嵐の夜、息子が川に流されたと連絡が入った。遺体すら見つからず、捜索は打ち切られた。あれから3年、私は悲しみに暮れるだけの日々を送っていた。ところが、ある日スマホに知らない番号から着信が。出てみると、そこには確かに亡くなったはずの息子の声が聞こえたのだ。「母さん、生きてるよ」—しかし、その裏には私が知らない秘密が隠されていた。息子が帰ってきた喜びも束の間、私はある決断を迫られることになる。…

嵐の夜、息子が川に流されたと連絡が入った。遺体すら見つからず、捜索は打ち切られた。あれから3年、私は悲しみに暮れるだけの日々を送っていた。ところが、ある日スマホに知らない番号から着信が。出てみると、そこには確かに亡くなったはずの息子の声が聞こえたのだ。「母さん、生きてるよ」—しかし、その裏には私が知らない秘密が隠されていた。息子が帰ってきた喜びも束の間、私はある決断を迫られることになる。...

「母さんは俺が守るから。」

その言葉が私の生きる支えだった。元夫との離婚後、ずっと息子の悠一と二人で暮らしてきた。暴力に怯える日々から解放され、悠一が再び笑顔を見せるようになったのは、この言葉のおかげだった。

しかし、その悠一が嵐の夜に川に流されたと連絡が入った。

「どうして川なんかに…」

電話の向こうで嫁の美穂が泣きながら混乱している様子が伝わってくる。私は電話を切り、すぐに東京へ向かった。

数日間、警察が川の付近や下流を捜索してくれたが、悠一は見つからず、海に流されたものとして捜索は打ち切られた。

信じたくなかった。それでも、唯一の息子を失った現実が私の心を重く沈めていった。

家に帰ってからも、何も手につかない日々が続いた。ただただ悲しみに暮れるだけの毎日。そんな生活が3年続いたある日、私のスマホが鳴った。画面には見知らぬ番号が表示されている。普段なら出ない私だが、なぜかこの時は出なくてはいけないと思った。

「母さん」

電話口から聞こえてきた声に、私は息を飲んだ。

「連絡できなくてごめん。でも、ずっと見守ってたよ」

それは間違いなく、悠一の声だった。

私は野崎ひ子、63歳。パートをしながら一人暮らしをしている。25年前までは、私にも愛する家族がいた。

夫と結婚したのは40年も前のこと。当時、夫は中小企業の会社員として働き、収入は多くはなかったが、私を養うため毎日必死に働いてくれていた。悠一が生まれてからは、父親としての責任を果たそうと、さらに仕事に打ち込んでいた。

しかし、悠一が小学4年生になった頃から、夫の様子がおかしくなっていった。仕事から帰ってくると当然のように私に罵声を浴びせ、家庭に目もくれず、笑うこともなくなっていったのだ。

休日でも自室にこもり、家族との時間を避ける夫に、私は不満が募っていった。そしてある日、その不満を夫にぶつけた。すると夫は、日頃の鬱憤を晴らすかのように、私に暴力を振るったのだ。

それ以来、夫は毎日のように私や悠一に手をあげるようになった。悠一は夫の顔色をうかがいながら生活するようになり、家族はバラバラになっていった。

次第に悠一は笑顔を見せなくなり、私は母親として息子を守らなければならないという思いが湧き起こった。夫と何度も話し合いを行っても、一切聞き入れてもらえず、悠一が中学生に上がってすぐ、ついに私は離婚を決意した。妻としての自分と母親である自分の葛藤はあったが、私は息子の将来を優先したのだ。

離婚を切り出した時、夫は激しく抵抗した。しかし、それまでの暴力を警察に訴えると言うと、観念したように離婚を受け入れた。

それからは悠一と二人で暮らしてきた。生活は決して楽ではなかったが、夫に怯えることがなくなり、悠一は次第に笑顔を取り戻していった。あの「母さんは俺が守るから」という言葉が、私の生きる支えだった。

私は悠一の将来を支えるため、パートを掛け持ちし、必死に働いた。悠一が大学に行きたいと望んだ時のために貯金もした。しかし、そんな私の苦労をそばで見ていたせいか、悠一は高校を卒業すると企業に就職することを選んだ。大企業の地方支社とはいえ、高卒では出世も難しいと言われる企業だった。

「頑張った分、ちゃんと評価してくれるいい会社だよ」

悠一はそう言って入社を決めた。おそらく、悠一なりに私に余計な苦労をかけまいと考えてくれたのだろう。大学に行けば多額の費用が必要となる。奨学金を受けたとしても、私の収入では賄うことが難しいと判断したのかもしれない。しかし、本心では大学に行きたかったはずだ。

そんなある日、悠一が美穂という女性を連れてきた。「結婚したい」という報告だった。私は悠一の幸せを願い、祝福した。美穂は優しい子で、私にもよく気を遣ってくれた。二人の新しい生活が始まり、私は少し寂しかったが、それ以上に安心していた。

しかし、嵐の夜の電話がすべてを変えた。

「悠一が川に流されました」

美穂の泣き声に、私は現実を理解できなかった。どうして川なんかに? あの日、悠一は会社の同僚と飲みに行くと言っていた。帰り道、雨がひどくなり、川の増水に巻き込まれたという話だった。

警察の捜索は打ち切られ、私は遺体すら見つからないまま、悠一を失った。悲しみに暮れる日々の中、私は美穂を責めることはできなかった。美穂もまた、同じように苦しんでいたからだ。

そして、3年後のあの電話。

「母さん、俺だよ」

悠一の声が聞こえた時、私は電話を落としそうになった。しかし、その声は確かに悠一のものだった。

「生きてるの? どうして…」

「話したいことがあるんだ。会えるか?」

私たちは、地元の喫茶店で会った。そこに現れた悠一は、3年前と変わらない姿だった。しかし、その目には深い翳りがあった。

「ごめん、母さん。全部、俺のせいなんだ」

悠一はゆっくりと話し始めた。あの日、悠一は美穂と激しく言い争っていたという。美穂が浮気をしているのではないかという疑いを抱いた悠一は、酒を飲みながら美穂と衝突し、そのまま家を飛び出した。雨の中を歩くうちに、気づけば川の近くまで来ていた。そして、足を滑らせて川に落ちたのだという。

しかし、奇跡的に川下で岸に這い上がることができた。命は助かったものの、このまま戻れば美穂の浮気の証拠を掴むまで真相が分からないと思った悠一は、死んだことにして姿を隠すことを決めた。

「美穂の浮気を確かめたかったんだ。でも、そんなことをしている場合じゃなかった。俺が間違ってた」

悠一は悔しそうに言った。私は怒りよりも、安堵の気持ちが大きかった。生きていてくれた。それだけで十分だった。

「じゃあ、今はどこで暮らしてるの?」

「東京で働いてる。母さんに連絡できなくてごめん。でも、ずっと見守ってたんだ。美穂のこと、調べたんだが…」

悠一の話によると、美穂の浮気は誤解だったことが分かったという。あの日、美穂が話していた相手は単なる同僚で、何の関係もなかった。悠一は自分の疑念が原因で、これほど長く姿を消すことになってしまったことを悔やんでいた。

「母さん、許してくれるか?」

私は悠一を強く抱きしめた。

「許すも何も、生きててくれてありがとう」

しかし、それで終わりではなかった。悠一が姿を消した後、私は美穂から連絡をもらっていた。美穂は憔悴しきっていて、こう言ったのだ。

「お母さん、ごめんなさい。私のせいで悠一が…」

美穂は自分を責め続けていた。私は美穂に「あなたのせいじゃない」と言い続けたが、美穂は納得してくれなかった。

そして今、悠一が戻ってきた。私はこのことを美穂に知らせるべきか迷っていた。しかし、悠一が先に口を開いた。

「母さん、美穂とは会わない。もう終わったことだ」

私は驚いた。

「でも、美穂はずっと苦しんでる。誤解だったって分かったなら、ちゃんと話し合うべきよ」

「無理だ。俺のせいで美穂を苦しめた。顔を合わせるのが怖い」

悠一の声は震えていた。私はこの息子が、自分の疑念で自分自身を追い詰めていることを理解した。しかし、どうすればいいのか分からなかった。

「とりあえず、今日は家に帰ろう。ゆっくり話そう」

私は悠一を連れて家に帰った。あの日から、悠一は再び私と暮らし始めた。しかし、彼の心は閉ざされたままで、美穂の話になると顔を背けるのであった。

数日後、私は美穂に会いに行くことを決めた。

「お母さん、やっぱり美穂に話すわ。あなたが生きてることを」

悠一は沈黙した。しばらくして、ゆっくりと口を開いた。

「分かった。でも、もう少しだけ時間をくれ」

私は頷いた。時間が必要なのは、悠一も美穂も同じだ。しかし、このままでは誰も救われない。

私は何をすべきなのか。地上に戻ってきた息子と、深く傷ついた嫁。その間で、私は決断を迫られていた。

そして、その決断は予想もつかない方向へ私を導いていく。

あの日、私のスマホに届いた一通のメッセージ。それは、美穂からのものだった。

「お母さん、話があります。来週、会えませんか?」

私はそのメッセージを見つめながら、何かが動き始めたことを感じていた。

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