「ねえみなこさん、やっぱり」――義姉の猫なで声が電話の向こうから聞こえてきた時、私は冷たく言い放った。「今まで私がお母さんにしてきたことは全て意地悪だったんでしょう?もう私は関わりません」。認知症の義母を押し付け合った結果、義姉が貯金目当てで引き取ったのは良かったけど、たった一日で音を上げてきた。でも私の返答は決まっていた。昔、私が必死に介護していた時、「意地悪な人のことなんて無視したらいい…

「ねえみなこさん、やっぱり」――義姉の猫なで声が電話の向こうから聞こえてきた時、私は冷たく言い放った。「今まで私がお母さんにしてきたことは全て意地悪だったんでしょう?もう私は関わりません」。認知症の義母を押し付け合った結果、義姉が貯金目当てで引き取ったのは良かったけど、たった一日で音を上げてきた。でも私の返答は決まっていた。昔、私が必死に介護していた時、「意地悪な人のことなんて無視したらいい...

今、電話の向こうで義姉が猫なで声を出し始めた。「ねえ、みなこさん、やっぱり……」――私はその言葉を遮るように、冷静に言い放った。「今まで私がお母さんにしてきたことは、全て意地悪だったんでしょう?もう私はお母さんには関わりません。どうぞ、ゆっくり甘やかしてあげてください」

数ヶ月前の私は、まさかこんな日が来るとは思ってもいなかった。義母の認知症が発覚するまでは、毎日が我慢の連続だった。

44歳のみな子、私は夫と義母の3人暮らし。家事は全部私の担当なのに、文句ばかり言われる。義姉家族ばかり可愛がる義母に、そんな義母に甘えてドヤ顔をする義姉。夫がいなければ、とっくに家を飛び出していたかもしれない。

あの日もそうだった。休日のリビングでテレビを見ていたら、義母が怒鳴り込んできた。「あなた、私が昨日買ったケーキ、勝手に食べたわね。人のものを盗むなんて意地汚い人!」――私はポカンとした。だって、その抹茶ケーキ、義母が今朝、自分で美味しそうに食べていたからだ。

「私、抹茶嫌いですし、甘いものも食べませんから」と伝えると、義母は「そんなわけないでしょ!私は食べてないんだから、この嘘つき!」と激怒した。

その日を境に、義母の異常行動は目立つようになった。私が物を盗んだと訴えるのに、探したら実家で見つかる。朝言ったことと夕方の話が食い違っている。てっきり頑固な性格のせいだと思っていた。

数週間後、近所から「徘徊している」と通報があった時、ようやく気づいた。認知症かもしれない。病院で検査を受けると、結果は血管性認知症。症状に波があるのが特徴だという。

義母は「ボケ老人扱いするなんて、何様のつもり?」と怒り狂い、私の忠告を全て「いじめ」と捉えた。甘いものを控えるように言えば「脅迫だ」と泣き叫ぶ。運動を勧めれば「命令するなんてひどい」と義姉に泣きつく。そして義姉は決まってこう言った。「意地悪な人のことなんて無視したらいいの。あなたにはわからないでしょうね」

私の努力は全て無意味だった。義姉が現れては甘やかすからだ。症状が出るのは夕方からが多く、言いがかりの相手をするのはいつも私。正直、イライラも疲れも限界だった。

そんな時、義母が出先で転んで骨折し、入院した。進行具合を聞けば「かなり進んでいます」とのこと。夫が思い切って提案した。「母さんには施設に入ってもらおうか」

いい施設が見つかり、問い合わせると空きがあった。すぐに予約した。義母の経過確認のため病院を訪れた日、見舞いに来ていた義姉と遭遇した。診察室で先生が退院後の生活について尋ねると、夫が答えた。「妻と相談したんですが、施設にお願いすることにしました」

その言葉に、義姉が声を上げた。「そんなのお母さんがかわいそうじゃない?認知症って言うけど普段と変わらないわよ。病気を言い訳にして厄介払いするつもりね。みな子さんが仕事をやめたら住む話でしょ」

「姉さん、悪いけど二人で決めたんだよ。母さんの年金もあるし、介護保険も使えば何とかなるから心配しないで」と夫がなだめると、義姉は黙り込んだ。

しばらくすると、さっきの剣幕が嘘のように晴れやかな顔で言い出した。「やっぱり私がお母さんを引き取るわ」「え、大変ですよ。大丈夫ですか?」と私が心配すると、義姉はバカにしたように鼻で笑った。「私は母さんの娘よ。嫌われてるあなたと違うの。大丈夫に決まってるじゃない。施設なんてかわいそうだし。母さんだって他人より自分の娘に世話されたいはずよ」

「もちろん、母さんの年金とか貯金も全部私が管理してあげるわ」と続けた言葉で、全てを理解した。夫の口から出た「年金」という言葉に反応したのだ。見え見えだとこっそり夫に目くばせしたら、彼もニコニコしていた。

退院の日、義母はご機嫌そうな義姉に送られて義姉の家へ向かった。電話では「ようやく誰かさんの意地悪から解放されるんだもの」と嫌みたっぷりだった。

翌朝、義姉から電話がかかってきた。「ちょっとどういうことよ!急に家具をひっくり返すわ。食事中に食卓を汚すわ。注意したら泣き出すわ。夜中にドアを叩くから全然眠れやしないのよ!」

「それがどうかしましたか?でもお姉さんは私と違ってお母さんにとっても好かれているから、うまくやっていけますよ。夜中に外に出てしまうこともあるし、迷子になると危険なので気をつけてあげてください。甘いものを買うと自分で食べたくせに、私が盗み食いしたって一時間突きまとわれますが、お姉さんなら大丈夫ですよね」

電話の向こうで義姉が言葉を詰まらせた。そして猫なで声で「ねえ、みなこさん、やっぱり……」と言い出そうとしたので、私は言った。「今まで私がお母さんにしてきたことは全て意地悪だったようなので、もう私はお母さんには関わりません。どうぞゆっくり甘やかしてあげてください。荷物はまとめて次の休みにでも運びますね」

そう言って電話を切った。

後日、夫と二人で義母の荷物を義姉の家に届けに行った。出迎えた義姉はげっそりとしていたが、表情は明るかった。義母は玄関先に腰かけ、外の様子を伺っている。

「お姉さん、荷物はどちらに運びましょうか?」と尋ねた瞬間、義姉が飛びつくように駆け寄ってきた。「荷物なんていいわよ。母さんの通帳は?通帳はどこ?」

義母の体を心配するでもなく、最初から目当てはお金だったのだ。私は鞄から貴重品袋一式を取り出して手渡した。義姉は餌に飛びつく野生動物のように急いで通帳を取り出し、中身を確認する。しかし――「え、な、何よこれ!」期待に満ちた表情は一瞬で崩れ去った。「どうも何も何よ、この残高か!なんでこんなに少ないのよ!」

「えっと、むしろどうして貯金があると思ったんです?お母さんと買い物に出かけては『娘の私にはこんなに買ってくれるのよ』って散々自慢された記憶があるんですが、お忘れでしょうか?お二人で旅行にも行かれましたよね。旅費がどこから出たのか、まさか知らなかったんですか?」

義姉が義母と一緒に散財してきたお金は、全て義母の貯金から出ていたのだ。はっと気づいた義姉は通帳を地面に叩きつけた。「こんなことなら、あんなの引き取るんじゃなかったわ!」とヒステリックにわめく。

「あんなの」と指を差され、義母はショックを隠せずに呆然としている。「お金がないならただの厄介よ。泣いたり怒ったり、あんなの母さんじゃない。世話なんか嫌よ。施設に入れる!」

「いいんじゃないですか。厄介払い。他人じゃなく実の娘から受ける仕打ちですから、お母さんも本望でしょう。お好きにどうぞ」私は義姉がキーキーと猿のようにわめく声を無視して、夫とその場を後にした。

さて、宣言通り施設に入れると決めたものの、どこも空いていなくて二ヶ月待ち。義姉は以前私と夫が目星をつけた施設を当てにしたようだが、「すぐにキャンセルした」と答えたら絶望したようだった。

私は夫も一切手助けしなかった。頼れるのは義姉の旦那さんだけだったが、義母を怒鳴るばかりで世話を押し付ける義姉と、世話してもらうのに感謝もない義母に嫌気がさしたらしい。一ヶ月も経たないうちに離婚して出ていった。離れて暮らす息子には「自業自得だ」と見捨てられた。

義母の介護に疲れ果て、その後は孤独に生きていく義姉。私はかわいそうだとは思わない。今までいいとこ取りしてきたツケなのだから。

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