「お前、中卒だろ?明日の大事な商談、お前には無理だ。だから代わりの奴に任せるわ」 そう言われて、俺が10年かけて業績トップまで上り詰めた大手企業の営業部で、いきなり大きな商談を外された。でも、俺は黙って従った。中卒の俺が、東大卒の上司に何を言っても無駄だと思ったから。 ――だけど、そんなに大人しくしているわけにはいかなくなったんだ。…

「お前、中卒だろ?明日の大事な商談、お前には無理だ。だから代わりの奴に任せるわ」 そう言われて、俺が10年かけて業績トップまで上り詰めた大手企業の営業部で、いきなり大きな商談を外された。でも、俺は黙って従った。中卒の俺が、東大卒の上司に何を言っても無駄だと思ったから。 ――だけど、そんなに大人しくしているわけにはいかなくなったんだ。...

「やっぱり中卒は無能だな。こんな奴に50億の商談を任せられるわけがない。」

部長の罵声が、静まり返ったオフィスに鋭く響いた。デスクに叩きつけられたのは、俺が徹夜で仕上げた商談資料だ。

「商談は東大卒に任せる。お前は引き継ぎを済ませろ。」

横にいた後輩が、困惑した顔で立ち尽くしている。彼に責任はない。ただ命令に従わざるを得ない立場なだけだ。

「わかりました。」

静かに返事をした俺を見て、部長は満足そうに鼻で笑った。怒りや悔しさを感じる暇さえなかった。胸に広がるのは、どこか冷めた静寂だった。

だが、部長はまだ知らない。この瞬間から、全てが変わり始めたことを。

俺の名前は久保田で、大手企業の営業職に就いている。実の両親を幼い頃に事故で亡くした。幸いにも、その後は叔父に引き取られ、本当の息子のように育ててもらった。だが、叔父にはすでに子供が3人いた。これ以上の負担をかけたくないと思った俺は、中卒で地元の工場へ就職したのだ。

自分で言うのもなんだが、俺は学ぶことが好きだった。学校での成績も良かった。中卒で就職してもそれは変わらず、知らない知識や技術を吸収して蓄えていく工場での日々は、とても楽しく過ぎていった。

そんな俺に、ある時転機が訪れた。工場の取引先である有名企業の社員から、俺は知識量や技術、そして弁舌を絶賛されたのだ。その社員には「君はもっと上に行ける人材だ」とまで言われた。それを間に受けたわけではないが、いつしか俺は自分の力を試したい、もっと広い世界で学びたいという気持ちを覚えるようになっていた。

俺を可愛がってくれていた工場の社長は、そんな俺の変化にいち早く気づいてくれた。「お前ならできる。行ってこい」と後押しされた俺は、転職を決意。就活を経て、現在の大手企業への転職を果たした。

営業部に配属された俺は、今までとは全く違う環境に戸惑いながらも、周囲の先輩たちに必死に食らいついた。転職10年目にして営業成績トップを獲得。おかげさまで、忙しくも充実した毎日を過ごしている。

しかし、そんな俺の懸念といえば、営業部の上司である根岸部長のことだった。この根岸部長は、自身も有名私立大学を出たエリートだからか、とにかく学歴差別がひどいのだ。特に中卒の俺に対しては、それはもう当たりがきつく、理不尽なことでネチネチと嫌味を言われることもしばしばだった。だが、そんなことでいちいちへこたれるわけにはいかない。俺を応援してくれた叔父夫婦や工場の社長、取引先の社員のためにも、俺は日々明るく前向きに仕事と向き合っていた。

そんなある日のこと、俺は弊社の社長から個人的に会議室へと呼び出された。室内にはすでに根岸部長もいたのだが、俺の姿を目にした途端、彼は苦々しげに顔を歪める。まあ、根岸部長の当たりがきついのはいつものことだ。だが、社長から告げられた要件によって、俺は上司の見せた態度の意味を悟った。

「久保田君、君には今度A社との50億の商談を担当してもらいたいんだ。」

A社とは、3年ほど前から弊社と取引を開始した大手企業だ。

「ぜひ、君の力を発揮してもらいたい。」

そう言って社長は微笑んだが、根岸部長の顔は強張っていた。自分の部下、しかも中卒の俺に50億の大商談が回ってきたことが、面白くないのだろう。

「ありがとうございます。精一杯頑張ります。」

そう答えた俺に、社長は満足そうに頷いた。しかし、根岸部長は納得がいかない様子で、何か言いたげに口を開きかけては閉じていた。

それからというもの、根岸部長の俺に対する当たりは、以前にも増してきつくなった。些細なミスを執拗に責め立て、周囲の前で恥をかかせることも増えた。だが、俺は耐えた。50億の商談を成功させることこそが、中卒の俺に対する最大の証明になると信じていたからだ。

資料作成には、これまでの経験と知識を全て注ぎ込んだ。徹底的に市場調査を行い、A社のニーズを分析し、自社の強みを最大限に活かしたプレゼンテーションを構築した。休日も返上して、何度もシミュレーションを繰り返した。その甲斐あって、本番当日を迎える頃には、自信を持って臨める出来栄えになっていた。

迎えた商談当日。会議室にはA社の役員らがずらりと並んでいる。俺は深呼吸を一つして、プレゼンテーションを開始した。

「弊社の提案を説明させていただきます。まず、貴社の課題は……」

だが、始めて数分後、根岸部長が突然口を挟んできた。

「ちょっと待て。その説明では、弊社の強みが強調されすぎているんじゃないか?」

明らかな妨害だ。根岸部長は、俺に恥をかかせるために、わざとタイミングを見計らって発言したのだ。だが、俺は動じなかった。

「ご指摘ありがとうございます。ここはあくまで導入部分であり、次に詳しく説明いたします。続けさせていただきます。」

そう言って、俺はプレゼンの続きを始めた。だが、根岸部長は何度も何度も口を挟んできた。挙句の果てには、俺の説明を遮って、自分が話し始めてしまった。

「弊社としての考えを申し上げますと……」

俺は黙って根岸部長の話を聞いていたが、彼の説明は支離滅裂で、A社のニーズを全く捉えていないものだった。案の定、A社の役員たちは困惑した表情を浮かべている。

「……以上でございます。いかがでしょうか?」

根岸部長が説明を終えると、A社の役員が口を開いた。

「……うーん。話が少し混乱しているように感じました。すみませんが、最初からもう一度、久保田さんに説明していただけませんか?」

その言葉に、根岸部長の顔が一瞬で青ざめた。俺はゆっくりと立ち上がり、プレゼンテーションを最初からやり直した。今度は、先ほどよりもさらに明確に、A社のニーズに合わせた提案を展開していく。

「先ほど申し上げた弊社の強みは、単に製品の品質だけでなく、アフターサポートの充実にもあります。ここで、具体的な実績をご紹介します……」

俺の説明が進むにつれて、A社の役員たちの表情が次第に真剣なものへと変わっていった。質疑応答が始まると、俺は一つ一つ丁寧に回答していく。その全てが、これまで培ってきた経験と知識に裏打ちされたものだった。

「――ありがとうございます。非常に有益なご提案をいただきました。早速、社内で検討させていただきます。」

そう言って、A社の役員たちは席を立った。商談自体は、結果を持ち越しとなったが、手応えは確かにあった。

ほっと一息ついた俺のところに、根岸部長が怒りを露わにして近づいてきた。

「お前、俺の説明を邪魔しやがって。あの場で俺の話を途中でぶった切るなんて、いい度胸だな。」

「申し訳ございません。ですが、部長の説明ではA社のニーズに合っていないと判断しました。商談を成功させるためには、最善の方法を取らせていただきました。」

「ふん。中卒のお前に何がわかる。どうせろくな結果は出せないんだ。見てろよ、後で後悔しても知らないからな。」

根岸部長はそう吐き捨てると、足音も荒く去っていった。

数日後、社長室から俺に呼び出しがかかった。何かと思って行くと、そこには満面の笑みを浮かべた社長がいた。

「久保田君!やったぞ!A社から正式に受注の連絡が入った!」

その知らせに、俺は一瞬言葉を失った。だが、すぐに深い安堵感が押し寄せてきた。

「A社の担当者が、君の説明を大変評価していたぞ。特に、弊社の強みを的確に伝えたところが決め手だったらしい。さすがだ!」

「……ありがとうございます。」

「いや、礼を言うのは私の方だ。君は、中卒だとか、そういう肩書きに惑わされず、自分の力を信じて頑張ってきた。この結果は、その努力の賜物だ。」

社長の言葉に、俺は胸の内で熱いものが込み上げてくるのを感じた。一方、その話を聞いた根岸部長の顔は、悔しさで真っ赤に染まっていた。これで、俺は中卒でもできるということを証明した。根岸部長が言った「やっぱり中卒は無能だな」という言葉は、完全に覆されたのだ。

だが、根岸部長が今後も以前と同じ態度で接してくるだろうことは、容易に想像できた。実際、受注の知らせから数日後、根岸部長は俺の仕事を妨害しようと、また何か画策しているようだった。

「おい、久保田。次はB社との商談の資料を作れ。見せてもらうぞ。」

根岸部長は、そう言って資料を投げつけてきた。明らかに、また恥をかかせるつもりでいるのがわかる。だが、今の俺には、もう彼の策略に屈する気はなかった。俺は自分の力で勝ち取った実績がある。その自信が、俺を強くさせていた。

「承知しました。しっかり準備します。」

俺はそう答え、机の上に積まれた資料へと目を落とした。根岸部長との闘いは、まだまだ続きそうだ。だが、今はそれでいい。俺は自分の信じる道を進むだけだ。いつか、この選択が正しかったと証明できるように。これからも、中卒という肩書きに負けずに、自分の力を示し続けていくつもりだ。

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