35年間、美容師として必死に働いて貯めたお金を、息子夫婦のために使ってきた。結婚資金に300万円、マイホームの頭金に500万円、車に200万円、毎月の生活費5万円、出産準備金50万円、総額1550万円以上を。それなのに、初孫が生まれたことを、私は義母のLINEで知らされた。「ごめん、伝え忘れてた」という、たった一言で。病院に駆けつけても、赤ちゃんを抱かせてもらえず、30分で追い返された。SN…

35年間、美容師として必死に働いて貯めたお金を、息子夫婦のために使ってきた。結婚資金に300万円、マイホームの頭金に500万円、車に200万円、毎月の生活費5万円、出産準備金50万円、総額1550万円以上を。それなのに、初孫が生まれたことを、私は義母のLINEで知らされた。「ごめん、伝え忘れてた」という、たった一言で。病院に駆けつけても、赤ちゃんを抱かせてもらえず、30分で追い返された。SN...

私は美容師として35年働いてきた。その日も常連のお客様の髪をカットしながら、穏やかな時間を過ごしていた。もうすぐ初孫が生まれるんですよ、と嬉しそうに話していた矢先、スマホが鳴った。画面には息子の嫁の母親からのメッセージが表示されている。珍しいなと思いながら開いた瞬間、私の心臓は凍りついた。そこには生まれたばかりの赤ちゃんを抱く義母の笑顔と、「無事に生まれました。元気な男の子です」という文字が並んでいた。

初孫が生まれた。いつ。なぜ私は知らなかったの。震える手で息子に連絡すると、信じられない一言が目に飛び込んできた。「ごめん、伝え忘れてた」と。

その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。一生に一度の初孫の誕生を、義母のLINEで知らされるなんて。

なぜこんなことに。私は思わず、これまでの日々を思い返していた。25年前、息子の健が組さんと結婚した日のことを今でも鮮明に覚えている。「息子の幸せが私の幸せです」と、心からそう思っていた。美容師として35年間、毎日お客様と向き合いながら働き続けてきた私は、その収入の多くを息子夫婦のために使ってきたのだ。

結婚資金に300万円、マイホームの頭金に500万円、車の購入に200万円、さらに毎月5万円の生活費を5年間援助し、出産準備金として50万円をお渡しした。額にすると1550万円を超える金額だ。「息子の笑顔が見られるなら惜しくない」と、夫の誠もいつも息子のためだと協力してくれていた。

でも3ヶ月ほど前から、何かが変わり始めていた。訪問の回数が月4回から月1回に減り、連絡も週に1回程度になっていった。組さんからは「今日は義母が来るので」と断られることが増え、健からも「組が疲れてるから」と距離を取られるようになった。そして何より気になっていたのは、SNSで見かける義母さんとのツーショット写真だった。「もしかして、私、邪魔になってる」そんな不安が胸の奥で少しずつ膨らんでいく。

LINEを見た瞬間、私は仕事を早退して病院へ向かった。初孫の顔を、どうしてもこの目で確かめたかったのだ。車の中で夫の誠に電話をかける。「私、病院に行ってくる」「しえ子、大丈夫か」「初孫よ、合わずにいられないわ」

受付で部屋番号を尋ね、廊下を歩きながら私の心臓は激しく鼓動していた。緊張と期待、そして言葉にできない不安が入り混じる。病室のドアの前に立つと、中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。ドアを開けた瞬間、そこには幸せそうな光景が広がっていた。義母さんが赤ちゃんを抱き、義父さんも隣にいる。検闘身さんが笑顔で話している、まさに家族団欒の時間だった。

私が入った瞬間、その空気が一変した。「は、母さん」。健の声には明らかな動揺が滲んでいる。組さんは驚いた表情で固まり、義母さんは困惑した顔でこちらを見ていた。「来ちゃった」「初孫の顔、どうしても見たくて」。私がそう言うと、誰もがどう反応していいのか分からない様子だった。「えっと、その」。健の歯切れの悪い言葉に、胸が締めつけられるような思いがした。「赤ちゃん、抱かせてもらっていい」私が尋ねると、組さんが言う。「あ、でも、今寝たばかりで」「そうなの」「やっと寝ついたのよね」義母さんもすかさず同調した。「そう、じゃあ少し待つわ」。私はそう言って、部屋の隅の椅子に座った。

でも30分経っても、誰も私に赤ちゃんを抱かせてくれる気配はなかった。それどころか、組さんは何度も赤ちゃんを抱き上げ、写真を撮り、「可愛い」とねえと楽しそうにしているのだ。

「お母さん、仕事は大丈夫なの」健が心配そうな顔ではなく、どこか迷惑そうな表情で訪ねてくる。「今日は早退してきたから」「え、わざわざ」その言葉に、私の心は深く傷ついた。「わざわざ」という言葉。まるで来て欲しくなかったと言われているようで、そして、決定的な瞬間が訪れる。「お母さん、おむつ、教えてもらっていいですか」組さんが義母さんに声をかけたのだ。「もちろん」義母さんが嬉しそうに立ち上がる。「私もお手伝い」私が声をかけると、組さんは冷たく言った。「あ、お母さんは大丈夫です」「お母さんがいますから」「お母さん」、それは義母さんのことだった。私は、「お母さん」。その言葉の違いが、私の立場を明確に示していた。

結局私は30分だけ病室にいて、返されることになったのだ。「母さん、そろそろ帰らない」「組も疲れてるし」「まだ30分しか」「でも、あまり長居するのは迷惑だから」「迷惑」その言葉が真剣に突き刺さる。「分かったわ」。私が病室を出ようと、ドアに手をかけた時、ふと振り返ると、義母さんは朝からずっとここにいるような様子だった。

家に帰った後、私は夫の誠に全てを話した。「どうだった」「赤ちゃんは可愛かったわ」「抱っこできたか」「できなかった」「寝てるからって」「でも義母さんは何度も抱いてた」。誠は何も言えず、ただ私の手を握ってくれた。

その夜、私はどうしても気になってSNSを開いてしまった。そこには組さんの投稿があった。「今日も母が来てくれて、本当に助かりました」「母がいてくれて心強いです」「家族みんなで赤ちゃんをお祝いできて幸せ」写真には、組さんが赤ちゃんを抱いている姿、健の笑顔、義母さんも映っている。でも私の姿はどこにもなかった。まるで、今日、私がそこにいなかったかのように。さらに偶然、あるグループラインの存在に気づいてしまう。「組族」という名前のグループ。メンバーを見ると、健さん、組さん、義母さん、義父さんの4人。私は入っていなかった。そして、誤送信なのか、そのグループでの会話が一瞬だけ見えてしまったのだ。

「今日、お母さん来ちゃったんです」「え、突然LINEで知ったみたいで、困ったわね」「できれば私たちだけで過ごしたかったんですけど」「今度からはもっと気をつけるよ」「困った」「気をつける」。私は息子にとって「困った」存在だったのだ。合わせないように気をつけるべき、「邪魔な存在」だったのだ。「私は、完全に外の人なのね」その言葉が自然と口から漏れていた。

それから1週間が経った。私は毎日、息子からの連絡を待ち続けていた。「赤ちゃんに会いに来て」という、たった一言を。でもその言葉は、一度も届かなかった。そして、運命の日がやってくる。健からLINEが届いた。「来週、お宮入り行くことにしたから」「お宮入り」。孫の大切な行事だ。私はすぐに返信した。「そう、私も一緒に行くわ」「着物、用意しておくわね」しかし、帰ってきた言葉は私の心を凍りつかせるものだった。「でも、今回は俺たち夫婦と、お母さん家族だけで行くことにしたんだ」画面を何度も読み返した。「お母さん家族だけ」。「私は、人数が多いと赤ちゃんも疲れるし」「人数が多い」でも、義母さん家族は全員参加するのに。私は我慢できず、健に電話をかけた。手が震えている。「健、お宮参りは家族の大事な行事でしょう」「うん」「だから、組の家族と行くんだよ」「組の家族」。その言葉が真剣に突き刺さる。「私は家族じゃないの」「そうじゃなくて」「じゃあ、何」息子は少し黙った後、信じられない言葉を口にしたのだ。「母さんは、外の人だから」「外の人」だって。「母さんは血のつながった息子だけど、外の人でしょ」「組にとっては義母だし、子育てに関しては組の母親の方が頼りになるから」「悪いけど、これは組と俺が決めたことだから」私は言葉を失った。「外の人」。私が、実の息子から「外の人」と呼ばれたのだ。「外の人」。「私が、うん」「組も、実家の母に頼りたいって言ってるし」「あなたは、私の実の息子でしょう」「でも、気持ちを優先したいんだ」「母さんも分かってよ」「別に、というの」この理不尽を、私の中で何かが完全に切れる音がした。

「待ちなさい」。「私が今まで何をしてきたか、覚えてる」「結婚資金300万円、マイホームの頭金500万円、車の購入金に100万円、毎月の生活費5万円を5年間、出産準備金50万円」。1つ1つ金額を上げていく。「その他もろもろ含めて、総額1550万円以上、35年間美容師として働いて貯めたお金を、あなたたちのために使ってきたのよ」「それは、ありがたいと思ってるよ」「ありがたい」それだけ「だからって、お宮参りに呼ばないといけないわけじゃ、ないし」。私は、金ずるだったの。その時、電話の向こうで組さんの声がした。健が電話を代わるようだ。「お母さん、誤解しないでください」組さんの声には、悪びれた様子が全くない。「何が誤解なの」「援助は感謝してますけど、それと育児は別問題です」「別問題」「育児に関しては、母に頼りたいんです」「私も母でしょう」「いえ、義母です」「外の人です」はっきりとそう言い切った。「正直、お母さんがいる時、気を使うんです」「実母なら何でも言えるし、楽なんですよ」「楽」私がいると、気を使う。「楽じゃない」「お母さんは、お客さんとしてたまに会えればいいかなって」「お客さん」。客人、外の人。それに、組さんはさらに言葉を続ける。「お母さんって、ちょっと古臭いし、育児の考え方も古いから」「古臭い」。健が止めようとする声が聞こえるが、組さんは構わず続ける。「何」「本当のことでしょう」「本当のこと」これが、彼女の本音なのだ。私は深く息を吸い込み、できるだけ冷静に言った。「そう、よく分かったわ」「分かってもらえてよかったです」組さんの声には、安堵さえ感じられる。「え、本当によく分かった」「あなたたちの本音が」「私は外の人で、お客さんで、古臭い存在なのね」「母さん」健が慌てた声を出すが、もう遅い。「もういいわ」「お宮入り、楽しんできて」。私は静かに電話を切った。

その夜、夫の誠が帰宅すると、私は呆然と座っていた。「どうした」。全ての会話を話すと、誠の顔がみるみる赤くなっていく。「なんだと」「外の人だと」「私たちは1550万円以上も援助してきたのよ」「あいつら、恩を仇で返しやがって」誠も怒りで震えている。「こと、私、決めたんだけど、何を」「全ての援助を止める」。その言葉を口にした瞬間、不思議と心が軽くなるのを感じた。私はメモを取り出す。そこには、現在進行中の援助が含まれていた。「月5万円の生活費補助、月3万円の住宅ローン補助、月2万円の保険料、月1万円の光熱費補助、月1万5000円の携帯料金」。合計で、月12万5000円、年間150万円もの援助を続けていたのね。「これ、全部止めるのか」誠が確認するように尋ねる。「え、全部」「それでいい」「俺も賛成だ」。夫の言葉に、私は確信を持った。「外の人に援助する必要はないものね」その瞬間、私の中で何かが決まったのだ。「外の人として、適切な距離を保ちましょう」「息子たちは、自分たちが何を失うかまだ分かってないんだ」誠がそう言った。「明日、すぐに手続きするわ」その夜、私は一睡もできなかった。でも不思議なことに、心は晴れ晴れとしていた。「もう我慢しなくていい」「もう、理不尽に耐えなくていい」。私は自分を守ることに決めたのだ。

翌朝、目覚めた時、私の決意は揺いでいなかった。むしろ、より強く、より確かなものになっていた。「さあ、始めましょう」。鏡の中の自分に向かって、静かに微笑みかけた。

翌朝、私と誠は朝早くに銀行へ向かった。窓口の担当者が書類を確認しながら尋ねる。「自動振り込みを全て停止されるのですね」「はい、全てお願いします」。私の声は落ち着いていた。もう迷いはない。「生活費補助、月5万円、住宅ローン補助、月3万円、保険料、月2万円、光熱費補助、月1万円、携帯料金、月1万5000円」。1つずつ停止の手続きを進めていく。「共同名義の口座も解約するぞ」誠が言った。「こちらの口座、お子様との共同名義ですが」担当者が確認する。「私の分を引き出して、解約してください」。口座残高250万円。全額を引き出した。

銀行を出ると、次は不動産会社へ向かう。「住宅ローンの連帯保証人を外れたいのですが」不動産担当者は少し驚いた様子だった。「この場合、ご主人様の方で新たな保証人を立てるか、一括返済が必要になりますが」「それは息子の問題です」「俺たちは関係ない」誠がきっぱりと言い切る。担当者は書類を用意しながら説明を続けた。「一括返済の場合、残債が約500万円になります」「500万円」。大きな金額だ。でも、それは私たちの問題ではない。

午後、私たちは保険会社へ向かった。「息子夫婦の保険料支払いを停止します」「では、契約者であるご主人様に通知が行きますが、構いませんか」「すぐにお願いします」。全ての手続きを終えた後、誠が私の手を握った。「35年間、お前が必死で働いて貯めた金だ」「好きに使っていい」「ありがとう」「これからは、私たちのために使うわ」でも、まだ終わりではなかった。

次に向かったのは、弁護士事務所だ。「贈与税の関係で、過去の援助を貸し付け金として記録したいのですが」弁護士は真剣な表情で聞いていた。「総額1550万円分です」「証拠はありますか」私は用意していた書類を取り出した。全ての振り込み記録、領収書、メモ。35年間きちんと記録を残してきた美容師としての習慣が、ここで生きたのだ。「素晴らしい」「これなら完璧です」。弁護士の言葉に、私は安堵した。「必要なら、返済を求めることもできるんですよね」誠が確認する。「はい、貸し付け金として記録すれば可能です」「法的にも、私たちの行動は正当なのです」。さらに、行政書士の元へも足を運んだ。「遺言書を作成したいんです」「相続人から、特定の方を外すということですか」「いいえ、医療留分は保証します」「し、条件付きで」「条件とは」「親を大切にしたものに、多く残すと、明記してください」。全ての手続きが終わったのは、夕方だった。最後に向かったのは、携帯ショップだ。「家族割を解除して、息子夫婦の回線を独立させてください」店員が説明する。「かしこまりました」「ただし、料金は大幅に上がりますが、構いませんか」「息子たちが払うんだからな」。誠の言葉に、私は小さく頷いた。

全ての手続きを終えて家に帰ると、私は一つの決断をする。健にLINEを送ることにしたのだ。メッセージを打ち込む指は、不思議と震えていなかった。「健、あなたの言う通り、私は外の人でしたね」「よく考えたら、その通りだと思います」「外の人が、うちの人の生活を支える必要はありませんね」「本日付けで、以下の援助を全て停止しました」。1つずつリストを書いていく。「月5万円の生活費補助、月3万円の住宅ローン補助、月2万円の保険料、月1万円の光熱費補助、月1万5000円の携帯料金、合計、月12万5000円」。そして続ける。「また、共同名義の口座も解約し、住宅ローンの連帯保証人からも外れました」「これからは、外の人として、適切な距離を保たせていただきます」。最後の一文を慎重に打ち込んだ。「なお、過去の援助1550万円については、弁護士と相談の上、貸し付け金として記録しました」「返済については、後日改めて連絡します」「お宮参り,楽しんできてね」「母より」送信ボタンに指を置く。一度深呼吸をして、静かに押した。「送ったのか」誠が尋ねる。「え、これで終わりよ」「明日,慌てて連絡してくるでしょうね」「でも,もう遅いわ」。私は窓の外を見つめた。夕日が美しく輝いている。「35年間,美容師として働き続けてきました」「その間,数えきれないほどのお客様と接し,人の心を理解してきたつもりです」「冷静さ,計画性,そして,適切な判断力」「それらは全て,この仕事で培ってきたものでした」。「私は,正しいことをしているのよね」誠が私の肩を抱いた。「ああ,お前は何も間違っていない」。

その夜、私は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。翌朝,目覚めた時,スマホの画面には予想通りの光景が広がっていた。健からの着信履歴が10件以上,留守電も入っている。「母さん,何やってんだよ」「すぐ電話して」。慌てた声が聞こえてくる。でも私は,すぐには電話をかけなかった。美容室に向かい,いつものように仕事を始める。常連のお客様との会話を楽しみ,丁寧に髪をカットしていく。この日常こそが,私の人生なのだ。息子たちは,自分たちが何を失ったのか,今まさに気づき始めているのでしょう。でもそれは,もう私の問題ではない。「外の人として,適切な距離を保つ」それが,私の選んだ道なのですから。

仕事を終えて帰宅すると,スマホの着信履歴は20件を超えていた。全て,健からだ。私は1つ1つ,留守電を聞いていった。「母さん,このむ電話してくれ」「お願いだから,連絡して」。声は,時間が経つにつれてどんどん切迫していく。今度は,組さんからも電話がかかってきた。私はゆっくりと電話に出る。「おはよう」「何の話」わざと穏やかな声で答えた。「お母さん,どういうことですか」組さんの声は,泣いていた。「何が」「お金が,入ってないんです」「援助を止めたから,LINEで伝えたでしょう」「勝手に,止めないでください」「勝手」その言葉を聞いて,私は静かに微笑んだ。「勝手」「外の人が援助する方が,勝手でしょう」組さんが言葉に詰まる。「組さん,あなたが言ったのよ」「私は外の人だって」「それは,あの」「外の人は,うちの人の生活に関わるべきじゃないわよね」「お母さん,お願いです」「お願い」今度は,彼女がお願いする番なのだ。「お願い」「お客さんにお願いするの,おかしくない」私は,組さんが言った言葉を1つずつ返していく。「申し訳,ございませんでした」。電話の向こうから,すりなく声が聞こえてきた。電話を切ると,今度は健から電話がかかってくる。「母さん,頼む」「何」私の声は,冷たく響いたことだろう。「住宅ローンの支払いが,できないんだ」「それは,大変ね」「母さんが連帯保証人外れたせいで,一括返済を求められてる」「あら,それは困ったわね」「困ったじゃないよ」「500万円だぞ」「500万円」「確かに,大きな金額ですわね」「でも,それは私の問題ではありません」「500万円,大金ね」「すぐ払えないよ」「じゃあ,実母に頼んだら」私は,健が言った言葉をそのまま返した。「組さん,実母なら何でも言えるって,言ってたでしょう」「母さんの声が震えている」「もう,止められた」「そうね,止めたわ」「子供が生まれたばかりなのに」「だから,実母に頼めばいいじゃない」「携帯も止まりそうだし,光熱費も払えない」「それは,困ったわね」「でも,私は外の人だから」「母さん」健が叫ぶ。でも,私の心は動かない。

数日後,健から再び連絡があった。「義母さんに相談したんだけど」「え,それで」「そんな金額は無理だって」「やはり,そうなのね」「あら,,頼りになる実母じゃなかったの」「実母なら,何でも言えるんじゃなかったの」私の言葉に,健は何も答えられない。「健,,あなたが選んだのよ」「外の人の私より,,うちの人の義母さんを」「分かったよ,,悪かった」「何が,,悪かったの」「母さんを,,外の人扱いしたこと」「でも,,本当は外の人でしょう」「私は義母で,,組さんの実母がうちの人」「違う,,母さんも,,大事な」「昨日までは,,違ったみたいだけど」。私は淡々と言葉を返していく。そして,,ある日の夕方,,玄関のチャイムが鳴った。誠が出ると,,そこには健と組さんが立っていたのだ。「父さん,,母さんに,,合わせてくれ」「帰れ」。誠の声は冷たい。「お父さん,,お願いします」「お前らに,,言うことはない」「は,,このままじゃ,,家を失う」「それは,,お前らの問題だ」。その時,,私が奥から声をかけた。「いいわ,,誠」現れた私を見て,,組さんは驚いたようだった。私は,,いつも以上にきちんと化粧をし,,きちんとした姿で立っていたのだ。「どうしたの」「外の人に,,何か用」その瞬間,,2人は突然,,土下座をした。「母さん,,許してくれ」「お母さん,,お願いします」。床に頭をつけて懇願する2人。でも,,私の心は動かない。「何を許すの」「俺が,,間違ってた」「母さんを,,外の人扱いして,,私が悪かったです」「言いすぎました」。組さんも必死に謝る。「あら,,でも,,事実でしょう」「組さんにとって,,私が,,外の人」「それは,,事実よ」「でも,,それに,,あなたたちは,,実母に頼りたいんでしょう」「母さんなら,,そうすればいいじゃない」。私は冷静に,,でもはっきりと言った。「人数が多いと,,赤ちゃんも疲れるんでしょう」「組の,,気持ちを優先したいんでしょう」「実母なら,,何でも言えるし,,楽なんでしょう」「お母さんは,,お客さんとして,,たまに会えばいいんでしょう」。1つずつ,,彼らが言った言葉を返していく。2人は,,何も言い返せない。「あなたたちが,,選んだ道を,,責任は取ってもらうわ」「でも,,子供が生まれたばかりで」「だから,,何」「私が,,初孫に会えなかったことは」「LINEで知らされて,,病院で30分で返されたことは」「お宮入りから,,排除されたことは」「それは,,私が我慢すべきで,,あなたたちの困窮は,,助けるべき」「都合が,,良すぎるんじゃない」組さんが泣き崩れた。「申し訳,,ございませんでした」。でも,,私の決意は揺らがない。「もう1度だけ,,チャンスをくれ」健が必死に頭を下げる。「チャンス」「何のチャンス」「援助,,再開してくれないか」「それは,,無理ね」2人が顔をあげる。「だって,,あなたたちは,,私を,,外の人扱いしたのよ」「外の人が,,うちの人に,,お金を渡すのは,,おかしいでしょう」。論理的に,,冷静に,,私は言葉を続けた。「それより,,過去の援助,,1550万円について,,話しましょう」「何」「弁護士に相談して,,貸し付け金として,,記録したの」「貸し付け金」組さんが驚きの声をあげる。「え,,あれは,,援助じゃなくて,,貸したお金だったのよ」「そんな,,聞いてない」「でも,,証拠は,,全部揃ってるわ」「返してもらうわよ」「無理です」「そんな金額」2人の顔から,,血の気が引いていく。「じゃあ,,月々,,10万円ずつで,,いいわ」「13年,,かかるけど」「10万円も,,無理だよ」「なら,,家を売りなさい」2人は,,完全に言葉を失った。「あなたたちが,,選んだ道でしょう」「外の人を,,排除して,,うちの人だけで,,幸せになるって」「その,,結果が,,これよ」。私は静かに,,でも確かに言った。「もう,,帰って」「これ以上,,話すことは,,ないわ」「母さん,,帰りなさい」「そして,,実母に,,頼みなさい」「あなたたちにとっての,,本当の家族にね」。誠がドアに手をかける。「さあ,,帰れ」「2度と,,来るな」。ドアが閉まる音が,,静かに響いた。私は,,ついに,,完全勝利を,,手にしたのだ。

あれから,,3ヶ月が経った。私の美容室には,,今日も常連のお客様が訪れてくださる。「しえ子さん,,最近,,輝いてますね」お客様がそう言ってくださった。「そうかしら」「息子さんとは」「え,,適切な距離を保ってるわ」。私は穏やかに微笑んだ。週末,,誠と2人で,,温泉旅行に出かけた。「こういう時間,,久しぶりだな」露天に浸かりながら,,誠が言う。「そうね」「息子たちに使ってたお金で,,私たちが楽しめるようになったわ」。月12万5000円の援助停止で,,年間150万円の余裕ができた。さらに,,共同口座から引き出した250万円も。「これからは,,俺たちの人生を,,楽しもう」「え,,私たちは,,海外旅行を計画し,,高級レストランでの食事も楽しむようになった」「趣味の生け花教室にも通い始め,,健康のために,,ジムにも通っている」。「今まで,,何をしてたんだろうって,,思うわ」「こんなに自由で,,こんなに幸せだなんて」「息子たちに,,縛られてたんだよ,,俺たちは」。誠の言葉に,,私は深く頷いた。「でも,,もう,,違うわ」「私たちは,,自由よ」一方,,組さんの困窮は続いていた。結局,,2人は,,家を売却することになったのだ।小さなアパートに引っ越し,,毎月の返済に追われる生活を送っているようだった。組さんとの関係も,,冷え切っているという話を,,風の噂で聞いた。ある日,,スーパーで偶然,,組さんと遭遇したのだ。やつれた様子の組さんが,,赤ちゃんを抱いていた。「お母さん」「あら,,組さん」。私は穏やかに挨拶をした。「お元気そうですね」「え,,おかげ様で」「赤ちゃん,,会いたくないですか」組さんが,,恐る恐る尋ねてきた。「外の人が,,うちの人の,,赤ちゃんに,,会う必要は,,ないでしょう」。私は静かに,,でもはっきりと言った。「それじゃ」。その場を後にする私の背中に,,組さんの視線を感じた。

数日後,,健から,,手紙が届いた。「母さん,,本当に,,申し訳ありませんでした」「今なら,,母さんが,,どれだけのことを,,してくれていたか,,分かります」「お金の問題じゃ,,なかった」「気持ちの問題,,でした」「でも,,もう,,遅いですよね」。手紙を読んで,,私は複雑な表情になった。「返事は」誠が尋ねる。「しないわ」「これは,,彼らが,,学ぶべき,,教訓よ」。援助を再開する気は,,なかった。

あれから,,1年が経った頃,,健から連絡があった。「母さん,,話がしたい」。私は,,会うことにした。カフェで,,向かい合って座る。「お母さん,,1年間,,考えた」「俺が,,間違ってた」。健の目は,,真剣だった。「組とも,,話した」「お母さんにも,,謝った」「生活は,,苦しいけど,,これが,,俺たちの,,選んだ道だから」。私は,,黙って聞いていた。「でも,,母さんに,,謝りたくて」「本当に,,申し訳なかった」。その言葉に,,嘘はないように感じた。「健,,私は,,あなたを,,憎んでるわけじゃ,,ないのよ」「ただ,,自分を,,守る必要が,,あっただけ」「でも,,あなたが,,本当に,,反省して,,変わったなら」「母さん,,孫には,,会いたいわ」「でも,,条件があるの」「何でも,,言って」「2度と,,外の人扱い,,しないこと」「私を,,尊重すること」「それだけよ」。健は,,深く頷いた。「約束する」。数週間後,,私は孫と,,再会した。でも,,以前のような,,無償の援助は,,しない。適切な距離を保ちながら,,祖母として,,接していく。組さんも,,私を尊重するようになった。「私が,,学んだのは,,自分を,,大切にすることの,,重要性です」「誰かのために,,自分を,,犠牲にしすぎては,,いけません」「でも,,相手が,,変わる可能性も,,信じていい」「ただし,,それは,,相手の努力次第なのです」「私は,,もう,,2度と,,義理の家族には,,屈しません」「これが,,私の,,勝利です」「そして,,これが,,私の,,新しい人生です」。理不尽に屈することなく,,精々堂々と戦い抜いた結果が,,この素晴らしい人生なのだ。

あなたも,,きっと,,自分だけの勝利を,,手にすることができます。正義と努力があれば,,必ず,,未来は開けます。「今,,この瞬間から,,強く生きる一歩を,,踏み出してください」もしこの物語が,,あなたの心に,,何かを残したなら,,チャンネル登録と,,高評価を,,していただけると,,嬉しいです。そして,,あなたご自身や,,ご家族の,,これからについての,,思いが,,あれば,,是非,,コメント欄で,,語り合ってくださいね。

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