成人式を終えた息子がスーツを脱ぎ捨て、ソファにどかっと座った瞬間、彼の口から飛び出したのは、私への命令だった。
「おい、くみ子、ビール。」
夫もソファの前のテーブルに座り、今日ばかりは息子の成人を祝うつもりなのか、私を待ち構えていた。
蓋を開けると、二人は笑い合いながら、私をこき下ろし始めた。
「全く、言われなくてもすぐ持ってこいよ。本当に使えないやつだぜ。」
「あれで母親面してんだから、笑えるよな。」
夫は続ける。
「まだうちの会社の掃除のおばちゃんの方が役に立つわ。こんなんじゃすぐに首だな。」
その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。いや、違う。もしかすると、ずっと前から決めていたことなのかもしれない。私は静かに台所へ戻り、一枚の紙を取り出した。
二人の前に戻ると、私は記入済みの離婚届を突きつけた。
「それなら、首でいいです。これ、退職届です。今までお世話になりました。」
夫は鼻で笑いながら、あっさりと署名した。
「ふん。こっちは別に構わんぞ。息子も成人したんだし、お前はもう用済みだ。」
私は荷物をまとめるため、一度部屋へ向かった。
私の名前はくみ子。幼い頃に両親が離婚し、母に女手一つで育てられた。
決して裕福な家庭ではなかった。母は朝から晩までパートを掛け持ちし、親子で過ごす時間などほとんどなかった。学校でも片親だという理由でからかわれ、いつも寂しい日々を送っていた。
しかし、母が無理して働いているのは分かっていたから、私は家では明るく振る舞うことにしていた。母もそれを察してか、誕生日には大きなケーキを買ってきてくれた。
そんな母を見るたび、私たちを捨てた父への恨みは日に日に強くなっていった。
高校を卒業する時、友達がみんな進学する中、私はこれ以上母の負担をかけるまいと、進学を諦めて就職する道を選んだ。高卒から必死で働き、三十代になってようやく生活が落ち着いた頃、そろそろ母を安心させたいと思い、お見合いをすることにした。
そこで知り合ったのが、今の夫、たけおだった。夫は大手企業の会社員で、将来は重役を約束されていると豪語する、いわゆるエリートサラリーマンだった。
夫には前の結婚との間にできた小学生の連れ子と、義母がいた。結婚に際し、夫は二人の世話をしてほしいと私に頼んだ。母は「余計な苦労を背負うことになる」と反対したが、高卒から必死に働く苦労を知っていた私には、仕事に自信満々の夫がたくましく見えた。
そして、半ば強引に母の反対を押し切り結婚した私は、息子と義母の世話をしながら暮らすことになった。
結婚から数年が経ち、夫との間に子どもはできないまま四十代を迎えた。連れ子の息子は高校生になり、次第に素行が悪くなっていった。勉強もせず、ゲームセンターやカラオケで遅くまで遊ぶ毎日。遊ぶ金欲しさに私の財布から金を抜き取り、私のバッグや洋服を無断でネットオークションに出品するようにまでなった。
当然、私は注意した。
「いくら家族のものでも、勝手に売り払うなんてダメでしょう。」
すると、息子は吐き捨てるように言った。
「はあ? 母親でもないくせに、家族ヅラするなよ。クソババア。」
私は一度も「お母さん」と呼ばれたことがなかった。初めて会った日から、今日まで。いつも「くみ子」と呼び捨てにされ、完全に見下されていた。
夫や義母にこのことを伝えても、二人は息子を注意することなく、無関心を決め込んだ。私は一人で悩みを抱えるしかなかった。
そんなある日、さらに悩みが増えた。夫が寝床で言い出したのだ。
「そろそろお袋も年だろ。昼間はお前も仕事に行ってるから、お袋が一人でいるのが心配なんだ。」
「確かに、最近廊下で転んだりすることも増えたって言ってましたけど…」
「ああ。だからお前には仕事をやめて、お袋の介護をしてほしい。」
「え、待ってください。急に無理です。あそこは私がずっとお世話になっている職場で…」
「仕事とお袋と、どっちが大切なんだ?」
結局、私は長年勤めた職場を辞め、義母の介護に徹することになった。
しかし、義母は介護されることをいいことに、何でもかんでも私に任せるようになった。これまで二人で分業していた家事は全て私一人の仕事になり、何度もお茶の準備をさせられ、わざわざ家にない茶菓子を指定して買いに行かされた。
「少しは自分でも動いてほしい」とそれとなく伝えると、義母は怒鳴った。
「口答えするな! 本当に役立たずの家政婦だね。」
夫や息子の前でもそんな扱いを受け、私はたまらず二人に助けを求めたが、「介護はお前の仕事だろう」と言われるだけだった。
これまで、息子に母親扱いされなかったのと同じで、義母からも嫁として認められていなかった。家事の手順が少しでも違えば、猛烈な勢いで怒られた。それもこれも、私が働いていたから仕方なく分担していただけで、今は私を思い通りにこき使えると思っているのだろう。
「あんたがしっかりしてないからよ」と、息子の子育ての責任も全て私に押し付けてきた。
これから死ぬまで、こんな生活が続くのかと思うと、気が狂いそうだった。相談できる友達もおらず、母に心配をかけたくないと思って、私は一人で耐え忍ぶしかなかった。
そんな地獄のような生活が数年続いたある日、義母が突然の急病で亡くなってしまった。
義母の死は悲しいものだったが、心の奥底で「あのいびりから解放される」という安堵の気持ちがあったのも事実。しかし、私の苦労は終わらなかった。
実の母親が亡くなったというのに、夫は一切悲しむ様子を見せなかった。葬儀の準備は「仕事が忙しい」という理由で全て私に押し付けられた。
「いくらなんでも…」と不満をぶつけると、「働いてないんだから当たり前だろう」と言って、全く取り合ってくれなかった。私の母が倒れて入院した時でさえ、夫は信じられない言葉をかけた。
「お前がいなくて、家事はどうするんだ? 掃除は? 風呂は? 飯は? 息子だっているんだ。勝手に家を出ることは許さんぞ。」
必死で説得を試みたが、許してはもらえず、何と息子に見張りまでさせられた。
結局、私の願いも虚しく、母は数日後に帰らぬ人となった。
母の死に目に会えなかった悲しみ。そして、「あの時、母の忠告を聞いて結婚しなければよかった」という激しい後悔。悲しみは耐えがたいものだった。
母の葬儀の日、夫は渋々私が参列するのを了承したが、自分はまたしても仕事を理由に参列を拒否した。さらに、葬儀が終わったその夜、夫は私に電話をかけてきて、怒鳴った。
「いつまで遊んでるんだ? 早く帰って飯を作らんか。」
親族から冷ややかな目を向けられる中、私は泣く泣く家に戻らなければならなかった。
荷物をまとめて帰ろうとした時、不意に背後から声をかけられた。振り返ると、葬儀にも参列していた初老の男性が立っていた。母の友人だろうかと思っていると、その男性は驚くべきことを口にした。私の実の父親だと名乗ったのだ。
それからも、夫や息子の私へのいびりはエスカレートしていくばかりだった。
夫は断ることなくゴルフだの出張だのと言って家を開け、家族サービスには全く興味を示さなかった。「社長命令なんだから仕方ないだろう」と、私を馬鹿にしたように言うばかり。
私が体調を崩して寝込んでも、夫は部下を連れて帰ってきて「美味いもん作ってやれ」と無理やり私を起こし、酒とつまみを用意させた。そして、部下の前で酔っ払いながら、私をこき下ろすのだ。
「俺は会社の重役なんだぞ。誰のおかげで生活できてるか考えろ。お前は家政婦として家に尽くせばいいんだ。」
息子も大学生になると、一層私を見下すようになった。働くこともせず、大学にもまともに通っていない様子で、身の回りのことを全て私に命令してきた。この間なんて、気になる女の子にプレゼントを買うからと言って、私の母の形見のアクセサリーを勝手に質に入れてしまった。
もう限界だった。あの二人は私を、ただ家事をするだけのロボットだとしか思っていない。私は部屋で一人泣きながら、母の葬儀で出会った父の顔を思い浮かべ、スマホに手を伸ばして電話をかけていた。
あの日から数日後、成人式を終えた息子が帰ってきて、例の暴言の数々。私は夫の完全なる本音を聞いた瞬間、心に秘めていたことを実行に移す決意を固めた。
私が部屋で荷物をまとめていると、夫がニヤニヤしながら入ってきた。
「よう。最後の情けで駅まで送っていってやろうか。」
私は何の感情も込めずに答えた。
「結構です。家族に迎えに来てもらえますから。」
「ふん。何が家族に迎えに来てもらえますから、だ。父親に捨てられて母親も死んだお前のところに、誰が迎えに来てくれるんだか。強がり言って、本当は何の当てもないんだろ。」
「大体、俺はお前の父親代わりもしてきたつもりだ。お前が父親の愛情を知らない世間知らずな女だったから、会社の重役で仕事ができて頼りがいのある俺が、夫と父親の二刀流になってやったんだ。ありがたいと思えよ。」
「それに、こんな根性の悪い女が生まれたんだから、お前の父親も大したやつじゃないんだろうな。今頃とっくにグレてるかもしれないが、ダメ男の参考に一度くらいは顔を見てやってもよかったぜ。」
私は荷物をまとめ終えると、夫の正面に立ち、薄く笑った。
「そうですか。わかりました。そんなに見たいなら、今すぐにでも見せてあげますよ。」
「はあ? 何言ってんだ。お前の父親は、とっくに離婚して行方知れずのはずだろうが。」
しばらくして、インターホンが鳴った。
「家族が迎えに来ました。」
私は静かに立ち上がり、鞄を持つと玄関へ向かった。夫は「まさか本当に迎えに来るとはな」と呟きながら、ついてきた。
私が玄関のドアを開け、その人物を迎え入れると、そこに立っていたのは父だった。私の後ろから覗き込んだ夫は、その顔を見るなり、驚きのあまり言葉を失った。
「し、社長…? 一体どうされたのですか? どうして私の家に…?」
夫は慌てふためき、乱れていた服装を直し始めた。
「今の私は社長ではなく、そこにいるくみ子の父親だ。父親の時は、君のことを名前で呼ばなくてはいけないかな。…たけお君。」
「え、ど、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ、たけお君。」
そう、ずっと母と離婚し、行方不明になっていた父は、実は夫が勤めている会社の社長になっていたのだ。母の葬儀の日に父だと知った私は、和解していた。
「随分と私の娘が世話になったようだ。これまで長いこと、よくも家政婦として働かせてくれたね。」
一見穏やかでゆっくりとした口調だったが、奥底では激しく怒りが渦巻いているのが分かる声だった。
「今の君の地位があるのは、一体誰のおかげだと思っているんだね。君の会社は、二年前に私の会社が吸収合併している。多くの同僚が解雇や地方へ飛ばされる中、君だけは私に気に入られて幹部にまで取り立てられていた。」
「え、それはもちろん、社長でございます! 私は社長の推薦で重役になれたわけですから、あのご恩は一生忘れたことはございません。」
「確かにそうだな。だが、それは特別君に仕事の能力があったから抜擢したわけではない。君がくみ子の旦那だったからこそ、だ。それなのに、君は随分くみ子を泣かせてきた。そうじゃないか。」
父の威圧に、夫は日傘に小さくなるしかなかった。
父はさらに続けた。
「あの葬儀の夜、君の電話が聞こえてきた時から、私は君に不審感を持つようになった。それから君の仕事ぶりにも注意してみることにしたんだ。私はここ数年、くみ子の誕生日に君に花束を持たせていたのを覚えているかね?」
「そ、そういえば、確かに毎年頂いておりました。必ず妻に渡すようにと。」
「そうだ。あれはくみ子に渡すための花束だ。しかし、君はその花をくみ子に渡したことは一度もなかったようだな。」
「それに、君はやたら私の命令でゴルフや出張に行っていたらしいが、私が君にそんな命令をしたことが一度でもあったかね? 君は私の前では『妻との時間は大事だから』と言っていたと思うんだが…」
夫は、何も言い返せずに硬直していた。私は泰然と、夫が家族サービスどころか浮気をしているところを録音したデータを再生し、探偵に依頼した調査結果を淡々と報告した。
「調査の結果、たけおさんには以前から若い愛人がいることが分かりました。その女性は、父の会社のライバル会社の秘書をしており、重役の立場にあるたけおさんから機密情報を聞き出していました。」
「父が私に届けようとしてくれた花束は、その女性への手土産としてプレゼントしていたんですね。」
私は報告を終えると、全ての判断を父に委ねた。
「さて、たけお君。覚悟はできているかな。」
夫は死んだ顔色で立ち尽くしていた。
そこへ、異変を感じた息子が酔っ払いながら玄関にやってきた。
「あ、誰だよ、そのおっさん。おい、くみこ、ビールが切れたなら早く買ってこいよな。」
父は穏やかに言った。
「君は息子君だね。いけないな。お母さんのことを呼び捨てにしては。」
「はあ? 何だよ、急に。どこの誰だか知らないけど、クソおっさんが口出しするなよ。」
息子の暴言に、夫は我慢できずに息子の頬を力いっぱい叩いた。
「バカ野郎! 一体誰に向かって口を聞いてるんだ! この方は俺の会社の社長だぞ! 申し訳ありません、社長! うちのバカ息子が…」
夫は必死に弁解するが、父の意思は変わらなかった。
「たけお君。君から社長と呼ばれる筋合いはない。もちろん、くみ子の旦那は今日まで。会社も当然、首だ。後の処遇については追って報告する。」
夫は力なくその場に座り込み、顔色は真っ青だった。
「そ、そんな…俺のエリート人生が…」
一方、息子は真っ赤な顔で怒り狂っていた。
「はあ!? 首ってどういうことだよ! 俺が大学卒業したら、社長に口利きしてやるって父さん言ってたじゃないか! 俺は就活もしてこなかったんだぞ! 俺の人生どうしてくれるんだよ!」
夫と息子は、その場で取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。
「もう、行こう。」
父に促され、私はこの家を出た。義母の頃から数えて十年間、私を苦しめた魔の家からの脱出だった。
その後、元夫はライバル会社に機密情報を漏洩した罪で刑事告訴された。息子は「エリート会社員になる」と周囲に豪語していたようだが、父親の失脚が知れ渡ると、女性たちは一斉に離れていった。特技も資格も何もない彼はどこにも就職できず、私がいなくなった家はゴミ屋敷化していったという。
私は今回の件で和解できた父と少しずつ時間を積み重ね、ようやく、ずっと気になっていた母との離婚した理由を聞くことができた。
「原因はな…母さんが男の子を生まなかったことだ。お前の父方の家族からのいびりが、どんどんひどくなっていった。耐えられなくなった母さんは、離婚を決意したんだ。仕事が忙しくて、苦しむ母さんを守ってやれなかった。ずっと後悔し続けていた。」
母もまた、家族からのいびりを受けていたと知り、息が詰まる思いだった。だからこそ、私が結婚しようとした時に、母はあんなに必死に止めてくれたのだと思うと、切なくなった。
母の死をきっかけに父と和解できたのは、母が私たち親子を繋いでくれたからかもしれない。
私は離婚を機に、長年お世話になっていた仕事に復職した。父は秘書として迎え入れるつもりだったようだが、私はきちんと自立したいと思い、丁重に断った。父も私の意思を尊重し、近況報告以外はあまり口を出さないようにしてくれている。
今度は、父の誕生日に私から花束を送ることにしよう。



