玄関の叩きにダンボールが三つ。夜勤明けの朝十時、義母が笑いながら言った。「ここは母さんの家だ。嫌なら出てけ」夫は玄関を塞いだまま、動かない。私は泣かず、怒鳴らず、ただ「わかりました」と答えて、出てきた。坂を降りながら、二人が夕方には戻ると思っていることが分かった。でも、私は戻らない。あの家は私が積み立てで買った家なのに、夫は私を追い出して、義母と住み始めた。その上、私の知らないところで、リフ…

玄関の叩きにダンボールが三つ。夜勤明けの朝十時、義母が笑いながら言った。「ここは母さんの家だ。嫌なら出てけ」夫は玄関を塞いだまま、動かない。私は泣かず、怒鳴らず、ただ「わかりました」と答えて、出てきた。坂を降りながら、二人が夕方には戻ると思っていることが分かった。でも、私は戻らない。あの家は私が積み立てで買った家なのに、夫は私を追い出して、義母と住み始めた。その上、私の知らないところで、リフ...

玄関の叩きに私のダンボールが三つ、積まれていた。夜勤明けの朝十時、鍵を回した先にあったのは洋服や化粧品、通勤のカバン、水筒まで押し込まれた箱だった。どれも私の物で、どれも私が置いた場所にはなかった。廊下の奥から義母が出てきて笑った。「嫁に居場所なんてないわ」夫は玄関を塞いだまま動かない。私が泣くか、怒鳴るか、謝るか。そのどれかだと決めてかかっている顔だった。

私はどれもしなかった。「わかりました」そう答えて一番上の箱を抱えた。「え、本当に出てくの?」夫の声が揺れる。門を出て坂を降りた。二人は夕方になれば私が戻ると思っている。その見込みがどこで外れたのか。これはその話だ。

私は渡さや、三十五歳。青葉中央病院の病棟で働く看護師で、勤続十三年になる。二交代の夜勤が月に四、五回あり、前の日の夕方に病院へ入り、翌朝の九時過ぎに申し送りを終えて出てくる。家まで自転車で十五分。玄関を開けるのはいつも十時前後になる。結婚して渡になったのは二十七歳の時だ。結婚した年に母方の祖母が亡くなり、駅の南側にある古いアパートを一棟、私が相続した。「藤田」という名前だけが立派な木造の建物で、家賃は管理会社を通して月に三十二万入ってくる。現金もいくらか一緒に来たが、相続税と屋根の吹き替えで随分減った。独身の頃から給料の半分は手をつけないことにしていた。夜勤の手当ては全部そこへ回した。使わなかったのではなく、使う先を決めていなかった。それだけのことだ。その積み立てを七年前に一度だけ大きく崩した。

七年前の四月、岐阜の舅が倒れた。夫の実家は坂の途中の古い一軒家で、舅はそこで三十年暮らしていた。建てた時の住宅ローンがまだ千百五十万円残っていて、二階の北側の部屋は雨漏りが始まっていた。そこへ入院と治療の費用が重なった。舅は病室で言った。「この家を維持するのはもう厳しい。売って二人でアパートに移る」そう決めていた。筋の通らないことを嫌う人だった。それを義母のたき子が泣いて止めた。「私は絶対にここを離れたくない」その一言で話は止まった。売れば金は片付くが、義母は動かない。舅は黙って天井を見ていた。「それなら私が買い取ります」言ったのは私だった。自分でも後から何度か考えた。あの時黙っていれば、私の七年は丸ごと別のものになっていた。ただあの病室で泣いている人を、放って帰れなかった。夫のシ太には決めてから話した。「え、買うの?お前が?」「うん。お父さんに話してある」シ太はテレビの画面を見たままだった。「ふうん。まあいいんじゃない?」それだけだった。

三千二百万円の買い物について、夫が言ったのはそれだけだ。反対もしなかったし、一緒に来るとも言わなかった。あの時の私は、任せてもらえたのだと思うことにした。話はそこから早かった。不動産会社に間に入ってもらい、近くで売れた家の値段を並べて三千二百万円という価格を決めた。安くもなく、高くもない。舅が身内だからという理由で、義母は最後まで「高い」と言い続けた。私は何も言わなかった。ただ、ローンを組む代わりに、自分の積み立てから全額を出すことにした。義母は納得しなかったが、舅が「さやの言う通りにしろ」と一锤定音を下した。

それから七年、私はその家のローンもない、持ち家の一軒家に住んでいた。舅は三年前に亡くなった。義母は一人でその家に住み続けた。私と義母の関係は、悪くなかった。舅がいた頃は特に。舅は私を「さや」と呼び、仕事の話にも耳を傾けてくれた。義母は「おばさん」と呼ばれると嫌がったが、「お母さん」と呼ぶと機嫌が良かった。私はそれが面倒で、なるべく呼びかけを避けていた。舅が亡くなってから、義母は変わった。家の中の物を勝手に処分するようになった。台所の鍋、食器棚の皿、私が買ったカーテンまで。「私の家だから、私が決める」と、義母は言った。私はその度に黙った。舅が買ってくれた家だから、舅が決めたことだから、私は我慢した。シ太は何も言わなかった。テレビを見て、ビールを飲んで、寝るだけの生活が続いた。

そして、あの朝が来た。ダンボール三つの中身は、私の全てだった。義母は笑いながら言った。「ここは母さんの家だ。嫌なら出てけ」私は「わかりました」と答えた。それだけだった。泣きもせず、怒鳴りもせず、謝りもしなかった。玄関を出る時、シ太は声をかけてきた。「おい、ちょっと待てよ」私は振り返らなかった。門を出て坂を降りた。自転車には、ダンボール三つを縛り付けた。駅の南側にある「藤田」という名前の古いアパート。そこが私の帰る場所だった。管理会社に電話をして、空いている部屋を確認した。二階の角部屋、六畳一間。私はそこに住むことにした。自分のアパートなのに、私は「借りる」という形にした。管理会社の担当者は「オーナー様が借りるというのは初めてです」と笑った。私は笑えなかった。ただ、このアパートが私の唯一の居場所になった。

その日の夕方、携帯に知らない番号から電話が来た。市内のリフォーム会社からだった。「渡さや様のお電話でよろしいでしょうか?」「はい」「恐れ入りますが、先日ご自宅の方でお伺いした件なのですが」私は首を傾げた。「ご自宅?どういうことですか?」相手は少し戸惑いながら言った。「三日前に、ご主人様からご連絡をいただきまして。お宅のリフォームの見積もりを、と言われたんです」私はスマホを握りしめた。「リフォーム?うちの家を?」「ええ。お風呂とキッチンの全面改装で、大体八百万円ほどの見積もりで」私は息を飲んだ。シ太が、私の家を勝手にリフォームしようとしている。私の知らないところで、私の家を。相手は続けた。「ご主人様からは、奥様には内緒で、と指示がありまして。今日はご連絡がつながったので、確認させていただきました。ご都合はいかがでしょうか?」私は答えなかった。ただ、電話を切った。あの家は私が買った家だ。私の積み立てで買った家だ。なのに、シ太は私を追い出して、義母と一緒に住み始め、私の家をリフォームしようとしている。私は震えながら、もう一度管理会社に電話をした。「あの家の名義を教えてください」担当者は言った。「渡さや様の名義になっています」私は確定した。シ太は、私を追い出して、私の家を乗っ取ろうとしている。私は義母に電話をした。「お母さん、家のことですけど」義母は笑った。「あら、さや。もう出て行ったのに、何の用?」「あの家は私が買った家です」「何言ってるの。あの家は私の家よ。舅が残してくれた家。それに、シ太が決めたことだから」私は電話を切った。二人は最初から、そのつもりだったのだ。私を追い出すために、舅が決めたことを無視して、私の七年を無駄にしようとしている。私は決めた。あの家を売る。今すぐ。自分の名義の家を、自分の手で手放す。それが私なりの答えだった。そして、そのための書類を、私はこれから取りに行く。弁護士に。あの二人が、私の家を知らない人に売って、どんだけ驚くか。私はその顔が見たかった。

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