8年前、告白を拒絶された日。俺は傷心のまま、インドへ飛ばされた。そして今、偶然の再会を果たした相手は、大口顧客の重役になっていた。俺を“運転手”扱いした上司は、彼女の一言で顔色を変える。「担当は朝倉さんにしてください」。腑に落ちないのは、彼女の目が明らかに“過去”を見ていたこと。だが、それ以上に不気味なのは──俺のPCから漏洩したデータを、誰かが故意に仕組んだ痕跡があったことだ。真実を暴いた…

8年前、告白を拒絶された日。俺は傷心のまま、インドへ飛ばされた。そして今、偶然の再会を果たした相手は、大口顧客の重役になっていた。俺を“運転手”扱いした上司は、彼女の一言で顔色を変える。「担当は朝倉さんにしてください」。腑に落ちないのは、彼女の目が明らかに“過去”を見ていたこと。だが、それ以上に不気味なのは──俺のPCから漏洩したデータを、誰かが故意に仕組んだ痕跡があったことだ。真実を暴いた...

あの男、財前善はいつもそうだ。人を見下し、利用できるものは何でも利用する。開発部の末端である俺、朝倉洋一など、彼にとってはせいぜい運転手代わりにしかならないらしい。今日だって、大手IT企業「富士ホールディングス」への営業訪問に、無理やり俺を連れてきた。目的は、あの「鬼」と呼ばれる管理担当者、七瀬を口説き落とすことだ。

俺は8年ぶりに日本の土を踏んだ。インドでの長い駐在を終え、東京本社に戻ってきたばかりだった。富士ホールディングスの重役室。財前は得意げに俺を紹介した。「ああ、彼は朝倉です。開発部の1社員でして。高卒なもので大した仕事はできません。まあ、運転手くらいには使えるかと思って連れてきただけです」

笑いながら俺の肩を叩く財前。その下卑た笑いに腹が立ったが、反論はしなかった。ここで騒ぐのは利口じゃない。だが、次の瞬間、すべてが変わった。七瀬が、俺の名を呼んだのだ。「朝倉さん、少しだけ2人きりでお話できますか?」

財前は目を丸くした。俺も同様だった。七瀬は財前に退室を命じ、部屋には俺と彼女だけが残された。沈黙が落ちる。彼女は俯いていたが、ゆっくりと顔を上げた。「いつ戻ってきたの?」「先月。8年ぶりに」「そんな……本当にまた会えるなんて思わなかった」

彼女の声は震え、目には涙が溢れていた。俺たちの出会いは9年前。俺がネット回線の営業をしていた頃だ。彼女は富士ホールディングスの通販部門にいて、頻繁に顔を合わせるうちに、自然と惹かれ合っていた。意を決して食事に誘い、デザートのタイミングで告白した。「七瀬、俺と付き合ってほしい」。しかし、彼女は「ごめんなさい」とだけ言って、席を立ってしまった。

その直後、俺はインドへの異動辞令を受けた。帰国は未定。傷心のまま、俺は日本を離れた。あれから8年。彼女はあの時のまま、いや、それ以上に美しくなっていた。「あの時は……ごめん」「謝らないでくれ。俺の方こそ、何も言わずに消えてしまって」

彼女は涙を拭い、微笑んだ。「神様が私たちの時間をもう一度繋げてくれたのかもね」。その言葉に、胸の奥で何かが解けるような気がした。そして、この日の契約は俺が担当することになった。財前は唇を噛み、拳を震わせていたが、七瀬の強い意志の前には何もできなかった。

こうして、俺の新たな人生が始まった。だが、それは決して平穏なものではなかった。財前は俺の手柄が気に入らない。数日後、とんでもない事件が発生する。開発部のアプリケーションファイルが外部に漏洩したというのだ。しかも、そのデータは俺の担当範囲のものだった。「朝倉、情報処理部の調査が済むまで、自宅待機を命じる。パソコンは引き渡せ」

無実なのに、犯人のように扱われる屈辱。俺は抗議したが、認められなかった。自宅で暗い時間を過ごす中、七瀬からのメッセージが届いた。「大丈夫? 何かあったら話してね」。その優しさが心に沁みたが、何もできなかった。すると、予期せぬ人物から連絡が入る。「朝倉、状況が変わった。すぐ会社に来てくれ」

部長に呼ばれ、大雪室に入ると、そこには見慣れない男がいた。「よう、久しぶりだな」。その声に、俺は息を呑んだ。アリム。インドのIT企業のCEO。かつて、俺が現地の食堂でコーディングを教えた、皿洗いの青年だった。「洋一のPCから情報が漏れただって? そんなこと、俺は信じない。彼がどれだけ誠実に仕事に向き合ってきたか、俺は一番知っている」

アリムはそう言って、部長や課長を一喝した。「僕がこの会社と取引を続けるかどうかは、彼がどう扱われるかで決まる」。その言葉に、俺は救われた。彼の存在が、暗闇に差し込む一筋の光だった。だが、本当の敵はまだ目の前にいる。俺はパソコンを取り戻し、自分で調査を始めた。復元されたログファイル。そこには、あの日の映像が残されていた。俺がコーヒーを受け取った時、背後に立っていた財前が、スマホで俺のパスワード入力を盗み撮りしている姿だった。

「この時のこと、覚えてますか?」「は? そんなの知らねえよ」「あなたのスマホから、このファイルが送信された履歴があります。削除されていたけど、完全には消えてません」財前は顔を歪めた。「へえ、なるほどな。俺を嵌めて、自分が正義のヒーローにでもなった気か?」「違います。俺はただ、真実を知りたかっただけです」

財前は吐き捨てるように言った。「俺はお前みたいなやつが嫌いなんだ。無駄に誠実で、周りから好かれるタイプ。そういうやつが評価されるのを認めたくなかった。それに、俺にはお前みたいに信じてくれる友達も味方もいなかった。羨ましかったんだ」。彼はそう言い残し、静かに去っていった。胸の中に、複雑な感情が渦巻く。

数日後、俺の潔白が証明され、会社に復帰した。すると、七瀬からメッセージが届く。「今日、会社に来て欲しいの。父に会ってもらえないかな」。七瀬の父親は、富士ホールディングスの社長だった。意図が読めないまま、俺は社長室へ向かった。「君が朝倉君か。娘から話は聞いている。あのインドのアリム君との縁も、ただの偶然ではないようだな。娘は8年前、一人の男が自分の価値を変えてくれたと言っていた。その男が君だそうだ」

社長の言葉に、俺は何も返せなかった。「私は経営者だ。冷静に物事を見るよう努めてきた。だが、娘が初めて自分の意志で信じたい男がいると言った。君の潔白は証明された。そして、君が人に影響を与えてきたことも分かった。娘を大切にしてくれ。それが私の唯一の願いだ」。深く頭を下げ、部屋の外に出ると、七瀬が立っていた。

夕日の中、まるであの日のように少しだけ髪を巻いた彼女が、微笑んでいる。「どうだった?」「なんとか許してもらえたよ」。彼女が俺の手を取る。「じゃあ、今度こそ聞かせて。あの時みたいに、デザートのタイミングじゃなくて、今ここで」「七瀬、今度こそ、俺と一緒にいてほしい」。彼女は目を潤ませて頷いた。「私もずっと同じ気持ちだった。あの時すぐに答えられなかったけど、あなたが私の中にずっといた」。そう言って、彼女は俺の胸に飛び込んできた。

8年間の空白が、ようやく埋まった瞬間だった。あれから数ヶ月。俺と七瀬は付き合い始め、穏やかな日々を送っている。アリムとはオンラインで連絡を取り合う仲だ。「で、結婚はいつ? ウェディングに僕を呼ぶ準備は整ってる?」「ああ、もちろんだよ。友人代表スピーチ、頼むよ」財前はその後、会社を追われ、地方の通信業者で働いているらしい。もう、彼を責める気持ちはない。

夜風が窓から吹き込む。隣で七瀬が微笑んでいる。「ねえ、洋一。私、今本当に幸せ」。俺も静かに頷く。かつてインドの食堂で、俺はアリムにこう言ったことがある。「お前の夢は、お前が思っているよりずっと遠くまで届く」。今度は、俺自身の番だ。この手で掴んだ未来を、この手で紡いでいく。誰かに必要とされる場所で。隣には、いつも信じてくれる七瀬がいる。そして、遠い国からいつも応援してくれるアリムもいる。俺の物語は、ここからまた始まるのだ。

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