赤彦が従業員たちの前で突然言い放った。
「今日で鰻の納品は止めてもらいます。もう来なくていいです」
瓦野は驚いて理由を尋ねた。「どうして急に。何か問題でもありましたか?」
赤彦は冷たく答えた。「これまで無視してたのは、お前みたいな古い業者とは最初から話すことなんてないと思ってたからだ。今日で終わりにするつもりだったんだ」そして、勝ち誇った顔で続けた。「海外の安い業者を見つけたんでね。お前の五分の一の価格だ。時代はコスパ重視なんだよ。親父の甘い経営はもう終わりだ」
瓦野は必死に訴えた。「先代社長とは十五年、品質重視で取引を続けてきました。価格だけの問題ではないと思うのですが」
しかし赤彦は口調を変えて言い放った。「価格だけの問題じゃない?笑わせるな。同じ鰻なのに海外産の五倍の値段を吹っかけて、それで品質重視だと?完全にぼったくりじゃないか。俺は会社で数字を見てきた人間だ。適正価格というものを知ってる。お前みたいな古い商売人の言い訳は通用しない」
「国産と海外産では、養殖環境も品質管理も全く違います」と瓦野が言っても、赤彦は聞く耳を持たない。「もう決めたことだ。契約は今日で終了です」
瓦野は悔しさをこらえて「わかりました。今日で納品をやめます」と言った。赤彦は見下すように「ぼったくり業者と契約切れた。コスト削減だ」と吐き捨てた。十五年かけて築いた木下さんとの信頼が、一瞬で破壊されてしまった。岩本さんも困惑した表情を浮かべる。赤彦はさらに従業員たちに向かって言った。「これで利益率が大幅に改善する。食材なんて味付け次第でどうにでもなる。高い食材を使って利益を減らすなんて、経営に値しない」
店を出る時、岩本さんが申し訳なさそうに頭を下げながら小声で話しかけてきた。「瓦野さん、残念です。先代社長なら、こんなことには絶対になりませんでした。瓦野さんがどれだけ真面目にお仕事をしてくださったか、私たちはよく知っています。でも、あの社長は私たちの意見なんて聞いてくれません」
瓦野は深いため息をつきながら、その場を後にした。
契約を打ち切られてから数日間、瓦野は完全に落ち込んでいた。赤彦の冷たい言葉が頭から離れず、倉庫でうつむいて過ごす日々が続いた。
そんな時、商店街の仲間たちが心配して声をかけてくれた。八百屋の親父が「瓦野さん、元気出せよ。あんないい魚を扱ってるんだから、必ずいい取引先が見つかるよ」と励ます。肉屋の店主も「木下の親父さんも天国で見てるぞ。瓦野さんの品質重視の姿勢を分かってくれる客は、他にもきっといる」と言ってくれた。商店街の温かい人情に、瓦野の心は少しずつ軽くなっていった。
ある日、赤彦の店の前を通りかかった時のこと。配送トラックが止まっていて、作業員がダンボール箱を運び込んでいた。箱には大きく「中国産うなぎ」と印刷されていた。瓦野は愕然とした。赤彦は本当に安い海外産に切り替えたのだ。しかも、作業員の箱の扱いは雑で、瓦野には品質に対する全くの無頓着さが感じられた。
その時、八百屋の親父が近づいてきて言った。「瓦野さん、ここにいたのか。あんたに是非紹介したい人がいるんだ」隣には五十代半ばくらいの、落ち着いた雰囲気の男性が立っていた。白い調理服を着て、職人らしい佇まいをしている。
「瓦野さん、こちらは松井さん。商店街の端っこに新しく和食店を開いた方だ。とても真面目な職人さんでね、いい魚を探してるって言ってたから、瓦野さんに合わせたかったんだよ」と親父が紹介する。
松井さんは丁寧に頭を下げた。「初めまして、松井と申します。こちらの商店街で和食店を開いたばかりなんです。実は八百屋さんから瓦野さんのお話を伺いまして。とてもいい魚を扱っていらっしゃると聞きました」
話を聞くと、松井さんは長年料理の世界で働いてきたベテランで、東京の有名店で修行を積んだ後、故郷であるこの地に戻って自分の店を持ったのだという。「うちでも鰻料理を始めたいと思っているんです。いい仕入れ先を探していたところでして。よろしければ、一度瓦野さんの鰻を見せていただけませんか?」
瓦野は自分の扱っている鰻の品質について詳しく説明した。国産の養殖場との直接取引、徹底した品質管理、新鮮さへのこだわり。長年培ってきたノウハウをすべて話した。松井さんは真剣な表情で聞いてくれ、時々質問も投げかけてくる。その質問の内容から、松井さんが本物の職人であることがすぐに分かった。
「素晴らしいです。是非、お取引させてください。品質重視の経営をしたいんです。お客様に本当に美味しいものを提供したいと思っているので」と目を輝かせて話す松井さんに、瓦野は木下さんの姿を重ねた。本当にいいものを求める料理人が、まだここにいる。瓦野は再び前向きな気持ちを取り戻した。
松井さんとの取引が始まって一週間が経った。松井さんは瓦野の納品する鰻の品質を心から評価してくれた。「瓦野さんの鰻は本当に素晴らしい。お客様にも大好評です」と喜んでくれる。松井さんの和食店は丁寧な仕事と食材の良さで徐々に評判を呼び、客足も口コミで少しずつ広がり始めていた。瓦野も久しぶりに、自分の仕事に誇りを感じられるようになっていた。
ある日の夕方、赤彦の店の方から救急車のサイレンが聞こえてきた。様子を見に行くと、胸を押さえた苦しそうな表情の数人の客が救急車に乗り込んでいく。八百屋の親父が近づいてきて「食中毒らしいぞ。海外産の鰻が原因じゃないかって噂だ」と教えてくれた。
翌日、保健所の車が赤彦の店の前に止まっているのを目撃した。店の入り口には「営業停止」の張り紙が貼られている。
その日の午後、岩本さんが瓦野の店にやってきて、深刻な顔で話し始めた。「瓦野さん、私たちも新社長の方針に疑問を感じていたんですが、何も言えませんでした」岩本さんによると、赤彦は食中毒の責任をすべて卸業者に押し付けて、自分の責任を一切認めようとしないという。「俺は悪くない。業者が悪いって、怒鳴り散らしてるんです。自分が安い海外産に切り替えたのに、問題が起きると全部人のせいにして」
岩本さんはさらに続けた。「実はそれだけじゃないんです。新社長がこれまでやってきたことを思い返すと、本当にひどくて。お客さんの前では『当店は創業以来、伝統の国産鰻にこだわっております』って平気で嘘をついてるんです。でも実際は、瓦野さんと取引をやめてからずっと海外産ばかりで」そして、赤彦への鬱憤を爆発させたように言った。「松井さんのお店に嫌がらせまでしてたみたいなんです。従業員の一人が深夜に忘れ物を取りに来た時、新社長が松井さんの店の前でゴミを撒いているのを目撃したって言ってましたし。商店街の人たちの間では、新社長がSNSで松井さんの店の悪口を書いてるって噂になってます」
瓦野は呆れ果てた。赤彦の人間性の低さは想像を超えている。
一方、松井さんからは嬉しい知らせがあった。「瓦野さん、地元の情報番組がうちの店を取材したいって言ってきたんです。『地域で話題の隠れた名店』として紹介したいって」松井さんは喜んでその申し出を受けた。
一週間後、番組が放送された。松井さんは「地元の業者から仕入れる、新鮮で高品質な鰻がうちの店の自慢です」と話していた。
放送翌日の夕方、松井さんから興奮した声で連絡があった。「瓦野さん、大変です。今日の昼頃からお店に行列ができ始めて、夕方になってもまだ続いてるんです」
見に行くと、確かに松井さんの店には二十人ほどの行列ができていた。「こんなに美味しい鰻は久しぶり」という客の声も聞こえてくる。一方、赤彦の店は営業停止が続いており、瓦野が前を通るたびにシャッターは降りたままだった。人影も見えない。松井さんの店の繁盛ぶりとは対照的な光景だった。
その後、八百屋の親父が教えてくれた。「赤彦の野郎、食中毒騒ぎを起こして商店街に迷惑かけたくせに、詫びの一言もねえ。それどころか松井さんの店に嫌がらせまでしやがって。商店街の会合にも、もう誰も赤彦を呼ばなくなったよ」赤彦は自分で自分の首を絞めていたのだ。
一方、瓦野の商売は順調に回復し、松井さんの紹介で新しい取引先も増え始めた。品質を重視する料理人たちが瓦野の評判を聞きつけて、次々と声をかけてくれるようになったのだ。
赤彦の店に契約を切られてから約一ヶ月後、瓦野がいつものように松井さんの店に鰻を納品していると、店の向こうから赤彦が慌てた様子で走ってきた。額には滝のような汗をかき、顔は青白い。以前の傲慢な態度はどこにもない。
「瓦野さん、瓦野さん!」赤彦は息を切らしながら瓦野の前に立ちはだかった。「お話があります。お時間をください」
「何のようですか?」と瓦野が冷静に聞くと、赤彦は周りを見回してから「ここじゃ人目につくので」と言った。瓦野は商店街の端の、人気のない場所まで赤彦についていった。
そこで赤彦は突然、瓦野の前に土下座した。「瓦野さん、お願いです。もう一度、うちと取引してください」
瓦野は驚いた。あれだけ瓦野を侮辱し、「ぼったくり業者」と呼んだ赤彦が土下座している。
「どういうことですか?」と聞くと、赤彦は涙目になって事情を話し始めた。「食中毒で営業停止になってしまい、いつ営業を再開できるかもわからないんです。このままじゃ店が潰れてしまいます。それだけじゃないんです。商店街の皆さんからも完全に嫌われて、誰も僕と口をきいてくれません。SNSも大炎上で、毎日誹謗中傷のコメントが来ています。店の電話も苦情の電話ばかりで。松井さんの店への嫌がらせがバレて、それもSNSで拡散されて」
赤彦は汗を吹きながら続けた。「お金は以前の二倍。いえ、三倍出します。だから戻ってきてください。営業が再開できたら、松井さんの店に負けないようにしたいんです。それには瓦野さんの国産鰻が絶対に必要なんです」
瓦野は赤彦を見下ろしながら言った。「赤彦さん、あなたは俺を『ぼったくり業者』と呼び、十五年分の信頼関係を『親父の甘い経営』だと言い切りました。先代社長が大切にしていた品質へのこだわりを否定し、商店街の業者さんたちを切り捨て、松井さんの店には嫌がらせをする。お客さんには国産鰻と偽って海外産を食べさせて、問題が起きれば全部他人のせ。これがあなたのやってきたことです」
赤彦は言い訳しようとした。「それは……経営を重視する判断を間違えてしまって、僕が悪かったんです」
瓦野は首を振った。「信頼というのは、一度失ったら二度と戻らないものなんです。先代の社長はそのことをよく分かっていました。だから十五年間、お互いを大切にしてきたんです。あなたはその価値が分からなかった」
赤彦は地面に額を擦りつけながら叫んだ。「お願いします。何でもします。土下座でも何でも」
商店街の人たちが遠巻きに見ているのが見えた。しかし、誰一人として赤彦に同情的な目を向ける者はいない。
瓦野は最後に言った。「もう遅いんです。俺には松井さんや他のお客さんとの約束があり、本当の職人さんたちとの新しい信頼関係を築いているところです。商売というのは信頼の上に成り立っているものなんです。それを踏み躙った結果が、今のあなたの姿です」
赤彦は地面に突っ伏したまま、嗚咽を漏らしていた。瓦野はそんな赤彦を一瞥してから、松井さんの店へと戻っていった。商店街の人たちも、無言でその場を立ち去っていく。赤彦は一人、誰もいなくなった路上に取り残されていた。
それから一ヶ月後、赤彦の店は結局営業を再開することができず、ついに閉店に追い込まれた。さらに、岩本さんをはじめとした店員たちの告発もあり、海外産の鰻を国産と偽って販売していた産地偽装が発覚し、赤彦は詐欺罪で逮捕されることになる。借金と刑事罰を受けた赤彦は店を手放し、この町から姿を消した。木下さんが築き上げた老舗は、息子の手によって完全に潰されてしまったのだ。
八百屋の親父が瓦野に言った。「赤彦のやつ、瓦野さんを大切にしていれば、こんなことにはならなかったのに。やっぱり商売は信頼が一番だってことが、よくわかっただろうよ」
瓦野の商売は順調に成長を続けていた。松井さんとの取引は安定し、瓦野の扱う国産鰻の評判は業界内でも高く評価されるようになった。何より嬉しいのは、本当にいいものを求める職人さんたちとの出会いが増えたことだ。
「瓦野さんのおかげで、本当にいい店作りができてます」と松井さんはいつも感謝してくれる。瓦野は天国にいるであろう木下さんに心の中で呟いた。
木下さん、俺はこれからも品質と信用を大切に頑張っていきます。
品質にこだわり続けたものが、最後に勝つ。瓦野はそのことを身をもって実感したのだった。



