「貧乏人がこんな高級なお店の支払いなんてできるわけないでしょう?」
そう言って見下してきたレイカさんの前に、私は財布からブラックカードを取り出した。
「え? 持ってきてるわよ。このカードのことね。」
娘のミズが心配そうに私を見上げる。私は微笑みながら、そのカードをレイカさんに見せた。
レイカさんは口をパクパクさせながら、信じられないといった顔で言った。
「ありえない……どうしてあんたがブラックカードを持ってるのよ。私だって持っていないのに。」
私は静かに言った。
「私は化粧品会社を経営しているの。あなたが私を貧乏人だと決めつけて見下していた間も、私は自分の力でここまで来たのよ。」
私の名前はエミ。7年前に夫のカズヤと結婚し、2年後に娘のミズが生まれた。現在5歳になったミズは幼稚園の年長さんで、私たち家族はこの地域のデザイナーズマンションで幸せに暮らしていた。
この地域を選んだのは、幼稚園の保育・教育の質が高いことで有名だったから。娘をそんな環境で育てたいと思ったのだ。第一希望の幼稚園に入園でき、ご近所さんもママ友もいい人ばかりで、私はこの暮らしに大満足だった。
しかし半年前、そんな平穏な日常を壊す人物が現れた。マンションの向かいの空き地に建った一軒家に、新しい住人が引っ越してきたのだ。
引っ越し作業を見ていると、トラックの影から出てきた女性と目が合った。軽く会釈してその場を離れようとすると、女性の方から声をかけてきた。
「初めまして。こちらに引っ越してきた松田レイカと申します。私も5歳の息子がいるので、これからよろしくお願いしますわ。」
「こちらこそよろしくお願いします。私は田中エミです。こちらが私の娘のミズ、5歳です。」
その時は挨拶だけで別れたが、レイカさんの私を見る目がなんとなく気になっていた。
それから間もなく、近所のママ友からレイカさんの噂を聞くことになる。
「レイカさんは隣町では悪名高いボスママで、ママ友を標的にしては意地悪をするらしいから気をつけて。」
そんなボスママがなぜ我が家の前に引っ越してきてしまったんだろう。何事も怒らなければいいなと思った。
そして1週間後、レイカさんの息子が娘のクラスに転園してきた。私は以前の忠告通り、レイカさんにはつかず離れず慎重に接していたつもりだった。
レイカさんはママ友同士の交流として月に1回お茶会を開くようになった。私はあまり気乗りしなかったが、参加しないと嫌みを言われるので、できる限り参加していた。
レイカさんの自宅は大きな一軒家で、家具も高級なものばかりが揃えられている。
「この家具はね、イタリア製なのよ。世界でも数台しかない貴重なもの。」
「このシャンデリアは輸入メイドでとても価値があるわ。」
お茶会は次から次へと出てくるレイカさんの自慢話ばかりで、ママ友たちもうんざりしていた。
そんなお茶会のある日、レイカさんがみんなの前で私に言った。
「エミさんのうちはデザイナーズマンションって言うけど、あんなに狭いんじゃ貧乏くさいんじゃない? こないだお家にお邪魔したら、家の中まで貧乏臭がプンプン漂っていたのよ。」
先日レイカさんが美味しいケーキを頂いたからと押しかけてきて、私の家でお茶した時のことを言っているんだろう。私は驚いたが、平静を保ちながら言った。
「私は自分のマンションが気に入っていますし、華やかではありませんが住み心地だっていいんですよ。」
「エミさんってそんな風に言わなくてもいいのに。質素なのはいいけど、地味すぎるのは子供の教育にも悪いのよ。」
私とレイカさんのやり取りを見ていたママ友たちは何も言えず、ただ黙って見ていた。
それから私はレイカさんの標的になったようで、レイカさんは私に会うたびに意地悪なことを言った。
「エミさん、またそこのスーパーで買い物したの? 安いのばっかりで買っちゃだめよ。子供にはいいもの食べさせなきゃ。」
私は余計なお世話だと思いつつ、こいつには何を言っても無駄だと軽く受け流していた。
しかしあまりに見下してくるので、一度だけその理由を聞いてみた。
「なぜ私につっかかってくるんですか?」
「さあね。別に理由なんてないけど、なんとなく気に入らないのよね。貧乏人がヘラヘラしているのが。私はお金持ちだから、貧乏と真逆でイライラするのかしら。」
思った通り、特別な理由はなく感覚的に私のことが気に入らないのだろう。自分の家が裕福だからと言って他人を見下していいわけではない。他者を見下しマウントを取るレイカさんの言動は常に私に向けられていた。
しかし他のママの何か弱いところを見つけると、鬼の首を取ったようにそれについて満足そうに笑った。そんなレイカさんはみんなから煙たがられて避けられていたが、誰も望んでいないお茶会は続いた。
「エミさんみたいに貧乏臭くても結婚できたのね。驚きだわ。ご主人は何されてる人かしら? でもどうせ大したことないんでしょう。私の主人は社長だけど。」
主人のことまで悪く言われて、私は我慢できなかった。しかしこんな人を相手にするのは馬鹿らしいと思いスルーした。背後でレイカのケタケタ笑う声が耳に残った。
私は夫との出会いを思い返していた。高校を卒業した私は美容を学ぶために専門学校に入学し、メイクすることで女性が自信を持ち輝ける手伝いができたらと美容の勉強にのめり込んだ。
卒業を間近に控えた時、経営セミナーに参加した。そこで今の夫であるカズヤとの運命の出会いが訪れた。カズヤは当時、自分の所属する会社の経営基盤を改善するプロジェクトに参加していて、そのための勉強としてセミナーに参加していた。
8歳年上のカズヤは大人で真摯的で優しく頼りがいもあるので、私はどんどん惹かれていった。セミナーは単発ではなく6回あり、自然とカズヤとの交流が深まっていった。
セミナーの最終日にカズヤからの告白を受けて交際がスタートし、私が卒業して自分の夢を実現させるまで順調に付き合いは重ねられていった。そして交際6年の後、私たちはゴールインし、その2年後に娘のミズの誕生を迎えたのだ。
今思い返しても、カズヤとの出会いが本当に私に次の世界への扉を開いてくれたのだと思う。
ある日、一人のママ友から耳打ちされた。
「レイカさんがあちこちでエミさんのことを聞きまくってるみたいよ。」
それを聞いた時、私はうんざりした。私はこの大好きな環境で平和に過ごしたいだけなのに。それを脅かす存在がレイカさんなのだ。
「レイカさんってなんか変な人だよね。」
そう話すのを聞きながら、私は心の中で「本当に変な人なのよ」と言いたい気持ちをこらえた。
先日もレイカさんは家の前で私を捕まえると、人を馬鹿にするような笑みを浮かべて近づいてきた。
「あら、エミさん聞いたわ。息子がミズズちゃんから聞いたらしいけど、外食にはほとんど行かないそうね。貧乏だと子供に美味しいものも食べさせられないのね。」
そんな下らないことを大げさに話すレイカさんに私は呆れた。私たちが外食をしないのは、娘に家で手料理を食べさせたいからで、必要な時は外食もしているのだ。娘は家で私の料理を食べることが大好きだ。きっとそのことを話したと思うが、幼い子にはただ外食に行かないということだけがインプットされたのだろう。
私は悔しさを通り越して、いちいち反論するのが面倒臭くなった。レイカさんは私が黙り込んだことを私が認めて降参したと勝手に判断し、「貧乏は本当に嫌だ」と笑いながら立ち去った。後に残ったのはレイカさんがつけていたくどい香水の香りだった。
レイカさんは私への攻撃にある程度満足すると、他のママに矛先を変えた。仲のいいママ友たちで集まった時、みんなの口からレイカさんへの不満が続出した。
「レイカさんの金持ち自慢を聞くのはもう耐えられない。」
レイカさんは自分が社長の妻だということ。その会社も元々は自分の父親の会社で、乗っ取って社長に収まっているから実質自分は社長であると自慢しているそうだ。広い土地に一軒屋を立てて暮らしているとか、お金には困らないからブランド物を買ったり高級店に食事に行ったりしていることなどを得意げに自慢するらしい。
「そんなことを聞きたくもないのに一方的に話して優越感に浸っている姿は、不愉快で嫌になる。」
「自分と比較して相手を貶めて自分の優位性を確認して笑うんだから質が悪い。」
「貧しいって不幸よね。そんな貧乏生活私なら耐えられない、っていうのがレイカさんの決まり文句らしい。」
こんな調子なので、レイカさんはママ友の間で「関わってはならない危険人物」というレッテルが押され、誰からも相手にされなくなった。それでもそんなことに気づいていないレイカさんは、呼ばれてもいないのに集まっているママの間に割って入り、好き放題言っているようだ。
そんな性格でなければ普通にみんなと打ち解けられるのに、哀れな人だと私は思った。
娘の幼稚園は色々な体験をするカリキュラムが組まれているのだが、その体験でピアノに触れた娘はピアノを習いたいと言い出した。私も夫も娘がやりたいと言ったことはできる限りさせたいと思っているので、すぐにピアノ教室を探し通い始めた。
「ママ、ピアノの練習するから教えて。」
娘は熱心にピアノに取り組み、時間があれば私に教えて欲しいとせがむほどだ。私も毎週ピアノ教室に付き添い、娘が見る見るうちに色んな曲を弾けるようになるのを見るのが嬉しかった。
「ミズズちゃん、上達が早いですね。とても素直だし飲み込みも早くて、教えるのも楽しいです。」
それからしばらくして、娘が私に聞いてきた。
「ママ、私ピアノのコンクールに出たい。いい?」
私は驚いたが、娘が目をキラキラさせて言ってきたことに嬉しくなった。
「もちろんよ。」
そしてコンクールの日までレッスン回数を増やして通い、自宅でもミズと一緒にピアノの練習をした。
ある日、久々にレイカさんが近寄ってきた。
「ミズズちゃんがコンクールに出るんですって。ピアノなんてのめり込まない方がいいわよ。レッスン代や衣装代となんだかんだでお金がかかるんだから。」
どうやらミズがレイカさんの息子に話したことが、そのままレイカさんに伝わったようだ。
「ほっといてください。」
私はレイカさんにそう言って背を向けた。その時、私は笑い声が漏れそうで我慢するのが大変だった。
月日は流れ、ピアノコンクールが終了し、落ち着いた日常が戻ってきた。そう思ったが、卒園前にレイカさんが言い出した。
「息子がコンクールで3位に入賞したのよ。さすが私の自慢の息子。お祝いの食事会を高級寿司店でするから来てちょうだい。もちろん私のおごりよ。」
「参加します」ではなく「来てちょうだい」というレイカさんの言い方はとても偉そうだ。自分がお金を出すから来いというのだ。当然、レイカさんと関わりたくないママ友たちはいくら無料とはいえ参加に二の足を踏んだ。別にお祝いしてあげたいなんて誰もこれっぽっちも思っていないのだから。
私はその後、LINEグループで登録し合っている仲のいいママ2人に連絡を取り、参加を提案した。私がそんなことを言うのは不思議に思ったママたちだが、私の計画を聞くと「面白そう」だと参加を約束してくれた。
食事会当日、満面の笑みで私と他のママ2人を迎えるレイカさん。
「今日は息子のコンクール3位を祝いに集まってくれてありがとう。楽しい会にしましょう。」
レイカさんの上から目線の話し方がスポンサー感丸出しなので鼻につくが、私たちは微笑んで拍手した。
食事が運ばれてきて歓談している途中、レイカさんは余計なことを言い出した。
「高級寿司店の素晴らしいお寿司ですわよ。皆さんの稼ぎじゃ滅多に食べられないでしょうから、よく味わって食べてくださいな。」
こんな風に言われたら、せっかくの美味しい料理の味も落ちてしまう。
「それにしてもミズズちゃん、コンクール入賞できなくて残念でしたわね。これでピアノは懲りたでしょうし、やめればお金もかからずに住むから、結果的に良かったんじゃない?」
レイカさんが私に向かってマウントを取ってきた。この瞬間を私は待っていたのだ。
「あら、ミズはピアノコンクールの特別賞をいただきました。Cコンクールです。」
その言葉を聞いたレイカさんは目を見開いて早口で言った。
「何言ってるの? ミズズちゃんが出たのはAコンクールでしょう。結果発表ではミズズちゃんの名前は呼ばれなかったわ。」
「当然です。ミズはAコンクールではなくCコンクールに出場したんです。」
「そんなはずないわ。コンクールの特別賞なんて。」
私はミズがピアノコンクールに出たいと言ってきた時に、ミズに言い聞かせていたのだ。レイカさんの息子にはコンクールに出場することは言ってもいいけど、Aコンクールに出ることにすると。レイカさんは息子からミズがコンクールに出ると聞けば、必ず同じコンクールに出場させると予想したからだ。
そしてレイカさんは息子をAコンクールに出場させた。その結果3位に入賞したのは素直にすごいことだ。レイカさんが憎たらしいのは、CコンクールがAコンクールよりも伝統がありコンクールとしてのランクも高かったからだろう。
自分の息子が3位に入賞して私の娘が入賞しなかったと優越感に浸っていたレイカさんは、一気に奈落の底に突き落とされたと感じたのだ。
般若のような顔になり、口に泡を吹いて喚き出した。
「騙しやがって、ふざけるな! 誰があんたの食事代を支払うもんか。貧乏人にこんな高級店の支払いもできないだろう!」
それを聞いて不安になったのだろう。ミズが私に話しかけてきた。
「ママ、大丈夫? あの黒いカード持ってきた?」
「え? 持ってきてるわよ。このカードのことね。」
私は財布からブラックカードを取り出してミズに見せた。レイカさんは私が持っているブラックカードを見て口をパクパクさせた。ブラックカードはゴールドやプラチナの上に位置するカードで、それを持っていることは高いステータスを持つことの証拠だ。それなりの年収がなければこのブラックカードを手にすることはできない。
レイカさんは「貧乏人」と思っていた相手がブラックカードを取り出したことに驚きすぎて、それ以上言葉が出てこないようだ。
その時、レイカさんの夫の男性の声が聞こえた。私はその人がレイカさんの夫だと知っていたので、代表して挨拶をした。
「息子のお祝いだからとレイカさんが私たちにご馳走してくださるとおっしゃって、ありがとうございます。」
「こんな高級店で会ちそうする。お前、俺の気持ちは嬉しいが、お前の金銭感覚はどうなってるんだ? 浪費ばかりしてお金の価値が全く分かっていない。」
怒り出した夫に言い訳しようとしてもうまく言葉が出ず、レイカさんは後ずさりしている。
入店を知らせるチャイムが鳴り、今度は2人の男性がこちらに向かってくる。1人は後継者に社長を譲り会社の会長になっているレイカさんの父親だ。レイカさんはお祝いの席に夫と父親も呼んでいたのだ。
そして少し後ろにいたのが、私の夫のカズヤだった。
「あれ、どうしたのかな? 盛り上がっている頃かと思って来たんだけど。」
私は後でミズのお祝いをしようと思い、カズヤを呼んでいたのだ。
その時、カズヤに気づいたレイカさんの父親が驚きの声をあげた。
「カズヤさんじゃないですか。どうしてここに?」
実はカズヤには以前からレイカさんの行動や態度について話をしていた。それでカズヤはレイカさんの父親が自分の取引先であることに気づいたのだ。
「実は少し前からこの店に入って様子を見ていたんですよ。」
カズヤはこの店での出来事やレイカさんが取ってきた行動を、彼女の父親に包み隠さず説明した。父親は驚愕し、顔を真っ赤にして怒り出した。
「レイカ、お前は取引先の社長の奥様に何て失礼なことをしていたんだ!」
「え? 取引先の社長ってビンボクさん…エミさんの旦那さんが? 嘘でしょ?」
レイカさんの言葉に、父親はさらに顔を赤くして怒った。
「バカ野郎! カズヤさんの会社との取引でうちの会社は成長できたんだ。お前は遊んでばかりで何も知らない。お前のせいで取引中止になればうちは終わりだ。」
カズヤは昔セミナーに参加していた頃、自身の父親の会社に入り色々経験を積んでいた。その後、担当する仕事を次々と成功させたカズヤは、父親が定年を迎え引退すると同時に社長に就任したのだ。
父親にも夫にも叱られ、レイカさんは涙目で震えている。
最後にもう1つ、私はレイカさんをびっくりさせてあげようと思って言った。
「私は化粧品会社を経営しているの。私の収入については具体的には言わないけど、ブラックカードで大体察してもらえると思うわ。」
私はお肌に悩んでいる女性や自分に自信が持てないという女性のサポートや応援がしたいと思って、専門学校卒業後化粧品会社を起業した。最初は周囲から無謀だと言われ反対されることの方が多かったが、手厚い援助と協力をしてくれたのはセミナーで一緒に学んだ人たちだ。彼らのおかげで私の事業は徐々に軌道に乗った。各分野でそれぞれ力を発揮していた人たちが私の夢やビジョンに共感し支援してくれて、会社は大きくなった。
私の会社では外見の美しさだけではなく内面の美しさも追求していること。女性が幸せに生きるための様々な発信をしていることが高く評価されている。
「あなたは外見や表面的なものに囚われすぎている。これから何を大切にすることが自分を幸せにできるのか、よく考えなさい。」
私が一括すると、レイカさんは崩れ落ち、体を床に擦りつけわっと泣き出した。
その後、レイカさんは散々他人を貶めたりしたことから、夫からは離婚、父親からは絶縁すると宣言され、高飛車な態度はなくなった。自由にお金も使えなくなり、もしお金がいるなら働けと言われたが、傲慢な性格ゆえ職はなかなか見つからない。
レイカさんは家に居づらく、私たち夫婦にも顔を合わせたくないのだろう。元の地区の木造アパートにひっそり引きこもっているらしい。
この分ならレイカさんの月1のお茶会も開催されないので、私たちの生活に平和が戻りそうだ。
4月にミズは小学1年生になり、私も新しいママ友ができて楽しく過ごせている。カズヤの仕事も順調で、私の会社も取引先が拡大して波に乗っている。
「まあ、私ね、いっぱい勉強してママみたいに立派になって、人を幸せにできるお仕事をしたいな。」
そんな風に言う娘のことが可愛くて仕方がない。人に優しくできて、自慢せず謙虚な人が真の立派な人なんだということを、これからゆっくり娘に教えていきたいと思う。



