「無能は留守番」――たった一文字の違いで、人生が変わるときがある。孫娘が泣きながら差し出した紙切れに、私は怒りで拳を震わせた。50年前、私の上司が同じ言葉を私に投げつけたことがある。あの日、私は何も言い返せなかった。だが、今回は違う。私は今、この会社の社長だ。大切な孫にひどい仕打ちをした者には、きっちりとお灸を据える。井上、お前のその態度――どれほどの代償を払うことになるか、思い知れ。…

「無能は留守番」――たった一文字の違いで、人生が変わるときがある。孫娘が泣きながら差し出した紙切れに、私は怒りで拳を震わせた。50年前、私の上司が同じ言葉を私に投げつけたことがある。あの日、私は何も言い返せなかった。だが、今回は違う。私は今、この会社の社長だ。大切な孫にひどい仕打ちをした者には、きっちりとお灸を据える。井上、お前のその態度――どれほどの代償を払うことになるか、思い知れ。...

玄関を開けた瞬間、泣き腫らした赤い目をした孫娘が立っていた。
「どうしたんだ?旅行に行ったんじゃなかったのか?」
社員旅行を楽しみにしていたはずのひろが、出発から1時間も経たないうちに家の前にいる。驚きと不安が入り混じる中、彼女は震える手で1枚の封筒を差し出してきた。
中を確認すると、そこには乱雑な字で「無能は留守番」と書かれた紙切れが入っていた。
「誰がこんなことを…」思わず拳を固く握りしめる。涙で震える大切な孫娘の姿に、静かな怒りが沸き上がる。
そして彼女が絞り出すように口にした言葉で、すべてを理解した。
「…旅行のメンバーから外されて、『お前は留守番しろ』って…」
職場の上司が、彼女にこんな仕打ちをしたのだ。
俺は携帯を掴み、深く息を吸い込んだ。
「大丈夫だ。安心しろ。おじいちゃんがきっちり決着をつけてやる」

俺の名前は高木誠。現在70歳で、とある企業の社長を務めている。年齢的にはそろそろ引退する年なのかもしれないが、俺は今この仕事に情熱を燃やしていて、もう少し社長を続けたいと思っている。日々忙しいが、とても充実していると感じる毎日だ。
「おじいちゃん、お母さんから煮物を預かって持ってきたよ。冷蔵庫に入れていい?」
ちょうど帰宅したタイミングで、孫のひろが自宅に寄ってきた。近所には娘夫婦が住んでおり、こうして孫のひろが時々立ち寄ってくれる。俺が日々忙しく仕事をしているのを知っているからか、娘は気を利かせておかずを分けてくれるのだ。
俺は妻を10年前になくし、今は一人暮らしであるため、娘には多少心配をかけているのだろう。孫のひろも嫌がることなく頻繁に顔を見せてくれるので、俺としてはとても嬉しい限りだ。
ひろは今、俺が社長を務める会社の社員として働いている。真面目で優しいひろは、他の人に気を使わせたくないからと素性を隠して、他の社員と同様に入社試験を突破して入ったのだ。
ひろは外孫で「岡田ひろ」と苗字も俺とは違うことから、現時点では社内の誰にも気づかれていないようである。
「おかずありがとうな。冷蔵庫へ置いといてくれ。後で食べるよ」
「うん。また作って欲しいものがあったら言ってねって、お母さんが言ってたよ」
「助かるなあ。おじいちゃんがありがとうって言っていたと伝えてくれ」
娘夫婦もひろも俺のことを気にかけてくれていて、俺はとても幸せ者だ。
「そうだ。おじいちゃん。明日仕事で本社の近くに行く用事があるんだ。帰りどこかで一緒にご飯食べたいな」
ひろは帰る前に俺に声をかけてくれる。可愛い孫に食事に誘われて嬉しくないはずがない。
「おお、もちろんた。ひろが終わる時間に合わせて、俺も会社を出よう」
「ありがとう。楽しみ。じゃあまた終わる時間連絡するね」
そう言ってひろは俺に笑顔を見せ、自宅へ帰って行った。

翌日、いつも通り仕事をしているとひろからメッセージが届いた。仕事は順調に終わりそうなので、18時頃には合流できそうだとのことだ。俺は仕事を手早く終え、お気に入りの天ぷら屋へ予約の電話を入れる。俺はひろが小さい頃から何度かこの天ぷら屋を利用してきた。接待向きの店ではあるが、仕事ではなくプライベートだけで利用すると決めている。ゆっくり過ごせるいいお店なのだ。
ひろに店の場所を返信し、仕事を終えた俺は天ぷら屋に向かった。

店に着くと、先に来ていたひろがテーブルで待っていた。しかし、その顔はさっきまでとは違い、どこか曇っているように見えた。
「どうしたんだ?疲れているのか?」
「…ううん、大丈夫」
そう言うものの、ひろの目は赤く、頬には涙の跡があった。何かあったのかと問い詰めると、ひろはうつむいたままポツリと話し始めた。
「実は…今日の仕事帰り、上司に呼び出されて…」
「上司に?何て言われたんだ?」
「急に『明日からしばらく出張先の応援に入ってくれ』って言われて…。でも、それって他の部署の仕事だし、私が行く必要ないと思うんです…」
ひろの声は震えていた。彼女は真面目で優しい性格だからこそ、断れずに押し付けられているのだろう。
「そんなの無視していい。お前は俺の会社の社員だ。誰がそんな指示を出したんだ?」
「…課長の井上さんです」
井上。確かに入社して5年ほど経つ社員で、仕事はできるが、パワハラ気質があると噂を聞いたことがある。まさか、うちの孫に手を出しているとはな。
「明日、俺から井上に話を通しておく。お前は気にしなくていい」
「でも…おじいちゃんに迷惑かけたくないし…」
「迷惑だなんて思ってない。お前は大事な孫だ。それに、会社の人間としても、それは間違った指示だ。きちんと正すべきことは正す」
俺の言葉に、ひろは安心したのか少しだけ笑顔を見せた。だが、その裏で俺の怒りは頂点に達していた。
――井上。覚えておけよ。

翌日、俺は本社へ向かった。井上を呼び出し、会議室で話をすることにした。
「井上君。ちょっと話がある」
「社長…何でしょうか?」
井上は何も気づいていない様子で、軽い態度で入ってきた。
「昨日、君が岡田ひろに指示を出したそうだな。出張先の応援に行けと」
「ああ、それは…人員の調整でして。他の部署が忙しいみたいなんで、手伝ってもらおうかと」
「その指示は、彼女の業務範囲外だろう。なぜ、彼女を選んだんだ?」
「それは…まあ、彼女が一番手が空いていそうだったので」
井上のいい加減な答えに、俺の怒りはさらに強くなる。
「手が空いていそう?彼女は仕事をきちんとこなしている。それは俺も把握している。だが、君のその判断は、単なる暇つぶしの指示に見えるが?」
「いや、そんなつもりは…」
「つもりじゃなくて、事実だ。それに、君は彼女を呼び出して、怯えさせたそうだな。それはどういうつもりだ?」
井上の顔色が変わる。
「あの…それは…」
「彼女が誰か知らないかもしれないが、岡田ひろは俺の孫だ」
その言葉に、井上は一瞬で青ざめた。
「え…!? 社長の…お孫さんですか…!? 」
「そうだ。お前が、俺の孫にパワハラまがいのことをしていたのか」
「い、いや…そんなつもりじゃ…!」
「つもりじゃない?ならば、なぜ彼女にだけ仕事を押し付けたんだ?他の社員にはしないような指示を、なぜ彼女にした?」
井上は何も言えずにうつむく。そこで俺はさらに踏み込んだ。
「お前の態度には、前々から懸念があった。社員への対応が雑だという噂も聞いている。今回の件で、それが裏付けられた」
「申し訳ありません…。本当に…」
「謝るのは俺じゃない。岡田ひろに対して、きちんと謝罪しなさい」
「はい…」
「そして、今後は二度とこのようなことがないようにしてもらう。もしまた同じようなことがあれば、その時は人事の話も考慮するぞ」
井上は青ざめた顔で何度もうなずいた。

その後、俺はひろを呼び出して、井上から謝罪を受けたことを伝えた。
「もう大丈夫だ。あいつも反省している」
「…おじいちゃん、ありがとう。でも、やっぱり私なんかのために…」
「そんなこと言うな。お前は大事な家族だ。それに、会社の社長としても、ああいう行為は許せない」
ひろは目を潤ませながらも、しっかりと頷いた。

数日後、井上は自らひろに謝罪をしたようだ。そして、それ以降は井上の態度も改善され、社内の雰囲気もよくなったという。
何事もなく平穏な日々が戻り、ひろはまた笑顔で俺の家に游びに来てくれるようになった。
「おじいちゃん、また煮物持ってきたよ」
「おう、ありがとうな」
俺はその笑顔を見て、改めて思う。
――家族を大切にすること。それが何よりも大事なことだと。

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