入院から退院して自宅に帰ったその日、義母が高級ブランドのスーツを着て玄関に立ちはだかった。「お前の家、3000万で売れたわ。100万やるから息子と離婚しなさい」—…

入院から退院して自宅に帰ったその日、義母が高級ブランドのスーツを着て玄関に立ちはだかった。「お前の家、3000万で売れたわ。100万やるから息子と離婚しなさい」—...

入院から退院して三週間ぶりに自宅へ帰ると、見慣れた家の前に異様な光景が広がっていた。義母がまるで門番のように立ちはだかり、一目でそれとわかる高級ブランドのスーツと、三連の真珠のネックレスに金のブレスレットを身につけている。

「お前の家、3000万で売れたわ。100万やるから息子と離婚しなさい」

彼女はバッグから札束を取り出し、私の前に突き出した。驚きで言葉が出なかったが、混乱の理由は別にあった。

「この家は私のものでも正一さんのものでもありません。兄の真司さんの持ち家で、私たちは借りているだけです」

「嘘つきなさい!息子が自分の家だって言ってたわ。手続きももう済んでるの。不動産屋でね。分かったら強がらないで、今すぐ出て行きなさい」

何かがおかしい。兄に連絡を取ると、当然ながら「そんな話は知らない」と返ってきた。義母の話は最初から破綻している。しかし、彼女はあれほど自信満々だった。もしや、何かを信じ込まされているのか。

翌日、義母が言っていた「ハリネ不動産」を調べたが、そんな会社はどこにも存在しなかった。午後、リビングに現れた義母は高らかに鼻歌を歌いながら言った。

「そろそろ心の準備しなさいよ。引っ越しの準備よ。相手の人がいつ泣きついて来てもおかしくないんだから」

「兄に確認したら、家を売る予定はないそうです」

「まだそんなこと言ってるの?私はちゃんと不動産と契約したのよ。ほら、見なさい!」

彼女は書類をテーブルに広げた。確かに不動産売買契約書らしきものだが、紙質も安っぽく、全体的に手作り感が漂っている。手付け金200万円の入金があるという通帳を見せられ、さらに疑問が深まった。

「あの、この300万円の出金は何ですか?」

「あら、売るのにもお金がかかるのよ。色々とね」

寒気がした。300万円払って、200万円戻ってきただけ。実質100万円の損失ではないか。典型的な前払い詐欺の手口だ。義母は100万円を騙し取られているのだ。

兄に報告すると、「完全に詐欺だ」と断言された。私は正一にその話をし、警察に相談することも検討していると伝えた。しかし、正一は首を横に振った。

「警察なんてとんでもない!母さんを犯罪者扱いするつもりか?」

「でも、詐欺の可能性があるのよ」

「母さんが騙されるわけないだろ。お前が考えすぎてるだけだ。ゆきは母さんのことが嫌いなだけだろ」

彼にとって義母を疑うことは許されない行為のようだった。義母の戦略は完璧だった。息子には「あなたのため」と言い、私には「出ていけ」と言う。私は家族の敵として孤立していった。

数日後、家の門の前に「売却済み・退去予定」と大きく書かれた張り紙が貼られていた。近所の佐藤さんが足を止め、義母は得意げに「私がいい買い手を見つけて売ったのよ。3000万円よ」と話している。みんな半信半疑の様子だった。

午後、キッチンで洗い物をしていると、リビングから義母の電話の声が聞こえてきた。

「ええ、はい。明日には入金できると思います。ええ、もちろん。今回も同じ口座で」

私は手を止めた。どうやら詐欺師に追加費用を振り込もうとしているらしい。心臓が止まりそうになった。今下手に口を出せば、また私が悪者になるだけだ。

その夜、正一は近所から「家が売れたんでしょ」と言われ、本気で信じていた。そして私に向かって言った。

「ゆき、ちゃんと引っ越しの準備を始めた方がいいよ。母さんがせっかくいい条件で売ってくれたんだから」

「慎吾さん、あの話は…」

「また疑うのか?どうして母さんのことを信じられないんだ?」

私は諦めた。何を言っても無駄だ。この家に私の味方はいないのかもしれない、そう思っていた。

翌朝、普段は物静かで家族の議論に口を出さない舅(ぎふ)が、初めて見せる真剣な顔で私に言った。

「ゆきさん、今夜書斎に来てくれるか?正一には言わないでくれ」

夜の10時、書斎のドアをノックすると、舅は机の前に座っていた。机の上にはメモ帳や印刷した書類が散らばっている。

「ハリネ不動産について調べてみた。インターネットで検索したら住所が空だった。それに、同じような被害の話がいくつも出てきた」

「お父さんが調べてくださったんですか?」

「ゆきさんと真司君が心配そうにしてるのを見て、俺も気になってな。真司君に相談して、調べ方を教えてもらったんだ」

さらに、昨夜も義母の電話を聞いてしまったと言う。相手の男性が「次の手続き費用として50万円必要です」と言い、義母は「わかりました、明日振り込みます」と答えていたそうだ。明日、また50万円を騙し取られようとしている。

舅は「正一に言っても無駄だと思った。あいつは母親に甘すぎる。どんな証拠を見せても母親をかばうだろう」と言った。その言葉は的確だった。その時、書斎のドアがノックされ、兄が現れた。舅が兄に連絡し、今夜3人で話し合おうとしていたのだ。

これまで一人で義母の嘘と戦っていた私に、ついに強力な味方が現れた。兄は法的な知識があり、舅は家族の事情をよく知っている。二人とも感情に流されず、事実に基づいて冷静に判断できる人たちだ。

「これだけ被害が出てるなら、警察にも相談できそうだね」

「そう思う。しっかり対応してもらえるはずだ」

私は胸の奥で、ついに反撃の時が来たことを実感した。

数日後の日曜日の午後、私たちはついに行動に移した。リビングのテーブルには、舅と兄が集めた証拠が全て並べられていた。詐欺契約書のコピー、通帳の記録、ネットで印刷した被害報告書、そして義母の出費の記録。義母は呼び出されてリビングに入ってくると、テーブルの上の書類を見て一瞬表情を変えたが、すぐに平静を装った。

「何なの?急に呼び出して。私、不動産屋との打ち合わせがあるんだけど」

「お母さん、座ってください。大切な話があります」

兄が一枚目の書類を手に取った。

「まず、これを見てください。あなたが契約したとされる不動産売買契約書です。しかし、相手のハリネ不動産という会社は実在しません。住所も名義も、全て虚偽でした」

「嘘よ!ちゃんとした会社よ。田中さんという立派な担当者もいるんだから」

義母の声は強がっていたが、わずかに震えていた。

「この住所を確認しました。現地には会社は存在しません。空き地です」

「そんな…はずない…」

「次に、これをご覧ください」

兄は通帳の記録を示した。

「300万円の出金記録と、200万円の入金記録です。これは詐欺グループがよく使う前払い型の手口です。最初に手続き費用を払わせ、その一部を手付け金として返すことで信用させるんです」

「私は騙されてないわ!200万円ちゃんともらってるじゃない!」

その時、舅が静かに口を開いた。

「もうやめろ」

義母は驚いて振り返った。

「俺は黙って見てたが、もう限界だ。お前が何をやってるか、全部わかってる」

「あなたまで…!」

その時、階段から降りてくる足音が聞こえた。正一が部屋に入ってきた。

「何の話をしてるんだ?」

「お母さんの件で話し合いをしてるの」

正一は困惑した表情でテーブルの書類を見回した。

「お母さん、これはどういうことだ?」

「正一、私は何も悪いことしてないのよ!この人たちが私を悪者にしようとしてるの!」

義母はまた、息子を味方につけようとしている。しかし、今日は決定的な証拠がある。舅が話し始めた。

「誠一、聞け。この数年、お前の母さんがどれだけ金を使ってきたか、俺は見てきた。高いバッグ、宝石、旅行、エステ。家計が苦しいって言いながら、借金してまで贅沢してたんだ」

義母の顔が青ざめた。

「ローンの督促状も何度か見た。かなりの借金があるだろう。概算だが、推定で数百万円の借金がある」

「それは私だって人並みの生活をする権利があるのよ!」

「母さん、借金って本当なのか?」

「正一まで私を攻めるの?私は正一のためにいい値段で家を売ろうとしたのよ!」

私は正一の困惑した表情を見つめた。彼はまだ理解できずにいる。母親への盲目的な愛情が、現実を受け入れることを拒んでいる。義母は泣き声をあげながら立ち上がった。

「私がどんなに苦労してると思ってるの?正一を育てるためにどれだけ我慢してきたと思ってるの?」

「我慢?お前のどこが我慢してるんだ?」

舅の静かだが厳しい声が響いた。

「借金してまで贅沢して、それが我慢か?」

義母はもう耳を貸すことをやめた。

私は立ち上がった。

「お母さん、真実と向き合ってください」

「真実って何よ!」

「あなたは詐欺に騙されて100万円を失った。そして正一を騙して、私たちを家から追い出そうとした。これが真実です」

義母は涙を流しながら、その場に座り込んだ。もう虚勢を張る力も残っていないようだった。長年築き上げてきた嘘の構造が、ついに崩れ落ちた瞬間だった。

しばらくの沈黙の後、義母は震える声で口を開いた。

「お願い…200万でも100万でもいいの。貸して。助けてよ…」

正一は立ち尽くしたまま何も言えなかった。これまで母親をかばい続けてきた彼も、ついに現実の重さに打ちのめされている。義母は泣きながら正一にすがった。

「正一、お母さんを助けて。あなたは優しい子でしょう?お母さん…」

誠一の声は途切れ途切れだった。「母さん…」

彼も、ついに母親の要求に答えることの限界を感じているようだった。舅は何も答えなかった。

私はバッグから一枚の封筒を取り出した。

「これは成年後見制度についての資料です。このままでは、あなたには金銭管理能力がないと判断される可能性があります。真司兄さんと相談して、そういう手続きも検討しています」

義母の顔が青ざめた。

「そんなの、まだ決まってないでしょう!」

「お母さん、私はあなたが憎くてこんなことをしているわけではありません」

「じゃあ、なぜ…?」

「あなたを救うためです。そして家族を守るためです。好き勝手にやって、後始末を人に押し付けるような生き方は、もう終わりにしないといけない」

義母は言葉を失った。私は続けた。

「お母さん、あなたはずっと被害者だと言い続けてきました。でも、本当の被害者は誰ですか?騙されたあなたは確かに被害者かもしれません。でも、あなたの嘘に振り回された私たちも被害者です。そして何より、あなたの行動に苦しんできた正一が一番の被害者です」

正一は顔を上げて私を見た。彼の目には、長年の苦悩が浮かんでいた。

「正一、あなたはもう十分頑張った。お母さんを守り続けることで、あなた自身が壊れてしまう」

正一は静かに頷いた。ようやく、母親との関係を見直す時が来たことを理解したのだろう。義母は何も言えず、その場に崩れ落ちた。

あれから半年が過ぎた。義母は成年後見制度の手続きが進められ、借金返済のために持ち物を売り払い、今は舅の年金で質素な生活を送っている。近所での虚勢を張ることもできなくなった。

そして、正一と私は離婚した。事件後、正一も徐々に母親の行動を客観視できるようになったが、一度壊れた信頼関係を修復するには、あまりにも時間と傷が深すぎた。

離婚手続きが終わった日、私は一人で新しいアパートに向かった。結婚前の職場が受け入れてくれて、なんとか生活の目処も立った。段ボールが積まれたリビングで、私は一人でコーヒーを入れた。窓から差し込む午後の日差しが眩しく感じられた。

失ったものは確かに多い。夫、家族、安定した生活。でも、得たものも大きかった。自分らしく生きる権利、真実を見つめる勇気、そして何より自分自身を信じること。

不安もある。でも、それ以上に希望がある。自分の足で立ち、自分の意思で歩いていく。それが私が選んだ新しい人生だった。

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