午後3時を過ぎた頃、店の外で声が聞こえた。見覚えのある3人だった。母は都会風の上着を着ていて、妹は大きな鞄を下げていた。
「うわ、何これ。魚の匂い」
その声は思ったよりよく通った。近くにいた客が振り向く。私は手を拭いて外へ出た。
「どうしてここが?」
「どうしてって。あんた、新聞に出たでしょう」
母は鞄から折りたたんだ新聞を取り出した。1週間前、直売所のことを小さく書いてくれた記事だった。そこには「浜森水産株式会社 代表 裏上直さん 従業員48人」とあった。
「48人の会社ですって。あんた、そんな話一度もしたことないじゃない」
「私も去年まで知りませんでした」
「そんなわけないでしょう。隠してたのね、この子ったら」
その時、妹が前に出た。
「ねえ、お姉ちゃん。やっぱり私が嫁ぐはずだったのに」
息が詰まった。あの縁談は元々私に来た話ではない。妹の代わりに私が行ったのだ。
「お姉ちゃんは代わりだったでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、背中が勝手に丸くなった。30年やってきた癖だ。言い返さない。俯いて相手が言い終わるのを待つ。
母が畳みかけた。
「そうよ。本来は前の縁談だったんだから、別に取り上げようって言うんじゃないの。ただ筋は通さないと。まあ今からでも一度みんなで話し合えばいい」
話し合う?何を?私は俯いたまま自分の指先を見ていた。店の中の音が遠くなっていく。
その時だ。横から静かな声がした。
「話し合うことは何もありません」
顔を上げると、夫が私の少し前に立っていた。作業着のまま。右手にはまだ薄い傷跡が残っている。
「私が妻として迎えたのはこの人です。誰かの代わりではありません」
母が言葉に詰まった。妹がそれでも食い下がる。
「でも私の方が釣り合うでしょう。お姉ちゃん地味だし、会社の奥さんとか無理だよ」
夫は首を横に振った。そして驚くほど静かに言った。
「この港を見下した人に、港の家族になって欲しくありません。魚を臭いと笑った人に、魚で生きる人たちの暮らしは任せられません」
妹の顔がゆっくりと赤くなった。
「それに、この店の値札はこの人が書きました。あなたが今臭いと言った場所で働く人たちの名前を、1枚ずつ書いた人です」
店の前が静かになった。私は自分の胸の中で何かが動くのを感じた。それは怒りではなかった。もっと単純な、これは言わなければならないという感じだった。
私は前に出た。
「私はもう妹の代わりには戻りません」
声は震えなかった。
「私、この人とこの港で生きていきます」
「あんた、何を?」
「お母さん、私ずっと2番目でした。マフラーも進学もお見合いも全部そう。それを恨んでいるわけじゃありません。でもこの1年で初めて私の順番が来たんです」
私は店の方を指した。
「あそこに並んでいる値札、全部私が書きました。あの安さん、久さん、宮下さん、佐々木さん。この港で働いている人の名前です。1番端の小さな値札は、値札書き・裏綾野。私の名札です」
「私、生まれて初めて自分の名前が書いてある場所にいるんです」
終わると、私は店の方へ体を向けた。そして1番手前の台に立ててある値札を読み上げた。
「田元健二さん」
店の中からしわがれた声が帰ってきた。
「はい」
「あの安さん」
「はい」
「久さん」
「はいよ」
「宮下さん」
「はいよ」
「佐々木ももかさん」
「は、はい」
最後の返事は震えていた。名前を呼ばれた人が1人ずつ返事をした。それだけのことだった。それだけのことなのに、母の顔から血の気が引いていくのが分かった。
私は最後に自分の胸の辺りに手を当てた。
「裏綾野」
誰も返事をしなかった。返事はいらなかった。自分の名前は自分で呼べばいいのだと、私はその時初めて知った。
妹が何か言おうとして口を閉じた。その視線の先に、値札の上に貼られた子供の絵があった。目が顔の半分くらいある魚の絵だ。
父を見た。父は何も言わなかった。母の腕を取り、妹の背中を押して駐車場の方へ歩き出した。
けれど車に乗る前に、父は1人だけ引き返してきた。そして台の前に立った。
「これを1つ」
田さんの魚だった。父は財布から金を出して、ももかちゃんに渡した。ももかちゃんが慌てて新聞紙で包んで渡す。父はそれを受け取ると、台に立ててあった値札を抜き取って、丁寧に折りたたんで財布の中に入れた。
それから私の方を1度だけ見た。何も言わなかった。言わなかったけれど、私にはそれで足りた。
車のドアが閉まる音がした。私はその場に立ったまま、車が坂を登っていくのを見ていた。不思議なくらい静かな気持ちだった。
背中の方から店の中のざわめきが戻ってきた。宮下さんが私の背中を思い切り叩いた。
「綾野さん、いい声だったよ。聞こえてました。駐車場まで聞こえてた」
「隣町まで聞こえたな」
私は笑ってしまった。笑いながら涙が出た。夫が私の隣に来て、小さく言った。
「ありがとう」
「え?」
「あの人たちの前で、この港のことを言ってくれて」
「私は本当のことを言っただけです」
「それが1番難しいんです」
その日、浜の名札は夕方の4時に品切れになった。田さんの魚は1番最初に売り切れた。
浜の名札はそれから毎週土曜と日曜に開けることになった。最初のうちは私が値札を全部書いていた。1ヶ月もすると、宮下さんが自分の存在の分は自分で書くと言い出した。それを見た加工場の人たちが、我も我もと書き始めた。字は下手だったけれど、下手な字の値札の方がなぜかよく売れた。
店の中の景色で私が1番好きになったのは日曜の午後だ。贈り物が大体捌けて、残った品を港の人が持ち帰る時間。誰かが誰かの値札を読んで「あんた、こんな家んだね」と笑っている。
それを聞きながら、私は思った。この人たちは10年、隣の人が何を作っているのかをちゃんとは知らなかったのだ。みんな別々に獲って、別々に干して、別々に組合へ出していた。それを1人の男が裏で結び直していた。今はそれが表に出ているだけだ。
田さんの船は11月の初めに本直しが終わった。修理代のほとんどは直売所で、田さんの魚が売れた分で賄えた。足が出た分は本人が貯金から出したそうだ。
「一応な。これは稼いだ金だ。施しじゃないぞ」
「分かってます」
「わしの魚にわしの名前が書いてあるからな。名前が書いてあるもんは手が抜けん」
ももかちゃんは、仕事の後、値札の絵を描く時間をもらえるようになった。絵が上手くなった日、あの子は泣きそうな顔で「これ、仕事なんですか」と何度も聞いた。
「私って、勝手に書くもんだと思ってました」
「勝手に書いたものが1番強いんだよ」
10月の第2日曜日、港の子供たちが直売所に来た。中原園長がマイクロバスを運転して12人を連れてきたのだ。子供たちは自分の描いた絵が値札の上に貼ってあるのを見つけて、それぞれ大騒ぎをした。
蒼太君は自分の絵の前で腕を組んで、こちらを見上げた。
「これ、俺の」
「そう、蒼太君の」
「売れた?」
「その絵が貼ってあるお魚はね、今日1番先に売り切れたよ」
「じゃあ俺のおかげ」
「うん。蒼太君のおかげ」
男の子はしばらく黙って自分の絵を見ていた。それから小さい声で言った。
「俺なんかの役に立ったの、初めてかも」
私は言葉に詰まって、その頭に手を置いた。
帰り際、中原園長が私の手を握った。
「うちの子たちはね、ずっともらう側だったんです。渡す側に立ったのは、今日が初めてです」
浜森水産の正面は机の上に置かれるようになった。夫が自分から佐藤さんと土田さんに見せたのだ。買い付けの決め方も、その年から3人で決めることになった。相場より色をつけるのはやめなかった。ただ、それを会社が黙って被るのではなく、直売所の利益から出すことにしたのだ。
夫は最初それを渋った。
「みんなの取り分が減ります」
「わしらの取り分から出すから、わしらの店なんだ」
その一言で決まった。
騙し騙し使ってきた加工場の床と配線が全部治ったのは10月の終わりだった。その日、夫は久しぶりに朝から加工場にいた。右手の傷は白い線になって残っていた。私はその手を見て聞いた。
「まだ痛みますか?」
「もう平気です。握力が少し落ちましたけど、包丁は使えます」
「包丁?」
「船の上のです。閉めるのに」
その人はいつもそうやって話を魚に戻す。私は思い切って聞いてみた。
「お父さんはどんな方でしたか?」
夫の手が止まった。ずっと聞けなかった。
その人はしばらく黙って作業台を拭いていた。それからこう言った。
「正直に言うと、俺は親父のことをあまりよく思っていませんでした」
私は驚いてその顔を見た。
「口に金を入れない人だったので、獲った魚をあちこちに配ってしまうんです。近所の年寄りとか、子供の多い家とかに。売れば金になるものを平気で持っていく。母がよく怒っていました。うちの子に食わせるものがないって」
「俺もそう思っていました。親父が死んだ時、残ったのは船1隻と家と、それから漁の借金でした。俺は26でした。その借金を返すのに5年かかりました。その間、正直恨みました」
その人は雑巾を絞って、また台を拭いた。
「それでも、この港の人たちが俺に飯を食わせてくれたんです。なんでこんなによくしてくれるんだろうと、当時は分かりませんでした。後になって、ああ、これは親父が配って回った魚が帰ってきているんだなと思いました」
「それが分かってから、恨むのはやめました。でも尊敬しているかと言われると、今でもよくわからないんです」
私はその言葉を聞きながら、松風の壁を思い出していた。言いたかった。今すぐ言ってしまいたかった。あなたのお父さんは10年以上、名前も名乗らずにあの店の裏にサンマを置き続けた人ですよ。そしてその魚はちゃんと品書きに乗ったんですよ。
けれど私は言わなかった。あれは私が言う話ではない。10年、1人で守ってきた人がいる。その人の口から出るべき言葉だ。
だから私はこう言った。
「あのサンのあるうちに、松風に連れて行ってもらえませんか?」
夫は雑巾を置いて、こちらを見た。
「珍しいですね。あなたから店の話をするのは」
「秋にしか出ないお寿司があると聞いたことがあるので」
「ああ、サンマですね」
「知っていたんですか?」
「10年通ってますから」
その人は少しだけ笑った。
「あそこの大将はサンマだけは他人に握らせないんです。なんでですかと聞いたことがあるんですが、教えてくれませんでした」
私は俯いて頷いた。
「じゃあ近いうちに」
それから2週間ほどが過ぎた。11月の磯は風が変わる。海の色が濃くなって、朝の空気が痛いくらいに冷たくなる。今年のサンマは去年よりは戻ってきた。豊漁というほどではない。それでも格お作業は昼過ぎまで続いた。
浜の名札は今も土曜と日曜に開けている。値札には作った人の名前が書いてある。下手な値札の方がよく売れるという法則は、今のところ変わっていない。ももかちゃんの絵は剣のパンフレットに使われることになった。あの子は来年から専門学校の夜間に通うつもりだと言っている。
田さんは相変わらず朝の3時に海へ出て、1番いい魚だけを直売所に持ってくる。宮下さんは店の売上を毎週私に報告してくれる。報告のたびに「私、店長っていうより番頭だね」と言って笑う。
実家からは未だに手紙の1通も来ない。その代わり、月に1度店に注文が入るようになった。田さんの魚とあの野さんの看板。届け先は私が30年住んだ家の住所だ。注文書の依頼主の欄にはいつも何も書かれていない。
最初にそれを見つけた宮下さんが、軽妙な顔で私に聞いた。
「これ、どうする?」
「送ってください。値札は入れてください」
いつも通りに、母からも、妹からも何も言ってこない。それでいいと思っている。無理に元通りにしなくても、私はもう困らない。言葉より先に注文の方が来た。値札を財布にしまって帰った。あの人にできるのは、多分それが精一杯なのだ。
11月の第2土曜日、私たちはトラックで剣道を走った。30分、山を超えてまた海の方へ降りていく。路地の入り口に車を止めて、石畳を歩いた。暖簾が掛かってあった。玄関の脇の松は去年と同じように手入れされていた。夫が暖簾に手をかけた。
「旦那様、奥様、いつもの席へ」
包丁を置く音がした。1年前と同じだった。違ったのは、私が驚かなかったことだ。私は靴を揃えて脱いで、カウンターの1番奥の席に座った。座布団はやはり新しく替えられていた。
大将が私たちの前に湯呑みを置いた。
「奥様、お顔つきが変わられましたね」
「そうですか」
「はい。去年はこちらを見ておられなかった」
夫が少し不思議そうな顔をした。握りが順に出てきた。私は今度は何を食べているのかが大体分かった。この1年で覚えたのだ。どの魚がいつうまいのか、どんな締め方をすると身がどう変わるのか。
5貫目の後で大将が手を止めて言った。
「今日は旦那様の魚だけではありません。奥様が繋いだ港の味も握らせていただきます」
そう言って出てきたのは、あの野さんの看板を軽く炙って少しだけ塩を当てたものだった。それから宮下さんの相材に使う虹汁で炊いた小さな貝。
私は箸を持ったまま動けなくなった。
「どうしてこれを?」
「浜の名札にうちの若い衆が通っております。値札に名前が書いてあるものは、買う方も覚えるんです」
夫が隣で目を丸くしていた。そして最後の1貫が出てきた。
大将は冷蔵ケースから銀色の魚を取り出した。背の青い細長い魚だ。包丁が入る時の音が、それまでと違った。握られたそれが私と夫の前に1貫ずつ置かれた。
散まだった。夫がそれを口に入れた。そしてすぐには何も言わなかった。
大将は包丁を布巾で拭いて置いた。それからカウンターの内側で深く息を吸った。
「旦那様。10年申し上げられなかったことがございます」
店の中が静かになった。若い板前さんが2人手を止めて下を向いた。あらかじめ聞かされていたのだと、私は思った。
大将は壁の方へ手を伸ばした。そして箒に入った札を慎重に外した。それを両手で持って夫の前に置いた。サン根のない3文字の品書き。
夫はそれを見た。
「これはいつも掛かってる」
「はい。13年前の秋に、私の父が書いたものです」
夫の顔から表情が消えた。
大将は静かに話し始めた。モヘ平さんという漁師のこと。表から入れなかったこと。毎年秋になると裏口に根のない箱が置かれていたこと。仙台がそれを1度も断らなかったこと。そして13年前の秋、初めてその3万字を下ろしてこの札を書いたこと。
「父はこう申しました。札を付けたら、これは仕入れになる。これは仕入れじゃない、と」
夫は札を見つめたまま動かなかった。
「そのつもりで、次に箱が置かれた朝にお父上を呼び止めるはずでした。けれど、その3日後に訃報が来ました」
大将の声がそこで初めてかれた。
「父上はご自分の魚がうちの品書きに乗ったことをご存知ないまま、亡くなりました。父は死ぬまでこれを下ろさせませんでした。品書きは店にあるものを書くものだと」
夫は何も言わなかった。ただ札の上に大きな手をそっと置いた。その手が震えていた。右手の甲に白い線の傷跡があった。
やがて、その人は言った。
「親父はうちに金を入れない人でした」
「存じております」
「魚をあちこちに配って回って。俺はそれを格好悪いと思っていました」
「はい」
「なんで配るんだと、一度殴りかかったこともあります。17の時です」
その人の声がそこで途切れた。私は夫の背中に手を当てた。背中が震えていた。
「旦那様、私が10年これを申し上げなかった理由も、申し上げてよろしいですか?」
「はい」
「あなたはうちの店が困っていたから来てくださった。お父上のことは関係ありませんでした。もし先に申し上げていたら、あなたはお父上の代わりにここへ来ることになっていた。私はそれが嫌でした。あなたには裏直としてうちに来ていただきたかった」
大将はそこで深く頭を下げた。
「10年、あなたはご自分の足で通ってくださいました。もう申し上げてもよろしいと思いました」
夫はしばらく顔を上げなかった。それから両手で顔を覆って、笑おうとして失敗した。
「そうですか。親父の魚、乗ったんですか?」
「乗りました」
「根がつかなかったんですね」
「つけられなかったんです」
「そっか」
その人は目の縁を赤くしたまま、もう一度札。そして私の方を向いた。
「綾野さん。あなた、知ってたんですね?」
私は頷いた。
「2月に1人で伺いました。でも私が言う話ではないと思ったので」
夫は何度も頷いた。それからこう言った。
「あなたはいつもそうだ。自分の番を後ろに回す」
「もうやめようと思っています」
「そうしてください」
その人は袖で目を拭いて、大将の方へ向き直った。
「最初から、来年の秋もうちのサンマを持ってきます」
「お待ちしております」
「根をつけて持ってきます」
「はい。根のついたサンマを握らせていただきます」
帰り道、トラックの助手席で私は窓の外を見ていた。海が月の明かりで白く光っていた。
私は思い出していた。1年余り前、この道を反対向きに走ったこと。あの時、私はこの人のことを何も知らなかった。この港のことも、この店のことも、自分のことさえ知らなかった。妹の代わりに来ただけの女だった。
坂を登って家の前で車が止まった。エンジンを切った後、夫が前を向いたまま言った。
「綾野さん」
「はい」
「うちの会社、名前を変えようと思うんです」
「え?」
「浜森っていうのは、親父が船につけていた名前でして。会社にする時そのまま使ったんですが、守るだけじゃ足りないなと思って」
「じゃあ何にするんですか?」
夫は少し考えてから言った。
「まだ決まってません。あなたと決めます」
私は笑った。そして家の明かりをつけに行った。
妹の代わりに嫁いだはずの私が、いつの間にかこの港で私自身として迎えられていた。名前を書いたのは私だけれど、その名前を呼んでくれたのはこの港の人たちだった。



