高級居酒屋の個室で親友と飲んでいた時、トイレに向かった先で、小学校からずっと俺を「母子家庭の貧乏人」と見下してきた男と鉢合わせした。「お前ら、まだつるんでいたのか。どうせ中卒の底辺だろう?」あいつはブランドスーツを着て、大企業で修行中のエリートだと自慢し、笑い飛ばして去っていった。あの時はただ腹が立っただけだった。だがそれから数年後、取引先の担当者として再会したあいつは、俺の開発した特許部品…

高級居酒屋の個室で親友と飲んでいた時、トイレに向かった先で、小学校からずっと俺を「母子家庭の貧乏人」と見下してきた男と鉢合わせした。「お前ら、まだつるんでいたのか。どうせ中卒の底辺だろう?」あいつはブランドスーツを着て、大企業で修行中のエリートだと自慢し、笑い飛ばして去っていった。あの時はただ腹が立っただけだった。だがそれから数年後、取引先の担当者として再会したあいつは、俺の開発した特許部品...

「パパに頼んで契約切ってもらうわ。」
そう言い放ったのは、長年取引を続けてきたM工業の社長の息子、三原だった。小学校からの同級生であり、昔からずっと俺を見下してきた男。母子家庭で育った俺を「貧乏人」と嘲笑い続けたあいつが、今度は取引先の担当者として現れたのだ。

父を事故で失ったのは小学1年生の時だった。現実を受け入れられず、学校にも通えない日々が続いた。同じ長屋に住んでいた孝太が、休んでいる俺に何度もプリントを届けてくれた。母は一時、仕事も辞めてしまったが、母方の祖父の工場で事務として働き始めた。

「2年生も同じクラスだよ。一緒に学校へ行こう。」
孝太にそう誘われて、俺は少しずつ学校へ通えるようになった。じいちゃんは俺を心配して可愛がってくれた。ゲームを買ってくれたり、たまに孝太も誘って釣りに連れて行ってくれたり。学校ではおとなしい性格だった俺にとって、孝太は唯一の友達だった。

高学年の時、三原と同じクラスになった。社長の息子で、いつもブランドの服を着て周りに自慢していた。家も近所にある大きな一軒家。もちろん俺と孝太は三原とは気が合わなかった。ある日、三原は俺に言った。

「お前んち、母子家庭だそうじゃないか。貧乏でかわいそうによ。」
俺は黙って俯いた。すると孝太が怒鳴った。
「母子家庭の何が悪いんだよ!」
「そういえばお前の家も母子家庭だったな。同じ長屋暮らしの貧乏人同士、仲良くしてろよ。」
そう言って、三原は仲間たちと笑っていた。

中学になっても、三原の態度は変わらなかった。孝太は高校へ進んだが、俺は学校が好きになれず、祖父の工場で中卒から働くことにした。毎日黙々と部品を作った。最初の給料で携帯電話を買い、孝太とメール交換をして楽しんだ。祖父はパソコンも買ってくれた。18歳になると事務所を手伝うようになり、パソコンで資料作成などに励んだ。

祖父の会社は医療機器メーカーの部品を作っていた。20代半ばを過ぎた頃、工場で流れている部品をもっと小さくできないかと試行錯誤していた。ところが、祖父が突然の病で亡くなってしまう。会社は母の兄、つまり俺の叔父が社長として継いだ。俺は開発した小さな部品を叔父に見せた。叔父はすぐに試作品を作り営業に回ってくれた。

「この部品なら医療機器自体も小さくなる。」
得意先が喜び、すぐに契約が成立。俺はその部品の特許を取得した。会社の売上はどんどん良くなり、工場のみんなの給料も上がり、会社は活気に溢れた。孝太は高校を卒業してM工業へ入社し、営業マンとして働いていた。M工業があの三原の父の会社だと知った時、孝太は驚いたが、本社で働く孝太は「うちの取引先はM工業の支社で、いい感じだ」と言っていた。

時は流れ、俺は30歳になった。孝太は結婚。その時、彼女の友人だった女性に一目惚れし、俺も交際へ。やがて結婚し、母の近くにマンションを借りて幸せに暮らし始めた。すぐに可愛い娘にも恵まれ、孝太の家族とも家族ぐるみの付き合いとなった。俺は叔父と共に営業にも回り、特許部品はあちこちの取引先で高評価を得て、毎月継続契約を取りに行っていた。M工業も大口の取引先の一つだった。

ある日、孝太と2人で居酒屋へ行った。割と高級な個室を借り、仕事の話や子供の話で盛り上がる。手洗いに行くため個室を出た時、会いたくもない男と会った。三原だった。

「お、孝志じゃねえか。てか、お前らまだつるんでいたのか?」
「ああ、中学以来だな。噂で聞いたが、お前、中卒で働いているそうじゃねえか。」
「ああ、別に困ってないけど。」
「無理に張ってろよ。中卒なんて底辺だと決まってるんだよ。どうせ連れの孝太も中卒だろう。」
「いや、孝太は高卒だよ。」
「高卒もただの底辺。俺なんて大卒のエリート様だ。今はパパの会社を継ぐために大企業で修行中。お前らなんて格好で、どうせフリーターかなんかだろうな。」

ブランドスーツを着て若い女性とカウンターに戻っていく三原。孝太は成績1位の営業マンで、将来会社を背負って立つ存在だったのに。俺たちは三原がいい歳して「パパ」と呼んでいることに爆笑し、その日はお開きにした。

それから歳月が流れ、俺は38歳になっていた。これまでに様々な部品の開発を手掛けてきた。ある日、叔父が新しい部品の相談をM工業にしてきてほしいと言う。資料を念入りに作成し、M工業の支社へ向かった。連絡した限りではいつもの担当者のはずだった。だが、通された応接室に入ってきた人物を見て俺は驚いた。三原だった。

「何だ?誰かと思えば孝志じゃねえか。」
「いつもお世話になっております。今日は新しい部品のご紹介で参りました。本日のご担当は三原様なのですね。」
名刺を差し出すと、三原は笑った。
「ああ、俺が担当だ。はっ、お前が専務?まあ、原本工業のような小さな会社だ。お前が専務とか笑えるがな。パパに頼んで契約切ってもらうわ。」
「三原様、ちょっとお待ちください。新しい部品の方はまだ構いませんが、毎月ご契約させていただいている商品である部品は、M工業様にとって大切な部品です。」
「はあ?お前の会社の部品なんて、どこの工場でも作れるだろう。何もお前の会社と契約する意味などないじゃん。」
「いや、どこの工場でも作れたらいいんですがね。元社では長年のお取引をさせてもらっていますが…」
「必死だな。うちとの契約が切れると、お前の小さな会社が終わることになるとでも思ってるのか?」
「三原様、一度本社の方へお尋ねいただけませんか?もうこの部品は10年はお取引をしていただいているのです。それか、今までのご担当者様にお話をされてはいかがでしょうか?」

長年の付き合いのM工業の社員たちや孝太のことを考え、俺はあえて下手に出た。しかし三原は聞く耳を持たない。
「なんでお前ごときの話を聞かないといけないんだよ。ただの時間の無駄だ。契約解除だ。」

その瞬間、頭の線がブチッと切れる音がした。
「三原さん、本当にいいんですね?じゃあ、元社の今期売上1位の特許商品、中止ですね。」
「え、何だって?特許とは?」
「ああ、俺が開発した特許部品だ。もう40歳も間近だと言うのに、いつまでも人を見下すあんたには、俺の特許商品は使わせたくないよ。では、社長によろしく。」
そう言って席を立ち、三原の静止の声を無視して会社に戻った。

叔父に報告すると、叔父は驚きつつも冷静だった。
「ああ、あそこのおぼっちゃまか。あちこちでエリートだと飲み歩いている息子だろ。よく知っているよ。まあ、いいんじゃないか?」
「うん。別に今は大口の取引先ではあるけれど、他の取引先もたくさんあるので何も会社は困らない。でもM工業はこのままでは危ないかと。」
「確かに危ないな。しかし、あの坊っちゃまが後を継ぐ予定なのだろう。いずれにしてもM工業はダメになるかもな。」
「それはそうかもだけど、おじさん、M工業の本社で俺の親友が働いているんだよ。だから余計に気になってさ。」
「え、もしかして孝太君か?よく小学生の時に工場に一緒に遊びに来ていた子だろ。」
「そうだよ。よく覚えてくれてたね。」
「ああ、2人とも機械から流れる部品を見て目をキラキラさせていたからなあ。」
「そっか。もしM工業が危なくなったら、うちで働いてもらえばいいんじゃないか?」
「え、本当に?孝太は今もM工業で営業成績1位のやり手なんだよ。」
「それならなおさら、うちに欲しい人材だ。」
「おじさん、ありがとう。じゃあ、すぐM工業だけ特許の仕様を中止するよ。」
「ああ、新しい開発の特許部品もこれからだし、うちは大丈夫だ。孝太君にはこっそり話をしておいた方がいいかもな。」

俺はすぐに孝太に連絡をし、以前の居酒屋の個室を予約した。
「孝志、どうしたんだ?突然何かあったのか?」
「うん、孝太、突然悪い。今日は俺のおごりだ。」
「ああ、ありがとう。実は企業秘密で、俺、孝太に隠していたことがあるんだ。」
「企業秘密なら仕方がないな。」
「孝太がいるM工業に、俺が開発したある特許部品を長く取引してもらってたんだよ。」
「えっ、孝志が開発したの?」
「うん。時間はかかったんだけど、俺がノートパソコンを手に入れた時にさ、こんなに小さいのにしっかり機能していることに感銘を受けたんだ。今の医療機器も、部品を少し小さくすれば機械自体も小さくなって使いやすくなるんじゃないかって思ってさ。」
「なるほどなあ。で、今新商品もあるんだろ?その相談のために今日M工業に向かったんだよ。するとさ、担当が三原だったんだ。」
「えっ、三原が支社にいたんだ?」
「それでさ、相変わらず俺を見下して『パパに頼んで契約切ってもらうわ』とか言い出してさ。M工業とは長い付き合いだったんで、俺も随分下手に出たんだけど、時間の無駄だとかで聞く耳持たずで。だから俺、M工業の特許商品の使用を中止することにした。もしかするとM工業が危なくなるかも。」
「ちょっと待って。その機械ってこれ?」
孝太はスマホで機械の写真を見せてきた。
「そうだよ。」
「いや、この機械の製造ができないとなると、多分やばいことになるよ。」
「うん。だから孝太には早めに伝えないと思って。」
「そうか。ありがとう。」

「孝太がさ、やりたいことや他の転職先があればいいんだけどさ、もしどうしてもそういうのがないとか、M工業が危なくなったら、うちの会社で働いてくれないか?新しい部品の営業もあるし、給料は心配しなくていいからさ。」
「え、本当に?それはありがたい。その時はぜひ頼むよ。孝志と一緒に働けるなんて嬉しいし。できたらもう辞めちゃおうかなとか思うよ。」
「急がなくてもいつでもいいからさ。うちの叔父さんも孝太のことを覚えていてさ、今M工業で営業成績トップだと言ったら、すぐに孝太が欲しいって言ってたよ。」

その2日後、M工業の社長が三原を連れて、うちの会社へ謝罪に来た。社長は土下座して言った。
「うちの息子が失礼なことを。この度は原本孝志様に大変失礼をいたしました。どうか今後も今まで通りのお引き取りを。」
三原も土下座していた。俺はしばらく黙っていたが、言った。
「どうぞ、頭をお上げください。特許の方はもう使用中止にしました。こちらも誠に残念ではございますが、今まで大変お世話になりました。今後のお取引は致しかねますので、どうかお引き取りを。」
「ちょっと、孝志!こちらが土下座しているというのに。」
「いや、あれだけうちの会社を小さな会社とか終わるとか言われては、どうしてももう無理です。どうかお帰りください。」
「孝志、頼む。もう一度頼むよ。今まで俺が悪かったよ。」
「申し訳ございませんが、あまりしつこいようですと、業務妨害として警察を呼びます。」
俺がそう言うと、叔父がスマホを手にした。それを見た三原親子は肩を丸めて帰って行った。

その後、M工業の様子を孝太と連絡を取り合いながら見ていた。休日に家族連れで秋の登山に行き、キャンプ場でバーベキューを楽しんだ。
「会社の方はどうだ?」
「全くダメだな。孝志の商品がないとさっぱりで、全員が慌てているよ。社長も顔色が悪いしさ。」
「じゃあ、孝太の営業手当ても減ってるのか?」
「もちろん。」
「そっか。うちの部品は日本全国の病院で使ってもらっているよ。営業は地方にも行くことがあるがどうだ?俺も一緒に行くけどさ。うちに来てくれる?」
「そっか。じゃあ、考えようかな。」
孝太が奥さんと顔を合わせると、奥さんは笑顔で頷いていた。

そして孝太は退職届を提出し、うちの原本工業へ転職となった。その後、M工業の支社がまず閉鎖された。俺が長年通い続けた支社だった。なんとなく寂しい思いはあったが、仕方がない。

ある日、ショッピングモールで家族連れで子供の服を選んでいると、三原が母親と一緒に買い物をしていた。俺たちを見て三原は固まっている。
「三原さん、どうもお久しぶりです。」
「えっ… いつ結婚したんだ?」
「ずいぶん昔だよ。もう子供も小学生だぜ。」
「そ、そ、そうなのか。」
そう言って青ざめ、母親と一緒にどこかへ消えていった。

その後、とうとうM工業は倒産した。業界の噂では、会社や工場を解体するためにかなりの借金ができたそうだ。今までの三原の家族は豪邸に住み贅沢三昧していたようで、資産は家だけで、家も売ったらしく、家族3人でどこかの小さなアパートで暮らしているらしい。お世話になっていた従業員にも、いきなりの倒産でかなり恨まれているそうだ。

俺はそういう結末が嫌だったが、三原が社長になっても人を見下すことをやめなければ、いい会社には育たないだろうと思った。今時、母子家庭や中小企業や学歴などで人を見下すことは、時代錯誤もいいところだ。

一方、俺の方は、娘は孝太の息子と仲良く、未来のために英語会話教室やパソコン教室に通っている。地方の営業に出かける時は、子供が夏休みなどの時は家族連れで出かけて、営業の仕事が済み次第、地方の海や山などの自然を楽しみ、旅館などで土地の名産などを味わって楽しんでいる。俺が新しく開発した部品も順調な売上だ。母とも隣合わせでマンションを購入して、母は元気にまだ会社の経理を続けてくれている。

俺は父を亡くして祖父に大切にされた過去を忘れず、今は亡き祖父が創立した会社をしっかり守っていきたいと心に誓う。

Thumbnail