「この部品、高すぎるだろ。ぼったくりか。」
そう言って値段にケチをつけてきたのは、取引先である大手部品メーカーの二世社長のバカ息子だった。こっちは何年もかけて開発した高性能の物体検知装置を見せているのに、彼は一目見ただけで「こんなもん、うちでも作れるわ」と吐き捨てた。
「もうお前のところの製品は要らないから」と一方的に契約解除を言い渡されて、俺は思わず言い返した。「ちょっと待ってください。そっちは下請けなんだから、決定権なんてないはずでしょ?」
でも彼は聞く耳を持たなかった。
「本当にいいんですね?この装置が特許を取得しているのをご存知ですか?」
その言葉の意味に気づかなかったバカ息子は、後日、泣きつくように謝罪に来る。だが、その時にはもう全てが手遅れだった。
俺の名前は山口大輔。自動車部品の製造メーカーで働いている。昔から車が大好きで、子どもの頃はミニカーを集め、小学生になればプラモデルを組み立てては、自分で作った車が走り出す姿に感動してきた。その頃から俺の夢は自動車を作ることだった。大学の工学部を出て、今の会社に入社してからも、夢中で仕事に励んだ。初めて自分の作った部品で車が動いた時は、感動して泣いてしまった。そのことは今でも先輩たちにからかわれている。
気づけば入社して20年。40歳になった俺は、この会社で研究者であり開発者であり、責任者という立場にもなっていた。うちの会社は社員100人ほどの小さな街工場だが、それぞれが部品製造に熱い思いを持ち、特許を取った製品を開発した社員が何人もいる。俺はこの会社が大好きだった。
自動車産業は活発で、まさに戦争のような開発競争が繰り広げられていた。相手は何百人もの社員を抱える大手企業ばかり。でも俺たちは少数精鋭で、小さな希望を胸に戦っていた。そんな中で俺はついに結果を出した。新しい物体検知装置。それまでの製品とは精度が段違いで、特許も取得した。
これからの自動車産業は自動運転が主体になる。その未来において、この装置は大きな武器になるはずだった。社員みんなが喜んでくれた。あの泣き虫だった山口がなあ、と喜んでくれた先輩が今は泣き虫になっていた。取引先の西野社長も「本当に素晴らしいものを作ってくれた」と褒めてくれた。
そんなある日のことだった。
「こんにちは」
突然、俺より少し年下ぐらいの男性が会社を訪ねてきた。
「えっと、どちら様ですか?」
そう尋ねた俺に、彼は名刺も出さずにこう言った。「うちの会社の部品、高すぎるんだよ。もういいわ。お前んとこ、切るわ」
二世社長のバカ息子だった。技術も知識もないくせに、親の会社を継いだ途端に横柄になった小僧。彼は俺たちの開発の苦労も、特許の価値も、何も分かっていなかった。
「この装置が特許を取得していることを、分かっているんですか?」
俺のその言葉に、彼は「はあ?」と鼻で笑っただけだった。契約解除は一方的に成立し、俺たちは取引を失った。だが、本当に痛い目を見たのは彼のほうだった。
後日、彼は頭を下げて謝罪に来た。「すみませんでした。うちの会社、もうやばいんです。何とかしてください」
特許を取得した俺たちの装置なしでは、彼らの会社は競争に耐えられなかったのだ。だが、そう言って謝られても、もう遅かった。契約を解除した時点で、俺たちの技術は彼らのものではなくなっていた。彼が何度謝っても、こちらに非はない。むしろ、彼の無知と傲慢がすべてを台無しにしたのだ。



