まさか同窓会で、あの日のことを全部話すことになるなんて思わなかった。中卒のレッテルを貼った同級生の前で、私は自分の病気と、アメリカで出会った夫のこと、隠してきた全てを明かした。 でも本当のクライマックスはそこじゃなかった。私の夫が静かに会場に現れた瞬間、空気が凍った。そして、同級生の成沢が妻からスピーカー越しに聞かされた言葉で、彼の人生は音を立てて崩れ始めた。…

まさか同窓会で、あの日のことを全部話すことになるなんて思わなかった。中卒のレッテルを貼った同級生の前で、私は自分の病気と、アメリカで出会った夫のこと、隠してきた全てを明かした。 でも本当のクライマックスはそこじゃなかった。私の夫が静かに会場に現れた瞬間、空気が凍った。そして、同級生の成沢が妻からスピーカー越しに聞かされた言葉で、彼の人生は音を立てて崩れ始めた。...

同窓会の会場で、私はマイクの前に立っていた。中学卒業以来、十五年ぶりに顔を合わせた同級生たちの視線が、好奇心と多少の懐疑を混ぜて私に注がれている。

「みんな、私が高校に行かなかった理由、覚えてる?」

その言葉で、空気が張り詰めた。特に、あの日、廊下で私の進路を勝手に決めつけた張本人、成沢の顔が強張る。

「私は病気だったの。中学二年生の時に難病と診断されて、入院と通院を繰り返しながら、それでも卒業までこぎつけた。そして、高校に行くという選択肢を、私は自分の意思で手放したの」

私はゆっくりと、あの日々を話し始めた。地元の病院で誰も正確な病名を教えてくれなかったこと。症状が悪化しては治まり、またぶり返す日々。私の症状を見て「気のせい」と言った医者もいた。しかし、両親は諦めなかった。世界で一番その病気の研究が進んでいる国、アメリカに渡る決断をした。

言葉もわからない国での日々は、すべてが自分の体と向き合うことだった。主治医の先生は、毎回検査結果を一緒に一つの一つ説明してくれた。「長く付き合っていく病気だから、ちゃんと向き合えないとダメだ」と。分からない単語は辞書を引いてノートに書き留める。それが私の高校時代の宿題だった。

「私はアメリカの高校に通いながら勉強と治療を両立させて、大学も自分で選んだの。医療系の勉強ができて、自分の病気と一番向き合える先生たちがいるところで」

成沢の顔が、まるで色のない髪のような白さに変わっていた。会場の同級生たちは、誰一人として「中卒の吉村」とは口にできなくなっていた。あの瞬間、私が背負っていたものの中身を、誰一人として知らなかったのだから。

「あなたたちは私の進路を勝手に『高校にも行けない不幸な子』と決めつけた。私は訂正しなかった。訂正したところで、あの頃のあなたたちが本当のことを聞き入れるとは思えなかったから」

成沢の唇が震えている。彼は何か言おうとするが、言葉にならない。

「さっき、あなたが見せた症例写真。あれが私の病気よ。だから説明できたの。学んだからというだけじゃない。私自身が、自分の体に起こる一つ一つを感じながら長い年月をかけて理解してきたから」

成沢は「治らないんだから時間の無駄」と言った。彼が軽蔑した難病を抱え、それでも生きていこうとしている人たちが世界にどれだけいるか、理解していない証拠だ。その患者たちのために、若い研究者たちが寝る時間を削って研究を続けてくれている。成沢が「金にならない」と吐き捨てたその時間の中で、日々医療は進歩しているのだ。

「ねえ、さっき『何でもする』って言ったわよね。お願いだから、今世界中で難病と戦っている人たちを侮辱しないで」

その瞬間、成沢はテーブルに両手をついたまま深く頭を下げかけたけれど、最後の意地が彼の背中を引き止めた。中途半端な姿勢のまま、彼は震えていた。

しかし、運命の夜はまだ終わっていなかった。

「だからなんだよ。アメリカの大学を出た。それがどうした?今は売店のバイトじゃねえか。いくら立派な大学を出ても、結局時給で働いてんだろう」

成沢はワイングラスを勢いよく掴み、中身を半分ほど零しながらまくし立てた。

「俺はな、東京の一等地に家がある。嫁は資産家の娘だ。家に帰れば嫁が手料理で出迎えてくれる。息子は私立に通って家庭教師もつけてやってる。お前みたいな生活とは根本から違うんだよ」

ここまで来るともう滑稽だった。会場の誰の表情にも、彼の自慢を間に受けようとする色は一かけらも残っていなかった。すると、中学時代に成沢と親しげだったかずやが口を開いた。

「成沢、ちょっと聞きたいんだけどさ。俺の息子、お前の息子と同じ私立に通ってるんだよ。中東部で同学年。俺の息子から聞いたんだけど、お前の息子が学校で自慢してるらしいぜ。『うちのパパの病院の売店、顔パスで何でもただで持ってこれる』ってさ。これ、本当の話?」

成沢の目が私の方に、逃げるように一瞬動いた。かずやの話によると、保護者たちの間で成沢の評判はすこぶる悪いらしい。参観日や保護者会で見せる態度の悪さ。他の親への高圧的なものの言い方。そういった噂が、随分前から学校関係者の間で囁かれているという。

「ちゃんとカードで金は払ってるんだから、誰にも文句言われる筋合いはねえよ!」

そもそも、子供が代金を持たずに商品を持ち出すという時点で非常識な話だ。彼に向けられる目には、ある種の忍耐の限界が滲み始めていた。

耐えられなくなった成沢は、スマートフォンを取り出し、何かにすがるようにスクロールした。

「俺はな、この後嫁に迎えに来てもらうんだよ。うちの嫁、会社役員なんだぜ。ピカピカの最新型。お前らんちはどうせ軽自動車だろ。いいよな、軽は小回り効いて駐車場も狭くて済むしな」

その時、彼のスマートフォンがテーブルの上で短く震えた。画面に表示された名前を見て、成沢の顔がパッと明るくなる。

「ああ、噂をすれば嫁からだ。ちょっと聞いてくれよ、お前ら。今どこまで来てるか聞くからさ」

彼はわざとらしく通話ボタンを押し、スピーカーに切り替えた。妻の自慢をするために、全員に会話を聞かせるつもりだったらしい。だが、応答した瞬間、スピーカーから流れてきたのは彼の予想を裏切る、妻の硬い声だった。

「あなた、また病院で何をしたの?病院から私に連絡が来たんだけど」

「は?おい、何の話だ?」

「とぼけないで。さっきあなたの病院から、『あなたに連絡がつかないから』って緊急連絡先である私に確認が入ったの。面会謝絶を出している入院患者さんの病室に勝手に部外者を立ち入れたり、許可なく他の先生の患者さんの情報を持ち出したり、看護師さんへの度重なる不適切な接触も、全部調査が入ったって言われたわ」

成沢の表情が固まる。

「前の病院も、あなたが起こした不祥事でいられなくなって辞めたわよね。今度の病院でもまた同じことを繰り返したの?私、もうあなたとは一緒にはいられない。り太を連れて出ていきます」

「おい、待ってくれ。何かの誤解だよ。これは医者として正しいことだ」

「何が誤解なの?証拠の写真も映像も、全部病院にあるって言うじゃない。これ以上、り太に父親としてあなたを見せておく自信がないわ」

通話はそれだけで切れた。会場には誰の声も、グラスの音も、椅子の擦れる音もない。ただ、窓の外から通り過ぎる車の音だけが薄く聞こえてくる。

成沢はテーブルに置かれたスマートフォンを呆然と見つめていた。口は半開きのまま、指先がテーブルの木目を意味もなくなぞっている。

その時だ。レストランの自動ドアが控えめな音を立てて開き、会場の入り口に一人の男性が静かに立った。上品なコート。襟元から見える落ち着いた色合いのシャツ。穏やかで、しかし一目で分かる、揺るぎない品格を漂わせた立ち姿。

私は思わず立ち上がっていた。

「直樹」

男性はこちらに向かって優しく微笑み、ゆっくりと私たちのテーブルへ歩いてくる。コートの裾から革靴の音が絨毯の上に静かに響いた。成沢がその姿を上から見上げた瞬間だった。

「あ、みさ…委長…」

直樹はテーブルの前で立ち止まり、成沢の方を見下ろした。

「これはこれは成沢先生。妻がお世話になっております」

会場が揺れた。私は直樹の隣に並んで、同級生たちに向かって軽く頭を下げた。

「みんな、紹介させて。私の夫の直樹です」

直樹は丁寧にお辞儀をし、私の腰にそっと手を添えた。その瞬間、成沢の顔が、奇妙な白さに沈む。

「夫とはアメリカの病院で出会ったの。私が患者で、夫が研修医の頃。主治医の先生と一緒に私の病気にずっと向き合ってくれたのが、この人だった。治療を重ねるうちに、お互いいろんなことを話すようになって、結婚したのは私が大学を卒業した翌年のことよ」

「もちろん、私はずっと知ってましたよ。まゆ子から何度ものろけ話を聞かされてましたから」

ちかが笑い声を漏らすと、会場のあちこちからも笑い声がこぼれ、凍りついていた空気がゆっくりと温度を取り戻していく。

「直樹はアメリカで医師として実績を積んだ。私の病気と、世界中で同じ病気を抱えている人たちのために何ができるかを考え続けてきた。その分野で論文も何本か書き、専門医の間ではそれなりに名前を知られるようになったの。だから、五年前に家族で日本に帰国した時、ある病院から『新しい院長として来てほしい』という要請を受けたの」

直樹がそっと引き取った。

「私の今の職場ですね。成沢先生」

成沢の喉から、ヒュッと細かい空気の音が漏れた。彼は椅子の上で後ろに倒れかかるように体を引き、膝が激しく震えていた。

「ちなみに成沢先生、あなたは今日、病院を無断欠席されていますね。外来診療の予約が入っていた患者さんが何人もいらっしゃいました。全て別の医師に代診をお願いすることになりました。あなたの無断欠勤は、もう一度や二度ではないそうです」

「委長、違うんですよ!今日はその、ちょっと体調が悪くて…」

ようやく言葉が戻ってきたかに見える、その必死の弁解。直樹は優しい微笑みのまま、しかし揺るぎない声で遮った。

「もういいんですよ、先生。これまであなたにはたくさんのトラブルを起こしていただきましたから。明日からは自宅待機ということでお願いしますね。詳しいことは追って連絡します」

「あ…そんな…」

成沢は椅子から滑り落ちるようにして、絨毯の上に両膝をついた。

「委長、申し訳ありません!もう一度だけチャンスをください!私はちゃんと医者として…」

それから彼の視線は私の方へ移った。

「吉村さん…いや、みささん。さっきの数々の発言、本当に申し訳ございませんでした。売店での色々なことも、全て心からお詫び申し上げます。どうか、どうかお願いします」

絨毯の上に額をつけそうな勢いで、成沢は両手を床につく。私はその姿を、しばらく見下ろしていた。

あの教室の隅で。廊下の掲示板の前で。雨に濡れて走った帰り道で。私が耐えて飲み込んできた言葉の全て。それを、今目の前のこの男にようやく返す番だ。

私はゆっくりとしゃがみ込み、目線の高さを合わせた。

「成沢君」

「あ、はい」

低く穏やかな声で呼びかけた。

「医者ってね、ただ免許を持っていればそれでいいってわけじゃないの。心構えが大事なの。誰のために、何のために医者を着ているのか。それが分からなければ、白衣もただの白い服よ」

成沢の目から、ポロリと涙のようなものが落ちた。それが本当に反省から滲んだものなのか、失うものへの恐怖なのか、私にはもうどうでもよかった。

私は立ち上がり、直樹の腕に自分の腕を絡めた。それから、ちかの方を振り返る。

「ちか、よかったら一緒に乗っていかない?送るわよ」

ちかの目がパッと輝いた。

「え、いいんですか?直さんの車、ずっと乗ってみたかったんです!」

直樹が笑う。

「ありがとうございます。私、趣味で国産のSUVが好きでね。ちかちゃん、これからもまゆ子のこと、よろしくお願いします」

私たち三人は肩を並べて出口へと向かった。絨毯の上でまだ膝をついている成沢の脇を、ゆっくりと通りすぎる。会場の同級生たちは誰も声を発しないけれど、私たちの背中に向けて、何人かが深く頭を下げてくれているのが分かった。

自動ドアの手前で、私はふと足を止め、成沢の方をもう一度だけ振り返った。彼は絨毯の上でぼんやりと顔を上げて、こちらを見ていた。

「そうそう、成沢君。あなたがさっき言っていた『意識高い系の自己満若手医師』だけど。その子、私の息子よ」

成沢の体がわずかに跳ねた。自分の言った言葉を反芻しているのだろう。目が泳いでいる。

「多くの人を助けたいって、毎日本当に頑張ってるの。私と同じ病気で苦しんでいる人たちをなんとかしたいんだって。あなたとは違うのよ。絶対に侮辱しないで」

それ以上はもう振り返らなかった。直樹が手を添えてくれた背中に温かさが伝わる。外はもう夜の中。レストランの外に停められた深い緑色の大きな車。そのヘッドライトが、私たちを迎えるようにゆっくりと点灯する。

長く深い夜が、ようやく終わろうとしていた。

競争会の夜から数日が過ぎた。成沢への処分は、思いのほか早く動き出したらしい。患者への暴行未遂の映像。看護師へのハラスメントを記録した複数の証言。業務時間中の不適切な行動の記録。全てが机の上に並べられ、成沢は規定の懲戒委員会を経て、正式に懲戒解雇となった。

それでも責任は終わらなかった。成沢に暴言を吐かれた高齢の入院患者さんに対して、病院と本人連盟で謝罪の場が設けられた。暴行行為と認定された上で、損害賠償の交渉が進められている。被害を受けた看護師たちからも、複数名による慰謝料請求が起こった。

成沢の妻は、同窓会の夜に告げた言葉をそのまま実行した。息子のり太を連れて実家へ戻り、ほどなく離婚調停の申し立てを行った。資産家の実家を背景に、彼女の側には腕利きの弁護士がついた。

一方の成沢には、自分を守ってくれる味方は誰も残っていなかった。頼ろうとした実家も扉を固く閉ざした。業界内での評判は、想像よりもずっと早く広まった。患者への暴行と看護師への圧力行為で懲戒解雇された医師を、受け入れようとする病院はなかった。彼が長年積み上げてきた「東大医学部出身・皮膚科専門・論文多数」という肩書きは、たった一夜の事実の前に、風船のようにあっけなく潰れてしまった。

風の噂が耳に届いたのは、それから少し経った頃のこと。成沢の東京の自宅マンションはローンが滞り、他人の手に渡ったらしい。彼は地元にも東京にも居場所をなくし、地方都市の片隅に小さなアパートを借りて一人暮らししているのだという。医師免許の再取得は、異業停止の処分を受ける可能性が高く、白い服を羽織ることはもうないかもしれない。

私はもう、彼の顔を思い出すことはないだろう。

それから季節が一つ巡った。私は相変わらず、あの病院の売店に立っている。ちかとは月に何度かカフェで顔を合わせる。あの夜の話を、私たちは時々笑い話のように振り返る。

夕食のテーブルには湯気の立つ料理と、三人分の箸の音。味噌汁の湯気の向こうで直樹が穏やかに目を細める。匠は子供の頃と変わらない笑顔で、ご飯のお代わりをよそう。

何ひとつ特別なことのない夜。それでも、こうして三人で囲む食卓の一時が、私にとっては何より大切な時間なのだ。

私は幸せに生きている。今までも、そしてこれからも。

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