夫の葬儀の2日後、義両親が私の家に押しかけてきた。「お前は物置きで食事しろ」と義父は笑いながら言い、義母は「納豆以外は食わせない」と付け加えた。私は呆然と立ち尽くすしかなかった。あれだけ優しかった夫が、なぜこんな家族のもとに生まれたのか。そして数日後、私は夫の遺品の中から一通の手紙を見つけた。そこには、夫が私に隠していた衝撃の真実が書かれていた。私はその手紙を握りしめ、電話を手に取った。…

夫の葬儀の2日後、義両親が私の家に押しかけてきた。「お前は物置きで食事しろ」と義父は笑いながら言い、義母は「納豆以外は食わせない」と付け加えた。私は呆然と立ち尽くすしかなかった。あれだけ優しかった夫が、なぜこんな家族のもとに生まれたのか。そして数日後、私は夫の遺品の中から一通の手紙を見つけた。そこには、夫が私に隠していた衝撃の真実が書かれていた。私はその手紙を握りしめ、電話を手に取った。...

葬儀の2日後、義両親が荷物を抱えて私の家に押しかけてきた。夫・吉とを亡くしたばかりで何も考えられない私に、義父はニタニタと笑いながら言い放った。「お前は物置きで食事しろ」。義母も追い打ちをかける。「納豆以外は食わせない」。軽い口調だった。まるで冗談を言っているかのように。

私は37歳。ホテルのレストランで調理を任されている。細かいことにこだわらない性格で、嫌なことがあっても「まあいっか」と切り替えて生きてきた。何より食べることが好きで、その道を選んだ。夫の吉ととは8年間、穏やかに暮らしてきた。子供はいないが、2人で過ごす時間に不満はなかった。

義父は私の腕を掴み、外へ引っ張り出した。抵抗する力もなかった。かつて吉とも、こんな風に無理やり連れ回されたのだろうか。庭に放り出され、靴を履く暇すらなかった。足元の砂利の感触がやけに鮮明だった。義母が何かを投げてよこす。地面に落ちて軽い音を立てた。納豆だった。

私はそれをじっと見つめていた。何も考えられない。頭の中は空っぽで、目の前で起きていることが現実だと理解できなかった。ただ立っていることしかできなかった。吉とがいない今、私はこの家でどう生きていけばいいのか。それなのに、義両親は私を家族として扱う気など微塵もない。

翌日、私はホテルに出勤した。厨房に立つと、いつものように仕込みから始める。同僚は気遣うように声をかけてくるが、私は「大丈夫です」と笑って返した。でも、手は震えていた。まな板の上で包丁を握る指が、うまく動かない。それでも仕事をこなす。減価と利益のバランスを考え、食材を無駄にしないように記録を取る。私の習慣だ。この習慣が、いつか何かを変えるとは思ってもいなかった。

一週間後、義両親がまた来た。今度は私の給料を管理すると言い出した。「お前の稼ぎは全部よこせ」。義父はそう言って、私の銀行の通帳を要求した。私は断った。すると義母が冷たく笑った。「吉とはお前のせいで死んだんだ」。その言葉が、心の奥に突き刺さった。

私はもう黙っていられなかった。義両親の行動を記録し始めた。日付、時間、言われたこと。すべてメモに残した。何のためにしているのか、自分でも分からない。でも、何かがおかしい。このままでは終われないという直感だけがあった。ある日、私は古い段ボール箱を押し入れの奥から見つけた。夫の遺品だ。中を開けると、そこには思いもよらないものが入っていた。義両親が吉とを脅していた証拠の数々。金銭のやり取りの記録。借金の形跡。そして、吉とが書いた一通の手紙があった。

私はその内容を読んで、声を上げることもできなかった。夫は独身の頃から義両親に搾取されていた。給料のほとんどを奪われ、自由も奪われていた。それなのに、私には何も言わなかった。守ろうとしてくれていたのだ。私は拳を握りしめた。もう、これ以上は許さない。義両親に立ち向かうことを決めた。冷静に、確実に、彼らの不正を明らかにするために。私はその手紙を鞄にしまい、電話を手に取った。

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