83歳の誕生日、私は庭で倒れた。両足が動かず、必死に実の息子へ電話をかけた。ところが、その先で待っていたのは「今から温泉旅行なんだ。じゃあね」という無慈悲な一言と、嫁の「早く行こうよ」という催促の声だった。25年間、私は彼らのために働き、貯めたお金を1000万円以上も注ぎ込んできた。なのに、倒れた私を見捨てて旅行に行くなんて。病室に現れた二人は、お土産の箱と共に私の財産を見定めるような目をし…

83歳の誕生日、私は庭で倒れた。両足が動かず、必死に実の息子へ電話をかけた。ところが、その先で待っていたのは「今から温泉旅行なんだ。じゃあね」という無慈悲な一言と、嫁の「早く行こうよ」という催促の声だった。25年間、私は彼らのために働き、貯めたお金を1000万円以上も注ぎ込んできた。なのに、倒れた私を見捨てて旅行に行くなんて。病室に現れた二人は、お土産の箱と共に私の財産を見定めるような目をし...

病院の冷たいベッドの上で、私は天井のシミを数えながら、あの電話のことを考えていた。83歳の私が庭で倒れ、両足の激しい痛みに耐えながら、必死の思いで息子の竹夫に電話をかけた。ところが、電話の向こうから聞こえてきたのは、温泉旅行の賑やかな音楽と、嫁のレイナが「早く行こうよ」と急かす声だった。「お願い、足が動かないの」「悪いけど、今から温泉旅行なんだ。じゃあね」——無慈悲な通話終了音が、私の全てを奈落の底に突き落とした。

これまで私はあの子たちの願いを聞かない日はなかった。結婚祝いに200万円、家のローンに500万円、レイナの店舗資金に300万円。夫の正一と二人で必死に働き、節約して貯めた大切なお金を、総額1000万円近くも渡してきた。その結果がこれだ。冷たい地面の上で意識が遠のく中、私は自分がどれほど愚かだったのかを痛感していた。

倒れてから5日後、温泉旅行を満喫した竹夫とレイナが、お土産の箱を片手に病室へやってきた。「やあ、母さん、大変だったんだって」——悪びれる様子もなく、私の財産を値踏みするように病室を見回すレイナ。その顔を見た瞬間、私は固く決意した。もう、この人たちには一銭も渡さない。

私の名前は夏。83歳。長年保育士として働き、退職後はこの家でお茶と花を楽しみながら穏やかな老後を送ってきた。15年前に最愛の夫を失ってからは、一人息子の竹夫だけが私の頼りだった。正一が残してくれたこの家と、二人で築いた財産を守りながら、ただひたすら竹夫の幸せだけを願って生きてきたのだ。

竹夫は私の自慢の息子だった。幼い頃から真面目で、有名な大企業に就職し、12年前にレイナと結婚した。レイナは美容関係の仕事をしている華やかな女性で、初めて会った日から私との間には見えない深い溝があった。私が心を込めて入れたお茶を一口飲んだだけで「私、コーヒー派なんですよね」と興味なさそうに湯のみを置いた。それでも、可愛い息子が選んだ人だと思い、私は精一杯の愛情で二人を支えようと決めたのだ。

援助はエスカレートしていった。レイナの仕事の機材が必要だとか、友人との付き合いで車を買い換えたいとか、何かと理由をつけては電話がかかってきた。その度に私は、二人の輝かしい未来のためだと信じて、大切なお金を送り続けた。気づけば援助の総額は1000万円に達していた。

そして、レイナが竹夫の人生に深く入り込んでから、私の日常は少しずつ色を失っていった。当初は月に二、三回孫の顔を見せに訪ねてきていたのに、次第に、そして確実に、その訪問は遠のいていった。私の存在は、彼らにとって邪魔なものになっていったのだ。

入院中の退屈な日々の中で、私はたくさんのことを考えた。これまでの人生、夫との思い出、そして私が注ぎ込んだ愛情とお金。全てが無駄だったのかと思うと、胸が締め付けられた。しかし同時に、ある決意が固まっていった。このままでは終われない。私はこれからどうすべきなのか、その答えを探し始めていた。

退院の日、私は病院の窓から見える青空を見上げながら、静かに計画を立てていた。家に帰ったら、まずあの通帳を確認しよう。そして、あの二人に二度と近づかせないための準備を始めるのだ。私の人生は、まだ終わってはいない。

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