「あなた、命をかけた賭けをしたことある?」結婚3年目の私は、義母からの嫌がらせにずっと耐えてきた。夫の蒼太は「母さんは悪くない」と私の訴えを信じてくれない。アレルギーがある私に、寒天だと嘘をついてゼラチンを食べさせた時も、「間違えただけだよ」と全てをなかったことにした。その義母が、今度は夫の妹のお祝いの席で、堂々とカニ料理を出してきたのだ。私は笑顔でそれを口に運びながら言った。「お母さん、こ…

「あなた、命をかけた賭けをしたことある?」結婚3年目の私は、義母からの嫌がらせにずっと耐えてきた。夫の蒼太は「母さんは悪くない」と私の訴えを信じてくれない。アレルギーがある私に、寒天だと嘘をついてゼラチンを食べさせた時も、「間違えただけだよ」と全てをなかったことにした。その義母が、今度は夫の妹のお祝いの席で、堂々とカニ料理を出してきたのだ。私は笑顔でそれを口に運びながら言った。「お母さん、こ...

夫の蒼太が義母の電話で慌てて受話器を握った時、私はそれを待っていた。

「すみません、食事にカニだけは避けてもらえますか?」

私はスピーカーモードのまま、蒼太に聞こえるように義母に話しかけた。

「この前、蒼太と泊まりがけの旅行をしたんですけど、夕食にカニが出て、2人で食べていたら、急に蒼太が発作を起こしてしまって。救急車で運ばれて、カニアレルギーだってわかったんです。ようやく体調は回復しましたが、私も蒼太もカニはもう怖いので、出さないでいただけますか?」

「あらあら、そうなのね。分かったわ。カニは料理に使わないようにするからね」

義母の声はいつも通り優しかった。いや、優しすぎるほどだった。この会話は録音もしてある。蒼太は「録音なんてする必要ないのに。そんなに母さんを疑ってるのか」と不機嫌そうだったが、これは私の作戦だったのだ。

私の名前はしのぶ。31歳の主婦で、結婚3年目になる。蒼太はちょっと頼りないけれど、優しい人だ。ただ、彼には一つだけどうしても受け入れられないことがあった。義母のことだ。

蒼太は子供の頃体が弱く、何度も入院していた。そのせいで義母に猫可愛がりされて育ったのだろう。蒼太は義母のすることは絶対に悪く捉えない。義母の言うことに間違いはないと本気で信じているような男だ。

義母はというと、歳になるまで独身だった蒼太が私と結婚するのが気に入らないらしく、婚約中から嫌がらせが始まっていた。ウェディングドレスの試着についてきて、「そのドレスはもっと上品な人でないと似合わないわよ」とか「しのぶさんはカーテンのレースを巻きつければ十分でしょ」と馬鹿にする。結婚してからはさらにエスカレートした。「本当にしのぶさんは料理が下手ね。犬の餌だってこっちの方がましよ」とか「お風呂場に髪の毛が1本落ちてたわよ。不潔な嫁ね」とか。

蒼太に訴えても、「母さんはちょっと口が悪いけど、しのぶのことを思って言ってくれてるんだよ」とまともに取り合わない。「母さんの言うことに間違いはないから」だそうだ。

義母がいちばん厄介なのは、古い常識を頑なに信じていることだった。

私は子供の頃から食物アレルギーがある。特にゼラチンにアレルギーがあり、体調がいい時はまだマシなのだが、寝不足の時などは喉が痛くなり、呼吸が苦しくなるほどの強い反応が出る。しかし義母はそれを「わがまま」だとか「食べているうちに治る」と主張する。現在の医学では食物アレルギーはそんな素人判断で治るものではないことが分かっているのに、義母は厚生労働省やアレルギー学会の研究を完全に無視して、自分の考えが正しいと信じて疑わない。

1度、「あれ? お母さんって厚生労働省やアレルギー学会の人たちより頭がいいんですか?」と言ってやったら、真っ赤になりながら「そ、そんなこと関係ないでしょ。私が蒼太をきちんと育てたからあの子にアレルギーがないのよ」と開き直った。挙げ句には「あなたのお母さんよっぽどひどい育児したのね。だからあなたがアレルギーになんかなったのよ」と、私の母のことまで侮辱した。

そして最後にこう言い放ったのだ。

「あなたは子供を産まない方がいいわよ。あなたになんか育てられたら、子供だってアレルギーになっちゃうだろうからね。子供好きな蒼太がかわいそうだわ。私たちも孫が抱けないってことだしねえ。早いところ離婚してくれない?」

確かにアレルギーになりやすい体質は遺伝すると言われている。しかし、今や日本人の2人に1人がアレルギー疾患を持つと言われている時代だ。8割がアレルギー体質だという研究報告さえある。もちろんそのことを義母に話したが、これまた水掛け論。「蒼太には食物アレルギーはない。だから正しく育てさえすればアレルギーにならない」と本気で信じているのだ。実際には蒼太は花粉症でそれもアレルギー疾患なのに、「杉が生えてる日本に住んでたら誰でもなる可能性があるからアレルギーじゃないのよ」と、これまたわけのわからない主張をする。もうお手上げで、私はできるだけ義実家に近寄らないようにした。

ところが夫の蒼太は相変わらずの暢気者だ。「最近なんで俺の実家に行きたがらないの?」と脳天気な質問までしてくる。私は説明した。「あなた、私があなたの目の前であれだけ嫌がらせされてるのにまだ気づかないの? 『しのぶさんは濃い味が好きなのよね』とか言って、目の前で私のおかずにだけ醤油をドバドバかけるし、せっかく買っていったお土産の高級漬物を『お漬物は私がつけたものが一番美味しいのよ』って目の前で捨てるし」と。それでも蒼太は「母さんなりの思いやりじゃないか。嫌がらせなんて勘違いだよ」と取り合わない。母教ここに極まれりといった感じだ。

「あなた忘れたの? 私、お母さんの嫌がらせでアレルギー起こして大変な目に会ったじゃない」

それは新婚旅行から帰ってきた日のことだった。かなり疲れていたけれど、義実家にお土産を届けに行くと、義母が「とっても美味しいゼリーの作り方習ったのよ。食べてちょうだい」と手作りのゼリーを出してきた。私は「すみません。ゼラチン入りのものはちょっと…」と断った。すると義母は「あら大丈夫よ。これゼラチンじゃなくて寒天で作ったから」とニコニコしながらスプーンで掬い、私の口元に持ってきた。

寒天なら大丈夫かと思って口に入れたのだが、食感が寒天とは全く違う。そう思っているうちに、みるみるアレルギー反応が出てきてしまった。テーブルに突っ伏して苦しむ私を見た蒼太が、すぐに私のバッグから薬を出してくれた。あの時は助かったが、私は義母に「お母さん、本当に寒天だったんですか?」と聞くと、「え? そうよ。確かに。あら、間違って寒天じゃなくてゼラチン使っちゃったわ。ごめんなさいね」とヘラヘラしている。

あの態度は絶対に悪意があったと思う。私がアレルギーで死にかけたかもしれないのに、蒼太は「母さんたまたま間違えちゃっただけだよ。粉の寒天とゼラチンって見た目が似てるし」と、これまた義母を庇う。事件の重大さを全くわかっていない。

あれ以来、私は義実家に行っても、出されたものは絶対に食べない、飲まないと決めた。すると義母がまたつっかかってくる。「あの時はちょっと間違えただけじゃない?」「大げさなんだから」と。私ははっきり言った。「ちょっとの間違いで私がアナフィラキシーショックで死んでいた可能性だってあるんです。悪いですけど、お母さんのこと信用できませんから」

その時の義母の私を睨みつける目。絶対この人はまた何かする。そう確信した。

そして、あのカニ電話をすることになったのだ。

義母がカニ料理を出すと確信したのは、義母の性格を知っていたからだ。義母は人を貶めるために嘘をつくことを何とも思わない。そして私は蒼太がカニアレルギーを発症したと嘘をつき、義母がそれを信じ、カニを使った料理を作るだろうと予測した。その結果、義母の悪意を証明できる。

そして当日。義母の家のリビングのテーブルには、カニたっぷりのちらし寿司、カニサラダ、カニコロッケ、カニ天ぷらがずらりと並んでいた。義母はニヤニヤしながら「さ、食べて食べて」と私たちに進めた。

蒼太が「母さん、これってカニだよね?」と伺いながら言うと、義母は「あら違うわよ」と言って、料理を取り分けて私に渡す。「カニじゃなくて、カマだよ」と。

以前のゼリーの件があったせいか、蒼太は不安そうに私を見ている。その前で私は大きな口を開けてパクリと食べた。

「やだお母さん、これって本物のカニじゃないですか」

私はそう言いながら、蒼太に匂いを嗅がせてあげた。

「本当だ。カニだ」

顔を強張らせる蒼太と、パクパク食べる私を見て、義母が目を丸くしている。

「母さん、これってどういうことだよ。俺がカニアレルギーになったって、しのぶが電話で言っただろ」

蒼太が怒ると、義母はさらに目を丸くして「え? カニアレルギーって、しのぶさんのことじゃないの?」と驚いた。

「俺だよ。旅館で出たカニ料理食ってぶっ倒れたんだよ」

真っ青になった義母に、私は静かに言った。

「お母さん、あの電話でカニアレルギーを起こしたのが私だとは一言も言いませんでしたよ。嘘だと思うなら録音してありますから。お聞きになります?」

わなわな震える義母に、蒼太が大激怒した。

「カニアレルギーがしのぶだと思って食わそうとしたのか? まさかこんな命に関わるような嫁いびりするなんて。それに、もし俺が気づかず食ってたらどうなってたと思うんだ」

出来心で息子に怒鳴られ、義母はおろおろしながら「そ、そんなつもりじゃなかったのよ。たくさん食べればアレルギーが治ると思って」と言い訳した。

私はそんな義母を睨んだ。

「お母さん、蒼太は旅館でカニを食べた直後に吐き気が出て呼吸が荒くなり、意識を失ったんです。今食べれば治るどころか、あっという間に手遅れになっていたかもしれないんですよ」

これまで空気のような存在だった義父も、さすがに呆れ、「君は本当に無神経だな。どこまでしのぶさんに嫌がらせしたら気が済むんだ」と義母を強く攻めた。

すると義母は私をぎっと睨み、「あんたが仕組んだんでしょ。蒼太はあんたと結婚するまでアレルギーなんかあったことないのに。あんたが蒼太の世話をちゃんとしないから」と逆切れを始めた。

もうこの人と話しても無駄だ。そう思って私が目をそらした時、婚約報告に来ていた蒼太の妹とその婚約者と目が合った。2人とも呆然としている。

「ごめんなさいね。おめでたい席でこんなことになっちゃって。私たち退散するから、仕切り直してね」

そう言って、私は蒼太と一緒にリビングから出て行こうとした。すると義妹の婚約者が立ち上がりながら口を開いた。

「僕も退散しますよ。実は僕も最近そばアレルギーを発症したんです。今後お母さんとお付き合いして、無理に食べさせられたらたまったもんじゃないですからね」

そして義妹に向かってこうまで言ったのだ。

「もし君がお母さんと縁を切らないと言うなら、この結婚は一旦保留にしよう」

アレルギーの辛さは、発症したことのない人にはいくら説明しても理解してもらえない。しかし発症したもの同士なら、すぐに分かる。多分義妹の婚約者もそばアレルギーでかなり危険な状態に陥ったことがあるのだろう。

結局、私と蒼太、義妹と婚約者は揃って義実家を後にした。そこで私はアレルゲン対応のしっかりしたレストランをスマホで検索し、4人で改めてお祝いの会をした。蒼太は「ごめんな。しのぶが母さんに嫌がらせされてるって何度も訴えてたのに無視してて」と謝ってくれたし、義妹も「お姉さん、これから頼りにしてますね」と私をアレルギーの先輩として信頼してくれたようだ。

こうして私たちは義母と縁を切った。義母はどう考えても自業自得なのに、一家の離散を招いた犯人は私だとご近所に触れ回っているらしい。しかも義父が義母を叱ると、泣き喚いて手がつけられなくなるそうだ。そんな義母を義父はとうとう見限り、離婚を言い渡したらしい。しかも義母が家にいづらそうなので、あの家を売ることを考えているそうだ。

今では蒼太と私と、もうすぐ生まれる子供の部屋と、蒼太の父の部屋もある新居をワクワクしながら探している。あの日、カニ料理を食べたのは私ではなくて本当に良かった。もしあの時蒼太が本物のカニを食べていたら、彼は今ごろ命を落としていたかもしれない。義母は命をかけた危険な賭けをしたのだ。それに気づいた義父が離婚を選んだのは、自然な成り行きだったのかもしれない。

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