有給休暇を取って出社した朝、部長が得意げに言った。「お前のデスク、汚れてたから片付けておいたぞ。」
デスクを見ると、確かに綺麗になっている。しかし、その瞬間、俺の血の気は引いた。
「試作品は? 休暇の前日に完成させた試作品を、ここに置いておいたはずです!」
慌てて尋ねる俺に、部長は笑いながら言った。「ああ、あれか。清掃員に回収してもらったよ。どうせゴミだろ?」
俺は長年かけて開発してきた新商品を、たった一言で「ゴミ」と切り捨てられた。
……もう、我慢の限界だった。
「ふざけないでください!」
「お前、上司に向かってその口の聞き方は何だ?」
部長は激怒し、その場で首を宣告してきた。
だが、俺だって後には引けない。
毎日の嫌がらせにも、もううんざりしていた。
「首でも何でも、勝手にしろ。」
そう言い放ち、何もなくなった引き出しを見つめながら、俺は退職を決意した。
この後、どうなろうと知ったことではない。
部長が自分のしたことを、自らの身で償うことになるとは、この時はまだ知らなかった。
俺の名前は山田孝太郎。大学卒業後、建設資材の開発を手がけるメーカーに就職し、商品開発の仕事をしている。
子供の頃から人見知りで口下手だった俺は、外で遊ぶより家でゲームをしたり、静かに本を読んだりするのが好きだった。
両親はそんな俺を心配して、休日になると海や山、遊園地や展望台へと連れ出してくれた。
「ほら、これは父さんが建てた展望台だよ。」
建築関係の仕事をしていた父の影響で、俺は建築学を学び、卒業後は建築素材の研究に没頭するようになった。
真面目で粘り強い性格を生かして、日々新商品の開発に取り組んでいた。
入社して5年が経った頃のことだ。
朝一番、いつものように開発部に罵声が響いた。
「おい、寝くら! また机にかじりついてるのか? 新商品はできたのか?」
この声の主は、本社から出向してきた再木部長だ。
「いえ、あの……もう少し時間が……」
「なんだお前。『もう少し』しか言えないのか? まったく、底辺大学の出身は仕事が遅いな。」
再木部長は自分が有名大学を卒業したことを自慢に、半年間、毎日こうして俺や部下を見下し、からかっていた。
出向してきた日の挨拶も、こうだった。
「私は本社の幹部候補として、ここで経験を積むために来た。どうかその点をわきまえて接してほしい。」
社員たちは、その傲慢な態度に誰もが顔を曇らせたが、誰も逆らえずにいた。
だからこそ、俺の我慢は限界に達していた。
「新商品の完成度は、まだ90%です。もう少し改良を加えれば、必ずいいものができます」
そう説明しても、部長は鼻で笑うだけだった。
「90%? 完成していないものを、なぜ報告するんだ? そんなものはゴミと同じだ。」
その言葉に、俺は何も言い返せなかった。
休暇を取った日の前日、俺はようやく試作品を完成させた。
デスクの上に置き、翌日に最終チェックを行うつもりだった。
しかし、休暇から戻ってきた朝、デスクは綺麗に片付けられ、試作品は消えていた。
「部長、試作品はどこですか?」
「ああ、あれか。清掃員に回収してもらったよ。どうせゴミだろ?」
俺の中で、何かがプツンと切れた。
「ふざけるな! あれは、俺が何年もかけて開発してきた商品だ!」
「お前、その口の聞き方は何だ? 首だ、首!」
「首でも何でも、勝手にしろ!」
その場で退職を決めた俺は、何もなくなったデスクの引き出しを開けた。
すると、そこには俺が入社した時に書いた一枚の誓約書が残っていた。
「私は、会社の機密情報を外部に漏らさないことを誓います。」
その紙を見つめながら、俺は思った。
……機密情報ね。ならば、あの試作品を勝手に捨てた部長は、どうなるんだ?
俺は退職届を提出し、その足で総務部へ向かった。
「再木部長が、開発中の試作品を許可なく廃棄しました。あれは、会社の重要な機密情報です。」
総務部の担当者は、すぐに書類を確認し始めた。
「本当だ……その試作品は、次期主力商品として登録されている。これは、重大な問題だ。」
数日後、再木部長は本社へ呼び戻された。
そして、取締役会の席で、こう言われたそうだ。
「お前が捨てた試作品。あれを開発した社員は、すでに退職した。責任をどう取るつもりだ?」
再木部長は、何も言い返せなかった。
結局、再木部長は降格処分となり、関連会社への出向を命じられた。
そして、俺は新しい会社で、あの試作品の開発を再開した。
今度は、誰にも邪魔されない場所で。
俺は、再び机に向かう。
今度こそ、あの商品を完成させる。
部長に「ゴミ」と呼ばれた試作品を、世界に認めさせてやる。
それが、俺にとっての最高の復讐だ。



