「お兄さん、帰ってもらえますか。中卒の最底辺の方なんて、場違いですから」――弟の結婚式で、新婦の父親にそう言われた瞬間、会場の空気が凍りついた。枯れた花束と、雑に置かれた名札。そこには、私の居場所はないと告げられていた。必死に働いて弟を大学まで行かせたのは、成功した貿易会社の社長として、こうして堂々と出席するためだったのに。新婦が笑顔のまま「もう亡くなったことにします」と続けた時、私は弟を見…

「お兄さん、帰ってもらえますか。中卒の最底辺の方なんて、場違いですから」――弟の結婚式で、新婦の父親にそう言われた瞬間、会場の空気が凍りついた。枯れた花束と、雑に置かれた名札。そこには、私の居場所はないと告げられていた。必死に働いて弟を大学まで行かせたのは、成功した貿易会社の社長として、こうして堂々と出席するためだったのに。新婦が笑顔のまま「もう亡くなったことにします」と続けた時、私は弟を見...

兄の結婚式で、新婦の父親が放った一言が、会場の空気を凍りつかせた。「お兄さん、帰ってもらえませんか。中卒の最底辺の方なんて、場違いですから」と。目の前に用意された席には、枯れた花束と、雑に置かれた私の名前の名札があった。それは、ここに私の居場所はないと、はっきりと告げるかのようだった。

新婦は華やかなドレス姿で、笑顔を絶やさず続ける。「お兄さんと家族になるのは嫌なので、もう亡くなったことにします。今後、二度と私たちの前に現れないでください」と。堂々と悪意を振りまく彼女の姿に、私の中で抑えきれない怒りが込み上げてきた。

言い返そうと口を開きかけたその時、彼女の背後に立つ男の姿が目に入った。拳を握りしめ、消えない怒りの色を顔に浮かべた、私の弟の正だった。

私の名は佐木竜介、35歳。貿易会社を経営し、成功を収めている。だが、ここに至るまで、決して楽な道ではなかった。幼い頃、両親を交通事故で失い、弟の正と二人、父方の祖母に育てられた。その生活は貧しく、周囲からは「今時珍しい」と後ろ指を刺されるほどだった。

そんな中、貿易会社を営む叔父が、ささやかながら私たちを支えてくれた。叔父は出張先の外国から手紙や絵葉書、土産を送ってくれ、見たこともない風景の写真は、私の心を明るくし、海外への憧れを膨らませてくれた。

高校進学を控えた15歳の時、私は進学しないと決断した。貧しさゆえに学校生活では不自由が多く、嫌な思いもしたからだ。その代わり、叔父の会社に頼み込んで就職した。中卒の社員は前例がなかったが、叔父や社員たちは温かく迎え入れ、育ててくれた。小さな仕事から始まり、人を率いることも学び、やがて海外出張に参加するまでになった。

「焦らなくていい。仕事のやり方は国によって違い、言葉も違う。それを自分で理解するんだ」と叔父は言った。その教えを胸に、私は懸命に働き、出世しながら、貯めた金で正を高校、そして大学へ進学させた。

「兄さん、俺だって働くよ。ここまでしてもらわなくても」と正は遠慮したが、私は「お前は優秀なんだ。やれることはやっておけ」と言って、大学に行かせた。正は経済学を学び、今ではすっかりエリートサラリーマンとして立派にやっている。

そんなある秋、私は久しぶりに帰国していた。珍しく年末年始まで日本にいられる、ゆったりとしたスケジュールを確保できたのだ。そして、そんなタイミングで正から電話があった。「兄さん、急で申し訳ないんだけど、俺、婚約したんだ」と。

婚約、そして年内中の結婚が決まったという報告に、私は驚きつつも嬉しかった。「なかなか話せなくて悪かったけど、とりあえず彼女に会ってみてくれないか」という正の言葉に、私は「もちろん」と応じ、彼女に会うことになった。

だが、その出会いが、まさかこんな結末を迎えるとは、夢にも思っていなかった。正の婚約者、美咲は、初対面の私に、最初からあからさまな敵意を向けてきた。正の前では優しく振る舞うのに、二人きりになると、見下すような態度で接してくる。

「正さんが、あなたみたいな兄弟を持って、かわいそうだわ」と美咲は言った。「中卒で、貿易会社の社長だか知らないけど、正さんとは釣り合わないのよ」と。

私は正に伝えるべきか迷ったが、正が幸せそうだから、と我慢することにした。私の存在が正の結婚の妨げになるなら、距離を置こうとも思った。

しかし、結婚式当日。新婦の父による冒頭の言葉で、私は全てを悟った。これは美咲だけでなく、彼女の家族ぐるみでの、私への敵意だったのだ。

「竜介さんは、今日のこの場にふさわしくない」と、新婦の父は続けた。「正君と美咲の未来のために、あなたには退場してもらう」と。

周囲の親戚たちは、私に同情の視線を送る者もいれば、冷ややかに見つめる者もいた。私はその場に立ち尽くし、何も言えなかった。正は何も知らない。彼はまだ、新婦の父の言葉を聞いていないのだ。

私は耐えきれず、その場を後にしようとした。だが、その時、正が私の前に立ちはだかった。「兄さん、待って」と。正の顔は、怒りで引きつっていた。

「今の言葉、もう一度言ってくれ」と正は新婦の父に向かって言った。「俺の兄に対する、その言葉を」と。

新婦が慌てて正の腕を掴む。「正さん、やめて。お父様の言う通りよ。あの人は、私たちの世界の人間じゃないの」と美咲は言った。

正は美咲の手を振り払い、私の方を向いた。「兄さん、俺は間違っていたのかもしれない」と。「この結婚、やり直すべきなのかもしれない」と。

その言葉に、会場がざわめき始めた。新婦の父が血相を変える。「何を言うんだ、正君。今さら、そんな話が通ると思っているのか」と。

正は新婦の父を睨みつけた。「通るかどうかではなく、俺がそう決めたんだ」と。「もういい。この話は終わりだ」と。

私は混乱していた。正は結婚を破棄しようとしているのか。私のせいで、正は大切なものを失おうとしているのか。

「正、やめろ。俺のことは気にするな」と私は言った。「お前が幸せなら、それでいいんだ」と。

正は首を振った。「違うんだ、兄さん。俺は気づいたんだ。この人たちは、兄さんを侮辱するような人たちだ。そんな人たちと家族になるなんて、できない」と。

その瞬間、新婦の美咲が怒鳴った。「正さん、本気で言ってるの!? 私を選ばないって言うの!? 」と。

正は静かに言った。「ごめん、美咲。でも、俺は兄さんを裏切れない」と。「俺をここまで育ててくれたのは、兄さんなんだ」と。

美咲はその場で泣き崩れ、新婦の父は怒りで震え始めた。そして、正は私の腕を掴むと、そのまま会場を後にした。

外に出ると、冷たい風が吹いていた。正は肩で息をしながら、私を見つめた。「兄さん、今までありがとう」と。「これからは、俺が兄さんを守るから」と。

私は何も言えなかった。ただ、目の前に立つ弟の姿が、誇らしかった。

その後、正は美咲との婚約を解消した。美咲の家族からは、慰謝料の請求や、職場への嫌がらせもあったと聞く。だが、正はそれに屈せず、自分の道を歩んでいった。

私と正は、あの日から、より強い絆で結ばれた。叔父が教えてくれたように、大切なものは、決して見失わない。そう強く思った。

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