「川島、お前ちょっと来い」
社長の浜口に呼び出された俺は、一瞬胸の中で期待していた。俺は元コンサル出身。潰れかけたこの会社に、社長自らのスカウトで入社した。業績は回復傾向にあり、債権も目前。もしかして小級か、役職の打信か。
。だが浜口の口から出たのは、予想外の言葉だった。
。
よ済みだ。高級鳥はもういらん
一瞬、時が止まった気がした。俺は動揺を押し殺し、冷静に問い返す。
。
本当にいいんですね。
浜口は鼻で笑いながら言った。 当然だろう。
俺の名前は川島陽介。かつては大手コンサルティングファームで経営債権を専門にしていた。傾きかけた企業に入り込み、現場を分析し、仕組みを整え立て直す。それが俺の仕事であり、生きがいでもあった。扱ってきた案件は中堅者から地方の製造業まで様々だが、どの現場でも結果を出してきたという自負はある。
だが、実際の債権は非常のクーロンでは通用しない。社長の市場、社員の不満、現場のタを受け止めた上でどう改善するか,泥水をするような調整と説得が日常だった。
そんな俺の元に、ある日一本の連絡が入った。送り主は王戦と商事という重賞小企業の社長,浜口安成。
うちの会社を再建してくれ。できれば外からじゃなくて,徹底的に立て直してほしい。そう言ってきた浜口は、俺が過去に手掛けた案件を熟地しており、どうしても車内から変革を起こして欲しいと懇願してきた。
迷いはあった。コンサルを離れて一企業の社員になるということは,自由を失うことにもなる。だが浜口は報酬面でも大きくし,コンサル時代より高級で,しかも業務方針に口出しはしないという条件を提示してきた。ここまで言うならやってやろうじゃないか。俺はそう決意して王戦と商事に入社した。
とはいえ当初の王戦とはひどい有り様だった。売上は右肩下がり,人材は次々に流出し,業務不ローは続的で非,改革仕様にもそもそも現場に仕組みがなかった。会議の技似録すら残っておらず,営業担当も関だけが頼り。仕入れ価格は高止まり,販売価格は市場競争力を失っていた。
俺はまず人脈を騒動員して取引先を見直し,安定した仕入れと販売チャネルを整備した。次に業務改善のフレームワークを車内に導入し,会議自体の見直しやデータ分析の仕組みを作った。結果,大手企業との新規契約をいくつも実現し,社員の表情にもようやく前向きさが戻ってきた。
車内では「川島さんが来てくれて本当に良かった」と言われることも増えた。中には部署を超えて相談を持ちかけてくる社員もいたほどだ。俺自身ももうこの会社の外からではなく中にいるからこそできる再建の価値に手応えとやりがいを感じていた。数字が全てじゃない。現場の空気が変わり始めた時,初めて組織は再生のスタートラインに立つ。俺はそれを現場で何度も見てきた。この会社もようやくそのスタートラインに立てた。そう信じていた。
だが、そんな矢先だった。
ある日,突然社長室に呼び出された俺は,耳を疑うような言葉を聞くことになる。
「もう良いんだよ。高級はもういらん」
努力も実績も信頼も,まるで初めから無意味だったかのように切り捨てられた。理不尽だがそれが現実だった。
その日,デスクに座ってメールチェックをしていると内線が鳴った。「川島,ちょっと社長室に来てくれるか? 」妙に欲のない声だった。だが俺はその一言にどこか胸が高鳴った。このところの経営数字は全て右肩上がり。新規契約は月を追うごとに増え,内部の仕組みも安定してきた。浜口の口から「君のおかげだ」とは言われないまでも,小級や体遇の見直しの話が出る可能性はある。いや,もしかしたら役職が与えられるのかもしれない。そんな淡い期待を胸に,俺は資料片手に社長室へと向かった。
だがドアを開けた瞬間,その期待は見るも無残に打ち砕かれる。
「うちの経営もようやく安定してきた。だからもうお前はいらん」
何かの冗談かと思った。「それはどういう意味ですか? 」浜口は俺の驚きを面白がるように,椅子にふんぞり返って笑う。
「お前さ,コンサル上がりってだけで偉そうなんだよな。前から言ってたんだよ。「川島さんって信用ならないよな」ってな」
「私が誰かに不信を持たれるようなことをしましたか? 」
「いや,そういう問題じゃないんだよ。頭いいやつってむかつくんだよな。口調も理屈っぽいし,なんか見下されてるみたいでさ。お前の態度鼻につくって声が多かったよ」
勝手な被害妄想と嫉妬の塊。俺が感情を荒げたら向こうの思う壺だ。ぐっと堪える。
「ですが,実際に成果は出ています。新規取引も人材の定着率も改善傾向にあるはずです」
「成果が出てるのは当然だろ。俺の会社なんだからよ。元々ポテンシャルはあったんだよ。お前が何したかなんて関係ない。現場が頑張ったんだよ」
「その現場の教育に私は一日も欠かさず時間を割いてきました。ほれ草すら満足にできなかった社員たちに,基本から叩き込んできたつもりです」
「そういうのがうざいって言ってんの。恩着がましいんだよお前は。しかも高級のくせにずっと居座る気か?

冗談じゃない」
「報酬はそちらが提示したものです。最初にコンサル時代より上乗せすると」
「そうだよ。だから払ってやってたんだろう。でももう良いんだよって話よ。高い給料を払う理由がなくなったってだけ。感謝しろよ。今まで分不相応な額をくれてやったんだから」
ここまで来ると呆れすら湧かない。俺がどんな思いでこの会社に来て,どれだけ本気で立て直そうとしていたか,この男には一ミリも伝わっていなかった。
「というわけで,今すぐ荷物まとめて出ていけ」
「本当にそれでいいんですね」
言いながら自分でも驚くほど冷静だった。もうこの男の下で働く理由はどこにもない。だがその決断の代償だけは,一応確認しておこうと思った。
「おお,何度も言わせな。早く消え失せろ」
俺は黙って深く頭を下げ,社長室を出た。その足でデスクへ戻ると,パソコンの中に残った業務データを整理し,退職の準備を始める。何年も付き合ってきたクライアントの連絡先,俺を信じて契約してくれた人たちの一覧を,静かに開いた。
崩れたのは俺の中だけじゃない。浜口安成という男の判断力も,完全に崩壊したのだ。
社長室を出た俺は,そのまま席に戻り,最小限の荷物だけをまとめて会社を後にした。会社の玄関を出た時,思ったよりも風が冷たくて驚いたけれど,それ以上に俺の心は不思議なほど静かだった。悔しさもあった。怒りもあったけれど,すでに次にやるべきことははっきりと決まっていた。
車に乗り込みエンジンをかけると,俺はすぐにスマホの連絡先を開いた。一件目は藤崎銃校営業部長,北原淳。かつて俺がコンサル時代に担当していた企業であり,今の王戦と商事との取引も俺の紹介から始まった縁だった。
「お疲れ様です。北原さん。突然のご連絡,失礼します」
「川島さん,どうしたんですか? こんな時間に」
「実は本日付けで王戦と商事を解雇されました」
「はあ。え,それは冗談ですよね」
「いえ,社長の判断で『経営が安定してきたからもう良い』と,今すぐ出て行けと言われました」
電話の向こうが一瞬で凍りつく。
「正気ですか,それ? あの会社,あなたがなければ今も地を這ってたでしょうに」
「そう言っていただけるだけでもありがたいです」
「じゃあここからの契約は? 」
「そこも含めて北原さんのご判断にお任せします。ただ私がいなくなるという事実はお伝えしておくべきだと思いまして」
「いや,ちょっと待ってください。はっきり言います。あなたがいないなら契約する理由はないです。正直あの会社の若手には不安を感じていましたから」
「やはりそうでしたか」
「現場のミス,対応の遅さ。あなたが間にいなかったら,特に問題になってたこといくつもありましたよ」
俺は静かに息を整えてから,次の言葉を口にした。
「そこで一つご相談があります。もしご判断いただけるようでしたら,他社と足並みを揃えて,明日の朝までに契約解除通知を出すという形にできないかと」
「一斉にですか?
」
「私個人としての復讐ではありませんが,誠意を持って築いた関係をこんな形で踏みにじられるのは,どうしても納得がいかないのです。皆さんの方から意思表示をされるのも必要ではないかと考えまして」
「その気持ち,よくわかります。藤崎重行としても黙って見過ごすわけにはいきません」
「了解です。こちらで準備を進めます。他社とも話を合わせてください」
「ありがとうございます。確認の連絡は私の方から順に入れていきます」
その後,俺は電話を切ると,立て続けに他の取引先敬護者に連絡を入れた。どの担当者も最初は驚き,次に怒り,最後には同じように言った。
「川島さんが首,意味が分からない。あなたがいたから契約したのに,会社側がそれを切り捨てるって正気か」
「信頼で繋がってたのに,それを裏切るのはどう考えても間違ってますよ」
「そして何より,うちも契約を切ります。他社とも合わせて一斉に解除します」
共通していたのは「川島洋介という男の誠意を信じていた」という言葉だった。俺は一つずつ丁寧に霊を述べこう念押しした。
「お手数おかけしますが,もし解除される場合は明日の朝までに通知を出していただければ助かります」
どの企業もすぐに了承してくれた。
夜が更けていく中,俺のスマホには「送信完了」「了承しました」の返信が次々と届いていた。
翌朝,浜口のデスクには複数の所用取引先からの契約解除通知がきっちりと並ぶことになるだろう。それは俺が残したささやかなお土産だった。
翌朝,王戦と商事は開幕早々に異様な空気に包まれていた。社長室に立て続けに契約解除通知のファックスとメールが届いたのだ。
「なんだこれ? 」
送り主はいずれも同じ内容だった。「主要取引先,藤崎先銃行,誠電光,LINEロジス,親営英建設,統立産業」全ての文面に書かれていた共通の理由は一つ。
「川島氏の退職に伴い,今後の協力体制が維持困難と判断いたしました」
最初の一件を見た時は偶然かと思った浜口だったが,同じ内容の通知が次々に届き,ついには机の上が書類の山になった。
「ふざけるな。何で何で一斉に契約切られてんだよ」
叫ぶ声が車内に響き渡り,社員たちもざわつき始める。
「どういうことですか? これ全ての所用取引先が一斉に『理由:川島がいなくなったから』って書いてありますけど」
その言葉に浜口の顔色が見る見る仄暗がっていく。俺がいかに取引先から信頼されていたか,ようやくその重みを思い知らされた瞬間だった。
だがそれでも浜口は自分の過ちを認めなかった。
「落ち着け,たかが一人がいなくなったくらいでうちが回らなくなるわけない」
無理に笑いを作りながら声を張り上げる。
「川島の提案した改善は残ってる。お前らそれを見ながら進めればいい。現場を回して新しい契約先を探してこい」
社員たちは不安を滲ませながらも,口を閉じて頷くしかなかった。
そして一ヶ月が経った。結果は壊滅的だった。
俺が残した改善策を使いこなせる人材はおらず,車内の石疎通は元通りの混乱状態。営業は何社訪問しても成果ゼロ。「むしろ川島さんがいないのなら契約は遠慮します」とまで言われる始末。
月末の数字を見た浜口は言葉を失った。売上は俺が入社前の状態どころか,それ以下に落ち込んでいた。
机につっぷす浜口の背に誰かの声が響いた。
「やっぱり川島さんを切ったのは間違いだったんじゃないですか」
その声に浜口は答えなかった。だが何も言い返せなかったということが,何よりの答えだった。
退職から一ヶ月経ったある日,朝の光が差し込む部屋で俺は資料の整理をしていた。そこにスマホの着信が鳴る。画面に表示された名前を見て,思わず目を細めた。
「浜口安成」
まさかと思いながら通話に出る。
「川島,すまない。助けてくれ。頼む」
しぼんだような声だった。かつての威圧的な雰囲気は一切なく,うわごとのような声だけが耳に届いた。
「私を解雇した会社に戻る理由が見つかりません」
「分かってる。でも君がいなくなってから全てが崩れたんだ」
浜口は続けた。「社員は指示に従わず,現場の統率も失われ,営業先にも相手にされなくなった」という。「車内の空気が日に日に重くなり,誰も状況を立て直せないまま混乱が続いている」と。
「想定できなかったことではないでしょう。」
「私は本当にそれでいいんですかと,何度も確認しました」
「すまん。君が連れてきた企業にも見放された。藤崎重行も統立産業も,誰も話を聞いてくれない」
「あんなに良好だった関係が」
「皆さん私との信頼で契約してくださっていた方々です。当然の判断でしょう」
「営業も君の改善策も全部引き継いでやってみた。だけど全然うまくいかない。治療通りにやっても成果が出ないんだ」
「それも当然です。あの改善は現場の理解度や人の特性に合わせて設計したものです。形式だけ真似しても機能するわけがありません。私は一日一日社員の反応を見ながら,何度も調整を重ねていました。一年やそこらで再現できるような仕組みではありません」
浜口は言葉を返せなかった。俺はスマホを静かに持ち直しながら,相手の反応を待った。通話の向こうから沈黙だけが流れていた。
沈黙の後,俺は静かに言葉を続けた。
「私は五年かけて社員を教育し,業務改善を車内に定着させるつもりでした。五年ですよ」
「この社員のレベルがそこまで高くないことも最初から把握していました。だからこそ急がず,順を追って仕組みを育てる必要があったんです」
「ほんの少しずつでも浸透させれば変わる可能性はあった。その希望があったからこそ,俺はこの会社に身を置く決意をした」
「それまで持ちこたえられるように私の人脈を使って大手との取引も繋いだ。土台を作り,時間を稼ぐために必要な布石だったんです」
「でも俺はしましたが,あなたはそれを全部壊した。自分の思い込みとプライドで」
浜口は明らかに声を震わせていた。わずか数十日前,自信満々に「もう良い」と俺を切り捨てた男の声とは思えない。
「頼む。もう一度,もう一度やり直してくれ。条件は同じでいい。報酬も全て元通りにする。今度こそ邪魔しない。本当に反省してる」
「頭を下げて頼んでるんですか?
」そう口にしながらも俺の声は終始冷静だった。
「あなたと関わるつもりはもう一切ありません。私はあの日最終確認をしました。「それでいいんですね」とあなたは当然だと笑いましたよね」
「お願いだ。会社が潰れてしまう。社員たちの生活が,家族が,みんな路頭に迷う」
「それはあなたが社長として背負うべき責任です。他人の人生を背負ってる自覚があるなら,,私を切った時点で気づくべきでした」
電話の向こうで,何か物が倒れるような音がした。そして絞り出すような声が響く。
「待ってくれ」
「頼む,お願いだ」
ついには言葉ではなく絶叫に変わっていた。哀れだったが情けをかけるつもりはなかった。
俺は何も言わず,スマホの通話ボタンをゆっくりと押し,静かに切った。
画面が暗転し,部屋の中にまた静寂が戻る。しばらくの間,,俺は手のひらにあるスマホをじっと見つめていた。もう戻ることはない。いや,戻るべきではない。最後の情けをかけずに済んだことに,少しだけ安堵すら覚えていた。
通話を切ったあの日から,俺の元に浜口から連絡が来ることは二度となかった。
それから数週間,王戦と商事の名前は業界内で徐々に「終わった会社」として知られるようになっていった。主力顧客を一気に失った影響は想像以上で,資金繰りは急激に悪化。新規の契約は全く取れず,既存の取引先にも不信感が広がった。内部では社員の離職が止まらず,,支えとなる人材さえ次々と辞めていった。
浜口はそれでも「再建できる」「まだ打てる手はある」と繰り返していたらしい。だが肝心の金融機関すら見放し,,融資も引き上げられ,最終的には経営破綻。会社は静かにそして確実に潰れた。自分で壊した会社の責任を最後まで誰かのせいにしながら。
一方俺はと言うと,,あの通話の数日後には次の現場に向けて動き始めていた。ある中堅メーカーの経営改善プロジェクト,,すでに現場ヒアリングも始まり,,慌ただしい日々が戻ってきている。不思議なものだ。噂を聞きつけた藤崎を始め,,以前の取引先たちからも「川島さんとまた一緒に仕事がしたい」と連絡が入ってきた。
必要としてくれる場所で全力を尽くす。。その姿勢を貫くことが俺にとっての信念だ。会社の看板や役職ではなく,,信頼と実力こそが最も確かな武器だと,,改めて思い知らされた。
今俺はまた新しい現場に足を踏み入れる。時間はかかってもいい。。信頼は積み上げ直せばいい。。どんなに混沌とした組織でも,,まっすぐ向き合えば必ず光は見える。。誰かに頼られ,,必要とされる限り,,俺は前に進み続ける。。静かにだが確かに,,再び一歩を踏み出していた。


