大学生活の最も重要な時期に体調を崩してしまった俺は、就職活動に失敗し、無職になってしまった。途方に暮れた末、俺は祖父が営んでいた旅館を継ぐことを決意した。正直、予約は全く入っておらず、経営は非常に厳しい状況だったが、祖父が大切に守ってきたこの旅館を何とか救いたいという思いがあった。
しかし、現実は甘くなく、旅館では次々と問題が発生する。この日も唯一の宿泊予約がキャンセルされ、俺は頭を抱えていた。このままでは長期休業に追い込まれてしまう。そんな時、玄関の掃除をしようと入口に向かうと、外に人の気配がする。なんと、そこには美人のガイドさんと30人ほどの男性客が立っていた。
「すみませんが、今から30名って入れますか?」
ガイドさんは今にも泣き出しそうな表情で尋ねてきた。彼女には何か事情があると感じた俺は、即座に受け入れを決意し、厨房のシェフ・大地に料理の準備を頼んだ。大地は快諾し、俺は急いで部屋と温泉の掃除を終わらせた後、お客様を迎え入れた。
後に分かったことだが、旅行会社の手違いでホテルの予約ができていなかったらしい。近くのホテルに片っ端から連絡したが、当日ということもあって全て断られたのだという。偶然この旅館にたどり着いたとのことだった。
「うちとしても嬉しいことですよ。だって今日の宿泊客は0人だったんですから」
俺はそう言って笑ったが、内心ではこの出会いに感謝していた。古い旅館だが、温泉は好評で、コーヒー牛乳や昔ながらのマッサージチェアが懐かしいと喜んでくれるお客様もいた。大地の料理も大好評で、何とか無事に一日を乗り切ることができた。
ガイドのリオナさんは、この旅館を繁盛させるためにお手伝いしたいと言ってくれた。そして数日後、彼女はなんとツアー企画としてこの旅館を取り入れることが正式に決まったと報告に来てくれたのだ。ホームページやパンフレット用の写真を撮りに来た彼女は、伝統的な建物の魅力を引き出す素晴らしい写真を撮ってくれた。
そのツアーの影響は俺の想像をはるかに超えるものだった。初日から15人もの予約が入り、それ以降もリオナは頻繁にツアー客を連れてきてくれた。旅館は少しずつ活気を取り戻していき、俺の心も自然と弾んでいった。
そんなある日、リオナがプライベートで旅館に来たいと言い出した。ガイドとしてではなく、一人のお客様としてゆっくりしたいらしい。数ヶ月後、彼女が実際にやってきて、夕飯時にはすでに酔い始めていた。「結婚したら一緒に飲みましょう」などと酔った勢いで言われ、俺はドキドキしてしまった。冗談だとは分かっていても、やはりリオナに惹かれている自分に気づかされた。
順調な日々が続いていた矢先、大きな台風がこの地域に直撃した。凄まじい風雨で旅館の屋根が飛ばされ、雨漏りが発生し、窓ガラスも割れてしまった。伝統的な窓ガラスを交換するだけでもかなりの費用がかかる。貯金を全て費やしても修繕費を払えるかどうか危うい状況だった。せっかく赤字から脱出できていたのに、たった一度の台風で再び大赤字になってしまった。
心配して駆けつけてくれたのは、やはりリオナだった。彼女はクラウドファンディングを提案してくれた。この旅館を愛してくれる人たちは必ずいる、諦めかけているならなおさらできることをやるべきだと。俺は彼女の言葉に背中を押され、クラウドファンディングを立ち上げた。
すると、たった1日で目標金額に到達したのだ。旅館は俺の想像以上に多くの人に愛されていた。さらに、あの日の団体客の男たちが工具を持って駆けつけてくれた。彼らは建設関係のプロで、修繕が必要な箇所を応急処置してくれたのだ。みんなの協力のおかげで、わずか2日で旅館を再開することができた。
それからも旅館の評判は高まり続け、レビューの高評価も宿泊客もどんどん増えていった。ある日、久しぶりに老人ホームから外出した祖父が旅館を訪れた。「よくやってくれたね」と嬉しそうに言う祖父の顔を見て、俺はこれからもこの旅館を守り続けようと強く思った。
そんな中、リオナがまたプライベートで旅館に来てくれた。今回は酒に酔うこともなく、真剣な表情でこう言った。
「私がは斗さんのことを好きだってことです。あなたとお付き合いしたいんです」
俺も同じ気持ちだった。そして、彼女は女将になることを志望していると打ち明けてくれた。上司も応援してくれているらしい。俺はもちろん快諾し、互いの想いを確かめ合った。
交際が始まると同時に、リオナは正式に旅館の女将となった。半年後、彼女が仕事に慣れてきた頃に俺はプロポーズをした。彼女は受け入れてくれ、俺たちは結婚することになった。結婚式では祖父が幸せそうに涙を流し、大地も食事に夢中になりながら祝ってくれた。常連客もあの日の団体客も皆、式に参加してくれた。
旅館は今日も賑わっている。この先、子供が生まれて大変になることもあるだろう。それでも俺たちなら支え合ってどんな壁でも乗り越えられるはずだ。この賑やかな旅館がその証拠であり、俺たちの原動力になっているのだ。



