「無能の代わりは腐るほどいる。明日から地方に飛ばしてやるからな。」…

「無能の代わりは腐るほどいる。明日から地方に飛ばしてやるからな。」...

「無能の代わりは腐るほどいる。明日から地方に飛ばしてやるからな。」
それが、俺が所属する部署の年下課長・吉田が放った言葉だった。42歳の俺に対する、理由も分からない敵意の塊のような言葉。

吉田は俺より4歳年下の38歳。有名大学を卒業したエリートで、前任の課長の退職に伴い、今年の4月から俺たちの部署の課長になった。責任者になった途端、俺は彼の標的になった。

俺は小野ユキ。スポーツ用品メーカーの企画開発部で働くサラリーマンだ。高卒で入社して24年、サッカー選手を目指していた頃に怪我で夢を諦めた経験から、商品開発には誰よりも熱意を持って取り組んできた自負がある。誇りを持ってやってきた仕事だ。なのに、吉田は何かにつけて俺を目の敵にする。

「今度旅行に行くんだ。京都で家族で泊まれる宿を探してくれ。」
ある日、吉田にそう言われた。口実は「仕事の一環」だと言うが、明らかに私用だ。業務中だと抗議すると、吉田は「口答えするのか?黙って言うことを聞いていればいいんだよ」と一蹴した。俺は悔しい思いを飲み込み、言われた通りに宿を探した。

それからも嫌がらせはエスカレートした。膨大な量の資料を渡され、「これを3日以内に精査してまとめろ」と無理難題を押し付けてくる。どんなに仕事ができる人間だって間に合わない量だ。抗議しても「お前はこんなこともできない無能なのか」と言われる始末。深夜まで残業を強いられても、もう誰も助けてくれない。

そんなある日、大きなチャンスが舞い込んだ。近隣に大規模な商業施設がオープンするという情報が入り、そこに大手スポーツ用品店が出店すると知った。ここでうちの商品を取り扱ってもらえれば、会社にとって大きな利益になる。俺はすぐに吉田に提案し、自分でアポイントメントを取って商談に臨むと申し出た。

「お前が?無理だろ。どうせ上司の俺が行った方が話が早い。」
吉田は最初こそ馬鹿にしていたが、俺が先方にメールを送り、了承を取り付けると、あからさまに不機嫌な顔をした。
「今回はたまたま運が良かっただけだ。」
そう吐き捨てると、今度は恐ろしいことを言い出した。
「この案件は俺が引き継ぐ。お前みたいな無能に商談ができるとは思えないからな。」
信じられなかった。俺はこの案件のために何日も徹夜で資料をまとめ、商品について隅々まで研究してきたのに。なのに、成果を奪われ、さらに「無能のお前には無理だ」と否定された。

「なぜですか?俺だってチャンスをください!」
「黙れ。お前にチャンスを与える必要はない。どうせお前は使えないだろう。」

そして、あの言葉が放たれた。
「無能の代わりは腐るほどいる。明日から地方に飛ばしてやる。」

俺は何も言い返せなかった。ただ、吉田の顔を見つめることしかできなかった。あの瞬間、俺の中で何かが切れた。
「分かりました。もういいです。やめさせていただきます。」
そう言って、俺は会社を辞めた。吉田は「まあいいわ。お疲れ」と手を振るだけだった。俺が辞職しようが関係ないという態度だった。

帰宅後、俺はすぐに求人を探した。そして、元の職場のライバル会社がスポーツ用品メーカーで「企画開発」の募集をしているのを見つけた。直感で「これだ」と思い、すぐに応募した。面接は好印象で、見事転職が決まった。

新天地での生活は、思っていた以上に快適だった。職場にはいい人ばかりで、仕事もやりやすい。ようやく心機一転できると思った矢先、携帯が鳴った。画面には、元職場の吉田課長の名前が表示されている。

「前がいなくなったせいで、800億円の案件の商談が行き詰まってるんだ。」
電話に出た瞬間、吉田は焦った声でまくし立てた。あの案件のことを熟知している人間はお前しかいないと言う。
「やっぱり戻ってこい。」
「無理です。もう転職先が決まってますから。」
そう冷たく言うと、吉田は食い下がる。
「まだ正式じゃないだろう?取り消して戻ってこい。」
「いえ、戻りたくありません。正直に言って、課長がいるからです。」

すると吉田は激怒した。
「なんだと?高卒のくせに生意気だぞ!」
「課長が、あんなことを言ったからでしょう?俺を『無能』『代わりは腐るほどいる』と言った。それで戻れると思いますか?」
「うるさい!何でもいいから戻ってこい!」

だが、俺はもう聞く耳を持たなかった。
「あとはそちらで何とかしてください。俺には関係ないので。」

そう言って、電話を切った。ざまあみろ、という思いだった。俺はこの後、表面化しなかったが、心の中で復讐を果たした気分だった。

そして、俺は新しい職場で、元の会社で進めていた800億円の案件に負けない規模のプロジェクトを立ち上げた。俺の新しい会社の商品は、素材もデザインも、機能性も、旧社のものより優れていた。自信を持って売り込める。俺は大手スポーツ用品店の本社にアポイントを取り、商談に臨んだ。提案金額は、なんと850億円。

「小野さんのプレゼンは本当に分かりやすかった。商品への研究熱心さが伝わってきましたよ。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は内心で拳を握った。契約は成立した。850億円。元の職場で抱えていた案件より、50億円も高額な契約だ。

すると、担当者がぽつりと言った。
「本当は、小野さんの企画で進められなくなったのが残念だったんですよ。」
「すみません。色々ありまして、会社を辞めてしまったものですから。」
「そうでしたか。でも、こうしていい契約ができて何よりです。」

その言葉に、俺はようやく自分の逆襲が終わったことを実感した。
「これで、俺も一矢報いることができただろうか。」

翌日、また吉田から電話がかかってきた。今度は、あの800億円の案件が台無しになったことを誰かのせいにして、俺に八つ当たりしてくるためだ。
「お前のせいで、あの案件は全部パーだ!よくも邪魔してくれたな!」
「課長、俺のことを『無能』呼ばわりしてましたけど、結局、俺がどれだけ評価されるか分かりましたか?」
「うるさい!今回だって、たまたま運が良かっただけだろう!」
「俺は元の案件よりも大きな契約を850億円で取りました。エリアも拡大してもらいましたよ。」
「なんだと……!許さん!元の職場を裏切りやがって!」
「何を言ってるんですか?彼が最初から俺を邪魔しなければ、こんなことにはならなかったんですよ。」
吉田は言葉に詰まったようだった。
「後先考えずに行動して、プロジェクトを台無しにしたのはあなたでしょう?」
「黙れ!覚えてろよ!」

そう捨て台詞を吐いて、吉田は電話を切った。

その後、俺の耳に意外な情報が飛び込んできた。元同僚の高橋からの電話だった。
「おい、知ってるか?吉田課長、地方の工場に左遷されたらしいぞ。」
「……そうか。」
「お前を退職に追いやったせいで、800億円の案件を逃して会社に多大な損害を与えた責任を取らされたみたいだ。かなり抵抗してたけど、部長にまで話が伝わって、もう手の施しようがなかったらしい。」
俺は出張で、吉田が飛ばされたという地方の工場を訪れることがあった。流れ作業で働く吉田の姿は、どこか哀れだった。元々有名大学を出たエリートだ。プライドがずたずたにされただろう。それにしても、高卒の俺をコケにしていた彼が、まさか同じ立場になるとは。

そして1ヶ月後、高橋から再び連絡が来た。
「吉田さん、工場辞めたらしいぜ。っていうか、会社自体辞めたって話だ。」
「そうか……」
「俺より年上とはいえ、40歳手前だろ。再就職も難しいんじゃないかな。」

俺はあの日言われた言葉を思い出していた。「無能の代わりは腐るほどいる」。彼は俺にそう言った。だが、実際にその「代わり」が必要になったのは、彼の方だった。因果応報という言葉が頭をよぎった。

その後、俺は850億円の契約を会社に認められ、翌年度から企画開発部の課長に昇進が決まった。新しくオープンした商業施設でうちの商品は好評を博し、各地のスポーツ用品店からも注文が舞い込むようになった。会社も業績好調のため、広いビルに移転することになった。

俺は携帯電話の通話履歴を消し、窓の外を見た。吉田からの電話はもう二度と鳴らないだろう。俺はあれから、誰も見下さず、誠実に商品開発と向き合うことだけを考えてきた。それが報われた形だ。

俺は静かに席を立ち、新しい企画書の作成に取りかかった。

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