「中卒の女なんて、うちの嫁候補じゃないわ。お帰りなさい」 高級レストランの個室で、私は将来の義母にそう言い放たれた。隣に座る婚約者は、スマホを見ながら「母さんが言うなら仕方ない。別れよう」と淡々と言った。 その時、私は三年間誰にも言わずに隠してきた秘密を口にした。 「そうですか。では、三千億の口座も解約することにします」

「中卒の女なんて、うちの嫁候補じゃないわ。お帰りなさい」 高級レストランの個室で、私は将来の義母にそう言い放たれた。隣に座る婚約者は、スマホを見ながら「母さんが言うなら仕方ない。別れよう」と淡々と言った。 その時、私は三年間誰にも言わずに隠してきた秘密を口にした。 「そうですか。では、三千億の口座も解約することにします」

「中卒の女なんて、うちの嫁候補じゃないわ。お帰りなさい」

その言葉が個室の空気を凍らせた。高級レストラン「鳳凰」のテーブルには、私と母、そして大地の家族——神田家の三人がいた。神田裕子は深緑のドレスコートを着こなし、口元に嘲笑を浮かべていた。

母は清掃の仕事をしながら私を育ててくれた。今日のために買ったワンピースも、母が五年ぶりに引っ張り出したスーツも、全部精一杯だった。でも裕子にはそれが「貧乏くさい」としか見えなかったんだ。

私は大地を見た。「大地さん、あなたはどう思いますか?」

大地は一瞬だけ私を見て、すぐに目をそらした。スマホを見ながら、淡々と言った。「母さんが言うなら仕方ない。別れよう」

その瞬間、胸に鋭い痛みが走った。でも、私は俯かなかった。

「そうですか。では、三千億の口座も解約することにします」

沈黙が部屋を支配した。誰も動かなかった。裕子の顔から笑みが消えた。

「今、何て言ったの?」

「祖父から引き継いだ口座があります。工藤銀行に預けてあります。解約します」

大地がスマホを落とした。総一の目が初めて大きく見開かれた。

「三千億……本気で言っているのか?」

「はい、本気です」

私はバッグから書類を取り出した。口座管理番号と残高確認書の写しだった。総一が桁を数える。目が止まった。

私の祖父は資産家だった。でも母は家を出て、祖父の援助を断って一人で私を育てた。祖父は亡くなる直前、私にだけこの口座のことを教えてくれた。「お前が誇りを守る時まで、誰にも言うな」と。

私は三年間、誰にも言わなかった。清掃工場で働く母と質素に暮らした。この日まで。

「私の母は工場で働きながら私を育ててくれました。中卒でも片親でも、誇りを持って生きてきました。あなた方に見下す権利はありません」

私は母の手を取った。「お母さん、帰ろう」

母は小さく頷いた。目に涙が光っていた。悲しみの涙じゃなかった。

レストランを出た瞬間、東京の夜風が吹いた。私は空を見上げた。おじいちゃん、見てた? 心の中で呟いた。

母が私の腕をそっと取った。「立派だったよ」

翌朝、私は銀行に電話した。口座の全額解約を伝えた。担当者の声は明らかに震えていた。

その日の午後、工藤銀行の株価が暴落した。大口預金者の突然の解約で流動性リスクが発生したと報じられた。金融庁からも問い合わせが入った。

翌日、メディアが報道した。「工藤銀行、神田頭取の婚約者へのパワハラで大口顧客を失う」と。SNSでは「当然の報いだ」という声が溢れた。

三日後、工藤銀行は緊急取締役会を開いた。総一の解任が決まった。裕子は夫婦人会の幹事を辞任することになった。かつて一緒に笑っていた仲間たちは、誰も電話に出なかった。

私の元には、祖父の遺言執行人から一通の封筒が届いていた。祖父からの手紙だった。

「さえ、この手紙を読んでいるなら、お前はちゃんと誇りを持って生きてくれたんだな。このお金はお前が誇りを守った時に使え。でも覚えておいてくれ。お金はただの道具だ。お前の誇りが本物だった」

私は手紙を胸に抱えた。母が背中に手を添えてくれた。

「お母さん、二十二年間ありがとう」

母は首を横に振った。「ありがとうって。私の方だよ。あなたがいたから働けたんだから」

二人で声をあげて泣いた。工場の思いも、深夜のバイトも、一杯のスーツも、全部この瞬間のためにあったんだ。

後日、私は祖父の遺産の一部で財団を設立した。ひとり親家庭の子どもへの奨学金制度を作った。私の母のように、背中を見せて頑張っている親の子どもに、選択肢を持ってほしかった。

ある日、私のアパートのインターホンが鳴った。モニターには大地が映っていた。スーツではなく、くたびれた普通のシャツ姿だった。

「直接謝りに来ました。あの日のこと、本当に申し訳なかった」

私はしばらく大地を見つめた。怒りも悲しみもなかった。

「大地さん、もう大丈夫ですよ。自分の足で生きてください」

それだけ言って、私はドアを閉めた。それで十分だった。

あれから一年が経った。財団は三十人の子どもたちに奨学金を届けていた。ある日、一通の手紙が届いた。「母子家庭で育って、お金の心配なく進学できることになりました。ありがとうございます」と。

母は今、財団のスタッフとして働いている。片親家庭の母親たちにこう言うんだ。

「大変でしたね。私も一人で娘を育てていました。子どもは必ずあなたの背中を見ていますから」

母の二十年間が、今度は誰かの力になっている。

ある休日の午後、私は一人で公園を訪れた。祖父とよく座ったベンチだった。風が吹いて、木々がざわめいた。まるで返事のように。

「おじいちゃん、誇りを持って生きたよ」

私は静かに微笑んで立ち上がった。母と並んで、前を向いて歩き出した。窓辺の花は今日も咲いている。

もし今、あなたが誰かに見下されているなら。この物語が、あなたの背中を少しでも押せますように。

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