宿泊先の老舗ホテルで、壁越しに支配人の悲痛な叫びが聞こえたのは、夜も更けた午前二時のことだった。暴力団の男たちに「10年分のカタギ料が払えないのか」と詰め寄られ、彼女は声を震わせていた。私は何も知らない旅の爺さんのふりをして、翌朝、支配人にこう言った。「あなたはラッキーだったんですよ。そのヤザはどこの国の奴らですかね?」そして、半年間彼女を苦しめてきた連中に、私は静かに一つの取引を持ちかけた…

宿泊先の老舗ホテルで、壁越しに支配人の悲痛な叫びが聞こえたのは、夜も更けた午前二時のことだった。暴力団の男たちに「10年分のカタギ料が払えないのか」と詰め寄られ、彼女は声を震わせていた。私は何も知らない旅の爺さんのふりをして、翌朝、支配人にこう言った。「あなたはラッキーだったんですよ。そのヤザはどこの国の奴らですかね?」そして、半年間彼女を苦しめてきた連中に、私は静かに一つの取引を持ちかけた...

「お客様である井川様を危険にさらしてしまったことは、お詫び申し上げます。私ども従業員に古手当てを支払う必要があったので、井川様が提示される貸切りの利用量にすがるしかございませんでした。」

「いやいや、私は怒ってなんかいませんよ。むしろ、私があなたにとっての渡りに船だったことが嬉しくて仕方がない。」

支配人・三代幸さんは、深々と頭を下げたまま顔を上げようとしない。彼女の声は震えていたが、どこか覚悟を感じさせた。私はそんな彼女に、あえて軽い口調で話しかけた。

「あなたはラッキーだったんですよ。そのヤザはどこの国の奴らですかね? ああ、そうですよね。こんなのじいさんが首を突っ込む話ではないですもんね。」

私は井川秀樹。校門ではないが、全国各地を旅行している気楽な爺さんだ。町の中心から外れたエリアにある、隠れ家のような勝者なホテルを拠点に、半月ほど腰を据えてこの地域を探検しようと思っている。掃除は行き届いているが、どこか古びたホテルだ。良くも悪くも1980年代のまま時が止まったホテルというのがしっくり来るだろう。

このホテルは「ホテルアメリア」と言い、ネーミングも1980年代の匂いがする。何かが住みついていそうといった印象もあり、普通の人が好んで宿泊する場所とは言い難い。近くには高速道路のインターチェンジがあるので、元々はモーテルだったのかもしれない。私はこんな隠れ家のようなホテルも悪くないと思っている。

「すみませんね。無理言って貸切りにしてもらっちゃって。」

「お恥ずかしい話ですが、お客様以外による宿泊のご連絡はございません。だから貸切りというご依頼をいただいたんですよ。」

この女性はホテルアメリアの支配人である三代幸さんだ。元はキャビンアテンダントでもしていたのではと思うような、洗練された女性で、所作の全てが美しい。

「どうぞ、我が家同様、存分にお召し上がりくださいませ。」

私は最場会の上会談から遠い部屋に15日ほど宿泊したい。申し訳ないが、私が宿泊している間は他の宿泊客を断ってほしい。そんな無理を押し付けてしまったのだが、ホテルアメリアは風代わりなところで、私の我がままを全て受け入れてくれたのだ。

「存分な表なしはできませんが、それでもよろしければ。」

ホテル側からはこのような条件付きではあったが、でもこちらも事情があっての依頼だったので問題はない。私は前金として支払いを済ませ、宿泊をしている。荷物などを部屋に置き、散歩に出かけることにした。

この辺りは本当に殺風景な街並で、宿泊中は朝食だけを依頼しているため、飲食ができる場所を把握しておく必要があった。ネットの情報や地図で事前にチェックはしているが、実際に私自身の目で確かめておきたいというのは、少々神経質だろうか。少し歩いたところに小さな駅があり、駅前通りの横町に歓楽街があった。そのまた向こうに国道があり、この道路沿いにはファミレスがあった。なんとなく飲食には困らないと感じたので、ホテルに引き上げることにした。

その夜のことだった。ホテルの薄暗い廊下を歩いていると、支配人の声が聞こえてきた。怒気を帯びた男の声に、彼女の必死の弁明が重なる。

「ですから、何度も申し上げる通り、支払いできるお金はないんですよ。」

「ふざけんな。たった10年分のカタギ料が払えないって嘘抜かすな。」

「あなた方がそうやってうろつくから、お客様が寄りつかなくなったんですよ。結果的にお金を生み出すことができません。」

乱暴な足音が近づいてくる。私は壁に隠れるようにして、息を潜めた。男たちは羽入組という地元の暴力団らしい。支配人は半年もの間、彼らに金を搾取され続けているようだった。

「さあ、どう始末をつけてもらおうか。」

私は打って変わって優しい声で、羽入組の親分に声をかけた。

「ああ、そうだ。あのホテルの支配人に迷惑料を支払ってもらわなきゃなあ。半年もの突きまといだから、ざっと6億円ばかりかな。」

「おい、ふざけんな。うちにはそんな資金ねえんだよ。」

「なければ作るんだよ。いい金融会社があるんですよ。無届けでブラックなところですけどね。」

男たちの声が、一瞬で静まり返る。私はポケットからスマートフォンを取り出し、ある番号を押した。

「もしもし、俺だ。少しばかり仕事を頼みたいんだがな。」

向こう側の声に、私は静かに微笑んだ。これでようやく、この街の闇にケリをつけることができる。支配人の涙を見た瞬間から、私はもう決めていたのだ。

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