「おい、お前、どこの組の組長だって?それとも薬座門ってのは嘘だったのか?」
俺は、まるで子どもをあやすような口調で話しかけた。
「か、関東最強の組長、鹿内ミキトじゃ!五両組の組長じゃ!」
まだ立ち上がれない状態の鹿内を、俺は軽く踏みつけてやった。弱っちいもやしの反撃のはずなのに、鹿内は明らかに怯え始めている。俺は至って笑顔で対応しているつもりなんだがな。
「お、お前…ど、どこのチンピラだよ。俺の足元にも及ばねえだろうに…」
この状況でまだハッタリをかますのか。そう思うと、俺は自然と笑い声が溢れてきた。
「それじゃあ、放送決定だな」
俺の名は井野タケシ。45歳で、飲食店を経営している。中学卒業後、親の都合で生まれ育った土地を離れ、祖父が暮らす東京へ移り住んだ。親も地元とは絶縁したと言っていたので、30年間ずっと地元へ戻ることはなかった。
そんな俺の元へ一通の便りが届いたのは、先月のことだ。卒業した中学の同級生だったミキから、同窓会のお誘いがあったのだ。形式的な文章だったが、よく俺の居場所を掴んだものだと感心した。追伸として恩師もお越しになるとミキの達筆な文字で書かれていたので、一度そっちに戻ってみるのもいいかなと思ったのだ。
ただ、30年も地元に戻らなかったのには、たくさんの理由があった。その理由の一つとして、名前と見た目のアンバランスが挙げられる。頭脳明晰な竹を割ったようなイノシシ男…というワイルドな名前に反して、もやしのようにひょろりとした体型に、病気がちで顔色が悪かったからだ。
中学生となり思春期に差しかかると、男性は胸板が厚くなるなど逞しい体つきに変わっていく。しかし俺はひょろりひょろの体型のままだ。だから「女みたい」「弱っちい」と色々言われてきた。30年経過した今でも、ひょろりひょろひょろは変わらない。あの頃から少しは筋肉がついて細マッチョくらいの評価は得られるかもしれないが、他人から見れば頼りなさげな印象は変わらないようだ。
だが会社では、頼れる社長として仕事をしている。取引を開拓したり、他の店を吸収して店舗を拡大したりと、実業家としての顔も知られるようになった。でも俺自身、表舞台に出ることが得意でないので、対外的なことは俺の側近として仕事をしている熊が引き受けている。モデル並みの爽やかイケメンで、それなりにいい大学を出ていて、頭の回転も速い。いつでもどこでも、相手が納得する答えを提示してくれるので、俺としては全幅の信頼を寄せている。
中には、熊が社長を務めていると勘違いしている奴もいるぐらいだ。まあ、俺としてはそれでもいいと思っている。それほど俺は表舞台が苦手なのだ。
「で、社長は同窓会に行かれるんですか?」
「あー、そうだな。行ってもいいのかなって気になっている」
「この沢ミキって、中学生時代の社長の片思いの相手だったとか?」
熊がペラペラと生意気に笑う。
「おい、いい加減にしろよ」
「怒っている表情を見せても説得力がないんですよ。顔赤らんでますよ」
「おい」
まあ、否定はしない。30年が経過し、俺もいいおっさんになった。向こうだって、どっしり構えた肝っ玉母ちゃんになっていることだろう。興味本位であって、色気だのなんだの、そういうのは全くない。側近の熊は一回り以上も年下のくせに、対等な相手として俺を見ているから面白い。こいつとは本当に長い付き合いになるので、それでいいのだ。
そんなこんなで、同窓会当日を迎えた。
「そんな格好ですが、一応社長ですので、従者をつけましょうか?」
「いや、いいよ。お前が一人いれば十分だろう。車も専用車じゃなく自家用車で行くから、回してくれるか」
「わかりました」
熊は、俺が仕事で使う車の運転手なども引き受けてくれる。俺はこれでも一応少し大きめの会社の社長なので、外出の際には護衛というか、そんな感じの役目を持つ人間が2人ほど随行することがある。高が同窓会に随行者を連れてくるなんて、どんな自慢大会だよ。そんなことを言われるのが嫌なので、俺は熊一人だけを随行に指名した。
俺が生まれ育った町の半島側にある温泉旅館が会場だ。宿泊もできるとあったが、俺は運転を熊に任せているので、その日のうちに帰ることにしていた。何にせよ、長居は無用なのだ。
「では、ごゆっくり。20時30分にこの車を玄関に回します」
「よろしく頼むよ」
俺は車を降り、旅館のエントランスに入る。「同窓会ご一行様」という歓迎の看板が、レトロな雰囲気を醸し出していた。
「もしかして…井野君?うわあ、変わってないね!」
受付で、美魔女と形容するべき女性が声をかけてきた。セーラー服姿に、大人の女性の印象が強いミキだ。
「虎沢さんか。学級委員長の」
ミキは大きく頷き、「ご無沙汰しています」と頭を下げる。
30年経過しても、俺だってすぐ分かる。すごいな。
中学時代、学生服にジャージがデフォルトの衣装だった俺。本当に何も考えていない、ただのガキだった。30年間それなりに人生を経験して、修羅場なんかもくぐり抜けてきて、今ではブランド生地で仕立てたオーダースーツを着ているのに、「変わっていない」と言われるのが同窓会だ。目の前にいる戸沢ミキは、雑誌の読者モデルのような品がある立ち居振る舞いなのに、俺は相変わらずなのか。
「仕事は順調ですか?」
「まあ、会社の売上は上場だし、幸い家族にも恵まれてね」
俺は当たり障りのない程度に話をしている。というのも、表舞台が苦手な上に、あまり家族を含む私生活を他人に知られたくないのだ。「めんどくさい奴」と思われることもあるので、できるだけコミュニケーションに関して深入りしないようにしている。
だったら、なんで同窓会に顔を出したのか。判断ミスだったような気もするが、俺だって今のしがらみから解放されて、青春時代に浸りたい時もあるのだ。
恩師にも挨拶をし、立食形式で食事を楽しみながら同級生との会話を楽しんでいた時だった。
「おっす、邪魔するぜ。おめえら、舐めてんのか?」
「控えよ」
どんな奴だよ、と声のする方へ顔を向けると、趣味の悪いスーツに身を包んだ、いかにもインチキ臭い男性がいた。参加者たちの顔色が変わり、会場の空気が一変した。
「誰だよ、こいつ呼んだの」
そんな声が俺の耳の中に入ってきた。誰だこいつ?俺は脳内で学生時代の同級生を検索する。どうも30年も昔のことは、自動消去装置が働いてしまい、なかなか思い出せない。いや、あまり思い出したくないから、忘れたつもりになっているだけか。
俺は戸沢ミキに誰かと聞いてみた。
「鹿内君。鹿内ミキト君」
ミキは気配がバレないよう、声を潜めて俺に名前を告げた。
ああ、こいつが。俺はインチキ役者のような不格好な男を、哀れむような気持ちで見た。その瞬間、鹿内と目が合ってしまう。
「なんじゃ、お前。誰に面貸してんだ?」
「はあ」
俺は驚きに近い声をあげた。
「おやおやおや。このもやし野郎は、もしかして井野じゃねえか」
俺は無視を決め込んだ。
「変わらねえなあ。チンピラの家の子供って聞いてたけど、その噂はガセだったらしいな」
ケケケと笑いながら、鹿内は俺の額を軽く小突いた。鹿内カウンター1。俺の脳内でカウントが回り始めた。
「なんだ、精一杯おしゃれしましたっていうような安物スーツ着込みやがって。しょぼくれたまんまで大人になりやがって」
カウンターは、ゆっくり落ち着いてカウントを上げていく。俺は平常心で、むしろこの男の振る舞いを鼻で笑いながら見ていた。
「俺は今、どんな仕事をしているか知ってるか?知らねえだろ。しょぼくれたもやしには縁のねえ世界だ。俺は今、ヤクザの組長じゃ」
しかし、カウンター3。この男のこの上ない落ち着きの無さは何だろうか。
「関東最強の組長じゃ。俺の名を聞けば、誰もが震え上がるぞ」
「じゃあ、名前は?」
俺は笑いをこらえながら、奴の揚げ足を取る。
「ああ、なんじゃ。名前を言ってみろって言ったんだよ。少なくとも今この状態の俺は、震え上がるどころか失笑なんだけどさ」
鹿内はもう一度、俺の頭にデコピンをお見舞いする。鹿内カウンター4。黄色信号点灯だな。
俺は鹿内をさらに煽る。
「どこの組の組長やってる?幼稚園の桜組のゴタロウか?」
もう俺は面白くなって仕方がなかった。煽れば煽るほど、こいつが悔しがって俺を睨みつけてくる。周りの参加者たちが俺と鹿内の異変に気づき、だんだん離れていく。事情は分からないが、この男が反社を名乗っている以上、警察を呼ばれたらさらに面倒なことになる。どうやら招かれざる客のようなので、会場側の人間が警察を呼んでしまうかもしれない。
「やっぱり保育園の中立組なのか。こらえるのが大変で、肩が震えるわ」
「お前…黙って聞いてればいい気になりやがって!」
鹿内カウンター5。はい、おしまい。
俺は怒り狂いそうな鹿内と周りの参加者を見回して、ふっと短く息を吐いた。そして鹿内を無視するかのように、会場から出ようとした。
「おい、お前、逃げる気かよ。もやしの分際で」
鹿内が俺の肩に手をかけようとした時、俺は裏拳を使って鹿内の顔に一発見舞ってやった。
「うぐっ…」
鹿内がうずくまる。どうやら鼻血が出たようだが、そんなこと俺の知ったことではない。立ち上がって殴りかかろうとした鹿内を見て、会場内の女性参加者が悲鳴をあげた。
俺は鹿内の右手首をがっしり掴み、極上の笑顔で言ってやった。
「反社を名乗っている以上、あんたはここにいちゃいけないね。表に出ましょうか」
「で、あんたは保育園のひよ組の組長だっけ?」
さっきの続きで煽ってみる。俺の握力で鹿内の手首が赤くなったり青白くなったりしているようだが、それも俺の知ったことではない。鹿内は鼻を垂らした顔で、手首の痛さに顔を歪めている。
「ほら、どうした?名前、言うてみ」
腕をひねり上げ、鹿内を引きずりながら会場の外へ出た。
「あんた、偉いな。痛いって一言も言わねえのな。大した根性だ。ああ、違うか。痛すぎて言葉も出ないって話か」
俺は裏の空地に入った瞬間、鹿内の右手首を離し、相手を突き飛ばした。
背中を地面に強かに打ち付ける鹿内。本当に痛かったようだ。たったこれだけで気を失いかけてんのか。
「おい、俺は名前をまだ聞いてないんだけどな。ほら、どこの幼稚園だよ?それとも保育園だっけ?」
今度は胸ぐらを掴み、顔を寄せて聞いてみる。
「それとも、事情があって組の名前言えねえのかな?」
「な、なんだよお前。もやしの分際で…ふざけんなよ!」
痛む手首をさすりながら、慌てたように鹿内が反撃に出ようとする。だが鼻血まみれかつ立ち上がれない状態なので、全く説得力がない。
「ほら、お名前。どこの組の組長なんでちゅか?それとも薬座門っていうのは嘘だったのかな?」
俺は、子どもを操す大人のような口調で話しかける。
「か、関東最強の組長、鹿内ミキトじゃ!五両組の組長じゃ!」
俺はまだ立ち上がれない状態でいる鹿内を、踏みつけてやった。弱っちいもやしの反撃なのに、鹿内が怯え始めている。俺は至って笑顔で対処しているはずなのにな。
「お、お前…ど、どこのチンピラだよ。俺の足元にも及ばねえだろうに」
鹿内がこの状況でまだハッタリをかますのかと思うと、俺は自然と笑い声が溢れてきた。
「それじゃあ、構想決定だな」
立ち上がりかけた鹿内を、俺はグーパンチで再び地面に転ばせた。
「おいおいおいおい。俺はまだ名乗ってないんだけど、なんで震えてるんだよ?で、なんで震え上がってるんだよ?」
にやにやと声をかける俺の口調と裏腹に、鹿内の顔からだんだんと色がなくなっていく。
「俺はお前が言うところのもやしで、しょぼくれた井野じゃんか。なんだよ。なんで震えてるんだよ」
鹿内の顔から正気がなくなり、ガクガクと震えながら俺に指を向けてくる。
「俺に指を刺すなんて、行儀が悪いな。お父さんに教えられなかったのか?」
「あ、あわ、あわ…」
そりゃ怖がるよな。俺の周り、半径10メートル以内に、黒服の軍団がたくさん集まっているんだからな。
「なんだよ。関東最強の五両組の組長、鹿内ミキトなんだろう。関東一円で最も怖がりの最弱組長なのか?ほら、どうしたよ。俺の足元にも及ばねえって豪語してたじゃん」
まだまだ黒服の軍団は集結している。まるでビスケットに群がる蟻のような状態だ。
「お前…だ、だ、だ…」
鹿内が最後の気力を振り絞って言う。
「ただの一般人の相じゃないですよ」
黒服の軍団の中にいた熊が、俺の眉間のシワを指さし、にやにやしながら言う。にやかにや対応してきたつもりだったのだが、対ヤクザ仕様の表情になってしまっていたようだ。
「ああ、悪い」
俺はさっきの戸沢ミキと話をしたことを思い出し、慌ててもやしの井野の表情に戻す。
「おい、下っ端も下っ端。下の下の薬座門に対して、組長の名乗りをさせることはさせねえよ」
俺に変わって、熊が鹿内に圧力をかけ始める。それと同時に、黒服の軍団は一歩ずつ鹿内に近づいている。
「おや、最強の組長はどちらで?高級幹部を集めて飛んできたんだけど、その相手がどこにもいないんでしょ。まだまだ黒服の軍団は集結を続けている」
「こちらのお方がどんな方か知らずに、ヤクザ名乗ってんのか。まあ、五両組なんて俺らも聞いたことねえがな」
「も、も、もう、もう、も、もやし、もや、もう…」
鹿内は、あまりの恐怖で体が震えているようだ。
「おい、おい、おい、おい、おい。員2万人規模の総本家、本州大和連合冷門組の組長、井野氏に向かって、もやしだか何だか知らねえけど、どんなに失礼なこと言ってるのか分かってるのか?」
熊が凄むと、鹿内は目を見開いたまま失禁してしまったようだ。
「連れて行け。後のことは任せる」
黒服の軍団の一人に鹿内を預けて、熊は「社長、会場に戻りましょうか」と俺に声をかけた。
「いや、いい。俺のことはもやしのままでいいんだ。地元に戻ったこともミスチョイスだったと思う。俺の店のお客さんもいることだろうし、このまま事務所に戻るよ」
「ちゃんには社長の正体を知られたくない、そこですよね?」
熊はまたにやっと笑いながら、俺をからかう。
「うん。それもあるんだが」
「社長にしては珍しく、あられもないですね」
「彼女、見込んだって聞きましたよ」
「おい、何を言うんだよ。社長、顔赤らめてますよ」
俺は本州大和連合冷門組の組長を継承して、1年が経過したばかりだ。祖父の代から総本家として君臨しており、親父も極道の道を歩んできた。この土地で暮らしてきたのは、俺が大人になるまで安全な場所で育てるという理由からで、ひっそりと静かに暮らしてきた。
親父は組に残っていたので、俺と母親の2人暮らしだった。要するに母子家庭をしていたのだ。それでも鹿内が言っていたように、「低級チンピラの家計の子供」といった噂は耐えず、家に石を投げられたりと、嫌なことがたくさん続いた。それに俺が病弱だったことも重なり、ネガティブな環境が揃い踏みしたため、この土地での出来事はあまり思い出したくない。多分、あの会場にいた人物の中には、大人になってから俺の素性を知った人もいるだろう。だからいいんだ。俺は会社社長の井野タケシのままで、この会場を後にした。
その後の鹿内の消息だが、俺も熊も詳細は知らないままだった。俺から聞くこともしないし、高級幹部たちが雑魚の始末は本部に知らせる必要はないというルールを守っているからだろう。まあ、荒波のベーリング海で操業する他漁船に載せられたか、日本酒や家電製品を海外輸出する船に乗せられたか、どっちかだろう。
その後、なぜか戸沢ミキが俺の営むカフェを訪ねてきた。カフェ、高級クラブ、ハンバーグレストラン。俺はいろいろな業種の飲食店を営んでいた。それを隠れ蓑にして、極道の頂点に君臨しているのだ。
ミキは、同窓会の日、俺があのまま帰ってしまったことが気になっていたようだ。
「ごめんなさいね。その事情は大体同級生に聞いてるわ。結構昔から、あなたの本当のお仕事のことは知っていました」
「そうでしたか。では、どうしてここに?俺の正体を知っているのなら、近づくべきではないですよ。住む場所が違う」
「ずっと…思いを伝えたくって、30年も温めてきちゃった」
ああ。隣に側近の熊がいなくてよかったと、心底思う。熊がここにいれば、俺の慌てぶりに吹き出して、爆笑していただろう。
「熊さんから、井野君がまだ独身だって話も聞いています」
まさか、熊はすでに戸沢ミキと接触していたのか。あの男、インテリヤクザは抜かりなく、彼女の身辺調査も全て済ましている勢いだろう。多分だが、熊が「俺の妻になってくれないか」と打診している可能性が高い。そうじゃなきゃ、全てを受け入れてここまで来てくれるはずがないからだ。
「ミキ…覚悟は決まったのか?」
「もちろんです」
結婚したいとも、結婚してくださいとも、どちらも伝えていないのだが、2人で目を交わして、そのまま市役所へ向かうことになった。その時、俺のスマホに熊から、ピースサインとクラッカーが弾ける絵文字だけのメッセージが送られてきた。あいつ…今度顔を合わせたら締めてやると思ったが、熊には「ありがとう」と言っているような気がした。
「井野君、顔が真っ赤よ」
ミキのからかうような一言で、やっぱり熊を締めてやろうと心に誓った俺だった。
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