朝、会社のパソコンを開いた瞬間、俺は凍りついた。十年間積み上げてきた営業資料が、顧客データが、すべて消えていた。高卒の俺を追い出そうと、新しい部長が偽の退職メールまで一斉送信していたのだ。「高卒の分際で」と嘲笑う上司に、俺は何も言い返せなかった。それでも一つだけ、奴が知らないことがある。俺の祖父が、この会社の土地の持ち主だということ。そして俺は、祖父の後継者候補として修行中の身だということを…

朝、会社のパソコンを開いた瞬間、俺は凍りついた。十年間積み上げてきた営業資料が、顧客データが、すべて消えていた。高卒の俺を追い出そうと、新しい部長が偽の退職メールまで一斉送信していたのだ。「高卒の分際で」と嘲笑う上司に、俺は何も言い返せなかった。それでも一つだけ、奴が知らないことがある。俺の祖父が、この会社の土地の持ち主だということ。そして俺は、祖父の後継者候補として修行中の身だということを...

朝、出社すると同僚たちの視線がいつもより冷たかった。挨拶しても目をそらす者もいる。何かあると直感した俺は、デスクに座りパソコンを起動した。しかし、画面はまっさらだった。顧客データも、商談の記録も、十年来積み上げてきた営業資料も、すべて消去されていた。パソコンは完全に初期化されていたのだ。

隣の後輩が声をかけてくる。「川端さん、引き抜かれるんですか? 成績トップのあなたが辞めるって、そういうことですよね」

「辞めるなんて言った覚えはないよ」と俺は答える。すると後輩は、自分のモニターに映る一通のメールを指さした。そこには、俺の名前で送信された退職の挨拶メールが表示されていた。書いた覚えはない。一斉送信されていたそれは、俺を追い出すための罠だった。

俺を陥れたのは、学歴主義を掲げる新上司の西浦部長。高卒であることを理由に、俺を重要案件から外し、「補助業務でいい」と切り捨てた男だ。西浦は、俺が現場で築いてきた信頼や実績を何も評価しない。いや、評価できない。最初から排除するつもりでいたのだ。

高卒の俺を辞めさせるために、退職メールまで偽造するとは、とうとうそこまでやるか。俺は怒りで手が震えた。そのとき、祖父の言葉が頭をよぎる。祖父は不動産管理会社を一代で築き上げた人物で、俺を後継者候補として育ててきた。そして「後継者には幅広い経験が必要だ」と、俺を身分を隠してこの会社に修行に出したのだ。壺会長との約束は「特別扱いは一切受けるな。自分の力だけで評価を勝ち取れ」だった。だから十年間、俺は素性を隠し、ただ現場を駆け回って実績を作ってきた。その結果、営業成績トップを維持している。

だが疑問だ。なぜ西浦は、自らの立場を危険に晒すような愚行に出たのか。もしや、俺の正体を探り当てたのか。それとも、ただの慢心か。いずれにせよ、俺はこの侮辱を黙って受け入れるつもりはなかった。

俺は静かに、しかし確実に動き始めた。まず、消されたデータの中に、俺しか知らない重要な記録があることを確認する。それは、祖父の会社がこのビルの土地の所有者であるという事実だ。そう、西浦は知らないだろう。このオフィスの土地が、誰のものかを。いや、それだけではない。俺が単なる高卒の営業マンではないことを、奴は知らない。

西浦の策略を打破するための準備を、俺は淡々と進めた。資料を取り戻し、証拠を集め、次の一手を読んだ。そして、ある日の役員会議の場で、俺は告発することを決意した。「西浦部長による不正な人事操作と、私の業務データの消去について、報告します」

会議室は静まり返った。役員たちが一斉に俺を見る。西浦は青ざめていた。実際、奴は信じられないような失態を犯していた。大切な書類を粗末に扱い、約束を守らない。そんな男が、会社を動かしている。俺は報告書を読み上げた。西浦の不正の証拠、そして、この会社の土台である土地が誰のものかを示す登記簿の写しも添えて。

しかし、西浦はそれでも開き直った。「高卒の分際で、よくもそんな真似ができたな」と吐き捨てる。だが、壺会長が重々しく口を開いた。「川端君の報告を、どう受け止める?」

その言葉を皮切りに、状況は一変した。役員たちがざわめき、西浦の顔色がみるみる変わる。俺はこれまで人間関係を築いてきた。いや、会長が動いたのだ。西浦の独走は、終わりを迎えようとしている。俺は拳を握った。この日のために、資料を整理し、証拠を固めてきた。祖父の教えを実践してきたことが、今、報われる瞬間だ。

その後、西浦は不正が発覚し、部長の座を追われた。反対に俺は、成績を評価され、重要なプロジェクトに抜擢されることになる。ただ、驚くべきことは、祖父の会社の秘密が明らかになった後も、俺はあえて表立った地位を望まず、これまで通り自分の力で仕事を続ける道を選んだことだ。学歴なんかで人は測れない。それを証明したかったのは、誰でもない、自分自身だった。

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