「起きろ、よ子。30秒以内に家に…」 ***お盆に息子夫婦の家に泊まって3日目の深夜。かつてない真剣な顔の夫に、嫌な予感と緊張が走る。そして、夫から語られた真実は、私の想像をはるかに超えるものだった。***…

「起きろ、よ子。30秒以内に家に...」 ***お盆に息子夫婦の家に泊まって3日目の深夜。かつてない真剣な顔の夫に、嫌な予感と緊張が走る。そして、夫から語られた真実は、私の想像をはるかに超えるものだった。***...

「起きろ、よ子。30秒以内に家を出るぞ」
午前2時過ぎ、夫・直樹の声はいつもの穏やかさとは全く違っていた。真剣で切迫した何かが感じられた。結婚以来、こんな夫の表情を見たことがなかった。
「え?どういうこと?」
「説明は後だ。とにかく今すぐだ」
私は状況を理解できないまま、急いで着替えて荷物をまとめた。直樹も無言で自分の荷物を手際よく袋に詰めている。普段はゆっくり行動する夫が、こんなに素早く動いている姿を見たのは初めてだった。
「でも、さおりさんたちに挨拶もしないで…」
「いいから黙ってついてこい」
私たちは音を立てないよう静かに階段を降り、玄関に向かった。幸い、息子夫婦は眠っているようで、家の中は静寂に包まれていた。車まで走る。エンジンをかけた直樹は、ハンドルを握る手を少し震わせていた。
「直樹さん、一体何があったの?体調でも悪いの?」
「1つも気づかなかったのか?実はな…あいつらが心配してるふりをしていたのは、お前を介護が必要な人間だと思わせるためだったんだ」
「え…?」
私は夫の言葉を理解するのに時間がかかった。息子夫婦が自分を心配してくれていたのではなかったのか。ここ3日間の出来事が頭を駆け巡る。湯のみを落としそうになったと言われた件、テレビのリモコンの件、メモ帳が違う場所から見つかった件、そして…銀行通帳がバッグに入っていた件。全てが計画的に仕組まれたものだったのか?
「全部、要介護申請のための材料なんだ。判断に不安あり、生活に支援が必要。そうやって外堀を埋めてきたんだよ」
3日前、私たちは亡くなった岐阜の実家の墓参りをするため、息子の陸と嫁のさおりの家に3日間お世話になることになった。年に一度、家族が集まるこの時期を私はいつも楽しみにしている。久しぶりに孫の優馬の成長ぶりを見ることができるし、息子夫婦との時間も貴重に感じていた。
駅からタクシーで10分ほどの住宅街にある息子の家は、玄関先に小さな花壇があり、清潔感のある白い外壁が印象的だ。赤いゼラニウムと白いペチュニアが植えられた花壇は、さおりの几帳面な性格を表しているようだった。
「お父さん、お母さん、お疲れ様でした。今回は3日間ゆっくりしていただこうと思って、お部屋も準備させていただきました。家のことは私たちに任せてくださいね」
「ありがとう。でも、何かお手伝いできることがあったら言ってね」
「本当に何もしなくて大丈夫ですよ。せっかく来ていただけたんですから」
私は、さおりの気遣いに感謝しながらも、なんとなく申し訳ない気持ちになった。息子は共働きで忙しいのに、私たちのために時間を割いてくれているのだ。
その時、奥から小さな足音が聞こえてきた。
「バ、バ!」
5歳の孫の優馬が、黄色いTシャツに紺のハズボンという格好で駆け寄ってきた。私は思わずしゃがんで優馬を抱きしめる。
「優馬君、元気だった?バーバに会いたかった?」
「うん。幼稚園でね、絵を描いたの。バーバの絵も描いたよ」
「そうなの?今度見せてもらえる?」
優馬に手を引かれて2階に上がると、6畳ほどの和室が用意されていた。畳の匂いが懐かしく、窓からは隣の庭が見える。お布団も2組きれいに敷かれており、サイドテーブルには新しいタオルと浴衣も用意されていた。コップと水差しまで置かれており、さおりの気遣いの細かさに驚く。
その日の夕食は、さおりが心を込めて作ってくれた煮物や刺身、茶碗蒸しなどが並んだ。品数も多く、味付けも上品で、私はさおりの気遣いに感謝の気持ちでいっぱいになった。家族団らんの時間が過ぎ、優馬も私たちに甘えながら楽しそうに過ごしている。こんな穏やかな時間が続いてくれればいいのにと思いながら、私たちは満足して1日目を終えた。この時点では、翌日から始まる出来事を予想できるはずもなかった。
翌朝、私は7時頃に目を覚ました。普段から早起きの習慣があるため、旅行先でも同じ時間に目が覚めてしまう。1階に降りると、キッチンで朝食の準備をしているさおりの姿が見えた。
「おはよう。早いのね」
「おはようございます。お母さんも早いですね。私、癖でつい早く起きちゃって」
さおりはすでにエプロンをつけて卵焼きを作っているところだった。フライパンからいい匂いが漂ってくる。
「何か手伝おうかしら」
「大丈夫です。お母さんはゆっくりしていてください」
私は食器棚から湯のみを取り出して、お茶を入れようとした。普段から自分でお茶を入れるのが習慣になっているからだ。
「あ、危ないですよ!」
突然、さおりが大きな声を出した。私は反射的に手を引っ込めてしまう。
「お母さん、湯のみが滑って落ちそうになってましたよ。大丈夫ですか?」
私は自分の手を見た。確かに湯のみを持っていたが、滑りそうになっていた記憶はない。むしろしっかりと持っていたつもりだった。
「そうかしら。私、しっかり持っていたつもりだったけど…」
「ちょっと手元が不安定だったみたいで。私がお茶を入れますから、座っていてください」
その時はさおりの親切心だと思った。しかし、なぜか胸の奥に小さな違和感が残った。本当に湯のみが滑りそうになっていたのだろうか。私の感覚では、そんなことはなかったように思えるのだが。
朝食の席で、さおりが何げない口調で質問してきた。
「お母さん、昨日の夕飯、何を食べたか覚えていらっしゃいます?」
「昨日の夕飯?」私は少し考えた。確か煮物や刺身があったような気がするが、品数も多かったので正確に思い出すのに時間がかかった。
「えっと、煮物と、お刺身もあったわよね」
「母さん、物忘れが多くなってきたんじゃない?心配だな」
階段を降りてきた陸が、私たちの会話を聞いて心配そうに言った。ただ私には妙に演技がかって感じられた。息子の表情に、どこか計算されているような印象を受ける。
「そんなことないわよ。ちょっと考えていただけ」
「でも、一瞬戸惑われていたみたいでしたけど」
「朝起きたばかりだから、頭がぼんやりしてただけよ」
直樹がそう言ってくれたおかげで、その場の空気は収まった。しかし、私の心の中には小さなモヤモヤが残った。息子夫婦が私の記憶力を疑っているような気がしてならない。
その日の午前中、私がリビングでくつろいでいると、テレビの音量が気になったのでリモコンで調整しようとした。
「あら?」
リモコンのボタンを押した瞬間、画面が突然真っ暗になった。
「どうされました?」
「テレビが映らなくなっちゃった。どのボタンを押されたんですか?」
「音量のボタンを押しただけなのに…」
「母さん、どこか違うボタンを押しちゃったんじゃない?」
「音量のボタンしか触ってないのよ」
陸がリモコンを確認すると、すぐにテレビは映るようになった。
「ほら、やっぱり違うボタンを押してたんだよ」
「そんなはずは…。音量ボタンしか押してないもの」
「お母さん、リモコンっていうのは小さなボタンがたくさんあって、間違いやすいですよね」
私は居心地の悪い気持ちのまま、その場を収めることにした。
午後、私が2階の部屋で荷物を整理していると、夕べ確実にサイドテーブルに置いたはずのメモ帳が見当たらなくなった。
「あれ?メモ帳がない…」
私は部屋中を探した。布団の下、荷物の中、窓際まで念入りに確認したが見つからない。
「何かお探しですか?」
階段を上がってきたさおりが、心配そうに声をかけてきた。
「メモ帳を置いていたんだけど、見当たらないの」
「どこに置かれたか、覚えていらっしゃいます?」
「確かにこのサイドテーブルに置いたはずなのよ」
「もしかしたら、違う場所に置かれたのかもしれませんね。一緒に探してみましょうか」
結局、メモ帳は1階のダイニングテーブルの下から見つかった。私はそこに置いた記憶が全くない。
「不思議ね。私、ここに置いた覚えがないのよ」
「疲れていらっしゃるのかもしれませんね。旅行って意外と疲れるものですから。記憶って時々曖昧になることがありますよね。私もよく物の置き場所を忘れてしまいます」
私は自分の記憶に自信が持てなくなってきた。まさか自分が置いた場所を忘れてしまうなんて。年を取るということは、こういうことなのだろうか。
その夜、さおりと陸は直樹に向かって、私の様子を報告していた。
「お母さん、今日は少し調子が悪そうでしたね。朝も夕飯のメニューを思い出すのに時間がかかってたし」
「そうか…」
「テレビのリモコンも間違って押しちゃうし、メモ帳の場所も忘れちゃってるし。俺たちも気をつけて見ているけど、心配になってきたよ」
直樹は無言で頷いた。しかし私には、夫の表情が妙に固く見えた。直樹も私の変化を心配しているのだろうか。
3日目の朝、私は自分のバッグを整理していた。明日には自宅に帰るので、旅行の荷物を少しずつまとめておこうと思ったからだ。バッグの奥に手を入れた時、硬い感触のものに触れた。
「え?これは…」
取り出してみると、それは自宅の金庫に保管していたはずの銀行通帳だった。普段は金庫の奥にしまっており、旅行に持ってくる必要もない大切な通帳だ。
「どうしてこれが…?」
私は自分の記憶を必死にたどった。出発前の日、金庫を開けて書類を確認し、通帳を入れて鍵をかけたことは確実に覚えている。なのになぜバッグの中に入っているのか。
「さおりさん」
私は困惑しながら1階に降りて、さおりを呼んだ。
「あら、通帳ですね。お母さんが自分で入れたんじゃないですか?」
さおりは不思議そうな表情を見せながら、小さく笑った。
「でも、金庫に入れた記憶があるのよ。確実に鍵もかけたし」
「もしかしたら、お出かけの準備をされている時に、必要だと思って持ってこられたのかもしれませんね」
「そんなはずは…。全く記憶にないし」
「でも、実際にお母さんのバッグに入ってたんですよね?」
私はその場で通帳を見つめたまま、動けなくなってしまった。自分の記憶がこんなにも曖昧だったとは。私は本当に年を取っただけなのだろうか?もしかして、認知症の始まりではないのか?
「母さん、どうしたの?」
階段を上がってきた陸が、私の様子を見て心配そうに声をかけた。
「お母さんが通帳をバッグに入れていたのを、忘れていらしたみたいで」
「母さん、大丈夫?」
「自分で入れた記憶がないのよ。金庫にしまったはずなのに」
「でも、実際に通帳がバッグに入ってたんでしょ?他に説明の仕様がないよ」
私は何も言えなくなった。確かに通帳はバッグの中にあった。息子の言う通り、それ以外に説明の仕様がない。しかし、どうしても納得がいかない。
その日の夕方、家族が揃ったところで陸が何気ない口調で切り出した。
「母さん、介護保険の申請って考えたことある?」
「介護保険?まだそんな年じゃないわよ」
「でも、今は予防的に申請する人も多いみたいだし、早めに準備しておいた方がいいかもしれない」
「お母さんみたいにまだ元気だけど、少し不安がある人こそ、なんです」
「でも、私はまだそこまでじゃ…」
「でも、実際に物忘れも増えてきているし、心配だよ」
「支援も受けられるし、安心ですよ。介護保険料も払ってるんですから、使わないと損ですし。俺たちは母さんのことが心配なんだ」
「私たちが申請出しておきますね。書類も用意してあるので」
さおりは当然のように封筒をテーブルの上に置いた。私は封筒を見つめた。介護保険申請なんて、まだ考えたこともなかった。本当に必要なのだろうか。直樹は一言も発さず、ただ息子夫婦のやり取りをじっと見つめていた。その表情はいつもよりも硬く、何かを考え込んでいるようだった。
「直樹さんはどう思う?」
「…後で話そう」
その短い返事に、私は少し安心した。夫がいてくれれば、きっと適切な判断をしてくれるだろう。
その夜、私は布団の中で今回の出来事を振り返ってみた。全てが私の失敗として処理されている。私は本当に衰えてしまったのだろうか?それとも、何か他に理由があるのだろうか?息子夫婦の心配は本当に私のためなのだろうか?隣で眠っている直樹の寝息を聞きながら、私は眠れない夜を過ごした。
そして、午前2時過ぎ。直樹の手が私の肩を小刻みに揺さぶったのだ。
「ホテルに着いたら見せてやる」
私は車窓を流れる夜景を見ながら、この数日間の出来事を整理しようとした。しかし、あまりにも衝撃的で、まだ現実として受け入れることができない。
直樹が予約していたビジネスホテルは、駅前の静かな場所にあった。部屋に入ると、直樹は鞄からタブレットを取り出した。
「これを見ろ」
直樹が画面に表示したのは、インターネットの検索履歴だった。画面には、「介護保険 条件 通帳 勝手に持ち出した場合」「代理申請 方法」「物忘れ 症状 判定」「介護保険 審査 通りやすい方法」「認知症 初期症状 作る方法」といった検索ワードが並んでいた。
「これは…陸のタブレットから取ったスクリーンショットだ」
「いつの間に?」
「昨日の夜、風呂に入ってる間に確認した。あいつらが何を調べているのか気になってな」
私は画面を見つめながら、息子の検索内容に愕然とした。特に「認知症 初期症状 作る方法」という検索ワードには、背筋が寒くなる思いだった。
次に直樹が見せたのは、メールの画面だった。画面には、地域包括支援センターの職員とのやり取りが表示されていた。送信者は、さおりのメールアドレスになっている。メールの内容には、このような文言が並んでいた。「よ子さんには一部解除が必要という前提で申請を進めます」「物忘れの症状も進んでいるようなので、介護保険で申請したいと思います」「書類の記入は私たちが代行いたします」「本人は自覚がないため、家族が代理で手続きを進めることになります」
「これは…さおりさんが…」
「お前を物忘れの進んだ高齢者として申請するつもりだったんだ」
私は画面を見つめたまま、言葉が出なかった。息子と嫁が私を騙して、介護申請をしようとしていたなんて。しかも、私が自覚していないという設定まで作り上げて。
「もっとひどいのがこれだ」
直樹が再生ボタンを押すと、陸とさおりの会話が聞こえてきた。
「通帳も管理できないって言えば通るんじゃない?親父が元気なうちに、母さんだけでも抑えておいた方がいい」
「介護認定になれば、財産管理も私たちがやることになるし」
「そうだな。母さんの年金も管理できるようになる」
「貯金通帳も私たちが預かることになるから、安心よ」
「これはいつ録音したの?」
「夕べだ。お前が先に2階に上がった後、1階で話していた」
まさか息子が財産を狙っていたなんて。悲しいが、事実だ。改めて、息子夫婦の親切さが全て偽物だったことを理解した。私たちを心配してくれていると思っていたが、実際は私の判断能力を疑わせて、財産を管理しようとしていたのだ。
「他にもあるぞ」
直樹は別のメールを表示した。それはさおりが友人に送ったメールのようだった。メールには「義母の介護申請が通れば、月20万円くらいは浮くはず」「岐阜の年金もあるし、介護資金はかなり楽になりそう」という内容が書かれていた。
「私の介護保険を使って、お金を浮かせようとしてたの?」
「そういうことだ。あいつらにとって、お前は金づるでしかなかった」
私は涙が出そうになったが、怒りの方が強かった。息子を信じて愛してきた自分がバカだったのだろうか。
「証拠を突きつけて、全てを終わらせる。もう逃さない」
直樹の声には、静かな怒りが込められていた。
お盆の午後、私と直樹は、陸とさおりをホテルのラウンジに呼び出した。
「お父さん、お母さん、昨日は急にいなくなってしまって心配しました」
さおりはいつものように上品な笑顔を浮かべていた。しかし、今の私にはその笑顔が薄っぺらく見えた。
「体調でも悪かったの?連絡もなしに出ていくなんて」
陸も心配そうな表情を作っていたが、私にはその演技が透けて見えた。
「体調は問題ないわ。…それより、話がある」
直樹がテーブルの上に、プリントアウトした書類とスマートフォンを置いた。
「これを見ろ」
最初に見せたのは、インターネット検索履歴のプリントアウトだった。
「これは何?」
「お前のタブレットの検索履歴だ」
さおりの顔色が少し変わった。しかし、まだ冷静さを保とうとしている。
「人のタブレットを勝手に見るなんて、プライバシーの侵害じゃないですか?」
「君は黙っててくれ。次はこれだ」
地域包括支援センターとのメールのやり取りを見せられた時、さおりは完全に動揺した。
「まだあるぞ」
直樹はスマートフォンの再生ボタンを押した。ラウンジに、陸とさおりの会話が流れ出す。ラウンジにいた他の客が私たちの方を見始めた。
「親父、これは一体何のつもり?」
「お前たちが、要子を騙して介護保険申請をしようとしていた証拠だ」
「違います!私たちはお母さんのことを心配して…」
「心配?私を物忘れのひどい人に仕立て上げることが、心配なの?」
「そんなつもりじゃ…」
「誤解だって!母さん!」
「誤解じゃないでしょ。通帳を私のバッグに入れたのも、あなたたちでしょ?テレビのリモコンも、メモ帳も、全部あなたたちの仕業だったのね」
「これらの証拠は、弁護士にも渡すつもりだ」
「弁護士って…!お父さん、そこまでする必要が…」
「必要だ。お前たちがやったことは犯罪だからな」
証拠を突きつけられ、言い逃れできなくなった息子夫婦は、態度を一変させた。
「わかった。認めるよ」
その瞬間、陸の表情から“心配する息子”の仮面が完全に剥がれ落ちた。
「でも、俺たちが間違ってるとは思ってない」
「なんですって?」
「どうせ、私たちがお母さんの面倒を見ることになるんです。先に準備していただけです」
「準備って何よ?」
「母さんが衰えるのは当然でしょ。それを利用して、何が悪い?」
「利用?私の判断力に不安があったのは事実ですし。通帳や生活の管理は、俺たちがやるのが当然だろ」
「当然?人を騙してまで財産を管理するのが、当然だって言うの?」
「大変になる前に手を打っておくのは、賢いやり方です」
「俺たちだって生活があるんだ。母さんの介護費用を考えたら、今のうちに準備しておかないと」
「お母さんの年金だって、有効活用した方がいいじゃないですか」
私は息子の変わり果てた姿に愕然とした。私が育てた息子は、自分を正当化し、私を食い物にしようとしている。
「あなたは、私の息子じゃない」
「母さん、そんな言い方はないでしょ」
「息子だったら、母親を騙したりしないわ」
「お母さんのためを思ってやったことです」
「私のため?利用しようとしたくせに、私のためですって?」
私は立ち上がって、息子夫婦を見下ろした。
「私がどんな気持ちでこの3日間を過ごしたと思ってるの?自分の記憶を疑って、どれだけ不安だったか。私は確かに年を取った。でも、まだ自分のことは自分でできるのよ。それをあなたたちは、判断能力がないことにして、私の財産を奪おうとした」
私の声が少し震えた。しかし、それは恐怖ではなく、怒りによるものだった。
「よ子、もう十分だ。こいつらを告発する。詐欺と有印私文書偽造罪だ」
「ちょ、ちょっと!いきなり告発だなんて!」
「お父さん、話し合いで解決しましょう!」
「話し合う気はない。お前たちがやったことは犯罪だ」
「そうよ。私はあなたたちを許さない」
「俺たち親子だろ?告発するなんて、ありえないって!」
「親子だからこそ、許せないのよ。親を騙すなんて、人として最低だわ」
「…優馬君も、私たちが引き取ります」
「はあ?お母さん、さすがにそれはないですよ!優馬は私の息子です!子供から母親を取り上げるんですか?」
「祖父母を騙すような母親に、育てる資格はないわ。優馬の親権についても、家庭裁判所に申し立てる」
「もう…俺たちは覚悟を決めた。お前たちは自分の行いを後悔して、1からやり直せ」
現実を突きつけられたことで、ようやく2人は後悔したようだった。
その後の手続きは、直樹が段取りよく進めてくれた。弁護士との相談、警察への相談、家庭裁判所への申し立て。私は夫の頼もしさを改めて感じた。
陸とさおりは、介護制度の虚偽申請と有印私文書偽造罪で起訴された。地域包括支援センターの担当者も、不適切な申請手続きに関与していたとして調査対象となった。
優馬の親権については、家庭裁判所が私たちに有利な判断を下してくれた。陸とさおりの詐欺行為が明らかになったことで、子供の養育環境として不適切と判断されたのだ。
新学期が始まる頃、優馬は青いランドセルを背負って小学校に通うようになった。私と直樹は毎朝優馬を見送り、毎晩迎える生活を始めた。優馬が描いた絵には、笑顔の私たちが描かれていた。小さな家の前で手を繋いでいる3人の絵は、とても温かく感じられる。
「あの子だけは、守ってあげないとね」
「ああ。俺たちがしっかり育てよう」
私は時々、あの3日間のことを思い出す。息子夫婦の裏切り、自分の記憶を疑った不安。全てが私たちにとって大きな試練だった。しかし、その試練を乗り越えたことで、私たちは本当の家族の意味を理解できたのかもしれない。血の繋がりがあっても、信頼関係がなければ家族ではない。逆に、血の繋がりがなくても、互いを大切に思い合える関係こそが、真の家族なのだ。
年を取ることは確かに不安を伴う。しかし、年を取ったからと言って、人に騙されても仕方がないということはない。最後まで自分の人生を自分で守る気持ちを持ち続けること。それが何より大切なのだと私は学んだ。そして、信頼できるパートナーがいることの心強さ。直樹がいてくれたからこそ、私は最後まで諦めずに戦うことができた。
今、優馬の笑い声が響く我が家で、私は静かな充実感を感じている。

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