私が金辺と結婚したのは28歳の時だった。彼は完璧な男性に見えた。高収入で物腰も柔らかく、優しくて気遣いのできる人。結婚後は専業主婦でいいと言ってくれた。私はその言葉に甘え、会社を辞めて新しい生活を始めた。
新婚3日目の朝、リビングに見知らぬ老女がいた。車椅子に座り、強い目力で私を睨んでいる。驚いて悲鳴を上げると、彼女は言った。
「私は金の母親よ。名前は落合弓枝と言います」
金辺は義母は数年前に亡くなったと言っていた。混乱する私の前に、金辺が寝起きの顔で現れ、あっさり認めた。
「ちょっとしたサプライズだよ。これから一緒に暮らすんだ」
事故で義父を亡くし、義母は車椅子生活。金辺は結婚前から母との同居を決めていた。私に相談もなく。そして介護の担い手は、当然のように私だった。
「お前変わっただろ。もう女として見られないんだよ。視界に入れるのも辛い」
8年後、金辺はそう言って離婚を切り出した。私はほとんど傷つかなかった。彼にとって私は最初から義母の介護要因だったから。
「了解。じゃあ介護はよろしく」
私は明るく返事をした。彼が用意していた離婚届に迷いなく名前を書き、荷物をまとめて家を出た。義母に介護の指示書を金辺へ渡し、役所に寄って離婚届を提出した。向かった先は、義母の妹・山形エミさんの屋敷だ。
「とうとう離婚になりました」
私がVサインをすると、エミさんはにっこり笑った。
「じゃ、これであなたを正式に雇えるわね」
実は私は4年前、介護福祉士の資格を取得していた。金辺と義母には内緒で。きっかけはエミさんのスカウトだった。義母の妹である彼女は、義母と絶縁状態だったが、私を気に入り、資格取得のための勉強時間を作るために、義母をカルチャースクールや海外旅行に送り出してくれた。すべては私のための時間稼ぎだったのだ。
離婚後、私はエミさんが運営する介護施設で正規職員として働き始めた。忙しいが楽しい。新しい人生が始まった。金辺からは慰謝料を弁護士を通して受け取っている。彼は浮気相手の女性に別の浮気がバレて会社を辞め、今はアルバイトで食いつないでいるらしい。義母は認知症が進み、向井先生のもとで暮らしている。
結婚してからの8年間は無駄ではなかった。私にとって必要な経験だった。これからも大切な思い出をいくつも積み重ねていく。人生はまだまだこれからだ。



