朝の6時半、診療所の裏を開けたら、まだ霧が山の中腹に残ってた。湿った空気が白い襟元にひやりと触れて、俺は深く息を吸い込んだ。44歳の医師、佐藤相馬。長野の山合の小さな診療所で、たった800人の集落の健康を守って12年になる。そんな俺の机の上に、ある日届いたのは東京からの分厚い封筒だった。「日本総合診療医学会…

朝の6時半、診療所の裏を開けたら、まだ霧が山の中腹に残ってた。湿った空気が白い襟元にひやりと触れて、俺は深く息を吸い込んだ。44歳の医師、佐藤相馬。長野の山合の小さな診療所で、たった800人の集落の健康を守って12年になる。そんな俺の机の上に、ある日届いたのは東京からの分厚い封筒だった。「日本総合診療医学会...

朝の6時半、診療所の裏を開けると霧がまだ山の中腹に残っていた。湿った空気が白い襟元にひやりと触れる。俺は深く息を吸い込み、肺の奥まで山の匂いを入れた。俺の名前は佐藤相馬。44歳。長野の山部にある小さな診療所で医師をしている。医師は俺一人、看護師が二人、事務が一人、それだけの体制でこの谷間の集落約800人の健康を守っている。

裏戸の前にすでに人影があった。風呂敷包みを抱えて立っている。近所に住む牧野よしさんだ。

「先生、こんなに早くにすまんね。」
「よしさん、もう来てたんですか?中で待っててくれればよかったのに。」
「いや、開くまではご迷惑かと思ってんね。」

俺は苦笑して鍵を開け、彼女を待合室に通した。風呂敷包みの中身は多分野菜の漬け物だろう。よしさんは月に一度の血圧の薬をもらいに来るたび、必ず何かを持ってくる。断っても聞かないから、最近は素直に受け取るようにしていた。

俺がこの診療所に来てもう12年になる。来た当初、患者は一日に3人ということもあった。住民は新しい若い医者を警戒し、何かあれば隣町の大きな病院へ車で1時間かけて通っていた。俺は焦らなかった。ただ来てくれた一人一人の話を最後まで聞いた。膝の痛みの話から始まり、孫の進学の話、亡くなった夫の話、畑の収穫量の話まで、静かに話を聞いた。そうしているうちに患者が増えた。今では一日に30人を超える日もある。

「先生、最近よう眠れんでね。」
「眠れないって、夜中に目が覚めるんですか?それとも寝つきが悪いんですか?」
「夜中にね、2時頃にパッと目が覚めて、それから朝まで。」
「お一人で暮らしているとね、夜の静けさが気になりますよね。眠れない時は何を考えてます?」
「死んだ亭主のことばっかりさ。」

俺はカルテに何も書かず、よしさんの霜の降りた手をじっと見た。この人が眠れないのは薬で済む話ではない。

「よしさん、また来週、物の出来具合の話聞かせに来てくださいよ。眠れない夜の話も一緒に。」
「先生は商売がうまいね。」

よしさんが帰った後、看護師の宮下さんが出勤してきた。彼女はこの診療所で俺より長く働いている。

「先生、今日の午後の往診、3件入っていますからね。」
「田島さんのとこも入ってますか?」
「入れときました。先週、足のむくみが気になるって言ってましたから。」
「助かります。」

午前の診療はいつも通りに過ぎていった。腰痛、風邪、慢性疾患の管理、子供の予防接種。昼休みに事務の岡村さんが封筒を診察机の上に置いた。

「先生、これ、書留で届いてましたよ。」
「あ、ありがとう。」

差出人を見て俺は一瞬手を止めた。日本総合診療医学会と書かれている。封を切ると厚みのある書面が二つ折りで入っていた。『第38回日本総合診療医学会総会におけるご講演のお願い』。冒頭の一行を読んで、俺は背もたれに体を預けた。書面には丁寧な文面でこう続いていた。『先生が長年取り組んでこられた山部における地域医療の実践、及び高齢者を中心とした包括的ケアの取り組みについて、全国の医師に是非お話しいただきたい。』

数年前、俺はこの地域で一つの仕組みを作った。医師一人では限界があるから、地域の民生委員、薬局、訪問介護、消防団までを巻き込んで、一人暮らしの人の見守り網を編んだのだ。誰かが急に来なくなれば誰かが気づき、誰かが俺に連絡を入れる。小さな仕組みだったが、これで救えた命が何人かあった。それがいつの間にか医療雑誌で紹介され、他の地方の医師から問い合わせが来るようになり、ついには学会の目に留まったらしい。

講演の予定は来月の末、会場は東京。聴衆は全国の医師約1500人。俺はもう一度書面を読み返し、それから窓の外を見た。裏庭の柿の木にまだ青い実がついている。宮下さんが昼食のおにぎりを持って入ってきた。

「先生、それ何ですか?随分大きい封筒ですけど。」
「学会から講演の依頼です。」
「学会?あの東京の?」
「ええ、東京です。」

宮下さんは目を丸くしてしばらく俺の顔を見ていた。

「先生、引き受けるんですか?」
「迷ってます。私の話なんか聞いて面白いものでもないでしょう。」
「何言ってるんですか?先生がやってきたこと、全国の先生方が知りたがってるってことでしょ。これは行かなきゃいけませんよ。」
「行ったらその日は診療所が休みになるでしょう。」
「それが気になってるんですか?一日くらいいいじゃないですか。みんな喜びますよ。先生のこと自慢できるって。」

俺は曖昧に頷いた。本当のところ迷っていたのは別の理由だった。俺が大学病院を辞めたのは32歳の時だ。心臓血管外科にいて、教授からは将来は准教授もと言われていた。論文を書き、学会で発表し、夜中まで手術に立ち合い、同期との競争に明け暮れていた。ある日、40代の患者を手術で救えなかったことがあった。医学的には最善を尽くしたが、彼は手術の前夜、俺にこう言ったのだ。

「先生、俺あんたに見取られるなら本望だよ。」

その言葉がずっと耳に残った。俺は彼のことを患者番号でしか覚えていなかった。彼の家族のことも仕事のことも何ひとつ知らなかった。それなのに彼は俺を信頼してくれていた。俺はその信頼に何で答えたのだろう。手術の技術だけで答えたつもりになっていたのではないか。

一年悩んで辞表を出した。教授は引き止めなかった。ただ「お前は向こうに行くな」と笑った。向こうというのは都会のことだ。俺は都会ではなく、もっと向こう、地方の小さな診療所を選んだ。あれから12年、東京の学会に呼ばれるなど考えたこともなかった。あの頃の同期は今は皆、大学の准教授や大病院の部長だろう。彼らの前で俺は何を話すのか。

翌朝、診察を終えた俺は軽トラックで山道を登っていった。舗装が途切れ砂利道に変わる辺りから車体がガタガタと揺れる。田島さんの家は集落から15分ほど離れた斜面の中腹にある。車を止めると田島さんは縁側に座って待っていた。膝に大きな猫を乗せ、日向ぼっこをしている。

「先生、わざわざすまんねえ。」
「いいんですよ。俺も仕事ですから。足見せてもらえますか?」

俺は縁側に腰を下ろし、彼女の足首を両手で包んだ。ふくらはぎを軽く押すと指の跡がしばらく残った。塩分を控えるよう何度も話してきた相手だ。それでも漬け物はこの土地の人にとって命の次に大事なものだった。

「漬け物を減らせましたか?」
「うん。半分にしたよ。本当だよ、先生。」
「半分ね。じゃあもう半分の半分にしてみましょうか。その方が来年の春も畑に出られますよ。」
「先生は意地悪だね。」

そう言って笑った田島さんの目じりに深いしわが寄った。診察を終え、俺は何気なく聞いた。

「田島さん、もし私がね、来月一日だけ東京に行くって言ったらどう思います?」
「東京?何しに?」
「学会というところでちょっと話をしてくれと言われたんですよ。」
「ふう。それは先生のやってることが偉いってことかね。」
「俺は曖昧に笑った。」
「先生さ、言ってきな。私らみたいなのがこんな山ん中で生きてられるのは先生のおかげだって、みんな言ってるよ。それを東京のお医者さんたちに教えてやんなよ。」
「教えてやれるような立派なものじゃないんです。」
「立派じゃなくていいんさ。本当のことを言ってくりゃいいんさ。」

俺は帰り道、ハンドルを握りながらその言葉を何度も反芻した。本当のこと、それが一番難しい。

その夜、机の上の携帯が鳴った。画面に表示された名前を見て、俺は一瞬息を止めた。久保田裕介。大学病院時代の同期で、心臓血管外科の医局で一緒に汗を流した男だ。今は都内の大学病院で准教授をしているはずだった。最後に会ったのはもう6年ほど前になる。

「もしもし。」
「佐藤、久しぶりだな。元気にしてるか?」
「ああ、元気だよ。お前こそ忙しいんじゃないのか?」
「忙しいが。お前の名前を学会のプログラムで見つけたな。これは電話しないわけにはいかんと思って。」

俺は椅子の背もたれに体を預けた。窓の外で虫の声がしている。

「引き受けたんだろ?総会の特別講演。」
「いや、まだ迷ってる。」
「迷うことないだろう。お前のやってきたことをちゃんと話してこい。」
「俺のやってきたことなんて大した話じゃない。」
「佐藤、それを話してこいって言ってるんだよ。」

久保田の声は昔と少しも変わらなかった。ぶっきらぼうでまっすぐで、相手の事情に深入りしない代わりに肝心なところは外さない。

「うちの若い奴らがどんどんやめていくんだ。技術はある。論文も書ける。それでもやめる。医者になった理由を見失っちまうんだろう。お前の話聞かせてやりたいんだよ。」
「俺の話で誰かが踏みとまるとは思えないよ。」
「思えなくてもいいから話してこい。」

久保田は少し声を落として続けた。

「あの時お前がやめるって言った時、俺は内心ほっとしてたんだ。お前みたいなのが残ってたら俺の出世はなかったからな。」
「バカ言うな。」
「本当だよ。だがな、今になって思うんだ。お前は逃げたんじゃなくて選んだんだなって。俺はずっとそれが羨ましかった。」

電話を切った後、俺はしばらく事務室の椅子から動けなかった。その夜、俺は診療所の二階にある自分の部屋に上がった。独身の俺はこの建物の二階で寝起きしている。簡素な部屋だ。机の上には学会から届いた書面が置いてあった。返事を書こうと思った。ペンを取って白い便箋に向かったが、最初の一行が出てこなかった。『お引き受けいたします』と書くのか、『辞退させていただきます』と書くのか。

机の引き出しを開けると、奥の方に古い手紙の束があった。12年前、大学病院をやめる時に患者や同僚からもらった手紙だ。その一番下に一枚だけ手書きの便箋が挟んである。あの40代で亡くなった患者の奥さんからの手紙だった。『主人は最後まで先生のことを話していました。あの先生に見てもらえてよかったと。先生にとっては大勢の中の一人だったかもしれませんが、私たちにとってはたった一人の先生でした。』

俺はその文面を12年ぶりに読み返した。胸の奥で何かが動いた。それは後悔でも悲しみでもなかった。名前のつかない、もっと静かな感情だった。俺はあの時、患者の名前を覚えていなかった。だからここに来て、よしさんの夫の名前も田島さんの猫の名前も全部頭に入っている。それが医療と呼べるかどうかは分からない。学会で話せるような話なのかも分からない。ただ、そういうことをやってきたというだけの話だ。

俺は便箋にペンを置いた。『この度は身に余るご依頼を賜わりありがとうございます。私のようなものでよろしければお引き受けいたします。』短い文を書き終えて、俺は便箋を封筒に入れた。のりを舐めてしっかりと閉じた。窓の外を見ると月が山の真上まで登っていた。

講演の前日、俺は朝一番の特急で長野を立った。車窓の外を稲刈りの進んだ田んぼが流れていく。鞄の中には簡単なメモを書いた紙が一枚だけ入っていた。スライドも原稿も用意していない。用意しようとして何度も書き直し、最後にはやめた。本当のことを話すのに紙はいらない気がした。

東京駅に着くと、人の波に押されて俺はしばらくホームに立ち尽くした。12年前ここに何度も来たはずなのに、空気の重さがまるで違って感じる。タクシーに乗ると運転手が雑談を振ってきた。

「お客さん、出張ですか?」
「ええ、まあそんなところです。」
「東京は人多くて疲れるでしょう。」
「正直、慣れません。」

俺は窓の外を見た。ビルとビルの隙間に夕方の空が細く切り取られていた。

翌日、会場は都心のホテルの大ホールだった。控室に通されると医師たちが何人もいて、互いに名刺を交換していた。俺は名刺を持ってきていなかった。控室の隅に見覚えのある背中があった。久保田だった。6年ぶりに会う顔は、髪に少し白いものが混じっていた。

「来たな。」
「ああ、来たよ。」
「緊張してるか?」
「してる。ただ、原稿は書かなかった。」
「お前らしいな。それでいい。」

久保田は俺の肩を一度だけ叩いて自分の席に戻っていった。

「佐藤先生。」

俺は名前を呼ばれて壇場に上がった。会場は想像していたよりもずっと広かった。段々になった客席に1500人の医師がぎっしりと座っている。スーツも白い医師も、皆の視線がまっすぐこちらを向いていた。俺はマイクの前に立ち、一呼吸を置いた。

「長野の山合から来ました佐藤と申します。今日は立派な話はできません。私の診療所に来てくれるお年寄りたちの話を少しだけさせてください。」

そう言って俺はマイクから一度目を上げた。天井のシャンデリアの光が眩しかった。俺はよしさんの話から始めた。夜中の2時に目が覚めて、亡くなった夫のことを考える女性のこと。なかなか治らない不眠のこと。それでも漬物の話を聞きに来てくれと言えば笑って帰っていく。そういう人のこと。田島さんの話もした。塩分を控えてくれと頼みながら、彼女の漬物がこの土地でどれほど大事なものかを知っていること。猫の名前を覚えていること。

「私は12年前、大学病院を辞めて今の診療所に行きました。理由は一つです。患者の名前を覚えられなくなっていたからです。」

会場がしんと静まった。俺はあの40代の患者の話をした。手術の前夜に『あんたに見取られるなら本望だ』と言ってくれた人のこと。俺は彼の名前を患者番号でしか覚えていなかったこと。それが悔しくて悲しくて、辞表を書いたこと。

「医療の中心に技術があるのは当たり前ですけれど、技術の隣に名前があってほしい。私はそう思って山に入りました。12年経って、今私が言えるのはそれくらいです。立派なことは何もしていません。ただ800人の名前を覚えているだけです。それでもこの仕事を続けていていいのだと、患者さんたちが教えてくれました。今日ここで話して来いと送り出してくれたのも、その人たちです。」

俺は深く頭を下げた。顔を上げると、最前列に座っていた年配の医師が半分ほど目元を抑えていた。その隣の女性医師もまっすぐ俺を見たまま動かなかった。会場の後方から誰かが拍手を始めた。それが波のように広がり、1500人の手が一つの音になった。俺は何度も頭を下げた。

控室に下がる廊下で、久保田が壁に凭れて待っていた。彼は何も言わず俺の前に立ち、片手を差し出した。俺はその手を握った。

「佐藤、よくやった。あいつらの顔見たか?」
「見えなかった。眩しくて。」
「俺は見てた。お前の話で、何人かの目の色が変わってた。今日聞かせてもらった、俺自身もな。」

久保田は一度鼻をすすって笑った。昔と同じぶっきらぼうな笑い方だった。

翌日の夕方、俺は長野行きの特急に乗っていた。窓の外はもう日が傾いていた。山が近づくにつれて、空気が少しずつ変わっていくのが分かる。携帯には宮下さんから何件かメッセージが入っていた。昨日の講演、地元の新聞にも小さく載ったらしい。よしさんが診療所に電話をかけてきて、「先生、無事に話せたかね」と聞いていったという。

最寄り駅に着くと、ホームに宮下さんが立っていた。迎えに来てくれたらしい。

「先生、なんだかちょっと痩せたんじゃないですか。」
「東京は飯が高くてね。あまり食えなかった。」
「明日からよしさんの漬け物ちゃんと食べてくださいよ。みんな待ってますから。」

軽トラックの助手席に乗り、診療所までの夜道を走った。宮下さんは運転しながらぽつりと言った。

「先生、田島さんがね、昨日診療所に来たんですよ。先生のテレビ、どこで見られるかって。」
「テレビなんか出てませんよ。」
「そう言ったら、じゃあラジオはどうだって。あの人、本気で先生のこと自慢したかったんですよ。」

俺は窓の外を見て小さく笑った。胸の奥が温かかった。診療所に着くと、裏戸の前に小さな風呂敷包みが置かれていた。拾い上げると、まだほんのり温かい。開けると、握り飯が二つと煮物が少しだった。誰が置いていったのか、名前は書かれていなかった。

俺は二階に上がり窓を開けた。山の稜線の上に細い月が出ていた。机の上には出かける前に置いたままの便箋がある。あの亡くなった患者の奥さんからの古い手紙もその横に並べたまだ。俺はその手紙を引き出しの奥にもう一度しまった。代わりに新しい便箋を一枚、引き出しから出した。宮下さんと岡村さんと、それから集落の人たちに礼を書こうと思った。ありがとうと、ただそれだけを。

俺は窓の外の月を見ていた。明日も6時半に裏を開けるだろう。多分、誰かがもう待っているだろう。

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