「おい、誰だこのじじい。独身だからって連れてくるなよ」ーーパーティー会場で酔ったレコード会社の課長が、父を名乗るカフェのマスターを指差して笑った。俺は24歳のモデル兼タレント。13歳でデビューし、昭和カルチャー好きというギャップでやっと売れ始めたばかりだ。だがその日、業界のドンがマスターの前に現れ、深々と頭を下げた。「ご無沙汰しております、島津さん。業界に戻っていらっしゃったんですね」ーーそ…

「おい、誰だこのじじい。独身だからって連れてくるなよ」ーーパーティー会場で酔ったレコード会社の課長が、父を名乗るカフェのマスターを指差して笑った。俺は24歳のモデル兼タレント。13歳でデビューし、昭和カルチャー好きというギャップでやっと売れ始めたばかりだ。だがその日、業界のドンがマスターの前に現れ、深々と頭を下げた。「ご無沙汰しております、島津さん。業界に戻っていらっしゃったんですね」ーーそ...

「誰ですか?この人。見かけない顔ですね」ーーパーティー会場で、レコード会社の企画課長が酔った勢いで絡んできた。視線の先には、父を名乗るカフェのマスターがいた。

「こちらはマネージャー職で入社したばかりの島津です」と社長が紹介する。「独身だからってじじい連れてくるなよ。それよりも何?たけもっちゃんって彼なの?」

俺は竹本孝輝。24歳のモデル兼タレントだ。13歳の時に雑誌のコンテストで優秀賞を獲得しデビューした。それから10年、バラエティやドラマのちょい役でやっと食っていけるようになった。

俺は父親の存在を知らない。母は結婚していたようだが、俺の妊娠をきっかけに離婚したそうだ。母は父親が誰かなんて一切教えてくれなかった。デビューが決まってからは母は俺と距離を置き、一人で暮らすようになった。

そんな俺がまっすぐ育ったのは祖母のおかげだった。祖母の家には古めかしいレコードプレイヤーがあり、昭和の歌手やアイドルのレコードがたくさんあった。毎日昭和のレコードを聞いて育った俺は、その魅力をSNSで発信するようになった。今ではショート動画で昭和ポップスに合わせて踊る動画が再生数を伸ばしている。

若くて可愛いのに昭和カルチャー好きというギャップが芸能界では新しく、すぐに立ち位置を得られた。弱いながらもモデル事務所の看板タレントにまで登り詰めた。

そんな中、昨年の冬、衝撃の事実を知った。

電車と地下鉄を乗り継いで通うお気に入りのカフェがあった。落ち着いた雰囲気で、固めのプリンが絶品な店。もう5年ほど通っている。マスターとは常連と店員の関係だったが、顔を覚えられ、入店すればブレンドコーヒーとプリンがテーブルに置かれるようになった。

「君、竹本孝輝君だよね。君のお母さん、美紀さんは元気かな?」

俺は目が点になった。母の名前を知っている?確かにミキは俺の母親だが、祖母の言いつけで家族のことは表に出していない。

その日、俺が動画を編集している間にマスターは店をクローズしていた。閉じ込められたと慌てる俺に、マスターは「大事な話がある」と切り出した。

「ミキの妊娠をきっかけに離婚した夫本人だよ」

コーヒーを口に含んでいなくて良かったと心から思った。母は19歳で結婚し、20歳で俺を産んだ。目の前のマスターはどう見ても60は過ぎている。祖母とそんなに年齢が変わらないだろう。

「俺、多分あなたの子供じゃないですよね。からかわないでくださいよ。妊娠をきっかけに離婚なんて、訳あり離婚以外にありますか?」

「違うんだ。すまない。君に謝りたい」

だが詳しい事情は話せないと首を振るだけだった。なぜ今になってカミングアウトしたのか、全く理由が分からない。しかし俺はなぜかこの人を憎めなかった。父親にいて欲しかったからだ。

このカフェに入り浸っていたのも、マスターの雰囲気に引かれていたからだ。知らず知らずのうちに、疑似体験をしていたのかもしれない。

「君のお母さんやおばあさんにも承諾をもらわなければいけないし、今の君の仕事のことを考えると全てを話すわけにはいかないんだ。約束する。きちんと君が全てを受け入れる覚悟ができているなら、話すよ」

「俺には出自を知る権利があります。どんな話でも受け止める覚悟はできています」

実際は、本当に覚悟があるのか問われれば口ごもってしまいそうなほど混乱していた。ただ、父親は本当にいたんだという事実だけが肩に乗っかったままだった。

それから半年以上が経過しても、何の進展もなかった。

今日、俺はマスターにお願いがあって店に来ていた。レコード会社の創立100周年記念パーティーがあり、所属事務所にも招待が来ていた。所属アーティストはまだ小学生で参加できない。元々モデル事務所だったため、社長と顔が売れている俺が参加することになった。しかもパートナーを連れてこいという。

祖母と母は芸能界を嫌っている。ビジネスや駆け引きが絡むパーティーが嫌でなければ、一緒に来て欲しい。事務所方針でプライベートNGなので、マネージャーとして参加してもらうことになる。

マスターは一瞬顔を曇らせたが、すぐに笑っていった。

「私は君の父親だ。君が住む華やかな世界を見せてほしい」

パーティー当日、マスターはダンディながらも控えめな印象のファッションで来てくれた。会場は広く、一応芸能人の俺でも眩しく感じられた。社長と合流し、ウェルカムドリンクを楽しんでいると、一人の男性が近寄ってきた。

名刺を見ると、パーティーを主催したレコード会社の企画課長だった。酔いが回っているらしく、こちらを見てはニヤニヤ笑っている。

「これはこれは、やあやあ、竹本君じゃないですか。そろそろ歌でも出しませんかね。昭和ムード歌謡なんて出してみませんかね。っていうか誰ですか?この人。見かけない顔ですね」

「こちらはマネージャー職で入社したばかりの島津です。業界未経験でしたので、今回勉強のために同行してもらっております」

マスターは穏やかに会釈をする。すると企画課長は更に絡んできた。

「ちょっとあんた、業界未経験なの?東京中を車で走れる?ロケバスは出せるの?じじいなのになんで今更芸能界のマネージャーに転職なのよ」

「いや、レコード会社さんには関係ないでしょう」と俺は喉まで出かかったが、マスターをいじるのが楽しくなってきたようだ。

「おい、三崎、そこまでにしておけ」

レコード会社の社長と芸能界の大御所たちがゾロッとやってきて、三崎課長の周りを取り囲んだ。業界のドンと言われる浜島社長が慌てふためきながらこちらにやってくる。

「ご無沙汰しております。島津さんですよね。業界に戻っていらっしゃったんですね」

え、どういうことだ?業界のドンがマスターを知っている?事務所の社長も同じように固まっていた。三崎課長はすでにこの場から消えている。

「いえ、今日は息子の応援に来たんですよ。世間に馴染んでしまったので、もうこの世界には戻れませんよ」

その瞬間、パパラッチたちの恰好の餌食となった。普段は誰もが真っ先に挨拶に行かなければ怒られる芸能界の御所が、マスターに対して深く頭を下げて挨拶をしたのだから。

週刊誌の記事は当然、母と祖母の目に止まることとなった。父であるマスターが事情を説明しに自宅に来た。

「まあ、あんたも二十歳を過ぎたからいいでしょう」

母はそう前置きして、俺の父親がマスターの島津達也であることを認めた。父は当時、アクション専門のテレビ俳優として活躍していたそうだ。主役の作品は皆無で、脇役やスタントが中心だったが、業界では有名人だった。さっきパーティーで頭を深く下げた大御所芸能人のスタントを、長年担当していたというのだ。

40歳の時に一般人で19歳だった母と結婚した。芸能人の結婚は有名無名関係なく週刊誌やワイドショーのネタとなる。母は一挙手一投足が全てテレビや週刊誌のネタになるのがたまらなく嫌だったらしい。誹謗中傷が家に届くこともあった。妊娠すればさらにひどくなると母は気にして、妊娠をきっかけに離婚したという。

「あんたとあんたの体を守るためだったのよ。静かに暮らしたかったの」

今のように「温かく見守ってください」というコメントが通用する世の中ではなかったのは俺も知っていた。母が秘密を貫き通してきたことに納得できた。

父は結婚後すぐの怪我をきっかけにアクションができなくなり、芸能界を電撃引退。人知れずひっそりとカフェを経営していたという。アクションは知られていても顔が売れている俳優ではなかったので、今まで取り立てられることはなかったようだ。

「あんたが芸能人になることも達さんがあんたに接触することも私にとっては想定外だったけど、まあいいんじゃないの。ただ、あんたが確立してきた芸風や個性が打ち消されてしまうかもしれないわね」

その言葉の意味が、その時は全く分からなかった。

俺は守られて生きてきたことをやっと実感できた。しかしこの日を境に、俺の仕事の立ち位置は大きく変わってしまった。

「昭和カルチャー好きの竹本孝輝の父親は往年の名俳優・島津達也だった」「二世モデル・竹本孝輝は島津達也の隠し子だった」ーーなぜか二世芸能人にカテゴライズされてしまったのだ。

「あの人は今」という番組のレポーターとして、父のカフェへ取材に行くという仕事が来た。父がメイクさんによってさらにイケメンにされて、親子対談という形で雑誌に出るようになった。実質、島津達也の芸能界復帰という形になり、俺はそのバーターとなってしまった。

事務所の社長は「シニアモデルも手掛けようと思ってたから」と父の所属を手放しで喜んだ。父は「あくまでもカフェ店主だ」と言っていたが、すでに2ヶ月も休業することとなっている。

世間ではおじさまブームが到来しており、父の存在は時代とうまく当てはまり、トレンド入りした。そうすると、24歳の同年代タレントである俺の需要がなくなる。親子という切り札を使ったバーターですら、なくなってしまった。

たった一度でも「隠し子」というネガティブなキーワードで報道されてしまえば、竹本孝輝は使いにくい商材となってしまう。俺はSNS配信でいつも通りに情報を発信し続け、広告収入で生活することに切り替えた。芸能事務所を辞めたわけではないが、仕事が全て島津達也に持って行かれてしまったのだから仕方ない。

「ほら、言わんこっちゃない」

母が先日言っていた意味をようやく理解した。父は現状をどう思っているのだろうか。ブームに流されているのだろうか。それとも初めから帰り先を狙って、俺にカミングアウトしたのだろうか。

考えるだけ無駄な時間であることは分かっていたが、少々腹立たしい気持ちはあった。しかしそれを言ってしまえば、本当に芸能界から消えてしまう可能性が高くなる。まだもう少しだけ、この世界で仕事がしたい。

母からは「早めに見切りをつけた方がいい」と言われたが、父の影で消えてしまうことだけはどうしても嫌だった。

そんな時だった。

ショート動画投稿サイトで、俺のアカウントの再生数がどんどん上がっていることに気づいた。他のSNSのフォロワーも鵜の目鷹の目で増えている。そして事務所の社長からのメールで、俺がトレンド入りしていることを知った。

「ちょ、待って。俺なんかしたの?やらかしたの?」

事務所では問い合わせのメールや電話が鳴りまないと言っていた。トレンド入りの理由が分かった。大手芸能事務所が俺の移籍獲得を打診していると、ウェブニュースが報じているのだ。

社長が慌てて大手芸能事務所の窓口へ確認の電話を入れると、移籍を打診する考えがあることは本当だったようだ。今日発売された雑誌の特集で、俺が寄せた恋愛観や結婚に関するコラムが女性読者の心を掴んだらしい。しかも今回は昭和テイストなしという注文で、オシャレな青年と色気のダダ漏れの青年の対比を強調するグラビアに仕立ててもらったので、いつもと違う竹本孝輝を見せられたようだ。

あのパーティーの直前に受けた仕事が、今回のグラビアで大手芸能事務所の担当者の目に止まったというなら、俺も一安心だ。これが最後のチャンスになるだろう。

実はこの移籍話は、父が昔の仕事仲間の伝手を頼って手に入れてくれたことを、10年以上経過してから知ることとなる。大手芸能事務所の社長はかつての父の仕事仲間だったようだ。

親の七光を受けてしまった悔しさはあるけれど、父の後は後にも先にもこれだけだ。

父は今もテレビでカフェ飯を披露する冠番組で活躍している。俺は34歳になり、モデルと並行してマルチタレントとして活躍している。まだ独身を貫いてはいるが、近々あのレコード会社の創立100周年パーティーが行われる。今回も父同伴で出席しようと思っている。

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