「あなたの旦那が磯崎組の組長だって、知ってた?」——違う。彼らが私に言ったのはそんな言葉じゃなかった。「みかじめ料500万、すぐによこせ」と、高級旅館のロビーで、私の大切な従業員とお客様の目の前で。昨夜は組長を呼び出して追い返したのに、翌朝、彼らはソファーにふんぞり返って、今度は「個人的に請求しに来た」と言い放った。私は女将として、それともヤザの妻として、もう一度だけ笑顔を作るふりをした。で…

「あなたの旦那が磯崎組の組長だって、知ってた?」——違う。彼らが私に言ったのはそんな言葉じゃなかった。「みかじめ料500万、すぐによこせ」と、高級旅館のロビーで、私の大切な従業員とお客様の目の前で。昨夜は組長を呼び出して追い返したのに、翌朝、彼らはソファーにふんぞり返って、今度は「個人的に請求しに来た」と言い放った。私は女将として、それともヤザの妻として、もう一度だけ笑顔を作るふりをした。で...

「誰に断って商売しとんじゃ。貴様が。ヤザに盾突こうって言うのか。てめえや従業員たちがひどい目に会うのはもちろん、大事な大事なお客様たちにも迷惑がかかることになるぞ」

ある日、高級旅館の女将である私の元へ、いかにもヤザといった男5人が現れた。私は無用なトラブルを避けるため、ヤザだと分かる人たちは入店を普段から断っていたので、彼らにもお引き取りいただくようにお願いをした。

しかし男たちは聞かず、旅館のロビーで大きな声を出したり他の客に絡むなど迷惑行為をし始めてしまう。私がこのままでは旅館の営業にも支障が出ると思い、再度強く帰るように言うと、彼らは逆上し、自分たちの島で営業しているのだから、みかじめ料を支払えと脅してきたのだ。

怯える従業員と客たちを見て、私はこれ以上我慢ができなくなり、組長を呼び出すように要求をした。その後、男たちは自分たちがどれほど愚かな行為をしたのかと心から後悔することになるのだった。

私の名前は瀬戸咲子。高級旅館の女将を務めている。とてもありがたいことに旅館は人気を博しており、繁忙期などは毎日前室満室ということもあるほどだ。そんな私の夫は、ここら辺では有名な磯崎組の組長をしているのだが、そのことを知られると旅館の従業員やお客さんが怖がってしまうかもしれないと思い、周囲には秘密にしていた。

そのため、私は無用なトラブルが発生するのを防ぐ理由で、暴力団関係者だと分かる宿泊客は硬く断っていた。もちろん、片思いを予想ってでもうちの旅館に泊まりたい相手に対しては私も厳密に行ったりしないし、客長にモてなしをするけれど、一見してすぐヤザだと分かる身なりで来る相手は大方まともなヤザではないのでお断りしているのだ。

そんなある日の午後、私は受付で今日これからチェックインしてくる人たちの帳簿の確認をしていた。すると旅館の入り口で掃除をしていたはずの従業員の女性が私に声をかけてきた。その声が妙に硬いことに、私は不思議に思いながら帳簿から顔をあげると、彼女の表情はひどく怯えていたので何か問題があることをすぐに察する。

「私が対応するからいいわ。あなたは他のところをお願いね」私は早口で従業員に指示をすると、薄暗がりは旅館の入口へと向かう。

玄関には派手な柄のスーツに金のネックレス、だらしなく開いたシャツから入れ墨を覗かせたいかにもヤザといった小の男たちが5人立っていた。その男たちの集団の中でもリーダー格の男が私を見て一歩前に出てくる。

「おお、ここの女将はてめえか。年の割にはまあまあ綺麗じゃねえか。俺はさっきの掃除してた若い女のが好みだけどな」

「用件でございますか?本日はご予約はいただいておりますでしょうか?」私は営業スマイルを崩さず冷静な態度で男たちに尋ねる。

「あ、ようやく。そんなもんしてねえよ。でも部屋開いてんだろ。サイト見ると今日予約なしで宿泊できるって書いてあるぜ」男は眉を潜め、スマートフォンをポケットから取り出して私に見せてくる。

「本日は確かに部屋のご用意はございますが……」私は一瞬言葉を切り、慎重に続く言葉を選びつつ声を潜めて続けた。「失礼ですが、暴力団関係の方々でいらっしゃいますか?」

男たちが私の質問に一瞬顔を見合わせた後、リーダー格の男が不適な笑みを浮かべた。「あ、見て分かるだろ?俺たちは林田組のヤザで、俺は若頭の桜井だ」

「若頭の桜井様ですか?大変申し訳ございませんが、当館では暴力団関係者の方々のご宿泊はお断りしております。今日のところはお引き取りください」私は深く頭を下げてそう伝えると、桜井が舌打ちをした。

「なんだと?職業差別ってやつじゃねえか。ヤザだからダメってのか。そもそもこの旅館のサイトにはそんなこと書いてなかっただろうが」

「旅館のサイトにもその記載はございます。分かりにくいということでしたら申し訳ございません。ですが、これは当館のですのでご理解いただけますと幸いです。もし一般のお客様として再度お越しいただける場合は、適切な服装でいらしてください」私は毅然とした態度で言い切ると、再び頭を下げる。

「あ、適切な服装って何だよ。ドレスかスーツでも来てこいって言うのかなあ」桜井の声が大きくなり、後ろにいた男たちも大げさに声を大きくしてざわつくと、旅館へと上がり込んでくる。館内にはロビーやラウンジでチェックインを待ちながら休憩したりドリンクなどを楽しむ客がおり、何事かとこちらをチラチラと見てくる。

「お客様に不快な思いをさせるような行為はどうかお控えください」私は落ち着いた声ではあるが、鋭い声で言う。桜井はあからさまに不愉快そうな表情を浮かべた。

「ふざけんな。俺たちだってここにいる時点で客だろ。それなのに身なりや職業で判断して帰れ言われて、不快な思いをしてんのはこっちなんだよ」

そこへおずおずしながら予約をしているであろう年配の夫婦が旅館の入り口に現れた。桜井はその夫婦を見ると、笑みを浮かべ老夫婦の肩を軽く叩いた。「おい、今日泊まるのか?あんたらこの旅館の料理はどうだい?うまいのか?それよりもヤザは入れてもらえないらしいぜ。ひどい話だと思わねえかなあ」

突然話しかけられた夫婦は驚き、困惑と怯えの入り混じった表情を浮かべながら、慌てて入り口を通り過ぎて館内へと入っていった。これ以上騒いでも彼らは帰ることはないだろうと悟り、私は強く拳を握りしめた。

「他のお客様にお声をかけるのはおやめください。また先ほども申し上げた通り、当館は暴力団関係者の方はお断りさせていただいております。どうしてもという場合は、せめて適切な服装で一般人として来観ください。それに従えないというのであれば、申し訳ありませんが当館のお客様として扱うことはできかねますので、どうぞお帰りください」

私は内心では怒りながらも、表面は冷静さを保ちつつはっきりとした口調で、しっかりと桜井の目を見ながら告げた。

「そう言われておとなしく帰るかよ。宿泊目的だけで来てねえんだよ。泊まるのはおまけみたいなもんなんだよ」

「他の目的でいらしたということですか?どういうことでしょうか?」夫の組でもないヤザが宿泊以外に用事があるなんて全く検討がつかない。ましてや、事情を知らない従業員や客の目の前で何か言われてしまってはたまったものではない。私はどうしたらいいか言葉を失って黙っていると、桜井は突然怒鳴り始めた。

「何をとぼけてんだよ。あ、誰に断って商売しとんじゃ。クソが」

私は桜井の言葉に驚いて目を見開く。桜井はそんな私の姿を見て、強い言葉で怒鳴れば言うことを聞くと思ったのだろう。他の4人の男たちも同調して声を荒げて、他の客たちに凄み始める。客たちは悲鳴をあげて怯えている。従業員たちも心配そうにこちらの様子を見ているが、恐怖心からか誰も助けに入ることはできずにいるようだった。

「お待ちください。こちらとしては心当たりが全くございません。一体何のご用事でいらっしゃったのですか?」私はこれ以上は営業に支障をきたしてしまうと思い、仕方なく目的を尋ねると、桜井はこちらを見て笑みを浮かべた。

「この辺りは林田組の島なんだよ。もちろんこの旅館も例外じゃねえ。島で営業するには、もちろんみかじめ料ってやつを払うのが筋だろ」

「みかじめ料ですか?そのような違法な要求にはお答えできません。そもそもここが林田組の島というのも初耳ですが」

「あ、ヤザに盾突こうっていうのか。てめえや従業員たちがひどい目に会うのはもちろん、大事な大事なお客様たちにも迷惑かけることになるぞ。あるいは旅館の評判がガ落ちして経営が立ち行かなくなるかもしれねえな」

男の脅しに、従業員と客たちは皆一様に青い顔で引きつった表情になる。私は怒りで唇を噛みしめると、大きなため息をつき出した。これ以上は話していても平行線で、私が何を言っても彼らが帰ることはないだろう。

私は覚悟を決めると、女将として先ほどまで作っていた表情を崩し、厳しい視線を桜井に送った。「みかじめ料を支払って欲しいなら、組長をここに呼び出しなさい」

「あ、何言い出すんだ、てめえ」桜井は私の変わりように困惑するも、強気な視線を崩さずに凄んでくる。しかし私はそれぐらいでは全く動じない。

「組長と直接話をつけたいって言ってんだよ。それともあんたらはしょっぱいから組長を呼んでも来てくれないって言うのかしら」私が煽るように鼻で笑うと、桜井は怒りで見る見る顔が赤くなっていく。

「ふざけやがって。いいぜ。今から呼んでやるが、後で後悔して泣いたって知らねえぞ」桜井はすぐに組事務所へスマートフォンから電話をかけ始める。

それから5分ほどして、組長が黒塗りの車に乗って現れた。組長は旅館に入った瞬間、私の顔を見るやいなや慌てた顔をすると、素早い動きで土下座をした。

「お嬢、ご無沙汰しております」

「桜井、あれから15年か。随分と出世したようじゃない。小僧、随分目をかけてやったのにばったり連絡してこなくなって」

「そ、それは……その、組を立ち上げてから忙しかったもので」

桜井たちは私たちのやり取りを呆然としたまま見つめている。それもそうだろう。本来なら組長が強く出て、私がおとなしく金を払うと思っていたのだから。

「まあいいわ。それよりも、林田組は三量を取っているの?」

「ああ、それは……まさかそんなことあるわけないじゃないですか」私の問いかけに、明らかに動揺した様子の組長は乾いた笑い声をあげる。

「あら、おかしいわね。そこにいるあんたの部下たちが、林田組の島のみかじめを払えって旅館に来たんだけど」私が目を細めてわざとらしい笑みで問いかけると、組長は顔をあげて目を見開く。

「まさか。この磯崎組の島でみかじめ料を取れと指示してたのかしら」

「そんな指示は断じて出してません」

「え、組長がみかじめ料を取れって……わ、私たちが間違えたんでしょう?」

「俺のような弱小の組事務所が、格上の磯崎組の島に手を出すほど愚かではありませんよ」組長は桜井の言葉を遮るように強く大きな声で否定し、また額を床に擦りつけた。「今回の件は本当にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。今後はこんなことがないように気をつけると誓いますので、どうか今回はご容赦ください」

「まあいいだろう。だけど多めに見てやるのは今回だけだよ」これ以上騒ぎにしても仕方がないと思い、私はため息をついて頷いた。

「ありがとうございます。お前ら、すぐに帰るぞ」組長は立ち上がり、服についていた砂を軽く叩くと、未だに不機嫌そうにしている桜井たちに声をかけてそのまま店から出ていった。

姿が見えなくなったところで、私は本当に桜井たちが納得したのか少し不安になり、後を追いかけた。すると駐車場の付近で彼らは何かしらを話し合っていた。私は組長や桜井たちからは見えないような位置に隠れて様子を伺う。

「みかじめ料を取れと言ったのは組長じゃないですか?あんなバカの言いなりになって何なんですか?」

「いいから、あの店だけには絶対に手を出すな。それと、あの件をバラすなんて今後一切口にするんじゃねえぞ」

桜井は腑に落ちていないようで、組長に睨まれても全く理解できないといった顔をしている。「磯崎組と何か繋がりでもあるんですか?」

「これは他言無用だぞ。あの旅館はな、昔俺が世話になった磯崎組の組長の奥さんがやってるんだよ」

「じゃあ、あの女将は磯崎組の……」

「そういうこった。あの人自身は女だが、昔から下手なヤザより肝が据わっててな。これで分かっただろう。下手に手を出せば、林田組は磯崎組に潰されちまうんだよ」

「分かりました」桜井たちは未だ不機嫌そうではあったが、一応納得はしたらしく、組長に頭を下げる。組長はそれを見ると納得したのか車に乗り込んだ。私はそこまで見届けてもう大丈夫だろうと思い、旅館の従業員や客のフォローをしなければと仕事に戻るのだった。

しかし、翌日。宿泊客の全員がチェックアウトが全て済んだ頃に、諦めたはずの桜井たちが再び旅館へと訪れたのだった。従業員から報告を受けてロビーへ向かうと、桜井たちはソファーに座ってふんぞり返っていた。

「昨日は世話になったな」

「もうこの旅館には手を出さないと、昨日誓ったはずなんですが」

「あれは組としてのことだろ。今日は俺たちが個人的にみかじめ料を請求しに来たんだよ」

「個人的に?」あまりにも杜撰な理由に私は言葉を失った。

「ああ、そうだ。組長に命令されたわけでもねえってわけだよ。ヤザの妻なら分かるだろ。より多くの上納金を収めないといけねえんだよ。これだけ儲かってる店があって、みかじめ料取らない方がおかしいだろう。ここは林田組の島じゃないんだよ。だから組は関係ねえんだよ。それなら島とか理由もないだろう。みかじめ3000万をすぐによこせ」

ここまで考えなしの奴らだとは思わず、私は呆れながら深くため息をつき出した。そう言われておとなしく支払うわけがないだろう。

「そうかよ。ならやっちまえ、お前ら」私がはっきり断ると、桜井は男に声をかけた。

すると男たちは威勢よく返事をすると、入り口に飾ってあった壺や壁にかかった絵画を手に取っては床に叩きつけたり、ロビーのソファーを引き倒したりと好き放題に暴れ始めた。ガラスが割れる音や木が折れる音など、派手な音が館内に響き渡る。

「何するの?」私が声をあげると、桜井は私をせせら笑った。「何って?払えないなら営業できなくするだけだろ。これじゃあもう営業は今日はできねえな。ようやく今日は満室だったみたいなのに残念だぜ。500万払えば今すぐやめてやるよ」

従業員たちは突然の暴力に怯え切ってしまっている。「分かったわ。500万円支払うから、もうやめてちょうだい」私は屈することはしたくなかったが、これ以上旅館の中をボロボロにされるわけにはいかなかったので、仕方なく要求を飲むことにした。

「やっとその気になったか。おい、お前らやめろ」桜井の声に、館内を荒らしていた男たちは皆手を止める。

「支払うけど、500万なんて大金は今ここにはないわ。明日までに用意するから、明日の朝取りに来てちょうだい」本当は金庫に500万入っていたが、このままおとなしく金を渡すのは癪なので、私は嘘をついた。

「そうか。どうせ今日は営業もできないだろうしな。いいだろう。明日までは待ってやれよ。また明日の朝来るから、しっかり用意しとけよ」桜井はぐちゃぐちゃになった館内を見ると小さく頷いて、男たちを連れておとなしく旅館を後にした。

私はどうにかこの場をやり過ごしたことに息を吐くと、心配する従業員たちを安心させるように大丈夫だと伝えると、夫の携帯へと電話をかけた。話を聞いた夫は、すぐに私の旅館へと駆けつけてくれた。

「めちゃくちゃじゃねえか」夫は館内の様子を見て立ち尽くしていた。この旅館を開業する時に、私と一緒にロビーやラウンジの装飾などを選ぶのを手伝ってくれていたので、彼にとってもこの光景は衝撃的だったのだろう。「それで、林田組のヤザにやられたって言ってたが、詳しく何があったか教えてくれ」

私は夫の言葉に強く頷いて、何があったか昨日の出来事から全て伝えた。黙って私の話を聞いていた夫は、最後の方になると怒りで顔が赤くなっていった。

「なるほどな。俺の大事な妻の店をこんな風にした上に、磯崎組の島で好き勝手してるってのか。到底許すわけにはいかねえな。咲子、ここからは俺に任せとけ」夫は軽く拳を鳴らしながら目を細める。

「ありがとう。今から林田組に行くの?」

「ああ、今すぐ乗り込んで終わらせてくる」

「私も一緒について行くわ。大事な旅館をめちゃめちゃにされて、黙って夫に任せて待ってるなんて、ヤザの妻としても旅館を守る女将としてもかっこ悪くてできないわ」私がそう言って強く微笑むと、夫は驚いて目を丸くした後、小さく笑った。

「分かったよ。その方がいいな。俺は咲子のそういう強いところに惚れたんだよ」

「じゃあ、行きましょうか」私は従業員たちにできる限りの店の片付けをするように指示をして、夫と共に林田組の事務所へと向かうのだった。

林田組事務所へ到着すると、予備輪などを押さずに夫は扉を乱暴に開けて中に入る。すると事務所の中には組長と組員たちがおり、会議に臨んでいる最中だった。組長は夫の姿を見ると慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。周囲にいる組員たちも組長の姿を見て習うように頭を下げる。

「ああ、瀬戸と組長。お久しぶりです。お嬢、本当に申し訳ありませんでした」

「久しぶりだな、桜井。今日はなんで俺がここに来たか分かるか?」夫は冷たい声で組長へと近づき、彼を睨みつけた。組長は頭をあげると、困惑しながら視線を泳がせた。

「何とは……あの昨日のみかじめ料のことじゃないんでしょうか。それは昨日お嬢にもきちんと謝罪をしましたし、もう2度と近づかないと誓ったのですが」

「昨日だけじゃねえだろ。今日もだろ。おい、桜井はどこだ?」鋭い声で組長の顔を1人ずつ見ながら問いかける。

「今日もですか?おい、桜井。どういうことだ?」組長は何も知らなかったようで、寝耳に水といった表情で桜井を見た。

「お前が桜井か。俺の妻の旅館をめちゃめちゃにして脅し、みかじめ500万を要求したそうじゃねえか」夫は視線で桜井を認識すると、彼を睨みつける。

「え?ああ、何のことですかね?俺はそんなことしてませんよ、なあ」桜井は必死に首を左右に振ると、同意を求めるように隣にいた組員の1人に声をかけた。彼は先ほど私の旅館に来て大暴れした組員の1人だったが、桜井よりも小心者な性格のせいか、分かりやすいほど動揺しており、ガタガタと震えて声が出せないようだった。

「おい、ちゃんと正直に答えねえか」夫が睨みつけると、組長に睨まれて震えていた組員の体がびくっと跳ねて、聞き取れるか聞き取れないかギリギリの小さな声で謝罪し始めた。夫はその姿を見て、桜井の胸ぐらを掴み睨みつける。

「どうやらお仲間は認めたみてだぜ。それとも実際痛い目を見ないと言えないのか?」

「い、いえ。あ、お、俺たちがやりました」夫の凄みに耐えきれなくなった桜井は、焦って自分たちがやったことを認めた。

「野郎。なんでそんなことをしたんだ?昨日あれだけ手を出すなと言っただろう」組長の怒鳴り声に、桜井はぐっと黙り込んで俯くと、夫は締め上げるように桜井の胸ぐらを掴む手に力を込めた。

「素直に答えろよ」

「あ、はい。あの……上納金を多く入れれば早く幹部になれると思って。でも普通のシノギじゃなかなか稼げなくて……組長が林田組として手を出すなって言うから、個人的に回収すればいいかと」

桜井が言い訳をしている最中に、夫は苛立った様子で投げ捨てるように彼を床に叩きつけた。「てめえらがそんなに聞き分けのねえガキだとは思いもしなかった」

「瀬戸組長、誠に申し訳ありません。昨日に引き続き今日まで本当にすみませんでした」

「謝るだけなら子供にだってできる。昨日は妻が客が多くいる手前、それで許したかもしれねえが、今回はそれで手打ちってわけにはいかねえな。林田組の組長として、どう責任を取るつもりだ」夫は倒れた桜井を冷めた目で見下ろしながら言う。桜井はそんな夫に恐怖し、顔を青くして助けを求めるように組長を見ている。

「分かりました。では、こいつらは俺の組から全員破門にしますので、そちらの好きなようにしていただくというのはどうでしょうか」

「組長、破門だけは……破門だけは勘弁してください」

「あの、組長、奥さん、本当にこの度は申し訳ありませんでした。どうかお許しください」組長の破門という言葉に動揺した桜井とその仲間たちは、すぐさま全員夫と私たちの足元で土下座をした。

「咲子、どう思う?」夫は土下座する桜井たちを見下ろしたまま私に尋ねてくるので、私は少し考える。

「正直、昨日のこともあるから、心から謝罪してるように私には見えないわね」

「そうか。桜井、お前はどう思う?」

「そうですね。元々調子がいい奴らではあるので、謝ってるふりの可能性もありますね」

頼みの組長にまで見放されたと、桜井は顔をあげて絶望的な表情をしていた。もしかしたら組長と夫が知り合いだったことから、謝ればとりあえず軽く済むかもしれないという甘い考えを持っていたのかもしれない。だが、私の夫はそんなことで手心を加えるような人ではない。

「桜井までそうだと言うなら、そうなんだろうな。おい、桜井、こいつらを少し痛めつけろ。そうしたら少しは反省するだろう」

「そんな!本当に反省してます。組長、お願いします」桜井たちは組長に視線を向け、必死に懇願するも、組長はため息をつき出して諦めろとでも言うように小さく首を振った。

「おい、てめえらやれ」無慈悲な組長の指示に、他の組員たちは逆らうこともせずに、桜井たちを殴り始めた。鈍い音と殴られるたびに苦しそうなうめき声が聞こえ続ける。しばらくして夫が止めるよう言った時には、桜井たちは息も絶え絶えな様子で床に倒れていった。

「うあ……本当にもう申し訳ありません」ボロボロの姿のまま謝罪の言葉を口にする桜井たちを見て、夫は満足したようで彼らのそばにしゃがみ込む。そして桜井の髪の毛を掴むと、顔を無理やり上げさせた。

「やっと反省したようだな。さて、本題だが、てめえらのせいでしばらく旅館は休業せざるを得ない。旅館の修繕費とその損失金として、1億円支払ってもらおうか」

「え、1億円ですか?そんな払えません。せめて分割にしてもらえませんか?」

「あ、500万はすぐ支払えと言っていただろうが。今すぐ支払わないと、てめえらの命で償ってもらうことになるぜ」

「え、あ、払います!金貸し呼びます!」夫に睨まれて喉が引きつるような短い悲鳴をあげた桜井は、すぐさまスマートフォンを取り出して金貸しに電話をし始めた。

そして30分もしないうちに現れた金貸しから1億を借りて、私たちに支払いを済ませた。桜井たちはそのままどこかへと連れて行かれてしまうのだった。その後、桜井たちは組長の話によると、借金返済のためにマグロ漁船に乗せられることとなったそうだ。酔いと寒さの中で過酷な労働を強いられることとなった桜井たちは、命がけの慣れない仕事に怒鳴られ続けながら仕事を続け、みかじめ料を軽い気持ちで取ろうとしたことを心から後悔しているらしい。

私はといえば、夫が回収してくれた1億円で旅館を修繕し営業を再開することができたけれど、私には心配していることがあった。ずっと隠し続けていたヤザの妻であることが、今回の騒動で従業員全員にバレてしまったので、辞職したいという人も出るのではないかということだ。

覚悟はしていたが、意外にも誰も辞めずに、「ヤザが来てもこれから安心だ」と笑いながらみんな仕事を続けたいと言ってくれた。私はいい従業員に恵まれたことを感謝しつつ、これからもこの旅館をもっと盛り立てていこうと心に誓ったのだった。

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